EP 7
休日デートと魔法のトウモロコシ。逃げ場のない甘い宣戦布告
冒険者ギルドで、私が『無能』ではなく『神話級の浄化の力』を持っていると判明してから数日が経った。
私は相変わらず、ヒエン様の実家——いや、フレア様の家である皇族の離宮で、至れり尽くせりの生活を送っていた。
「アリア、はぐれないように手を出せ」
「は、はいっ」
今日は、ヒエン様と二人きりで帝国の巨大市場へと『お買い物デート』に来ていた。
もちろん、フードを目深に被って変装したヒエン様は、今日も息をするように自然に私の手を握り、人混みから守るように肩を抱き寄せてくれている。
ギルドであの激重で真っ直ぐな言葉をかけられてからというもの、私はヒエン様を見るだけで胸がドキドキしてしまい、ただ手を繋いでいるだけでも顔から火が出そうだった。
(ヒエン様の、手が大きい……それに、いい匂いがする……)
チラリと見上げる横顔は、フードに隠れていても反則級に整っている。
こんなに素敵な人が、私なんかのために毎日ご飯を作ってくれて、こんなに過保護に甘やかしてくれるなんて、本当に夢のようだ。
『報告。マスターの体温および心拍数が、ヒエン個体と接触してから常に高い数値を維持しています。恋煩い(オーバーヒート)による冷却機能を提案しますか?』
(しなくていいからねユニ! 心拍数が上がってるのは……その、仕方ないんだから!)
腕輪状態の相棒の的外れなツッコミを脳内で封殺し、私は市場の活気に目を向けた。
ルナミス帝国の市場は、とんでもなく広くて賑やかだった。
私がかつていた国では見たこともないような、不思議な食材が所狭しと並んでいる。
「おっ、今日の『肉椎茸』は肉厚でいいな。これならステーキにしても美味い。あとは『ハニーかぼちゃ』も買っておくか。アリア、今日の夕飯はシチューと肉椎茸のステーキでいいか?」
「はい! ヒエン様が作ってくださるご飯は、なんでも大好きです!」
即答すると、ヒエン様はピタッと動きを止め、口元を手で覆って小さく息を吐いた。
「……お前、自覚なくそういうこと言うの、本当に心臓に悪いからな」
「えっ? 私、何か変なこと言いましたか?」
「いや、いいんだ。俺はお前のそういう無防備なところも全部含めて、丸ごと食い尽くしたいくらい好きだから」
「ふぇっ!?」
突然放たれた爆弾発言に、私は言葉を失い、顔を耳の先まで真っ赤にして俯いた。
ヒエン様は時々、こういう信じられないほど甘くて重い言葉を、平然と投げてくるのだ。免疫のない私には刺激が強すぎる。
そんなふうにイチャイチャ(?)しながら市場を歩いていると、ひと際甘くて香ばしい匂いが漂ってきた。
「あっ、ヒエン様、あれ……なんでしょうか? すごくいい匂いがします」
「ん? ああ、あれは『ずっ友ロコシ』だな」
「ずっとも……ろこし?」
ヒエン様が指さした先の屋台では、おじさんが黄色く輝く大きなトウモロコシを、醤油草のタレを塗りながら炭火で香ばしく焼き上げていた。
「いらっしゃい! お兄さん、彼女さんとデートかい? なら、この『ずっ友ロコシ』はどうだい!」
威勢のいい屋台のおじさんが、にっこりと笑って私たちに語りかけてきた。
「このずっ友ロコシはね、ただ甘くて美味しいだけの禁断のトウモロコシじゃない。これを半分こにして相手に渡して一緒に食べれば、これまでの関係の壁をすっ飛ばして、ズブズブの関係の『ずっ友(ずっと友達)』になれるっていう、魔法のアイテムなんだよ!」
「ずっと、友達……」
私はその言葉に、ハッとした。
ヒエン様は皇子様で、私は国を追放されたただの聖女だ。
フレア様も温かく迎えてくれたし、ギルドで価値も認められたけれど、それでも身分の差というものは確固として存在する。
それに、私はまだ彼の好意に甘えて、守られているだけだ。
もし、ヒエン様と一緒に『ずっ友ロコシ』を食べれば、身分なんて関係なく、ずっと彼の隣にいられる『友達(特別な仲間)』になれるかもしれない。
「ヒエン様! 私、これ、食べてみたいです!」
「ん? アリアが食べたいなら、もちろん買うが……」
ヒエン様は少しだけ眉をひそめたが、おじさんに銀貨を渡して、こんがりと焼き上がった一本のずっ友ロコシを受け取った。
醤油と甘いトウモロコシの焼けた匂いが、鼻腔をくすぐる。
「熱いから気をつけろよ」
ヒエン様は器用にずっ友ロコシを真ん中でパキッと半分に折り、片方を私に手渡してくれた。
「ありがとうございます! あの、ヒエン様……」
私は、もらったばかりの温かいトウモロコシを両手で包み込みながら、少しだけ上目遣いで彼を見上げた。
「私、ヒエン様と半分こして、一緒に食べたかったんです」
「……」
「これからは、ヒエン様にただ守られるだけじゃなくて、私もヒエン様の役に立てるように頑張ります。だから……その、これからも、ずっと一緒にいてください」
『ずっと友達(仲間)でいられますように』という願いを込めて。
私なりの精一杯の気持ちを伝えると、ヒエン様はしばらく目を丸くして固まっていた。
しかし、すぐに深く、深くため息をついた。
「……お前なぁ。そういう健気で可愛いことを、俺の前以外で絶対に言うなよ」
「えっ?」
ヒエン様は手に持っていた半分のずっ友ロコシを袋にしまうと、空いた手で私の腰を引き寄せ、逃げ場を奪うように壁際へと追い詰めた。
「ひゃっ……ヒ、ヒエン様?」
「アリア。お前の気持ちはすごく嬉しい。だがな、一つだけ訂正させてくれ」
真剣で、どこか獲物を狙う肉食獣のような瞳が、私を至近距離で射抜く。
周囲の喧噪が、一瞬にして遠のいた。
「俺は、お前と『ずっと友達』なんて温い関係で終わらせる気は、一ミリもない」
「————っ」
「俺がお前に向けている感情は、そんな生易しいものじゃない。俺は、お前の全部が欲しいんだ」
低い声が、直接鼓膜を、そして心臓を震わせる。
「お前の心も、過去も、その規格外の力も、全部俺のものにしたい。俺の飯以外食えないようにして、俺の隣以外じゃ安心して眠れないようにしてやる。……お前を、俺の『妻』として迎え入れるまで、絶対に逃がす気はないからな」
それは、ただの溺愛宣言を通り越した、甘くて、どうしようもなく重い『宣戦布告』だった。
ドクン、ドクンと、私の心臓が破裂しそうなほどに暴れ回る。
友達なんかじゃない。
彼は最初から、私を『ただ一人の女』として見つめ、絡め取ろうとしていたのだ。
「ひ、ヒエン、さま……あの、わたし……っ」
「返事は急がない。お前が俺に完全に落ちるまで、いくらでも美味い飯で甘やかしてやる」
ヒエン様は満足そうに微笑むと、私の額にチュッと、羽のように軽いキスを落とした。
ボフゥッ! と、私の頭から効果音が出そうなほど、顔が沸騰した。
もう、言葉なんて出ない。足の力が抜けて、へたり込みそうになるのを、ヒエン様の強い腕がしっかりと支えてくれていた。
『報告。マスターの精神状態が極度の混乱に陥っています。ヒエン個体の求愛行動の強度が、マスターの処理能力を超過しました。……システム推奨、直ちに婚姻届の出力とサインを実行しますか?』
(ユニィィィッ! そういう機能はいらないからぁぁっ!)
腕輪の無慈悲なツッコミに、私はついに限界を迎え、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまった。
ヒエン様は「ははっ、可愛いな」と楽しそうに笑いながら、私の頭を撫で続けている。
ずっと友達、なんて。
そんな安全な距離を保つことなど、この最強で過保護な皇子様が許してくれるはずがなかったのだ。
ずっ友ロコシの甘い香りに包まれながら、私は彼の激重な愛情の底なし沼へと、もう引き返せないところまで落ちていくのを感じていた。
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