EP 2
最強皇子の過保護な餌付けと、温かいご飯の匂い
『マスター。次の殲滅対象を指示してください。半径十キロ圏内の生命反応をすべて塵に還すことも可能です』
「だ、だめっ! そういう物騒なことはしないで!」
すんっ、と澄んだ声で恐ろしいことを提案する白亜の機神・ユニを、私は慌てて引き止めた。
荒野の真ん中で、巨大な金属の馬(しかも角から極太レーザーが出る)と途方に暮れていると、ユニの青い眼光がチカチカと点滅した。
『センサーに反応。前方より、高エネルギー体が接近中。……推測、人間の一部のようです。ですが、この規格外の熱量。敵対するならば、ユニコーン・マグナムで跡形もなく消し去りますか?』
「だからだめだってば!」
私がユニの角に縋り付くようにして叫んだ直後。
荒野の土煙を切り裂き、空から一つの影が舞い降りた。
ズォォォンッ! と重い着地音と共に現れたのは、真紅の外套を翻す、一人の青年だった。
燃えるような赤髪に、意思の強さを感じさせる切れ長の瞳。背には、彼の身長ほどもある巨大な両手剣(大剣)を背負い、鍛え抜かれた逞しい体躯からは、隠しきれない闘気と魔力が陽炎のように立ち上っている。
危険な荒野には似合わない、目を奪われるほど整った、けれどどこか猛禽類のような鋭さを持つ青年だった。
「……あの閃光は、なんだ? まさか、こんな辺境に古代の遺物か……?」
青年はユニを見上げ、険しい顔で呟いた。そして、その足元でへたり込んでいる私に気づくと、ハッと息を呑んだ。
「おい、お前! こんな所で何をしている!」
「ひっ……!」
大股で近づいてくる青年に、私は反射的に身をすくめ、顔を両手で覆った。
(怒られる……また、足手まといだって、罵られるんだ……!)
城でゼロスに投げつけられた言葉と、冷たい視線がフラッシュバックする。
しかし、ユニが私の盾となるようにスッと前に出た。
『警告。これ以上マスター・アリアに接近する場合、敵対行動とみなし、即時排除モードに移行します』
「待って、ユニ! だめ、争わないで!」
私は震える足で立ち上がり、ユニの前に両手を広げてかばうように立った。
青年は、ユニの言葉と私の行動に目を丸くした後、私のボロボロの姿——泥だらけのドレス、傷だらけの腕、そして血の滲む裸足——を痛切な目で見つめた。
「……お前、そんなになるまで、一人で……」
怒鳴られると思っていた私に降ってきたのは、ひどく痛みを堪えるような、震える声だった。
青年は背負っていた大剣を静かに地面に置くと、両手を挙げて敵意がないことを示した。
「驚かせてすまなかった。俺はヒエン。ルナミス帝国の皇子だ。怪しい者じゃない。……お前を傷つける気は、誓ってない」
ヒエンと名乗った青年は、ゆっくりと私に近づき、着ていた真紅の外套を脱いで、私の震える肩にふわりと掛けた。
太陽のような、温かくて心地よい匂いがした。
「立てるか? 足、ひどい怪我だ。……こんな死地に、女の子を一人放り出すなんて、どこのどいつだ。絶対に許さねえ……」
ギリッ、とヒエンの拳が握り込まれ、周囲の温度がふわりと上がったような気がした。彼の怒りは私に向けられたものではなく、私をこんな目に遭わせた者への怒りだと、なぜか確信できた。
「あ、あの……私は、アリア、です。光の聖女……だったんですけど、無能だからって、追放されて……」
「無能、だと?」
ヒエンは眉をひそめ、背後のユニと、ガラス化した大地を交互に見た。
「このとんでもない機神を従えて、大地を更地にするほどのエネルギー(浄化)をぶっ放しておいて、無能……? そいつら、目が腐ってるのか?」
「え……?」
「お前はすごい力を持ってる。それは俺が保証する。……だが、今はそんなことより」
ヒエンはふいっと私から視線を外すと、耳まで真っ赤にして咳払いを一つした。
「その……腹、減ってないか? ぐーぐー鳴ってるぞ」
「っ〜〜〜〜!?」
極度の緊張が解けたせいか、私の情けないお腹の虫が、盛大に自己主張を始めていたのだ。私は顔から火が出るほどの羞恥に襲われ、両手で顔を覆った。
『マスターの栄養状態の著しい低下を観測。生命維持に危険が及ぶ可能性あり。……雄個体からの食料提供の申し出を、戦術的に受諾することを推奨します』
「ユニは黙っててぇぇ!」
* * *
ヒエンは手早く安全な岩陰を見つけると、魔法で即座に結界を張り、野営の準備を始めた。
私は大きな岩の上に座らされ、ヒエンが持っていた薬草——『陽薬草』のペーストを足の傷に塗ってもらった。塗ったそばから傷が塞がっていく不思議な薬だ。
「よし、傷はこれでいい。あとは……少し待ってろ。すぐに飯にする」
ヒエンは革袋(魔法のポーチらしい)から、次々と見慣れない食材と、鉄の鍋を取り出した。ルナミス帝国の皇子という高貴な身分のはずなのに、その手つきは恐ろしく手慣れている。
「俺の母さん、ちょっと特殊な人……いや不死鳥でな。昔から仕事で忙しく飛び回ってたから、俺が自分の飯を作るのは日常茶飯事だったんだ。料理は得意だから、安心しろ」
ヒエンはそう言って笑うと、小さな魔石をコンロのように使い、火を起こした。
鍋に水と、見慣れない穀物——『米麦草』を入れ、そこに分厚い肉のようなものを刻んで放り込む。
「これは『肉椎茸』だ。キノコだが、肉以上の旨味と弾力がある。そこにルナミス特産の『醤油草』の搾り汁で味をつけて炊き込む。……最高に美味いぞ」
火にかけられた鍋から、次第に香ばしい、焦げた醤油のような甘辛い香りが漂い始めた。嗅いだことのない匂いなのに、たまらなく食欲をそそる。
お腹の虫が限界突破の合唱を始め、私は恥ずかしさで俯いた。
「もう一品。アリアは体が冷え切ってるからな。カロリーの塊を食わせる」
ヒエンは別のフライパンを取り出し、『トライバード』という三つ首の鳥の肉を豪快に焼き始めた。ジュージューという肉の焼ける音に、甘い蜜——『ハニーかぼちゃ』のペーストを絡めていく。
照り焼きの香ばしさと、甘い香りが周囲を満たし、私は思わずごくりと喉を鳴らした。
「よし、完成だ。ほら、食え」
木の器にこんもりと盛られた『肉椎茸と米麦草の醤油草炊き込みご飯』と、熱々の『トライバードの照り焼き』。
私は震える手で木のスプーンを受け取った。
「い、いただきます……」
炊き込みご飯を一口、口に運ぶ。
——その瞬間、私の頭の中で何かが弾けた。
「っ……!」
米麦草のふっくらとした食感に、肉椎茸から溢れ出す濃厚な旨味。醤油草の香ばしさが、噛むほどに口いっぱいに広がる。
トライバードの照り焼きは、表面はカリッと香ばしく、中は驚くほどジューシーで柔らかい。ハニーかぼちゃの優しい甘さが、肉の脂と完璧に絡み合っていた。
美味しい。
温かい。
追放されて、一人きりで死ぬんだと思っていた。役立たずだと見捨てられたのに。
今、私の体の中を、とてつもなく優しくて温かいものが満たしていく。
「あ……れ……?」
視界がぼやけた。
ぽろぽろと、器の中に大粒の涙がこぼれ落ちる。
止めようとしても、嗚咽が漏れて、私はスプーンを持ったまま子供のように泣きじゃくってしまった。
「おい、どうした!? 熱かったか!? それとも不味かったか……!?」
ヒエンが慌てて身を乗り出してくる。私は首を横に振った。
「ちがう、です……っ、おいしくて……あったかくて……私、生きてていいんだって、思ったら……涙が、とまらなくて……っ」
「……」
ヒエンは目を見開いた後、痛ましそうに顔を歪めた。
そして、私の頭に、ごつごつした大きな手をそっと乗せた。
「当たり前だ。お前は生きてていいに決まってる。……よく頑張ったな、一人で」
その言葉は、私がずっと、誰かに言ってほしかった言葉だった。
ヒエンの手の温もりが、冷え切っていた私の心をゆっくりと溶かしていく。
「……アリア。俺の国へ来い。俺が責任を持ってお前を保護する」
ヒエンの切れ長の瞳が、まっすぐに私を射抜いた。
そこには、ただの同情や親切心ではない、もっと重くて、熱を帯びた感情が渦巻いているように見えた。
「お前を『無能』だの『足手まとい』だのとのたまう馬鹿どもの声は、俺が全部消してやる。お前のトラウマも、飢えも、痛みも……これからは俺が作った飯で、全部上書きしてやる」
「ヒエン、さま……」
「俺の飯以外、もう食えない体にしてやるから、覚悟しろよ」
冗談めかして言ったつもりだろうが、その声には一切の迷いがなく、獲物を囲い込むような有無を言わせぬ響きがあった。
『マスター。心拍数および体温の急激な上昇を観測。栄養状態は急速に改善中。……ヒエン個体による保護と餌付け作戦は、極めて有効と判断します』
「ユ、ユニッ! そういう言い方はやめてぇ!」
空気を読まない(いや、読みすぎているのか?)機械の相棒のツッコミに、私は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を真っ赤にして叫んだ。
ヒエンは私の様子を見て、腹を抱えて大笑いした。
こうして、私は死の荒野で、伝説の機神と、少し(かなり?)過保護で料理上手な最強の皇子に拾われたのだった。
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