16.ドリアンパイ2
「リリム!」
「大丈夫か!?」
「う、痛……、ありがとう、ヤーク」
「くそっ、なんとかしろ、ルートリア!」
ふっとばされたリリムを受け止めてくれたヤークに感謝、している場合ではない。それは後だ。一番前でデカいのを食い止めているスナッチに寄せ付けないよう、周りにいる素早い雑魚を仕留めていたのだけれど数が多い。一人では抑えきれずに漏れた数匹がリリムのほうへ向かった。自分の感情を止めてでも守らないといけないのはクラリスだ。彼はメイスもあるから近接もできるとはいえ動きは遅い。
「ヤーク先生、剣使えないの……っ!?」
「使えるけど……使いたくないんだ!」
「ハァ!?」
「私は魔法使いだからな!」
クラリスがキレる気持ちに同調しつつ、これはまた後で反省会だなと舌打ちをする。生きて帰らなければそれも無くなるから、とりあえず今をなんとかしないといけない。
襲ってきたのはウッドゴーレムとロードウルフ大勢。リリムの指示で採ろうとした薬草は栄養価が高く、恐らくウッドゴーレムのご飯でもあったらしい。悪い魔物っていうわけでもなかったから少し拝借して見つからないように去ろうとしたらロードウルフが大挙して押し寄せてきた。ロードウルフはフォレストウルフと違い、本来人間の通る道で人間を標的として道端でよく出くわす。森であるここにはいないはずの種だ。
……なんとなく嫌な予感がする。
“なにかしら”の原因があって追われて森へきた、そして人間を見つけた。だから今私たちを襲っている、と思う。更に私たちに気付いたウッドゴーレムが大暴れ。子どもたちが来なくて良かったとは思うけれど、どうして自分たちがこんな目に……。
元々武者修行のつもりだから魔物と戦うつもりだったけれど、待ち伏せされているような分の悪い戦いをするつもりはなかった。いや、こういうケースに対応するのも“経験”か。
「火の魔法は使うな! 燃える!」
「じゃあどうしろっていうんだ!」
「ああもう! クラリス、ヤーク、喧嘩するなよ!」
スナッチが泣き言を叫ぶ。ヤークが得意なのは火の魔法。ただ、他にも使えたはずだ。ウッドゴーレムは斧使いのスナッチに引き続き任せるとして、“今回は”仕方ないからリリムをヤークに任せる。後で役に立てないことを悔やむだろうけれど、私のミスだ。普段からリリムを守るべきじゃなかった。一緒に戦うために、もっと色々教えておかないといけなかった。後衛組に近づけないよう剣を振るいながら、指示を飛ばす。
「クラリス、土魔法で足止めをして。リリムとヤークに近づけさせないだけでいい」
「倒したほうがいいだろ!」
「それだとうまくまわらないよ。全部仕留めるから、回避させることに専念して。高い位置までは土を伸ばさないように」
「注文が難しいな!」
「クラリスはできるよ」
器用なタイプだ。ヤークに話を聞いてから彼の土魔法の習得は目覚ましかった。威力を伸ばす方向で動いているリリムとヤークとは違い、種類に富んでいる。回復魔法はもちろんだけど、クラリスの存在は頼もしい。これで私がトドメを刺すことに専念できる。
「ヤーク、なんとかしてウッドゴーレムにダメージを与えて。火以外で」
「なんとかって……!」
「リリムは……」
初めて目を仲間に向けた。リリムが縋るような目でこっちを見ている。……やっぱり、間違えた。後で謝らないと。
「弓でロードウルフを倒すほうを手伝って」
うろたえるのは、まだ精度に自信がないからだ。動き回る私に当たることを懸念している。
「当てていいから、お願い」
定まったらすぐ行動。スナッチとクラリスの足止めにも限界がある。クラリスの足止めを抜けてロードウルフが全員こちらを襲うよう派手に動き回る。跳んで駆けて剣で切り捨てる。噛み付いてくる個体は蹴り上げて鞘で殴った。スラムの喧嘩と変わらない。今ならクラリスのおかげで一対多の状態で戦える。有り難い。切り捨てた一体の頭を掴み、盾にする。噛まれなくはなったけれど気持ちが悪い。
「悪い! 遅れた!」
「助かる」
ウッドゴーレムを倒したらしいスナッチが戦場の真ん中を陣取る。後は、周りで倒せばいいだけだ。全力で立ち回って、全部倒した頃には日が暮れていた。せっかく宿をとっていたけれど、今日はこの付近で安全な場所を用意して野宿したほうが良さそうだ。近くに丁度良さそうな窪みのある大きな木がある。魔物の使えそうな素材を拾いつつ、みんなで移動した。
ロードウルフの素材は珍しくないけれど、可食部もあるし肉は干せば保存できる。矢で首だけを打たれて死んでいるロードウルフもいるから皮は売れるかも。ウッドゴーレムは火でも雷でもなく、風と斧で切り刻まれていた。ウッドゴーレム自身も木でできているから煎じたら栄養価の高い何かができた、ような。知識の元を探すと、少し離れた場所にいるリリムと目が合った。怯えて目を逸らした様子に胸がしんと痛くなる。
「おい、ルートリア。治療してやるからこっち来い」
「……いいよ、クラリスはスナッチを先に回復させてあげて」
腕を見ようとしてくれたクラリスに手を振って、リリムに近寄る。
「リリム、少し話をしようか」
「……はい」
何歩も、何歩も、進んでは戻っている。この距離感が今日は邪魔だった。まずは怯えないようにと気を使っていたのが仇となるなんて。手に薬草や薬を持ってみんなから少し離れた場所に腰を下ろした。
ぼんやりと固まってしまった血を眺める。痛いし辛いけど、毒よりはしんどくはない。怪我に慣れているから。
「……ごめんなさい」
それは何に対する謝罪だろう。リリムは「ありがとう」が少なくて、ことあるごとに「ごめんなさい」を口にした。そのたびに私とスナッチは首を傾げてきた。ヤークの言うとおり、甘やかしすぎたんだ。ちゃんと言うべきだった。植えつけるべきだった。役に立っていることを。
「リリムはあの戦闘で何をしていたの?」
ビクリと肩を揺らす。怒っているわけじゃなくて、聞いているだけなのに。……また言い方間違えたかな。
「ロードウルフが近づいていることに気付けなかった」
「森は木が擦れる音や気配が多くて他人に気付きにくいんだよ。リリムの耳を頼りにしていたわけじゃない」
「魔法を使って敵を倒せなかった」
「使える魔法がないって判断したのは私だよ」
「……あの子みたいに、回復してあげられなかった」
それこそリリムに求めていないものだ。どうやらリリムは自分に対する期待が大きいらしい。自信がない、というのは慎重で良いこともあるけれど、極端すぎれば行動を狭める。“口で指示しなければ”動けないのであればこれから先どんどん厳しくなる戦いにはついて来られない。リリムには悪いけれど、私たちにはついてきてもらうしか道はない。
「リリムはできないことばかり考えるんだね」
「ごめんなさい」
「怒っているんじゃないよ」
懐かしい。子どもの頃、私もこうして怒られていた気がする。……誰に、だっけ。思い出せないということはたぶんスラムに行く前だ。燃え盛る水の都の風景しか、覚えていないと思っていたのに。いや、以前リリムが歌ってくれたときに少しだけ思い出した気がする。
リリムの服に手をかける。無抵抗のリリムの肩を肌蹴させると赤く滲んだ擦り傷が見えた。痛めているからかさっきから動かさないようにしていたのを見逃していなかった。持ってきていた薬を手に出して直接塗りつける。塗る瞬間は痛いので、一瞬跳ねた身体を見て見ないフリをした。即効性はないもののゆっくり傷が塞がっていく。
「この薬を作ったのは誰でしょう?」
「その形のビンなら私、だけど」
「もし私だったとしても、それを教えたのはリリムだよ」
傷が完全に塞がったのを確認して服を戻す。リリムがこっちをじっと見ている。これはリリムの癖だ。わからないと思ったときにその相手や物をじっと見る。元々好奇心旺盛なんだろう、よくそうしているのを見かけるようになった。それに、気付けるようになった。
「何を教えたいの?」
「なんだと思う?」
「……薬も、回復魔法には劣る」
「全部を回復魔法で回復していたら攻撃にまわす魔力がなくなるしいざというとき使えないよ」
甘やかしていた。いや、甘えていたのかも。
話すのが苦手だから、誤解を与えやすいからって避けていた。リリムもそれで良さそうだったし、なによりスナッチと話してくれればいいと投げ出していた部分もある。リリムの首に繋がっている腕輪は自分のほうにあることが多いのに。
「さっきの戦闘で私はリリムを守るべきじゃなかった」
「……ごめんなさい」
「私の判断ミスだよ。いつも守ってしまっていたから、リリムが油断した。自分たちの戦闘の要が誰なのかをわかっていなかった私のミスなんだ」
本当にリリムに怪我をさせたくないなら、役割を理解させておくべきだった。後衛は二人だけど、弓と攻撃魔法を扱うリリムに合うスタイルは支援じゃない、直接敵を叩く役割だ。後衛だけど守られていては何もできない。そうして自信を失ってしまえばリリムはきっと戦えなくなる。指示も本来はクラリスに出させるべきなんだろう。二人には自分でどこに立てばいいのか、何をしたら自信を保てるほど役に立てるのか、私とスナッチが何をできないのか、もっと理解してもらわないといけない。その一歩目が、今更、今だ。
「リリムが、弓で倒してくれたロードウルフの皮は売れそうだね……」
治った肩に頭を預けると、戸惑う様子が見てとれた。顔は見られなくなったけれど不思議モードに入ったからきっと必要以上には落ち込まなくなったんじゃないかな?
「……呪い子はいつも強力な魔力を保有しているらしいの」
ほぉ、見た目だけじゃなかったんだ。ぽつりと言葉を漏らしたリリムの声を聞き逃さないように息を殺す。森の音も綺麗なままだ。クラリスとヤークも今は喧嘩をしていないらしい。
「でも私は回復魔法を使えなかったから、役にも立たない本物の呪い子だって言われた」
なるほど、回復魔法にこだわるわけだ。
「母が亡くなってからずっと里の外れの小屋で、外へ出れば叱られるから狩りもさせてもらえなかった」
ずっと一人で、たまに村長と話をし、せめて食べるためにと仕事を貰って薬草を煎じても与えられるのはその辺に生えている木の実や果物。それでも外へ出れば知らない罪を押し付けられ罵られ石を投げられ虐げられる。小屋の中にいても外へ出ても死んでいるような生活なら、大人しくしているほうがマシ。
「それはまた……壮絶な……」
「里が焼かれて何人が逃げたかはわからないけれど、人間に捕まって里の外に出られても奴隷扱いで前と変わらないんだなって」
「まあ、そうかな」
「子どもが殴られたり蹴られたりしているのを見て、せめてその子だけでも痛い思いをしないといいなって傍にいた、かな」
その子どもとはおそらくクラリスのことだろう。あの性格だ、奴隷商に捕まっている間も大人しくしていなかったに違いない。
「強力な魔力っていうのならあるんじゃない? ヤーク先生が褒めてたでしょ」
「……どうかな」
まだ痛々しく残る私の傷口にリリムの手が触れる。既に乾いてしまったからかピリリと痺れる。
「君に、期待されて、失望されるのが怖い」
私に?
たどたどしく、恐る恐る口にされる言葉を反芻して覚える。
「スナッチは?」
「私を買ったのは君だよ」
「んー……」
そう、だけど。なんだか背中がむずがゆい。
「たくさん人がいる中から私を選んだのも、私を欲しいって言ったのも、私を褒めたのも」
リリムの手が私の手からやんわりと薬を取った。腕に残った傷に触れる。至近距離で長い睫が伏せられて、私の腕が見られる。
「初めてをくれたのは、全部君」
凄い殺し文句だ。
あまり他人と話してこなかったから変なところ正直なのかな。むず痒い感覚に我慢できずに茶化してしまう。
「美味しいご飯を食べたのも?」
「……そうだね」
薄く笑うリリムはこんなに可愛くて綺麗なのに、エルフの美醜感覚はどうなっているんだ。案外、綺麗だからこそ疎まれたのかも。
「リリムは本当に行く場所とか帰る場所がないんだね」
「そうだよ、言ったでしょ」
それは確かに、役に立てないことを怖がることになる、かも。思った以上にリリムは“この旅”に縋っている。他にもっと良い場所があればそちらに逃げる可能性は残っているけれど、今のところはよほどの良い人に会わない限りは同行してくれそう。そのために彼女が役に立ちたいと思ってくれているなら、やっぱり彼女も合わせて強くならなければ。
「リリムの顔の綺麗さなら、誰でも欲しがると思うけど」
「……やっぱりそういう趣味なの?」
褒めているだけなのに、リリムはどうしても私を変質者にしたいらしい。
「服、脱がしてもいい?」
「そういう趣味なのはリリムじゃない?」
「回復薬が塗れないでしょ……」
「飲み薬の方が調合が難しいなんてこともリリムに会って初めて知ったことだね」
「すぐに回復する薬なんて劇薬のようなものだもの。口に入れられるものの材料を揃えたり作るほうが大変に決まってるよ」
なるほど。味も苦くて美味しくないもんね。どれもこれも“話して”初めて知ったこと。ケープだけを脱いで、服の隙間に薬を塗ったリリムの手が入り込む。ひんやりとして冷たい。
「いっ……」
「ごめんね、痛かった?」
それはいいんだけど。なんだかこういう会話、娼館で聞いたことがある気がする。そしてこういうときに間が悪く訪れそうなのはヤークだなと思った。集中して耳を澄ませてできればまだ来ないでほしいと願う。
「もっとたくさん話さないといけないねえ」
「……苦手でしょ、話すの」
どうして、と顔をあげると困ったように笑うリリムと目が合った。
「わかるよ」
「そう? でも、頑張るね」
「私も」
息がかかるくらい近く、耳元で囁かれる。
「なるべく話すようにする」
嬉しいけどそこで話すのはやめてほしい。……とは、言えなかった。静かにする、人との距離感がわからない、結果がリリムの距離の近さなんだろう。ゾクリと粟立つ肌となんとなく感じる悪寒を無視すれば、嫌いではない。お互いが全部を話せるようになるには時間がかかりそうだ。




