19.フロフト1
リリムにまた怯えられている。
ただ嫌われているわけではないらしい。起きたときに困ったようにこちらを見ていたからなんだろうと首を傾げれば顔を逸らされた。リリムを抱き枕にしなかったせいでなんだか疲れも残っている。そんなに汗臭いのだろうか。離れるわけではなく私の様子を伺っている。
「……わかっているだろう」
「やっぱりそうかなあ」
私にがっかりされるのが怖いと言っていたリリムだ。恐らく昨日の私の態度に何か怒らせたかもしれないと怯え始め、いつも一緒に寝ているのに毛布に入ってこなかったことも踏まえて、捨てられるのではないかと気を張り巡らせているんだろう。静かに私の一挙一動に備えていた。
「理由、言いたくないなあ」
「だから言ったろ。拗ねるとろくなことがないぜって」
つかずはなれず、旅に支障が出ないうちに話さなくてはいけないのだろうけど。運が良いのか悪いのか、次の街に着いてしまう。そうなれば目的達成のために動き回るから夜まで二人でゆっくり話す時間をとるのは難しい。少なくとも一日はこのままか。溜息を吐きそうになったけれどリリムが気にするからなんとか食い止めた。
着いた街はフロフト。砂埃の多い街だ。歩いてきた道を思うとしばらくはそうなのかも。ヤークはここから文化が変わると言っていた。
「ここから寒くなる、らしい」
「へぇ~」
「乾燥した地域を越えたらずっと雪が降っている地域だったかな」
「ユキ?」
クラリスが不思議そうに首を傾げた。私も実物は見たことないけれど、雨の変わりに綿みたいな氷が降り注いでいるらしい。
「ウィフロムでは時期によっては降ったからな。懐かしい」
真っ白で綺麗、だとか。物語でしか聞いたことないし、話してくれた娼婦たちも脚色していた可能性はある。それでも少し心が躍る。物語に出てくるものは結構なんでも好きだ。やたらと輝くアップルパイも、会った事もない不思議な動物も。
「氷結魔法で人工的にできなくはないけれど、やはり一面の銀景色は違う。楽しみにしているといい」
それは楽しみだ。そしてできるならその時はここにいる全員が居てほしい。……それにしても、喧嘩もしていないのにどうやって仲直りしたらいいんだろう。チリチリと肌で感じる視線にまた溜息を呑みこんだ。
「宿はあっちだが……、なんだかあっちに大きな建物があるな」
「あれは神殿かな?」
「そうだろうな」
クラリスが頷く。会った時は奴隷だったけどやっぱり神職だったのかなあ。鐘がついていて、なんとなく神聖な空気が漂っている。神様嫌いなわりにはリリムに怯えている様子はなく、ただぼんやりと見上げていた。どちらかというとヤークのほうが嫌そうだ。
「ああいう建物では怒られたことしかない」
「想像だけど怒られてるところ似合うね」
「その感想は新しいな」
やっぱりヤークって学校で嫌われていたのかなあ。ヤークの周りは楽しそうだけど、大変そうだ。
「行ってみる?」
「そうだな」
"授けられる"っていうぐらいだから、やっぱりあそこなんだろうな。なんとなくあそこで貰いたくないなって気持ちはあるけれど、確定ではないのでとりあえず行ってみよう。旅の途中のお祈りといえば怪しくはないだろう。何があるかわからないので嫌がるヤークも引き摺っていく。旅の一行なのだからみんなで行くのが自然だ。近くに行けば圧倒されるというほどではないものの中々に大きい。乾燥しているのになんだかひんやりと冷たい気温だ。連れ立って歩いても妙な目では見られていない。旅人もよく寄る場所だということなのだろう。
「どうかなされましたか」
厳格そうな老人が私達に近寄ってくる。
「旅の祈りを。ここは神様に祈る場所で合っていますか?」
「街に来るのは初めてみたいですな……。乾燥の多いここフロフトではみな神様に祈ることで良い天候となると信じています。旅にも影響があるでしょう、どうぞ中へ」
場所によって祈る理由も違うのか。宗教は様々だなあ。変に緊張してカチコチになって歩くみんなに比べてクラリスだけが慣れた顔で歩いている。
「神殿とか教会とかって建物の形が全部一緒?」
「そうでもない。ただ建築に使われる資材が似たものになる。……僕が知ってる体で聞くなよ」
「知ってそうだなって」
「……聖都に着くまでには話してやるから黙ってろ」
ドワーフは土に執着する種だ。建築に使われるものが大体似てるなら安心するだろう。でもそれはかなり長い期間そういう場所にいたということだ。両手両足が一緒に出ているスナッチとは違う。
「スナッチ、怪しい」
「なんでお前はこの空気で平気なんだ」
「さあ?」
不思議と嫌な気はしない。神様なんて無意味だとかそういうことを考えたことがないからかも。悪い事があったときは大体誰かのせいだったし、運が悪いときは運が悪いなあと思うだけだ。絶望を知らないわけじゃないけれど、それでも立っていられたのは誰にも縋らなかったからかもしれない。……そうなると、フリとはいえ私は神様に何を祈ればいいんだ?
「難しく考えるなよ。さっき言われたとおり天気のことでも考えてろ」
クラリスにぽんと背中を叩かれる。綺麗な部屋の奥で跪いて祈っている人たちがいる。そこに加わるのはなんとなく嫌な気持ちがした。クラリスの言うとおり何も考えないでおこう。両手を組んで目を瞑る。
シンと沈黙が降る。
元々落ち着いた行動の多いリリムと違って本気で落ち着かないヤークの衣擦れの音が聞こえる。静かだからか小さく話している声も聞こえてくる。
「街に勇者様が到着されたらしい」
「そうか、出迎えなければな」
……おっと。目を開けて振り返ると、リリムだけがこちらを見ていた。驚いたように視線を誤魔化そうとしているけれどリリムにも聞こえていただろう。まずい、勇者が来る。まっすぐここに来るだろうか。来るだろうな、私たちが来たぐらいだ。
「スナッチ、勇者が来る」
「お前は顔が割れてるな、隠れてろ」
スナッチにリリムの腕輪を渡して急いで物陰へ移動する。祈って目を開けていない人やそもそもぼーっと立っている人も多いからか不審には思われていないみたいだ。自分の隣にヤークも並んだ。……ん?
「なんでヤークも?」
「あ、いや、その、まだまずいかもしれないからな……」
まだまずい?
訳アリだとは思っていたけど何をしたんだろう。勇者を追いかけていると言っていたけれど、会いたいわけではないのか?
「勇者の旅に同行したかったが……、あいつがいるならまだ無理だ」
「あいつ?」
「シッ、来た」
コソコソと覗き見る。私の情報のおかげでスナッチが敵意をむき出しにすることはないだろうけれど、万が一に備えていつでも走り出せるよう伺う。一番足が速いのは私だけれど、もしもここで勇者と敵対することになれば真っ先に私が飛び出して全員が逃げられる盾にならなければ。
「ようこそいらっしゃいました、勇者様」
現れたのは前に一度だけ会ったマリンベルの勇者だ。従者を全員連れている。
「僕はマリンベルの第二王子、レムリンドだ」
「お待ちしておりました」
震えながら恭しく頭を下げる神父。スナッチたちは聞き耳を立てながらまだ祈るフリをしている。勇者のためにと場所を空けさせるような横暴はしないみたいだ。胸元の紋章に手を当てた。
「ここで魔法を頂けると聞いたんだが……」
「はい、紋章をお持ちの方にしか授けられないものです。所有者は近くにある森の入り口に居を構えております。こちらの紙の場所へ、明日お越しください」
「わかった。では祈りだけ捧げさせてくれ」
「ありがとうございます、せっかくですからこちらへどうぞ」
奥の更に綺麗な部屋へ通される勇者たち。スナッチの横をすり抜けるようにして移動する。その瞬間にスナッチが立ち上がった。……あれは、もしかして。
「おっと、すまない」
「イエ、コチラコソ」
演技力ないなー。呆れて眺めていると、勇者たちが全員祈りのための部屋とやらに入っていった。姿が完全に見えなくなり、ドアが閉まったところで立ち上がる。
「ヤーク、急ごう」
「え? な、なんだ?」
スナッチも随分リスキーなことをする。あいつ、場所の案内の紙をスリやがった。不自然に見えないように、なるべく急いで歩いてスナッチたちに近寄った。小芝居も忘れずに。
「祈り終わった?」
「あぁ、はやく行こうぜ」
今日も宿には泊まれなさそうだなあと思いつつ頷く。妙に急ぐ私達をリリムとクラリスが不思議そうに見ている。ヤークもなぜか急いでここを離れたいのか意味もわかっていないのに頷きまくっている。神父たちに会釈をして神殿を出た。気付かれる前にもっと離れないといけない。勇者達がどの段階で気付くか、そう思えば明日まで待っている余裕はない。
「最悪の場合、次の街まで食料事情は現地調達できるものと味付け無しになるかも」
調味料ぐらいは足しておきたかったけれど、次の街まで持つだろうか。こうなったら勇者たちより先回りして魔法を頂戴するしかない。もっと情報が欲しかったけれどしょうがない。勇者たちが紙を盗られたのではなく落としたのだと思ってくれたら少し時間の余裕はできるけど、それでもモタモタしていれば出し抜きづらくなる。5人で顔を突き合わせて地図を見た。今からでも訪れることは可能そうだ。
「行こう」
よくわからないまま頷く2人と、嫌な予感がすると首を横に振る1人を引っ張って私達は後ろ向きでも前に進むことにした。




