21.乙女の事情
先週更新できなかったため少しはやめの更新です。
強行しないといけないとはいえ、休息は必要だ。疲れきって全滅するなんて嫌だし、夜はきちんと野営して睡眠をとる。……きちんと。不自然にならないように見張りの順番を変えた。私の後をリリムにして、リリムが起きてしまうから私は自然と一人で寝るという寸法だ。これでリリムが気にしなくなるだろう……、ということはなく、見張りを代わったあと私を凝視しているリリムがいたとかいなかったとか。
「おかしな話だ」
最初は一緒に寝る方が嫌だったはずのリリムが今では私が一緒に寝ないことを嫌がっている。正しくは私に気を使われること、嫌われることを嫌がっているのだけれど、旅の当初では思いもしなかった。
「……それにしても、身体を洗いたい」
「どうしたルートリア」
「いや、身体が痒くて」
「えぇ……汚ぇ……」
「水浴びしてない期間同じだからね」
私を避けようとするスナッチに蹴りを入れつつ、リリムを盗み見る。今は相変わらず言い争いをしているヤークとクラリスの間でおろおろしていた。
あれからヤークが見て覚えた記憶を伝える魔法『メモリーサブミット』を私が教わり、私からは勇者のみに授けられる魔法『ヒューマンシールド』をヤークに伝えている。しかし残念ながらヤークには使えなかった。念のため全員にも伝えてみたけれどやはり使えなかったので私だけが条件を満たしているようだ。一度落ち込んだヤークは、今度は条件を探るべく私をよくよく観察している。
リリムとヤークの二人に見られる毎日。なのに、ただただ水浴びをする余裕がないのがキツい。髪もベタベタしている気がする。
「のんびりしている暇はないんだよねぇ」
「まあな。次の街に着いても宿は取らずに再出発だって何度も言っているだろう」
せめてどこか川で水浴びでもできれば。今では既に全員の鼻が麻痺しているけれど、五感が敏感であるリリムは辛くないだろうか。雨が降る地域ならもう少し違っただろうけれど、逆に乾燥していて砂埃が多くて嫌になる。野宿する余裕はとっているけれど服を脱ぎ着するほどの油断は厳しい。
「よーし、今日はここいらで休むか」
スナッチが荷物を下ろした。大木が倒れていて岩の陰になっている。なるほど、ちょうどいい。
「じゃあ飯の準備を……頼むぞ! ヤーク! リリム!」
「いやまあもう毎度のことだけどな」
「まずいご飯を食べるよりはいいからいいけどな」
「食材も節約しないといけないし、しばらくは交代しないほうが良さそうだね」
喧嘩をやめて振り向いたクラリスとヤークが呆れる。確かにリリムの言うとおり、節約のためには同じメンバーが繰り返し料理したほうが良さそうだ。
「こう乾燥していると植物も限られているし……、あ、肉」
「なに、どこだ」
言われてトカゲを指差すとスナッチにガッカリされた。まあ、たっぷりとしたものではないけれど。できれば蛇がいれば美味しいんだけどな。私達では骨だらけでまずいだけだった蛇肉もヤークの手にかかれば魚や鳥のようにあっさりとした美味しい料理に変身した。あれは正直美味しい。好き。
手づかみでトカゲを取る。一匹だけだしつまみ食いみたいに食べていいかな。ヤークが起こした火の上には既に鍋がいたので、木に刺して横に立てる。
「……骨に気をつけろよ。内臓も取りなさい」
「はーい」
「油が多いから消化にも気をつけてね」
「はい」
鍋を囲んでいる二人に注意される。母親がいたらこんな感じなのだろうか。リリムが消化に良い薬草を少しだけ鍋に足したのを見た。……甘やかされている。
「ルートリア、ちょっとこっちに来てくれ」
「何?」
「この辺りトカゲだらけだ」
「おやつパーティーだね」
「……いや、まあ、それでもいいか。俺ではうまく掴めないし、ちょっと邪魔なんで捕まえておいてくれ」
スナッチに言われてちょいちょいとトカゲを摘んでいく。この辺に巣でもあるのかな。地面を這いながら探すと小さな岩の陰に穴がたくさんあって、そこからトカゲが出てきていた。全滅させるのは悪いから申し訳ないけど今夜だけ穴を塞がせてもらおう。近くの岩をずらしてたくさんある穴を塞いだ。朝起きたら元に戻すのを忘れないようにしないと。
捕まえてしまったトカゲの内臓をナイフで取っていき、木に刺していく。じっくり焼いても鍋よりはできるのがはやい。
焼きたてが一番美味しいので、トカゲを一本つまむ。うん、美味しい。
「本当に美味しいの?」
「私は好き」
焼けた1本をリリムに手渡すと受け取りつつもぎゅっと眉を寄せた。熱いことと骨が多いから気をつけるように言うと、小さく口をつけた。しばらく口を動かして、不思議そうな顔をしている。
「まあ、美味しい、かな」
「乾燥した地域だからか痩せていてちょっと味がわかりづらいかも」
「そうだね」
傍で頷くリリムとの距離がやたら近い気がして少し距離をとると、また視線を感じる。
「あー、リリム。ちょっと」
スナッチに呼び出されたリリムが首を傾げつつも応じてついていった。それを見て、今度はジト目でクラリスが見てくる。
「お前、子どもみたいにいつまでも拗ねてるなよ」
「別に今のは拗ねていたわけじゃないよ」
「じゃあなんだよ。前に話していた理由じゃないのか?」
いや、名前は、あれはあれで落ち込んではいるんだけど。それとは違って今は自分の匂いが……。
「だって、リリムってずっと良い匂いしてるしさ。五感が鋭いじゃない」
「女みたいなこと気にしてるんだな」
「女だよ」
名前もそうだけれど、これ以上嫌われるのもな……。リリムは私に嫌われたくないと言っていたけれど、私だってそうだ。居場所として置いていかれたくはないと思いながらもリリム自身は私を嫌いになるってこともあるかもしれない。そもそも仲間が嫌がることは出来るだけしたくない。
「どれぐらい気を使えば名前を呼んでくれるようになるかな」
「気を使ってる時点で呼ばないんじゃね?」
「冷たい……」
「ルートリアは名前を呼ばれないことを気にしているのか?」
興味ないと言わんばかりに黙っていたヤークが突然こっちの話を聞き出す。……嫌なところだけ。
「うーむ、種族的なものかな?」
「興味があるのはそこか~」
「エルフの魔力がやたらと多いのは前から気になってはいた」
「リリムは使い方を知らなかっただけで魔力が多いんだっけ」
「うむ。恐らく普通のエルフよりも多いだろうな。そのうえ精霊からは好かれているんだろう、腹立たしいぐらい素質しかない」
「腹立ててんのかい」
考えてみれば不思議な種族だ。魔力が多く五感に優れ寿命も長い。圧倒的に人間より優れた種族でありながら、時に人間に滅ぼされ奴隷にまでされている。上から目線で人間を見ているのに人間に逆らわない。
「私の街の魔法使いは、亜人ではないがいわば人間の品種改良を行ってきたようなものだと言えるな。普通の人間よりは魔力が優れているものの、種族としては変わらないしやはりエルフには劣る」
「リリムに自信がついて私に怒鳴るようになれば変わるかな~」
「僕は怒鳴るリリムなんて見たくないぞ」
トカゲを齧りながらダラダラと話していると、鍋ができたのでヤークが容赦なくリリムとスナッチを呼んだ。戻ってきたリリムが少し困った顔をしていたことが気になったけれど、おいしそうなスープの匂いに敗北。後回しにした。
見張りの順番が変わったので、ここ最近はリリムが私を起こして寝るのを見守る形だったのだけれど。
「リリム、寝ないと身体が休まらないよ」
「うん、……そうなんだけどね」
頷きつつも寝ようとはしない。毛布を持って私のすぐ隣に座る。目を合わせないのは緊張しているからだろうか。……弱った。距離をとる口実が何かないだろうか。
「なるべく話すって、言ってたけど」
「そうだったね、ごめん」
「それでも話してくれないことって、私が傷つくこと?」
「う、うーん?」
「あの、スナッチが、気を使ってくれてるだけで、君が私を嫌いになることはないから大丈夫だって」
キューピッドかなにかかあいつは。見えないところでフォローしようとしてくれていたみたいだ。私が見えてなかっただけかな?
……ところで今スナッチのこと名前で呼んだ?
「だから、自分で理由を聞いても大丈夫って」
「あっ、だから今聞こうとしてくれてる?」
「そう」
別の方が気になっちゃって意識が逸れちゃった。名前を呼ばれていないのはまだ落ち込んでいるけれど避けているのは別の理由だ。そっちだけなら話してもいいんだけれど妙なプライドというより見栄のような何かが邪魔をする。
大丈夫だといわれても怖いものは怖いのだろう。隣に座っていても近くても微妙な距離がある。毛布を触る手が落ち着かない。……なんだか、私ばかり貧乏くじだ。
「リリムは何か言いたいことない?」
「えっ」
自分がしていることが意地悪だという自覚はある。
「どうして私が変だと思うの?」
じっとリリムを下から見上げるように見る。
ぽかんと口を開けたあと、じわりじわりと赤くなっていく顔。信じられないといった風に眉や口元が歪んでいく。
「そ、それを私に言わせるの……?」
可愛い。あれ、もしかしてリリムのいた里の人ってリリムに構ってもらいたくていじめてたのかな。いや、たぶん違うな。かなり恥ずかしいことを言わせる気がするけれど、これも名前を呼んでくれないリリムが悪い。ついでにスナッチやヤークやクラリスも悪い。私は結構、ワガママなのだ。特に仲間はずれは嫌だとわめくタイプのワガママだ。
……女性同士のただの仲間の間でやるやりとりではない気がするけど。
ごくりと唾を飲む音がする。言ってくれるんだなあと少しワクワクする。拾ったのが私たちだから良かったけれどリリムは騙されやすそうだ。クラリスといい、良い買い物をしすぎたかもしれない。最後まで連れて行くのがもったいなくなるくらいだ。
「どうして、一人で、寝るの」
ちょっとだけ言いやすそうな形に変えられた疑問。
「リリムは一緒に寝るのは嫌なんだと思ってたけどな~」
「そ、それは、今でも、恥ずかしいけど、慣れたら、別に……。それに、こ、これから寒い地域になっていくらしいし」
しどろもどろに目線をうろうろさせながら答えるリリムのなんと男受けしそうなこと。もったいない、非常にもったいない。やっぱりエルフは全人類の男性の夢なのだなあ。耳を手で押さえながら顔を膝に埋めてしまった。
「ダメ、落ち着かない」
「ありがとう、話してくれて」
「……君が話さないから」
若干涙目になっているリリムが睨むように私を見る。しょうがない、覚悟を決めよう。ついでに名前はしばらく諦めよう。胸の内にずっと引っかかるだろうけれど、これだけ引っ張ってしまえば『話したから呼ばれる』なんて一番嫌だ。後から増えた理由だけにピントを絞る。
「リリムって、耳だけじゃなくて鼻もいいよね」
「そ、そうかな?」
「というか五感いいよね」
「目とかも確かにみんなよりは……」
さすがエルフ。人間より生き物としての格が上だ。言わせたのだから、言わねば。
「……街の浴場とか水浴びとか……ずっとしてないわけだけど」
今度は口ごもっていく私をリリムがじっと見てくる。
「私、臭くない?」
あぁ、やっぱり恥ずかしい。リリムが口にした言葉よりは、はるかにマシなのだろうけれど、なんていうか女の子みたいだ。女の子であるつもりなんだけども。案の定というかやっぱりというか、リリムはきょとんとしている。
「……あ、身体がってこと?」
頷いてみせると、リリムの顔が引き攣った。あっ、これ笑い堪えやがったな。顔を逸らして震えている。耳が真っ赤だ。
「そんなこと」
「そんなことって言わないでよ」
「だって、ひとこと言ってくれれば済んだのに」
「……実際、どうなの?」
リリムは身体をしゃんと正して、まだ半笑いのまま私を見直すと平気だと頷いた。本当かなあ。疑っているのが顔に出てしまったのか、また困ったような顔でさらに距離を詰めた。顔のすぐ横に綺麗な顔があると緊張する。
「まあ、普通に人間らしい土と埃の匂い……?」
「人種によって違うの?」
「ドワーフと人間は変わらないし人にも寄るけど、エルフはやっぱり花の匂いがするかな」
「リリム良い匂いだもんなあ」
褒めている意味ではなく拗ねたように言ったのでまたリリムが困ってみせた。
「もっと早く言ってくれれば魔力の余裕があるときに水でもかけてあげたのに」
「あっ」
そうか、水魔法で水かけてもらえばよかったのか……!
いや、服の匂いはたぶん洗濯するまでずっとひどいし……、覚悟はしていたんだけどリリムから良い匂いがしてくるから気にしてしまうのであって、やっぱりリリムが悪い。安心したのか、リリムの顔は緩く綻んでいる。
「奴隷だったときの方が凄い環境だったもの。そんなこと気にしてると思わなくて」
「またそんなことって言う。いいよもう、リリムさえ気にしてないなら」
「じゃあ、気にしてないから……」
突然口ごもるリリム。自分でも恥ずかしい言い方になると気付いたらしい。口を開いて閉じて焚き火に照らされて真っ赤なまま複雑な表情をしている。さっき少し意地悪したから今度は助けてあげよう。
「毛布、潜り込んで良い?」
小さく聞けば、ふわりと笑って見せた。
いや、たぶん魅せられた。
「うん」
今までで一番嬉しそうな顔だと思う。……逆になんでこれで私だけ名前を呼んでくれないんだろう。満足したのか、リリムは少し離れてみんなと同じように毛布に包まった。その様子を見守りながら、小さく溜息を吐いた。約束どおり、次の見張りであるクラリスを起こした後にリリムの背中にしがみつくように毛布に入り込んだ。久々の人の体温に安心した。




