18.名前
本当の旅の理由を聞いた後も、ヤークは旅についてきてくれている。どうやら私を見定めているみたいだ。時折私のことをじっと眺めては頷いたり首を振ったりしている。事の成り行きを見守りながら、私の出方を観察してたまに持ち歩いている紙の束――ノートとやらに、文字を書いている。
「観察じゃなくて、お前を見習っているんじゃないか?」
「それはまさかでしょ」
変わったこともある。ヤークはたまにだけれど剣を使うようになった。魔法に頼るところは変わらないけれど、必要だと感じたなら剣を振り下ろす。何もかもが固い性格だけれど納得すれば素直に言うことを聞く。もともと浪漫を追い求めて一人で街を飛び出すようなロマンチストだ。信じやすい。加えてなんとなく面倒見がいい。
「いいよな、夢があるって」
「これは、スナッチの夢でもなかった?」
「それもそうなんだけどな」
こういう話をすると少し悲しそうに笑う。スナッチの傷はまだまだ塞がらないようだ。私にできることといえば、同じく馬鹿正直に夢を叶えるために邁進することぐらいだろう。彼が立ち直るには、自分の力で自信を掴むしかない。
「俺は何が向いているんだろうな」
スナッチは斧を振り回している姿は似合うから……木こり?
でも村って感じじゃないな。スラムとはいえシティボーイだったんだな。
「優しいとは思うよ」
リリムでもそう思うのか。
「じゃ、神父なんていいんじゃね?」
「向いてるわけないだろ。リリムじゃないけど、俺だって神様は嫌いだ」
ニヤついた笑いでからかうのはクラリス。神父の案に本気で嫌そうな顔をしたスナッチはやれやれと首を横に振った。
「うーん、そろそろ次の街だけど……、地図が切れるね」
序盤で買ったこの地図は小さいうえに古く、買った街の周辺までしか書いていない。
「ここから先はかなり文化が違うからな」
「ヤーク先生は行ったことがあるの?」
「いや、授業で習った。おおまかな場所と興味のあった街は覚えている」
次の街で地図を買わないと。
「興味って?」
「次の街では、勇者に魔法を授ける街なんだ」
ほっほーう?
それは初耳。
「おかしな話だ! 勇者にしか授けられない魔法など!」
「怒るポイントはそこなの?」
「詳しくはわからないが、ウィフテッド様は使えなかったそうだ」
リリムと回復魔法みたいに相性の問題じゃないのか。きっとそんなことなんて他の人がずっと考えてきたことだろう。それならきっと本当に勇者しか扱えないのかも。ただ“授ける”ということは何者かから与えられるということだ。紋章だけで誤魔化せるだろうか。
「じゃ、そろそろ本格的に追われる覚悟を決めるしかないかあ」
「え」
「紋章の出番か、走るときは俺に捕まるんだぞクラリス」
「ん?」
「君達は何と戦う気だ……?」
さて、世の中かな。
「勇者が先に居たら、もう1つの国の王子を名乗るか?」
「さすがに無理がある。……いや、確か物語の勇者は転移魔法を使えたんじゃなかったかな」
「実際に存在はする。私は使えないが、全ての勇者が使えるわけでもないはずだ」
「はず?」
ヤークは口に手を当てて少し考えると、いつも通り長い説明をしてくれた。転移魔法は属性としては精霊魔法らしい。勇者のみでなく魔法を扱えるものなら光魔法であれば光から光へ、闇魔法であれば闇から闇へ、水なら水へ、炎から炎へ。
「そういえば、唯一風魔法では扱えないとは聞いたことがある」
ピクリと反応するリリム。あ、まただ。即座にご機嫌伺いにまわるスナッチ。
「み、水魔法も扱えるもんな?」
「風魔法って……弓とか音の遮断とか……、どんどん引きこもりに近づいていくんだけど……」
「今は! 旅に! 今は旅に出てるだろうリリム! 水は大丈夫だ、水は大丈夫だから!」
風魔法って意外と引きこもり向けなのか。本来であれば回復と風に強いエルフは、確かに森の奥深くに隠れるというからリリムだけじゃなく種族全体が引きこもりなのかもしれない。
「逆に土魔法の使用者は遠くへの転移にも強いと聞く」
「お! いいね、僕はやっぱり後衛向きだ」
リリムが羨ましそうにクラリスを見た。基本的に攻撃型の魔法に特化してしまったリリムとは違い、クラリスの魔法は攻撃もするけれど回復にも支援にも強い。……つまり、リリムが羨む要素が多い。ドワーフは筋骨隆々とした人が多い種族だから、自分の肉体で戦うことが多い。斧やハンマーをぶん回し、魔法を使える人も少ないので、使えたとしてもクラリスのように攻撃には使わないのだろう。
「エルフは暗殺者にも向いているらしいし、弓はやはり合うのでは?」
「ヤーク先生、それ以上の情報は……」
どんどん望まぬ情報が入ってきてリリムが本気で落ち込んでしまう……。ヤークも慰めたつもりなのだろうけれど、方向がずれている。
「もう一人の勇者だと言って、魔法で転移してきたと言い張るのか?」
「嘘積み立てないといけないね」
「もしくは『従者』だと言い張るかだな」
「物じゃないんだし、魔法を授けてもらうなら勇者本人がいないと意味がないんじゃない?」
あーだこーだと言ってみても実際どういう形か見てみないとなんとも言えない。もしかすると授けられはするけれど必要のない魔法だってあるかもしれない。
「街に着いたら、地図の新調と勇者の魔法についての情報収集かな」
新しい場所に着いたら基本は情報収集。ヤークに旅の理由を話した今、こそこそする必要もない。
「しかしもうすぐで次の街とはいえ地図が無いと野宿も不安だよな」
「そう?」
方角は合ってるし歩いている場所は一応人が歩きやすい道になっている。一定の間隔で看板もある。先人が歩いた道なら不安にはならないけどな。スナッチは心配性なんだ。
暗にそろそろ野宿の用意をしたほうがいいと話すスナッチに従って丁度良さそうな場所を探す。開けた場所なので街道からは少し離れないといけないようだ。そう思うと、確かに地図がないのは不安かもしれない。起きたときに自分の居場所を確認して安心したい。
「不安……。じゃあ、ヤーク、今日はスープにこれとこれを入れる?」
「ああ、いい判断だ」
む。
ヤークに今日使う食材の確認をするリリム。それを聞いた私の顔を見たスナッチが妙な顔で笑う。クラリスだけが疑問を浮かべた。
「なんだその顔」
「滅多に見られない全力不機嫌顔だな」
それはそうだ。私は滅多に嫉妬なんてしないタイプ……だと自分で思っている。ので、うん、うん、楽しくない気持ちだ。嫌だけど認めよう、これは嫉妬だ。戻そうと思っても戻らないのでムッスリと黙り込む。リリムもヤークも困ったようにこちらを伺っている。困らせたいわけでもないし、これは自分の努力不足だ。
「なんでもない」
恐らく理由をわかっているスナッチだけが爆笑している。スナッチが笑うせいでクラリスとヤークは問題ないと判断したみたいだ。もう興味を無くして野宿の準備を始めている。滅多に見られない不機嫌な顔を自分のせいかもしれないという不安に駆られたリリムだけがオロオロと私の前で佇んでいる。薬草を持ってひたすら自分を案じてくれているのがかわいそうで、不機嫌な顔が見えなくなったらいいだろうと思ってふいと顔を逸らしてヤークのほうへ行けと手をふった。まだ佇んでいるリリムを見かねてスナッチが笑いながら料理班に誘導する。
「ま、リリムが悪いっていうのじゃないから放っておいてやれ」
「そう言われても……」
知られても不機嫌が治るわけじゃないし、事実というのは揺ぎ無い。首輪がリリムを苦しめない程度に離れて剣の修行をすることにした。こういうときは身体を動かすのが一番だ。クラリスが付き合おうとメイスを握った。珍しい。
「で、なんでそんなに機嫌悪いんだ?」
「クラリス、ちょっと楽しんでない?」
「珍しいからな。それにスナッチがああいうなら本当にしょうもない理由だろ」
メイスを大振りするクラリスに合わせて回避優先で身体を動かす。その理由の先には、実はクラリスもいるんだけど。腹が立ったので昏倒させようと足めがけて蹴りを入れると身軽に避けられた。身体が小さいから的になりにくい。
「……子ども扱いしない?」
「理由による」
それは絶対に笑うヤツだ。スナッチと同じ反応をするヤツだ。ムスってしながら剣を仕舞う。
「ん? 終わりか?」
「ううん、ちょっと腹慰せに素手でいこうと思って」
「は?」
戸惑いつつもメイスを振り下ろすクラリス。避けて、懐に入ってクラリスがメイスを持つ柄に手をやる。
「えい」
「イテッ」
手首を捻り、指に力をかけてメイスを落とした。スナッチみたいな大柄な男性ほどの筋力はないので両手でしかできないのが自分の欠点だ。
「なんだ今の!?」
「手癖が悪い人だけができるヤツ」
「拗ねてるからって訓練にならない変なことすんなよ!」
こういう悪い手口に対抗する手段を考えておくのもアリだと思うけどな。
「八つ当たりじゃないか」
「違うよ、正当な苛立ち」
「正当な苛立ちってなんだよ」
……口が尖る。種族的なものだと思ってたから気にしてなかったのに。いや、クラリスは“他の人”は呼ぶ。ずっと心に引っかかっていたから、不満が爆発している。いやだ、絶対笑われる。
「……クラリスとリリムに名前を呼んでもらったことがない」
むっすりと剣を抱えて座り込んだ。
「は? 名前?」
背中を向ける。いじけていると、後ろから盛大に吹き出す音が聞こえた。
「ブハッ、な、何お前、そんな理由……っ、ひ、ひひ、ダメだ、限界、ははははは!!」
続けて大爆笑して人の背中をバシンバシン叩く。ドワーフは機嫌が良いと人の身体を全力で叩いてくるところが嫌いだ。眉を寄せたまま振り向いて叩いてくるクラリスの手を払おうとしたら頭をもみくちゃにかき混ぜられた。大声で笑うから、料理組が何事かとこっちを見る。スナッチの顔が「話したのか」みたいな温かい顔で腹立つ。
「そんなに変な理由だったのか?」
「くっくっ……そ、それがさぁ、もがっ」
近寄ることなく大声で聞いてくるヤークに答えようとしたクラリスの口を手で塞いだ。手の下でも堪えきれないのか苦しそうにしながらも笑っていた。リリムが理由を聞きたそうにこっちを見ている。駆けつけたいけれど料理中だから離れられないとそわそわしているようだ。
寝る直前まで度々思い出しては吹き笑いするクラリスを睨みながら時間が過ぎた。見張りをしながら剣を振り、スナッチを起こしてからいつも通りリリムの毛布にもぐりこもうとして、やめた。拗ねて訓練を続けたせいで自分自身があまり良い匂いとは言えない。せめて水浴びができればいいけれど、明日にはきっと次の街だから我慢だ。久々に自分の毛布を取り出したものの、寝心地が悪い。
「そんなに拗ね倒しているとまた苦手な“お話”が増えていくぜ」
「別に拗ねているからってわけじゃないよ」
小声で話しかけてくるスナッチの言葉にまた拗ねる。自分の悪臭で起こすのが嫌だっただけだ。……まあ、水浴びしてない期間なんて全員同じなんだしもう鼻も曲がっている気がするけど。
「……自分だけが要らないみたいだ」
「そんなこと言うなよ。お前の旅だろ」
そのはずなのに。うまくいかないことばかりで、嫌になる。スナッチだけじゃない、私も実力が欲しい。次の街で勇者の何かを手に入れられたなら変わるだろうか。
「お前が全部捨てても俺が居ることを忘れるなよ」
……スナッチの理由は、明白だ。一人が寂しいから私の傍にいる、守る。私もそうだ。でも、今はまだ立ち止まって誰も知らない村や街に流れ着いて小さな仕事をするのは違う気がする。心が前へ進めと命令してくる。だから、みんなをつき合わせている。その中心には確かに自分がいるはずなのだけれど、なぜか孤独なままだ。名前を呼ばれても変わらないんだろう。これは、なんだろう。
来週は更新できない可能性が高いです。すみませぬ。




