20.フロフト2
先週更新できなかったため少しはやめの更新です。
森の入り口近く。地図どおりに建物がある。
「人は……いるのかな」
「音はしているみたいだけど」
耳を澄ませつつも気が進まない様子のリリム。人がいるのならば明日に時間を用意したのは、当人がいないというものではなく場所の準備とかかな。
「男装似合わないなお前」
「女顔の男でやり通すしかない」
「演技力が試されるぞ」
「元の男も顔は綺麗だったしアリじゃないか?」
クラリスは意外と乗り気だ。どうしたことだろう。たぶん勇者が気に入らないとかそういう単純な話な気がする。
「あのスカした顔の勇者を出し抜いてやろうぜ」
やっぱりそういう理由だった。きちんと服装を正してシャンと立つ。リリムとクラリスの首輪について聞かれればスナッチが適当に誤魔化す手筈となっている。
「しかしヤークは意外と嫌がらないんだな」
「君たちは私にどういうイメージを持っているんだ。君たちがひどい境遇だったとは聞いているが、私自身も学校では不良扱いだったからな」
「真面目ちゃんだと思ってた」
「授業は真面目に受けていたから間違いではないんだが……、まあいい。とにかく、今からの作戦はさっきの勇者のフリをして中にいる人から魔法を奪う、でいいんだな?」
「私たちも避けるような言い方を包まずに言うねえ」
しかしざっくり言えばその通りである。勇者の顔というのはあまり知られていない。街について勇者であると語るだけだ。主張すればそれだけ依頼やお願いごとは増えるし、特徴の噂は一人歩きする。今の勇者であれば『顔が綺麗で、仲間を4人連れている、黒髪細身の男性』といったところだろうか。特殊性癖でもあればそれも真似ないといけないけれど。
「仲間4人っていうのが助かったな」
幸いうちも4人。それぞれの特徴も誤魔化せる範囲だ。小さな魔法使いはクラリスだと言い張ればいいし、背の高い女性はリリムかヤークだと言い張れる。もし勇者のほうが人数が多い場合は危なかったかもしれないけれど、今は別行動だのなんだのと誤魔化すことができる範囲だ。
恐らく最低限の設備しかないであろう建物の扉をノックをすると、中から一人男性が出てきた。
「はい?」
「すまない、ここで魔法を頂けると聞いたんだが」
昨日聞いたような喋り方で話す。男性は慌てて膝を地面についた。
「あっ、す、すみませんっ! 勇者様とは知らずとんだ無礼を働きました……。しかし、教会から翌日にお越しいただくようには言われませんでしたか、準備を整える手はずになっていたのですが……」
よし、どうやら勇者とは顔見知りではなかったようだ。魔法を頂くという言葉だけで勇者だと勘違いしてくれた。
「いや、いいんだ。準備中にすまない。しかし急いでいるもので今日貰えないか確認したかったんだ」
「そうなんですね。汚い場所で良ければ、中へどうぞ」
優しそうな顔で気が引ける。気が弱いのだろうか、手が常に胸の辺りをうろうろしていた。一体彼からどんな魔法が貰えるのだろうか。
「勇者様を疑っているわけではないのですが、僕ごときが申し訳ありません。紋章を見せていただいていいですか?」
「あぁ」
明日来るはずの勇者が今日来たのだから当然だろう。おそらく勇者が近くに来たと知らせが入った時点で段取りを決めていたのだろう。特徴の噂までは届いていないようだ。勇者を騙る人間は多いとは言えないが、そこそこ居る。用心するのが普通ではあるけれど、紋章のおかげでその警戒をむしろ緩めることができる。首元から紋章を取り出し、光らせて見せる。
「わぁ、本当に光るのですね!」
「……貰った際に説明を受けたが、本当に“僕”以外には光らないものなんだな」
「えぇ、それでも光るということを知らない人間もいるため紋章は騙りに狙われやすいです。奪われないようお気をつけくださいね」
「ありがとう」
みんな考えることは同じか。しかし女顔だということには触れない。さらしで胸は潰したものの、やはり容姿に突っ込んでしまっては勇者に対して失礼だからか。ヤークに頼んで声が低く聞こえる魔法は使われているものの、顔の形は変わらなかった。
「君は勇者を見るのは初めてかな?」
「はいっ、代々魔法を譲り受けてきましたが、私共はその魔法を扱うことはできません。習得できたらぜひ見せてくださいね」
ピクリとヤークの眉が上がる。怒鳴るなよ~。
「ふむ、譲り受けてきたということは、貴方の身に刻まれているのか?」
「貴女は……」
「失礼、私は魔法学校を出ている者だ」
「あぁ! マリンベルの勇者様は魔法学校を出た人間を一人仲間としてつけると聞いていますが本当だったんですね!」
「うむ、貴方が譲り受けたという魔法に興味があるのだが、少し話を聞かせてもらってもいいかな?」
あまり時間はないしできれば早く去りたいのだけれど少し話を聞くぐらいなら大丈夫かな。ハラハラする。ヤークのおかげで魔法学校の部分に嘘はないので安心する部分もあるけれど、ボロは出さないでほしい。
「直接勇者様の身体に刻印をさせていただく方法もございますが、私共は言葉と記憶で伝える方法を取っています。父が亡くなった今、その記憶は私と兄と代々ここを通った勇者様しか持っていません。近々母親と暮らしている息子にも伝える予定ではありますが……」
「なるほど、その記憶を伝えるのに別の魔法を使うのか」
「その通りです。私たち一族が選ばれたのは記憶を伝えることに長けた光魔法の強い血が残っているからです。時に魔力の弱い人間が産まれることもありますが……、兄のように他人に伝えることができません。受け取る側が強ければ別ですが」
悲しそうに目を伏せる。
「魔法自体は言葉と記憶さえあれば使えるはずですが、この魔法はなぜか勇者様にしか使えないのです。公開してもよいのですが、万が一ということもあり悪用されないためこの森で粛々と役目を担っています」
「では私が教わることは可能か?」
「……申し訳ありません」
ヤークは不機嫌になって黙り込んだ。リリムとクラリスが隣でポンポンと背中を叩く。
「失礼ですが、勇者様は奴隷を連れておられるのですね。しかもエルフとドワーフ……」
すかさず不機嫌な顔を作ったスナッチが怒り出す。演技だと知っているのでこっちにはハラハラしない。
「本当に失礼なヤツだな!」
「す、すみません!」
「二人とも勇者様のご意向により解放された奴隷だ! ドワーフのほうを見ればわかるだろう、首輪はあるが腕輪も自身でつけている、これがどういう意味かわかるだろ!」
「か、解放奴隷ですね、本当に失礼しました!」
こういうとき自分は優しくすればいいので楽だ。
「怒鳴らないであげてくれ。あと君も彼らを奴隷と呼ぶのはやめてくれ。今は“僕”の大事な仲間だ」
わぁ、歯が浮きそう。本心からの言葉なので嘘はないけれど自分の台詞が恥かしくてうっかり赤面しそうだ。
「大変失礼なことを話しました。どうかお許しを……」
「いい、それより早々にその魔法の言葉と記憶とやらを貰えるかな」
ヤークはじっと伝承者を見つめ始めた。あの目は絶対諦めてないなあ……。記憶を伝える魔法を盗んで、私から教わる気だ。この気弱そうな男性には申し訳ないけれどヤークの前で魔法を隠そうというほうが無理だ。
「わかりました。では、額に触れさせていただきます。祭壇へどうぞ」
「その魔法には祭壇が必要なのか?」
「いえ、形式ばったものです。本来なら祭壇の周りに火を灯すのですが、……良ければ明日でも」
「いや、今お願いするよ」
勇者の旅っていうのは形に拘るなあ。必要ないなら祭壇も壊したらいいのに。文句を言えば更に時間がかかるだろうと大人しくついていく。一人小さなテーブルの前に片膝をつくと額にフワリと人差し指が触れた。
「『メモリーサブミット』」
閉じた瞼の裏に風景が描かれているみたいだ。人から人へ明るい“何か”が見える。身体の内側から溢れるような魔力を他人のもとへ、誰かを守る意思が大きな盾を形作っている。見せられただけではわからない、これは追体験のようなものだ。記憶を伝えるとはそういうことか。実際に使ってみせるのではなく、どうやって使ったのかを体験させる。目を開けるとニコリと微笑まれる。
「理解できましたか?」
「なんとか」
「言葉は『ヒューマンシールド』です」
嫌な響きだ。自分の胸の内にある“何か”を感じ取り、使う。ヤークを見て守る気持ちを大きくする。彼女は仲間だ。思い込みで言葉を紡ぐ。
「『ヒューマンシールド』」
ヤークの前に魔力による盾が展開される。防げるものは恐らく魔法による攻撃。矢や剣は貫通しそうだ。突然現れた盾に驚いたヤークと、その周りでそれをツンツンと突いているリリムとクラリス。
「素晴らしい! さすが勇者様、これが本物なんですね」
「残酷な魔法……」
「何か言われましたか?」
「いや」
小声で漏れた言葉は届かなかったようで良かった。純粋に喜んでいる伝承者を見て首を横に振る。これはおそらく自分には展開できない盾だ。つまり仲間に盾を作るものではない。“仲間を盾にする”そういう意味が込められた言葉。自分が使えるとすれば盾となろうとする仲間をせめて守る、そういう意味でしか使えない。
「ありがとう、それでは“僕”は失礼する」
「こちらこそありがとうございました! 伝承されし魔法がこの目で見られたこと、感謝致します」
礼を言う男性。恐らく明日には、騙されたことに怒り狂っているだろう。勇者が明日の朝早くに来る可能性を考えて急ぎ街を出なければ。建物を出て早足に次の場所を見定める。
「次の次の街までの地図だけは事前に買っておいたからなんとかなるか」
「でも次でも地図を買ったほうがいいな。今回みたいに急ぐかもしれないし。カツカツだ~」
「寒くなるらしいし防寒着もだな。しばらく追いかけられることを考えて次の街も宿は無しだ」
「きょ、強行~」
「国間の戦争でもここまでするかってな」
湯の出るシャワーや桶は諦めて、しばらくは水浴びか布で身体を拭くぐらいしないと身体からキノコが生えそうだ。スラム時代はキノコ生えてたかもしんない。
「リリムとクラリスには苦労かけるねぇ」
「えっ? あ、うん?」
「そこはそれは言わない約束でしょおとっつぁんって返すところだぞリリム」
「人間の冗談はよくわからないよ……」
項垂れるリリムの頭を今度はヤークが撫でる。
「実際、安心できるのはどこからだろうな?」
「勇者一行と進む道は同じだから、噂が届かない場所まで進んで勇者達を避ければなんとか」
「2、3個は先か」
「……うーむ、なし崩し的についてきてしまった」
今度はヤークが項垂れてリリムが頭を撫でていた。二人とも背が高いから仲良くていいなあ。
「そういえばヤークは勇者たちに会ったらてっきり同行するものかと思ったけど『まだまずい』って何?」
ギクリと顔を引き攣らせる。傍に居らず聞いていなかったスナッチたちに説明する。勇者たちと鉢合わせたときに私は隠れたけれどそこにヤークも隠れてきた。隠れたということは顔が割れているということだ。
「い、いずれ話す……」
「話せるまでは一緒だよ」
変装のために変えていた声は元に戻っていたので甘えた声で話せば頭を抱えられた。睨むように目だけがこちらを見る。
「記憶を伝える魔法はなんとなく理解した……。お前から私にさっきの魔法を教えてもらうからな」
「使えたらいいけどね」
「くっ、条件はなんなんだ」
まず勇者の条件を知りたいところだ。他にも類似する特徴はあったかもしれないけれど紋章が光るだけで彼は私たちを信頼した。ということは本当に勇者でなければ光らないものだということだ。王族の血か、何か気持ちのありようか、とにかく無くした自分の記憶を取り戻してみるというのもありかもしれない。自分を知るのも勇者の務めなんだろうか。思い出してみたいような、知りたくもないような。
見渡す限りの水の都。
緩く微笑む女性。歌う声。
思い出そうとすれば眠くなる。一度、そういう都市があるのか娼婦たちに聞いてみたことがある。そんな綺麗な街があれば自分たちも行って見たいものだわと笑われた。記憶じゃないのかもしれない、妄想なのかもしれない。
「行くぞ、ルートリア」
「うん」
伏せかけた目を前に向ける。次の街まではまた長い。意識をしっかり保って、歩みを進めた。




