第一章 どん底聖女と伝説の機神
無能な聖女は死の荒野に捨てられ、星を穿つ白き光と出会う
「アリア。お前との婚約は破棄させてもらう。そして、この国から即刻立ち去れ」
冷え切った大理石の床に膝をつく私を見下ろして、勇者ゼロスは酷薄な声で言い放った。
豪奢なシャンデリアが照らし出す王城の謁見の間。周囲を囲む貴族や騎士たちの顔には、同情の色など欠片もない。ただ、ゴミでも見るような冷ややかな視線が私に向けられていた。
「どうして、ですか……? 私はずっと、あなたのために祈りを捧げ、国のために尽くしてきたのに……っ」
すがるように見上げた私の視線の先で、ゼロスは鬱陶しそうに金髪を払った。整った顔立ち(後から知ったが、どうやら『整形』らしい)が、ひどく歪んでいる。
「尽くしてきた、だと? 笑わせるな。歴代の『光の聖女』はみな、奇跡のような回復魔法で怪我人を瞬時に治してきた。だがお前はどうだ? お前の魔法を浴びても、傷一つ満足に塞がらないじゃないか!」
「それは……私の魔力は、回復の方向にはうまく作用しなくて……でも、瘴気を祓うことなら……」
「言い訳など聞きたくない! 俺のユニークスキル『マネー』による莫大な課金装備があれば、お前のちっぽけな浄化能力など必要ないんだよ! 俺の完璧な勇者パーティに、傷薬以下の無能聖女など足手まといなだけだ!」
ゼロスの足元には、彼がスキルを使って召喚したと思われる眩いほどの金貨の山と、強力な武具が転がっていた。
神から与えられた己の体を鍛えることもせず、ただ金と装備の力だけで魔物を蹴散らしている彼は、最近ますます傲慢になっていた。
私が毎日、国中の魔素の淀みを必死に浄化し、水と大気を清浄に保つことで、魔物の凶暴化を抑えていたというのに、彼には見えていないのだ。いや、見ようともしていなかった。
「無能な聖女アリアよ。貴様は我が国には不要の長物だ。死蟲機がうろつく『絶望の荒野』へ追放する。せいぜい、蟲どもの餌として国の役に立つがいい」
王の冷酷な宣告が、玉座の間を満たした。
こうして私は、着の身着のまま、水ひと袋だけを持たされて、城壁の外へと放り出されたのだった。
* * *
「はぁ……はぁっ……!」
乾いた風が、容赦なく私の体力を奪っていく。
追放からどれほどの時間が経っただろうか。照りつける太陽と、ひび割れた大地。ここは『絶望の荒野』。かつての神蟲魔大戦の折、死蟲王サルバロスが生み出した恐るべき機械の魔物、死蟲機が跋扈する死の土地だ。
履き慣れない靴はとうに破れ、素足から血が滲んでいる。喉はカラカラに渇き、持たされた水筒はすでに空っぽだった。
(死ぬ、のかな……私)
ぼんやりとした頭で、そんな絶望がよぎる。
聖女としての力を上手く使えない私は、ずっと「役立たず」と罵られて生きてきた。ゼロスとの婚約が決まった時、ようやく居場所ができたと喜んだのに、結局はこうして捨てられてしまった。
ガシャッ……ガシャッ……!
背後から、無機質な金属音が聞こえ、私は弾かれたように振り返った。
そこにいたのは、体長三メートルはあろうかという巨大な機械の蟻——『死蟻型ネクロバグ』だった。赤黒く錆びた鋼鉄の装甲。頭部には、強力な酸を吐き出すという恐ろしい顎が、カチカチと不気味な音を立てて動いている。
「ひっ……!」
私は悲鳴を上げて走り出した。しかし、極限まで疲労した体ではまともに走ることもできず、枯れた木の根に足を取られて派手に転倒してしまった。
「あ……うぅっ……」
膝をすりむき、痛みに顔をしかめる。
振り返ると、死蟻型ネクロバグが六本の金属脚を器用に動かし、猛烈なスピードで迫ってきていた。その凶悪な顎から、ジュージューと地面を溶かす強酸のよだれが滴り落ちている。
(もう、だめ……!)
死を覚悟し、ぎゅっと目を閉じたその時だった。
私の手が、偶然、砂に埋もれていた『何か』に触れた。
それは、大理石よりも滑らかで、氷のように冷たい、純白の石碑……いや、金属の板のようなものだった。
触れた瞬間、私の中に眠っていた『魔力』が、まるで巨大な渦に飲み込まれるかのように、その白い金属板へと一気に吸い上げられていった。
『——マスターの生体波形を認証。魔力供給ライン、接続完了』
突然、私の脳内に、感情の起伏を一切感じさせない、透き通った女性の声が響き渡った。
「え……?」
『魔力属性、極大の対消滅エネルギー(浄化)と確認。ジェネレーター、臨界突破。休眠モードを解除し、戦闘形態へ移行します』
地響きが起きた。
私が触れていた白い板を中心に、荒野の地面が大きく爆ぜる。土煙が舞い上がる中、地中深くから『それ』は姿を現した。
全長十メートルを超えるであろう、純白の装甲に身を包んだ鋼鉄の巨人。いや、それは『獣』の形をしていた。
天高く嘶くような姿勢をとる、伝説の神馬。その額には、天を貫く一本の鋭い角がそびえ立っている。
「ユニ……コーン……?」
おとぎ話でしか聞いたことのない伝説の聖獣。しかし、目の前にいるそれは、生命というよりは、高度に洗練された『機械の神』のように見えた。
迫り来る死蟻型ネクロバグが、未知の脅威を前にピタリと動きを止め、威嚇するように強酸の液を噴き出そうとした。
しかし、白い聖獣の方が早かった。
『マスターの安全を脅かす対象を捕捉。障害を『ゴミ』と認定し、殲滅します』
脳内に響く無機質な声と共に、ユニコーンの額にある一本角の先端に、凄まじい光が収束していく。
それは、私の体から吸い上げられた魔力——ずっと「回復には使えない」と嘲笑われてきた、私の『浄化』の力そのものだった。
しかし、ユニコーンの内部で増幅されたその光は、ただの浄化などではなかった。あらゆる不純物、あらゆる悪意、あらゆる物質を、根源から消滅させる絶対的な破壊の光。
『ユニコーン・シューター、最大出力』
カッ——————!!!
世界から音が消えた。
ユニコーンの角から放たれた極太の白いレーザーが、一直線に荒野を薙ぎ払った。
死蟻型ネクロバグの強固な鋼鉄の装甲など、紙切れほどの抵抗にもならなかった。白き光の奔流に飲み込まれた瞬間、ネクロバグは悲鳴を上げる間もなく、蒸発し、文字通り『塵』となって消滅した。
光はなおも止まらず、荒野の彼方まで一直線に伸びていく。分厚い雲を突き抜け、文字通り『星を穿つ』かのような軌跡を描いて、ようやく収束した。
あとに残されたのは、綺麗にガラス化して真っ赤に溶けた大地と、圧倒的な静寂だけだった。
「…………え?」
私は、へたり込んだまま、信じられない光景に目を丸くした。
私を殺そうとしていた恐ろしい化け物が、跡形もなく消え去っている。それどころか、地平線の彼方まで地形が変わってしまっていた。
『敵性反応、ゼロ。周囲の完全制圧を確認しました。……おはようございます、マスター・アリア。私は特務決戦兵器『ユニコーン・マグナム』。メインAIの『ユニ』と申します』
真っ白な鋼の聖獣が、ゆっくりと首を下げ、私を見つめるように青く発光する眼差しを向けた。
『あなたの提供してくださったエネルギーは、最高にクリアで凶悪でした。これより、私はマスターの剣となり、盾となります。——さあ、次は何を殲滅しましょうか?』
「……えぇっ!?」
物騒極まりないAIの言葉に、私は思わず素頓狂な声を上げてしまった。
役立たずの無能聖女として追放されてから、わずか数時間。
死を覚悟した荒野で、私はなぜか、とんでもなく強力で、ちょっとだけ物騒な『相棒』を手に入れてしまったらしい。
これが、私を虐げた者たちを絶望の淵に叩き落とし、そして、私が最高に甘やかされる新しい人生の始まりだとは、この時の私はまだ知る由もなかった。
読んでいただきありがとうございます。
面白いと思っていただけましたら、★評価やブックマークで応援していただけると励みになります。




