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無能と追放された聖女ですが、伝説の聖獣(中身はSFロボ)と過保護な最強皇子に拾われ、胃袋から心まで徹底的に溺愛されています  作者: 月神世一


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EP 8

迫り来る破滅の影。課金勇者ゼロスの来襲と、フラッシュバックする過去

 アリアがルナミス帝国でヒエンからの激重な溺愛を受け、温かいご飯に心を満たされていた頃。

 彼女を追放した聖王国は、文字通り『破滅の淵』に立たされていた。

「クソッ、クソッ、クソォォォッ!!」

 王城の廊下を歩きながら、勇者ゼロスは苛立ちに任せて壁の装飾を蹴り飛ばした。

 かつて美しく清浄だった城の空気は、今や呼吸をするだけで肺が焼けるような瘴気に満ちている。王都の周辺には、浄化の結界が消えたことで活性化した死蟲機ネクロバグの大群が押し寄せ、防衛戦はすでに崩壊寸前だった。

 彼がどれだけユニークスキル『マネー(課金)』を使い、高価な回復薬エリクサーをばら撒こうが、一時的に傷が治るだけで、大気と水に溶け込んだ瘴気は祓えない。

 アリアというたった一人の少女が無意識に維持していた『対消滅レベルの浄化結界』。それがいかに規格外で、この国を根底から支えていたのかを、ゼロスは今更になって嫌というほど思い知らされていた。

「なぜだ! 俺は選ばれた勇者だぞ! 俺の完璧な経歴に、こんな泥を塗るなんて絶対に許されない!」

 自分の過ちを認めることなどできないゼロスの頭にあるのは、国の危機よりも自身の保身とプライドだけだった。

『——苛立っているね、勇者クン』

 突然、ゼロスの脳内に直接、軽薄な男の声が響いた。

 炎上神ワイズ。神界からこのアナスタシア世界をゲーム盤のように見下ろし、神々の配信サイト『ゴッドチューブ』でPV(視聴率)を稼ぐために、裏でゼロスに力を貸している悪神だ。

「ワイズ様! 頼む、もっと強力な浄化のアイテムを売ってくれ! いくらでも課金する!」

『残念だけど、そんなアイテムはないよ。あのレベルの浄化エネルギーは、彼女……アリア個人の特異な資質だからね』

「じゃあ、どうしろって言うんだ! このままじゃ国が滅びる!」

『簡単なことさ。彼女を連れ戻せばいい。今、彼女はルナミス帝国で、あの生意気な皇子に匿われているようだよ。……特別に、超強力な『空間転移の巻物』と、無敵の『絶対防御シールド(※一時間限定)』を安値で貸してあげよう。さあ、見せてくれよ。君の勇者としての力をね』

 ワイズの狙いはただ一つ。ルナミス帝国を巻き込んだ派手なトラブル(炎上)を起こし、視聴者を沸かせることだった。

 しかし、焦燥しきったゼロスには、そんな神の悪意に気づく余裕などなかった。

「ルナミス帝国……あの、忌々しい成金国家か」

 ゼロスの瞳に、どす黒い執着の炎が宿る。

「アリアめ、俺の所有物のくせに勝手な真似を……。必ず引きずり戻して、一生俺の靴を舐めさせながら結界を張らせてやる!」

 ゼロスは課金アイテムを握りしめ、歪んだ笑みを浮かべた。

     * * *

「アリア、口を開けろ」

「あむっ……んんっ、美味しいです!」

 その頃、私は皇族の離宮の庭園で、ヒエン様が焼いてくれた『ハニーかぼちゃのパウンドケーキ』を堪能していた。

 しっとりとした生地に、ハニーかぼちゃの濃厚な甘さが詰まったケーキは、口に入れるとホロリと崩れて、幸せな味が広がる。

 添えられたポポロ・コーヒーのほろ苦さが、甘さを引き立ててくれていた。

「美味しいか? なら良かった。……ほら、口の端にクリームがついてるぞ」

 ヒエン様はそう言うと、私の口元に伸びてきた指先で、そっとクリームを拭い取った。

 そして、あろうことかその指を、ペロッと自分の口で舐め取ったのだ。

「ひゃっ!? ヒ、ヒエン様!?」

「ん、甘いな。ケーキより、お前の方が甘いんじゃないか?」

「〜〜〜〜っ!」

 ニヤリと肉食獣のように笑うヒエン様に、私は顔を真っ赤にしてパウンドケーキでお手玉しそうになった。

 市場での『ずっ友ロコシ』の事件(激重プロポーズ)以来、ヒエン様の過保護とスキンシップは完全にタガが外れてしまっている。

 息をするように甘い言葉を囁き、隙あらば触れてこようとするのだ。

『警告。マスターの心拍数が限界値を突破。糖分およびヒエン個体のフェロモン過剰摂取により、マスターの思考回路がメルトダウン寸前です』

(ユニ! お願いだから今は静かにしてて!)

 腕輪の形をした相棒の的確すぎるツッコミに、私は心の中で悲鳴を上げた。

 こんなに甘やかされて、毎日美味しいご飯を作ってもらって。

 前の国での地獄のような日々が、まるで遠い昔の嘘だったように思える。このまま、ずっとヒエン様の隣で、温かい日向のような時間を過ごしていけたら——。

 そう願った、次の瞬間だった。

 ——バチィィッ!!

 庭園の平和な空気を切り裂き、空間がガラスのようにひび割れた。

 突如として現れた黒い亀裂から、おぞましい魔力の風が吹き荒れ、黄金に輝く悪趣味な鎧を着た人物が姿を現した。

「やっと見つけたぞ、アリア!!」

 その声を聞いた瞬間。

 私の体から、スッと血の気が引いた。

 心臓が鷲掴みにされたように痛転し、呼吸が浅くなる。手から、木製のフォークがカランと音を立てて落ちた。

「ゼ、ロス……」

 そこに立っていたのは、私を『無能』と罵り、絶望の荒野へと追放した張本人。勇者ゼロスだった。

 ワイズの課金アイテムによって空間を跳躍してきた彼は、私を見ると、見下すような傲慢な笑みを浮かべた。

「こんな野蛮な国に逃げ込んでいたとはな。探したぞ、俺の『道具』」

 道具。

 その言葉が、私の心に深く刻まれたトラウマを容赦なく抉り出す。

『お前みたいな無能、俺がいなきゃ生きていけないんだよ』

『役立たずのゴミめ。俺の視界に入るな』

 過去の記憶がフラッシュバックし、体がガタガタと震え始めた。

 逃げなきゃ。また、殴られる。罵られる。暗くて冷たい部屋に閉じ込められる——。

「アリア」

 パニックに陥りかけた私を、ヒエン様の大きくて温かい手が、背中からすっぽりと包み込んだ。

 彼は私を自分の背後に隠すように立つと、ゼロスに向けて、かつて見たこともないほどに冷酷で、圧倒的な殺気を放った。

「……どこの馬の骨か知らないが、不法侵入の上に、俺の女にずいぶんと舐めた口を利いてくれるじゃないか」

「チッ、ルナミス帝国の皇子か。俺は選ばれし勇者ゼロスだ! おいアリア、その男の背中に隠れてないで、さっさと俺のところへ来い!」

 ゼロスはヒエン様の殺気にも気づかず(あるいは課金シールドの力に慢心して)、私に向かって命令を下した。

「お前がいなくなったせいで、国に瘴気が蔓延しているんだ! お前みたいな無能でも、結界の維持くらいには役に立つことが分かった。ありがたく思え! 俺がお前を拾い直してやる。さあ、這いつくばって許しを請え!」

 あまりにも身勝手で、傲慢な言葉。

 彼は私がどんな思いで荒野を彷徨ったのか、どれほど絶望したのか、想像すらしていない。ただ、自分の国と名誉のために、私を便利な『部品』として連れ戻しに来ただけなのだ。

「っ……いや……」

 私はヒエン様の背中の服を、ちぎれるほど強く握りしめた。

 戻りたくない。あの冷たい国に。あんな酷い言葉を投げつけられる日々に。

「……おい、ゴミクズ」

 地獄の底から響くような、恐ろしく低い声。

 ヒエン様が、背中に背負っていた巨大な大剣『紅蓮剣』を、ゆっくりと引き抜いた。

 刀身から、周囲の空気を焼き尽くすほどの凄まじい炎が噴き上がる。

「誰が、誰の女を拾い直すって? ……もう一度言ってみろ。その汚い口ごと、灰も残さず消し炭にしてやる」

「ふん、野蛮人が! 俺の『絶対防御シールド』を破れると思っているのか!」

 ゼロスが課金アイテムを起動させると、彼の周囲に幾重にも重なる光の障壁が展開された。

 ヒエン様の闘気と、ゼロスの魔力が激突し、庭園の木々が激しく揺れ動く。

 怖い。

 ゼロスが怖い。でも、私をかばって怒ってくれているヒエン様を、これ以上私の過去の因縁に巻き込みたくない。

 私はどうすればいいの——?

『マスター。心拍数およびストレス値の異常上昇を感知』

 その時。

 私の腕で、ユニが静かに、だが絶対的な冷たさを伴って告げた。

対象ゼロスの発言を解析。マスターに対する著しい侮辱、ならびに所有物扱いの意志を確認しました。……マスター・アリア。許可を。あの『ゴミ』を、排除します』

 過去のトラウマに縛られた私と、未来を共に歩む相棒の声。

 ヒエン様の背中の温もりを感じながら、私の中で、何かが大きく変わろうとしていた。

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