EP 3
ルナミス帝国への帰還と、愚か者たちの破滅の足音
翌朝。ヒエン様が作ってくれた朝食(昨日の残りをご飯にかけて雑炊にしてくれた。絶品だった)でお腹を満たした私たちは、ルナミス帝国へと向けて出発した。
移動手段は、もちろんユニだ。
全長十メートルを超える白亜の機神の背中に、光の粒子が集まってふかふかの『エネルギー鞍』のようなものが形成された。
私はヒエン様にひょいっと抱き上げられ、そこにちょこんと乗せられる。すぐ後ろにヒエン様がまたがり、私の細い腰に、彼のごつごつとした逞しい腕がしっかりと回された。
「ひゃっ……あの、ヒエン様、ちょっと、近……っ」
「我慢しろ。ユニコーンは規格外の神馬だ。振り落とされたら危ないからな」
耳元で囁かれる低く甘い声と、背中から伝わってくるヒエン様の高い体温に、私の顔は一気に沸騰した。
確かに高い場所だし、しっかり捕まっていなければならないのは分かる。でも、ヒエン様の腕は私を完全に『ホールド』していて、まるで宝物を囲い込むような、逃げ場のない密着具合だった。
『報告。雄個体ヒエンの密着により、マスター・アリアの心拍数および体温の急激な上昇を確認。しかし、ストレス値は著しく低下傾向にあります』
歩き出したユニの無機質な声が、脳内に直接響く。
『推測。マスターはヒエン個体に庇護されることに強い安心感を抱いています。生殖行動のプレリュード(前奏曲)として、現在の密着状態を戦術的に推奨します』
「ユ、ユニィィィッ!! お願いだから黙ってて!!」
真っ赤になって叫ぶ私を見て、後ろからヒエン様の楽しげな笑い声が降ってくる。
「ははっ、優秀なAIじゃないか。言われた通り、しっかり俺に守られてろ」
ヒエン様の腕の力が、さらにギュッと強くなる。
私はもう、恥ずかしさで俯くことしかできなかったけれど……彼にこうして守られていることが、心の底から嬉しかった。
* * *
荒野を抜け、ルナミス帝国の国境を越えた私は、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
「すごい……これが、ルナミス帝国……」
私がかつていた国は、石造りの古めかしい街並みだった。
しかし、ルナミス帝国の首都は、まるで魔法と未来が融合したような、信じられないほど発展した巨大都市だった。
空には飛行船が飛び交い、地上では『魔導車』と呼ばれる鉄の馬車が道を行き交っている。遠くには『魔導列車』が煙を吐きながら走り、街中には色鮮やかな魔導ネオンの看板が輝いていた。
「百年前、建国者である佐藤太郎という異世界からの転生者が、この国を近代化させたんだそうだ」
「異世界……」
「あぁ。あそこに見えるデカい店は『タローマン』。武器防具から日用品まで何でも揃う。あっちの看板は『ルナキン』。二十四時間いつでも美味い飯が食えるファミレスだ。後で連れて行ってやるよ」
右も左も分からない未知の世界。
圧倒されて不安になりかけた私に気づいたのか、ヒエン様は私の頭をポンポンと優しく撫でた。
「安心しろ。世界がどう変わろうと、お前の居場所は俺の隣だ。俺がお前を、一生美味い飯と安全なベッドで甘やかしてやる」
「ヒエン、さま……」
「お前はもう、無能なんかじゃないし、一人でもない。ここがお前の、新しい帰る場所だ」
その言葉は、どんな魔法よりも温かく、私の心の一番深いところをすっぽりと包み込んでくれた。
私は頷き、ヒエン様の大きな服の袖を、ぎゅっと握り返した。
『マスターの精神状態、極めて良好。……ヒエン個体を、マスターの専属雄として正式にシステムへ仮登録しました』
「だからユニ、その言い方やめてってば……っ!」
* * *
アリアがヒエンの過剰な愛情と美味しいご飯に心を満たされていた頃。
彼女を追放した聖王国では、未曾有のパニックが巻き起こっていた。
「どういうことだッ!? なぜ聖なる泉が濁っている!!」
王城の中心にある『聖なる泉』。国中の大気と水を清浄に保つ要であるその泉が、赤黒い汚泥のように濁り、ブクブクと異臭を放つ泡を立てていたのだ。
怒鳴り散らす国王に対し、神官長は顔を青ざめさせて震えていた。
「も、申し訳ございません! アリア様が追放されてから、国中を覆っていた『浄化の結界』が完全に消失してしまい……っ! 大気中の魔素が淀み、瘴気となって泉を汚染しているのです!」
「馬鹿な! あの女は回復魔法すらまともに使えない無能だったはずだぞ!」
「アリア様の魔力は、個人の傷を治すことには向いていませんでしたが、その規模は規格外だったのです! 彼女はたった一人で、無意識のうちにこの国全体の瘴気を祓い、死蟲機の侵入を防ぐ結界を維持し続けていたのでございます!」
その事実を突きつけられ、玉座の間にいた全員が絶句した。
無能だと嘲笑い、追い出した聖女こそが、実はこの国を生かしていた真の要だったのだ。
「ふざけるなッ!」
そこに響いたのは、勇者ゼロスの怒声だった。
彼は金貨の山を床に叩きつけると、血走った目で神官長を睨みつけた。
「たかが浄化だろうが! 俺のユニークスキル『マネー』があれば、最高級のエリクサーだって無限に買えるんだ! ほら見ろ!」
ゼロスは空間から取り出した最高級の回復薬を、次々と濁った泉へと投げ込んだ。
一時的に光が広がり、泉の水が澄んだように見えた。ゼロスが「それ見ろ」と得意げに笑ったのも束の間——。
ジュボァッ……!
周囲の大気から溢れ出す濃密な瘴気に飲み込まれ、泉は一瞬にして元の赤黒い汚泥へと戻ってしまった。
「な、なぜだ……っ!?」
「回復薬は傷を治すものであり、環境そのものを浄化(対消滅)させる力はありません! アリア様のような、規格外の『破壊と再生』を伴う浄化エネルギーでなければ、この瘴気は祓えないのです!」
神官長の絶望に満ちた叫びに、ゼロスはギリッと歯を食いしばった。
彼がどれだけ課金して自身のステータスを跳ね上げようとも、大気や水そのものを清浄に保つことはできない。金や力では解決できない事態に、彼の中の薄っぺらい自尊心が崩れ始めていた。
「伝令! 伝令ェェェッ!」
そこに、血まみれの兵士が玉座の間に転がり込んできた。
「こ、国境付近に、死蟲機の大群が出現! 浄化の結界が消えたことで、魔物たちが首都へ向けて進軍を開始しました! このままでは、国が滅びます!!」
「っ……!!」
国王は玉座から崩れ落ち、貴族たちは悲鳴を上げて逃げ惑い始めた。
自分たちが「ゴミ」だと見下して捨てた少女が、実は自分たちの命綱だった。その愚かすぎる過ちの代償が、今、破滅という形で押し寄せてきているのだ。
「クソッ、クソッ! どいつもこいつも無能ばかりか!」
ゼロスは苛立ちに任せて壁を蹴り飛ばした。
彼には、国を守るという勇者としての使命感など欠片もない。ただ、自分の完璧な経歴に傷がつくこと、そして「間違っていた」と認めることだけが許せなかった。
(あのアリアとかいう女……俺の所有物のくせに、勝手にいなくなりやがって……!)
ゼロスの瞳に、どす黒い執着と悪意が宿る。
(どこに逃げようが探し出して、絶対に連れ戻してやる。そして、一生俺の靴を舐めながら結界を張るだけの道具にしてやる……!)
神である炎上神ワイズの加護を後ろ盾に持つゼロスは、己の破滅がすぐそこまで迫っていることにも気づかず、愚かな決意を固めていた。
しかし、彼がアリアを連れ戻そうと動いたところで、すでに遅い。
アリアの隣には、最強のスパダリ皇子ヒエンと、問答無用で敵を塵に還す機神ユニコーン・マグナムが控えているのだから。
ゼロスが彼女に指一本でも触れようとした瞬間、彼を待っているのは『絶対的な蹂躙』のみであることに、彼はまだ気づいていなかった。
読んでいただきありがとうございます。
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