EP 5
最強の義母(不死鳥)の熱烈歓迎と、永遠の居場所
「あ、あのっ……ヒエン様! やっぱり私、ここで待っています! こんな泥だらけの服で、皇族の方にお会いするなんて不敬すぎます……!」
ルナミス帝国の中心にそびえ立つ、巨大で壮麗な『皇城』。
その奥深くにある私室の巨大な扉の前で、私はガチガチに震えながらヒエン様の服の裾を引っ張っていた。
ルナミス帝国は、建国者である異世界人・佐藤太郎の意匠が至る所に組み込まれているらしく、お城の中もどこか不思議な作りをしていた。絨毯の敷かれた廊下には魔法の明かりがともり、奥からはかすかに、テレビと呼ばれる魔導箱から流れる陽気な音楽が聞こえてくる。
「何言ってるんだ。服なんて後でいくらでも新しいものを買ってやる。それに、母さんはそういう形式張ったことを一番嫌う人だから、大丈夫だ」
「で、でも……っ」
「それに……俺が早く、お前を『俺の家族』に紹介したいんだ」
そう言って、ヒエン様は私の震える手を、ごつごつとした大きな手でギュッと包み込んでくれた。
彼の熱がじんわりと伝わってきて、不思議と少しだけ震えが収まる。
本当に、この人はずるい。そんな真っ直ぐな瞳で、そんな甘い声で言われたら、私はもう反論なんてできなくなってしまう。
『報告。マスターの心拍数が再び上昇。ですが、ヒエン個体の接触による安心感が上回っています。……マスター、緊張を緩和するために、脳内に癒やしのBGM(銀河ギラギラ伝説のオープニングテーマ)を流しますか?』
(ユ、ユニは静かにしてて! 余計に緊張するから!)
腕輪状態のユニが的外れな気遣いをしてくるのを心の中で押し留め、私は覚悟を決めて小さく深呼吸をした。
「……分かり、ました。ヒエン様がそこまでおっしゃるなら」
「よし、いい子だ」
ヒエン様は満足そうに微笑むと、バンッ! と遠慮なく巨大な扉を開け放った。
「母さん、帰ったぞ! 客を連れてきた!」
部屋の中は、予想していたお城の重厚な雰囲気とは全く異なっていた。
ふかふかの巨大なクッションがいくつも転がり、壁には見慣れないポスター(日本のアイドルらしい)が貼られている。そして、部屋の中央にある『コタツ』と呼ばれる低い机には、一人の女性が突っ伏していた。
「んもう、ヒエン遅い〜。お腹すいたぁ……。母さん、ワンオペで仕事しすぎて過労死しちゃうわよぉ……不死鳥なのに……」
だらりと腕を伸ばして顔を上げたその人は、息を呑むほど美しい女性だった。
燃えるような真紅の髪、透き通るような白い肌、黄金に輝く瞳。この世のすべての美をかき集めたような、圧倒的な存在感を放つ美女。
それが、ヒエン様の母親であり、この世界の調停者の一角——『不死鳥フレア』様だった。
「……って、あら?」
フレア様は私を見るなり、コタツからガバッと身を起こした。
「ヒ、ヒエン!? あんた、女の子を連れ込んでるじゃない! ちょっと、どういうこと!? 太郎ぉぉっ! うちの息子がとうとう春を連れてきたわよぉぉっ!」
「うるせえ! 親父に報告するな!」
ドタバタと騒ぎ始めたフレア様に、ヒエン様はため息をついて額を押さえた。
私はオロオロしながら、慌てて深く頭を下げた。
「は、初めまして! あ、アリアと申します! その、この度はヒエン様に助けていただきまして……っ」
「アリアちゃんね? まぁ、なんて可愛い子……って、ちょっと待って」
フレア様はスッと目を細め、瞬時に私の前に移動してきた。
その動きは目で追えないほど速く、私はビクッと身をすくませた。
彼女の黄金の瞳が、私のボロボロの服、裸足の足、そして体に残る無数のすり傷を捉える。
「……ヒエン。この子の傷、どういうこと?」
空気が、一瞬で変わった。
先ほどまでのコミカルな雰囲気は消え去り、部屋の温度が急激に上昇する。彼女の背後に、巨大な炎の翼の幻影が見えた気がした。これが、世界を統べる調停者の覇気。
「母さんが怒る前に言っておく。俺がやったんじゃない」
ヒエン様は私をかばうように前に出ると、静かな怒りを込めた声で事の顛末を語り始めた。
私が光の聖女であったこと。
回復魔法が使えないと無能扱いされ、ずっと虐げられてきたこと。
そして、婚約者であった勇者ゼロスによって『絶望の荒野』へ追放され、死蟲機の餌にされかけたこと。
話を聞き終えた瞬間——。
「————はぁぁぁぁっ!?」
フレア様の怒髪が天を突き、部屋中のクッションが炎のオーラで宙に舞い上がった。
「なによその見る目のないアホどもは!! こんな健気で可愛い女の子を、無能だなんて罵って死地に放り出す!? 信じらんない! 頭沸いてんじゃないの!? ちょっと、私が今すぐその国に行って、『不死鳥紅蓮の舞い』で全員消し炭にしてくるわ!!」
「母さん、落ち着け! アリアが怯えてるだろ!」
大激怒して窓から飛び出そうとするフレア様を、ヒエン様が必死に羽交い締めにして止める。
「離しなさいヒエン! 私は永遠の17歳よ!? 17歳の多感な心には、こんな理不尽な話、耐えられないわ! 太郎ぉぉ、なんでこんな酷い世界になっちゃってんのよぉぉ!」
「年齢設定は今関係ねえだろ!」
大暴れして号泣し始めたフレア様を見て、私は呆然としてしまった。
恐ろしい調停者だと聞いていたのに。
彼女は、見ず知らずの私のために、自分のことのように怒り、本気で涙を流してくれているのだ。
「あ、あの、フレア様……私は大丈夫です。ヒエン様が助けてくださったので……」
私が恐る恐る声をかけると、フレア様はピタッと動きを止め、振り返った。
そして、大粒の涙をこぼしながら、私をきつく、きつく抱きしめた。
「っ……!」
「辛かったわね……。痛かったわね、アリアちゃん。よく一人で頑張ったわ……」
太陽の熱を集めたような、どこまでも温かい抱擁だった。
背中を撫でる彼女の手の優しさに、私の目からも自然と涙が溢れ出した。
「もう大丈夫よ。今日から、ここがあなたの家だから。……馬鹿どもに言われたことなんて、全部忘れなさい。あなたは無能なんかじゃない。私が保証するわ」
「フレア、さま……っ、う、うわぁぁんっ……!」
私はとうとう堪えきれず、フレア様の胸の中で子供のように声を上げて泣いてしまった。
家族の温もりなんて、ずっと忘れていた。
血の繋がりもない私を、こんなにも無条件に受け入れ、愛してくれる人たちがいるなんて。
『報告。対象から規格外の熱源反応を検出。しかし、マスターに対する保護欲求および愛情が99.9%を占めているため、脅威認定から除外します。……マスター、心置きなく甘えることを戦術的に推奨します』
ユニの静かな音声が脳内に響く。
本当に、ユニの言う通りだ。私は今、最高に安全で、温かい場所にいるのだ。
「……母さん、そろそろ離してやれ。アリアが息苦しそうだ」
しばらくして、ヒエン様が少しだけ不満げな声を出して、私をフレア様から引き剥がした。
そのまま、ヒエン様の大きな腕の中にすっぽりと収められる。
「ちょっとヒエン、何よ。私にもアリアちゃんを可愛がらせなさいよ!」
「だーめだ。アリアを拾ったのは俺だ。俺が面倒を見る。それに、母さんは仕事が残ってるだろ」
「うっ……痛いところを……」
頬を膨らませるフレア様に、ヒエン様は「俺の女だ」とでも言わんばかりの強い力で私を抱き込んだ。
「アリアは俺が守る。これからは、俺が作った飯を毎日食わせて、俺の隣で笑わせるんだ。だから母さんは、余計な手出しはしないでくれ」
「……ふふっ。本当に、太郎に似て頑固なんだから」
フレア様は意地悪く微笑むと、私の顔を覗き込んだ。
「アリアちゃん。この馬鹿息子、ちょっと過保護で重たいところがあるけど、料理の腕と顔だけは良いから許してやってね。もしヒエンがあなたを泣かせるようなことがあったら、私が遠慮なく『プロミネンス・シュート』で消し炭にしてあげるから、いつでも言いなさい!」
「お、お義母様……っ! あっ、ち、違います、フレア様!」
「あらやだ、お義母様だって! ヒエン、早く結婚式の日取り決めなさい!」
「母さんは黙ってろ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶヒエン様と、ケラケラと笑うフレア様。
その騒がしくて温かいやり取りを見ていると、私の心にこびりついていた冷たい氷が、跡形もなく溶け去っていくのが分かった。
(私……ここに居て、いいんだ……)
無能と蔑まれた聖女は、絶望の荒野で機神を呼び覚まし、最強の皇子に拾われた。
そして今、世界で一番温かい『家族』を手に入れたのだ。
私を捨てた者たちが、今頃どんな破滅の道を歩んでいるのかなど、もう知る由もなかったし、知りたいとも思わなかった。
ヒエン様の腕の心地よい重みを感じながら、私はただ、この幸せを噛み締めていた。
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