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17.ドリアンパイ3

 ご飯がまずいのは嫌なので、食べた後にみんなでヤークを取り囲んだ。もちろん作ったのはヤークである。個人的にはご飯を食べた時点であの瞬間のイラつきは解消されたのだけれど、男性陣はそうでもないらしい。


「その剣と鍛えられた身体は飾りか!」

「僕には回復と土魔法の才能しかないからあとはメイスを振っとけとかアドバイスをしながら剣を振りたくないってなんだお前ー!」


 どちらもヤークの発言の謎というより、自分のコンプレックスへの叫びに聞こえる。醜い争いだと薄く笑うと「何笑ってんだてめえ!」とスナッチの汚い野次が飛んできた。


「ヤークは剣が嫌いなの?」

「……いや、剣は剣で大事だと思う。ただ、その、だな」


 座り込んだヤーク先生の真正面には自分が座った。その隣にリリムが座っている。野次を飛ばしていた醜い男性二人はヤーク先生の両側を逃がさないようきっちりと固めているのだけれど絵面がむさくるしい。


「ヤーク先生は本当に魔法が好きだよね」

「そう、そうなんだ!」


 助かったといわんばかりにこちらに身を乗り出すヤーク。


「魔法じゃなければ……意味がないんだ!」

「命あっての話だろう?」

「それはそうだが」


 今まで四人でやってきたのだから、一人増えたことを思えばそいつが動かなかったことで問題はなかったのだけれど、人間自分が多忙なときに動いてくれない人がいると気になるものだ。ヤーク先生はまだゲストの扱いだとは思うんだけど、本人もきまずそうにしているし折角なので突き詰めさせてもらおう。


「“英雄志望”だけど“魔法しか使いたくない”。それはつまり、魔法を英雄にしたいの?」


 魔法を世に知らしめたいのか?

 何のために?


「……いや、違うんだ、ちがう……」


 頭を抱えてしまったヤーク。


「私が、魔法を使いたいんだ……」


 手のひらを見つめるヤークの空気は重い。確か以前に村では魔法を使えてもいじめられると言っていたけれど。


「あぁ、いじめられていたわけではない」

「心を読むのはやめてほしい」

「読んではいないが、君は顔に出やすいな」


 そうなの?

 リリムを見ると困ったように首を傾げた。


「好かれてはいなかったけれど、いじめられるほど弱くはない」

「じゃあなんで?」

「……憧れたからだ」


 英雄に憧れて、魔法が好きだったから。

 確か昔、とても昔の話、勇者に付き添った有名な魔法使いがいた気がする。娼婦たちの話ではあまり出てこなかったけれど。


「私の故郷は知ってのとおり、魔法の都だ。起源は勇者に付き添った魔法使いウィフテッド様。彼女はもちろん寿命で生きてはいないけれど、彼女が街を作った願いは勇者に付き添う英雄を育てること」


 へえ。

 何度も言うけれど、魔王に挑んだ勇者が生きて帰ってきたことはない。ウィフテッドはそれを悔やんだのかもしれない。




「そんな街で育ったんだ! 魔法で英雄になりたいと考えて何が悪い!」




 あ、開き直った。その浪漫はわかるのか、男性陣は口を噤み始めた。


「悪くはないけど、どうしても危なくなったら剣も使ってね」

「……わかった」


 命がなければ、英雄にだってなれないのだから。














 リリムが薬草を煎じる隣に居座る。一度乾燥させた薬草を石で粉にした後、鍋に入れる。火で熱する。聞けば答えてくれるけれど、リリムは教え方がわからないからサクサクと作業を進めてしまう。綺麗な指が細やかに動いて薬草を摘んだり鍋を混ぜたりする姿を見るのは飽きない。お金にもなるので、持ち運びに支障のない程度の器具は揃えた。巷で出回っているような蒸留ポーションなるものなどは作れないけれど食うに困らないぐらいには稼げる。ただ、装備の消耗や新調のことを考えると魔物の素材なども無駄にはできない程度には裕福ではない。


「確か主な収入源はリリムの作った薬だったな」

「倒す魔物次第だけどね」


 ロードウルフ自体は珍しくはないけれど状態が良いからそこそこ良い値段にはなると思う。こうして自分達で生計が立てられていることを考えると、幼少期から魔物を倒せるほど強ければなあと思わなくもない。スラム時代があったからこその今であるとも言えるけど。


「君はどうしてそんなに凝視しているんだ?」

「私も作りたいから」

「この武者修行旅は君が主体なんだよな?」

「そうだよ」


 首を傾げるヤーク先生。これが本当は勇者になるための旅だと知っているクラリスとリリムは知らん振りだ。スナッチは武器の手入れをしながら耳を澄ませている。“なるべく話す”というのは難しいし恥かしいものだなあ。せめて先ほどのリリムと同じく二人きりなら多少恥かしいことでも言えるのに。


「ヤークは魔法で強くなるために何をしてきたの?」

「ふむ、そうだな。まず魔法の起源を学び、精霊と語る言葉を学び、実践を繰り返してきた」

「それを叶えるためには、学校へ通い、集団生活を強いられる」

「……それもそうか」


 学校生活とやらは知らないけれど、集団生活のしんどさは知っている。弱い自分たちがスラムで生きる為に、集団で過ごし、嫌いな食材も食べ、嫌いなヤツとも肩を並べ、靴だって磨かないといけない。人のことは言えないけれど、特にヤークは人と付き合うのが苦手なように見える。言葉遣いはガチガチでも勢いで喋るから話す内容としてはどちらかといえば粗野なほうだ。


「何もここまで人嫌いばかり集まらなくてもいいのに」

「お前が言うな」


 人嫌い筆頭のクラリスに突っ込まれる。


「自分の目指す強者になるためには、必要だと判断したためだよ」

「なるほど」

「あと老後のため」

「そっちが本心か?」


 痛ましいっていう顔でこっちを見るスナッチ。大丈夫、勇者にはなるけど、死ぬ気もない。だからこの話は嘘じゃない。ただ、勇者になるとしても、ただの強者になるとしても。




「前例がないからやってはいけない、なんてことはないでしょ?」




 驚いた顔でこちらを見るヤーク。


「……普通に笑えるんじゃないか」

「笑ってた?」


 それは良かった。表情筋に力が入った気がしないんだけど、まあいいか。


「ヤークも魔法で英雄になりたいならなったらいいし、できれば最後まで旅についてきてほしい」


 結果としては同じかもしれないし。私が勇者になれたなら、ヤークはきっと英雄だ。不思議そうにこちらを見るヤークの顔に嫌悪感はないように見える。


「……君は、なんでもない顔をして人を口説いてくるな」

「あれ?」


 リリムクラリスヤークに対しては、結構きちんと傍に居てほしいと伝えているはずなんだけど。わかりにくいのかな。かなり頑張って喋っているほうなんだけど。スナッチを見るもなんか温かい目をしていて気持ち悪い。


「ところで、最後ってどこなんだ」


 今度はきちんと笑って見せると、全力で引かれた。失礼だな。




「私が魔王を倒すまで」




 今言うんだみたいに呆れた顔をしたクラリスとリリム。さぁどうでるかとスナッチがいつでも取り押さえられるよう腕を緊張させたのが見えた。大丈夫、彼女は頭が使える。不可思議な考えをただ暴力で否定する人間ではないよ。


「は?」


 自分の耳を疑うように顔を歪めてみせる。冗談だと思ったようだ。


「本当だよ」

「いや、君は第二王子か? そもそも女性だろう」

「資格なら手に入れたよ」


 首に隠した紋章を取り出して見せる。淡く光る紋章を見て目を見開いた。


「知っているよね」


 だって彼女は、あの鉱山で倒れていた。紋章という存在を信じた。どこまで知っていたかわからないから、あそこで来るはずのない勇者を待っていたのかそれとも私のように勇者を目指したのかはわからない。


「……盗ったのか?」


 正しくは譲ってもらったのだけれど「気に入られました」なんて理由では信じてもらえないだろう。万が一、ヤークが手に入らなかった場合、紋章を譲ってくれた村長にも迷惑がかかる。スナッチから言うなという圧がかかる。


「いや、紋章に選んでもらった、のかな」

「今考えただろ」

「違ってはいない。この通り、紋章は光っているよ。紋章は勇者にしか光らない、らしい」


 紋章を投げてスナッチに渡す。別の人間の手に渡った瞬間、光らなくなった。このこと自体は以前に確認している。……あのとき、少し安心した顔をしたスナッチの顔も。また投げ返されて光り始める紋章。


「……ふむ、ではそもそもの各国の第二王子しか勇者になれないという定義が間違っている?」


 もう一度言うけれど、ヤークは頭が使える。考えるモードに入ったヤークの思考の相手をする。


「血が問題なら、なぜ第二王子なんだろうね?」

「それは単純に王族の血を絶やさないためだろう。第一王子を出せばすぐに絶える」

「じゃあ以外と王子様なら誰でも光るのかも?」

「いいや、君が女性であることは知っている。血であれば君も王族ということになるが……」

「記憶がないからわからないよ」

「記憶がない? まあいい、出自がわからないのであれば、あるいは勇者の条件が全く異なるかだけれど君と勇者にあってスナッチに無いものを考え……、なぜ君は嬉しそうなんだ」


 思考をずらしたのは私だけれど、そう難しい話じゃない。怪しくないし本気だという証明のために紋章を見せたのであって、勇者になれる資格なんてどうだっていいのだ。それがなくても、私はやることを変えるだなんて考えはひとつも持っていなかったのだから。


「ヤークは英雄になるんでしょ?」

「む」

「じゃあ、私が勇者になればヤークも英雄になれるよね」


 そういう問題なのかと首を捻るヤーク。そういう問題なのだ。













 一晩明けて、町に戻ると子どもたちが待っていた。


「おかえりなさい!」

「すごい、本当に持ってきてくれたの!?」

「魔物は? ねぇ、倒したの?」


 まとわりついてくる子どもたちを見てスナッチが嬉しそうにする。どうやら黙って逃げたのではないかと心配していたようだ。本当はもっと早く帰ってくる予定だったけれどおかげで良い経験になった。この子たちにも感謝しないといけないな。


「お姉さん、手に持っているの何?」

「えっと」


 元気な子ども(クラリスは除く)と話すのは初めてだからか緊張しているリリムが微笑ましい。代表格の男の子がそわそわとしながら、弟と妹をまとめようと必死になっているけれど、平和な町の子どもならこんなものだろう。戦士や旅人に憧れて、話を聴きたがる。


「とりあえず、早くお母さんに薬を飲ませてあげようか」


 スナッチに何人か子どもを担ぎ上げてもらい、家に移動する。今度はすんなりと母親の元まで通してくれた。クラリスとリリムが介抱をすると凄く感謝された。さて、たいした報酬は払えないといっていたけれど子どもたちは何を用意したんだろう。母親は凄くきまずそうに今あるお金をかき集めてくれたようだけれど、さすがにそれを頂くわけにはいかない。最悪何か報酬をこちらで考えないといけないだろうか。勇者だって無償で人助けをしているわけではない。いつの時代だったか、確か無償で人助けをしたことで悪い街から一生抜け出せなくなった勇者がいたという話を聞いたことがあったなあ。


「あの、どうぞこちらへ」


 子どもたちに手を引かれて入った埃っぽい居間には冷えたパイが置かれていた。


「昨日はまだ温かかったんですけど、あの、その、果物はタダでとれるのでいっぱいあるんですが……」


 焼きなおすほどの材料がないのか。困る子どもたちと、やはりと顔を曇らせお金を差し出そうとする母親。面倒なことになったなあという顔をするヤークを見て笑う。甘いぜ、金のない人間が差し出せるものぐらい知っている。


「スナッチ、子どもたちをお願い」

「わかった」


 言わなくても理解しているスナッチは笑顔で引き受けた。首輪の都合上リリムだけを連れて、簡単に買い物をして戻る。小麦粉とバターだけを子どもたちに渡す。




「私は、料理ができないんだ。だから作り方を教えてよ」




 それが報酬だと言うと、なるほどと納得する仲間と拍子抜けした顔のヤークと子ども達。すぐに馴染んで嬉しそうに笑いながら料理を作り出す子どもたち。振り回されながらリリムとクラリスも参加している。なぜスナッチは参加しないのか。いや、子守はしているけれど。泣きながら感謝してくれた母親も今はベッドに戻って安静にしてくれている。


「……最初から考えていたのか?」

「まさか」


 成り行き任せでたまたまた目に入った人間が笑う方向へ。思いつかなかったら自分も困った顔でスナッチやクラリスを見ていたよ。冷えてしまったパイを口に運ぶ。うん、冷えていても美味しい。教えてもらえればこれは大きな報酬になりそうだ。ヤークの知識にお菓子は含まれていなかったから、リリムの料理も薬草の使い方の幅も大きく拡がるだろう。


「さすがにもう全部を救えるとは思っていないけれど、目指しているのは“物語の勇者”だから目に入るものだけでいいんだよ」

「そうか、物語を目指しているなら資格は関係ないな」

「そうそう」


 完成を待つ間に冷えたほうのパイをヤークにも差し出してみる。冷えているんだよなあと警戒したヤークが恐る恐る口に含んで驚く。


「意外と美味い」


 ヤークの世界もかなり狭かったらしい。英雄を目指すなら一緒に世界を拡げてもらわなくては困る。ツマミ食いを叱ってきた子どもたちとリリムに笑顔を返すとすごく引かれた。人を怖がらせない魅力的な笑顔を教わったほうが良かったかな。私もまだまだ固定観念だらけだ。

シンプルに一週遅れました、ごめんなさーい!

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