EP 6
冒険者ギルドでの魔力測定。無能と呼ばれた聖女の、規格外すぎる真実
フレア様からの嵐のような、それでいて心温まる大歓迎を受けた翌日。
私はヒエン様に連れられて、ルナミス帝国の冒険者ギルドへと足を運んでいた。
この国で生活し、安全に暮らしていくためには、身分を証明する『ギルドカード』の作成が必須なのだという。
「はぐれないように、しっかり俺の手を握ってろ」
「は、はいっ」
ヒエン様は今日も、当然のように私の手をギュッと握り、自分の体に引き寄せるようにして歩いている。
今日の私は、泥だらけだった修道服ではなく、フレア様が「私の見立てた服を着なさい!」と用意してくれた、淡い水色のワンピースを着ていた。タローマンの特注品らしく、肌触りがとても良い。
しかし、清潔で可愛らしい服を着て、しかも絶世の美男子であるヒエン様(お忍びのため、目立つ赤髪はフードで隠している)と手を繋いで歩いていると、すれ違う人々の視線がバンバン突き刺さってくる。
「あ、あの、ヒエン様。皆さん、すごく見てます……」
「気にするな。お前が可愛いから見とれてるだけだ。……だが、不愉快だな」
ヒエン様が鋭い視線を周囲にギロリと巡らせると、彼から漏れ出た圧倒的な闘気のプレッシャーに、道ゆく男性たちがビクッとして一斉に目を逸らした。
過保護すぎるというか、威嚇が物理的な威力を持っている。
『報告。周囲半径二十メートル以内の雄個体から、マスターへの性的な興味関心を検知。直ちにマスターの視界から排除しますか?』
(しなくていいからね、ユニ!? ただ見られただけだから!)
腕輪の形になったユニが、物騒な迎撃システムを起動させようとするのを心の中で必死に止める。相変わらず、私の周りは愛情と過保護が過剰供給でパンクしそうだった。
* * *
冒険者ギルドは、多様な種族が集まる熱気にあふれた場所だった。
獣人族や魔族、人間の冒険者たちが、巨大な電光掲示板(魔導ボードというらしい)の前で依頼を吟味している。
「新規の身分証登録だな。こちらへどうぞ」
受付の女性職員に案内され、私たちは奥の鑑定室へと通された。
部屋の机の上には、魔力を測定するための透明な魔導水晶が置かれている。
「では、こちらの水晶に手を触れて、少しだけ魔力を流してみてください。適性属性と魔力容量を測定します」
「わかりました……」
私は緊張しながら、水晶に両手を乗せた。
(回復魔法が使えない無能だって、また言われるのかな……)
前の国でのトラウマが頭をよぎり、少しだけ手が震える。
すると、ヒエン様が私の肩にポンと手を置き、「大丈夫だ」と力強く頷いてくれた。その温もりに背中を押され、私はゆっくりと魔力を流し込んだ。
——ピキッ。
微かな亀裂音がしたかと思うと、水晶が内側から強烈な白い光を放ち始めた。
「え……っ!?」
光は瞬く間に部屋中を真昼のように照らし出し、透明だった水晶が、雪のように真っ白に染まっていく。
それだけではない。水晶の表面に無数のヒビが入り、今にも弾け飛びそうに明滅を繰り返しているのだ。
「ストップ! ストップです、アリア様! これ以上魔力を流さないでください!」
職員の女性が血相を変えて叫んだ。
私が慌てて手を離すと、水晶の光はゆっくりと収まったが……表面は完全に白濁し、亀裂だらけになっていた。
「す、すみません! 壊してしまって……!」
「いえ、そんなことよりも……信じられません。こんな数値、見たことがないわ」
職員の女性は、水晶の横に接続された魔導パネルの数値を食い入るように見つめ、信じられないものを見る目で私を振り返った。
「アリア様……あなたの魔力は『回復』ではありません。これは……『対消滅レベルの浄化』です」
「……対消滅?」
「はい。通常の回復魔法は、細胞を活性化させて傷を塞ぐものです。しかし、あなたの力はもっと根源的な……『世界の不純物、瘴気、魔素を、完全に無に還すエネルギー』です。規模が大きすぎて、個人の小さな傷を治すような繊細なことには、逆に向いていなかったのでしょう」
職員の言葉に、私は息を呑んだ。
私が回復魔法を使えなかったのは、無能だったからじゃない。
力が強すぎて、使い道が違っていたから?
「……つまり、アリアの力は国一つを覆うような『環境の浄化』に特化していたということか」
腕を組み、静かに聞いていたヒエン様が口を開いた。
「ええ、その通りです。アリア様ほどの膨大で純粋な浄化エネルギーであれば、呼吸をするように無意識に魔力を放出しているだけで、一つの国家全土を瘴気から守護し、魔物の発生を抑え込むことが可能です。……控えめに言って、神話級の聖女様ですよ」
神話級。
その響きに、私は呆然とした。
ずっと、自分には価値がないと思っていた。
祈っても祈っても怪我人は治せず、勇者ゼロスには「傷薬以下の穀潰し」と嘲笑われ、見捨てられた。
でも、本当は。私はたった一人で、あの国を守り続けていたのだ。
『鑑定士の分析に同意します』
その時、腕輪のユニが静かに思考を伝えてきた。
『マスターのエネルギーは純度一〇〇%の『破壊と再生』。私のジェネレーターの動力源として完全な互換性を持ちます。だからこそ、私は数千年の眠りから目覚めることができたのです。マスターは無能などではありません。私の、たった一人の最強の主です』
ユニの無機質だけれど誇り高い言葉。
そして、職員の女性が告げた真実。
それらが、私の心に幾重にも巻き付いていた重い鎖を、音を立てて砕いていくのが分かった。
「私……無能じゃ、なかった……」
ポツリとこぼれた声は、ひどく震えていた。
目の前がぼやけ、大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちる。
「アリア」
ヒエン様が、崩れ落ちそうになった私を、正面から力強く抱きしめた。
「ほら見ろ。俺が言った通りだろう。お前はすごい力を持ってる。お前を無能だと嗤った連中は、世界で一番の節穴で、救いようのない馬鹿どもだ」
彼の大きな手が、私の背中を優しく撫でる。
「お前は、この世界で一番尊くて、価値がある女の子だ」
鼓膜を震わせる低い声に、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
「で、でも……私、力が大きすぎて、戦い方も分からないし……やっぱり、足手まといに……」
「なら、お前は一生戦わなくていい」
ヒエン様は私の顔を上げさせると、その真っ直ぐで熱を帯びた瞳で、私の視線を射抜いた。
「お前のすごい力は、全部俺が守ってやる。お前は俺の後ろに隠れて、美味しい飯を食って、笑っていればいいんだ。……俺がお前を、誰にも傷つけさせない」
それは、世界中のどんな魔法よりも、私を安心させてくれる言葉だった。
「ヒエン、さま……っ」
私は彼の手をぎゅっと握り返し、その広い胸に顔を埋めた。
心臓が、痛いほどトクトクと高鳴っている。
この鼓動の理由は、もう誤魔化しようがなかった。
優しくて、温かくて、私を絶対に見捨てないこの人を。
私は、心の底から慕っている。好きになってしまったのだと。
(私……ヒエン様のことが、好き……)
初めて自覚した恋心は、とてつもなく甘く、そして少しだけくすぐったかった。
彼に守られるだけじゃなく、いつか私も、彼のためにこの力を使えるようになりたい。
そう、胸の奥で密かに誓いながら。
『報告。マスターの脳波から、極めて強力な「恋愛感情」の波形を観測。ヒエン個体への生殖行動の準備段階に——』
(だからユニ!! いいムードなんだから黙ってて!!)
機神の相変わらずのデリカシーのなさに、私の甘い決意は一瞬にして真っ赤な羞恥へと上書きされてしまったのだった。




