第8話「馬車と、寝具」
馬車に揺られること、数時間。
「ケツが痛くなってきたな」
「……」
「いつ着くんだ、これ」
「……」
「おいオッサン、寝るな」
「ええい、少しは静かにできんのか貴様は!」
「お、起きた」
「寝てはおらん!
任務中に寝る者がどこにおるか!」
馬車に乗って以来、ここで初めてヴェルニグと目が合う。
「そうか?
城の門番の兵士たちは、天気がいい日は半分ぐらい寝てたぜ」
「ほう……あいつらがか。
ならば、帰ったら喝を入れてやることにしよう」
「やっべ、あいつら騎士団の所属だったのか。
おいオッサン、今のは嘘だ。怒らんでやってくれ。
あいつらは良い奴だ」
「まったく……お前の言葉はどこまで本気なのかわからんのだ」
「失礼だな、嘘はつかんようにしてるぞ。
俺はいつでも大真面目だ」
「なら、あいつらの一ヶ月便所掃除は決定だな」
「すまん門番たち、守り切れなかった。
俺の名誉のための犠牲になってくれ」
「はぁ……。
軽口の止まらん男だ」
「おう、この口は一度開くとなかなか閉じないらしくてな。
開いたついてだ、情報交換でもしようぜ」
「情報交換だと?
私が貴様に教えてやることはあっても、教えてもらうことなどは無い」
「それもそうだな。
俺が悪かった。
色々教えてくれ、頼む」
素直に頭を下げる。
「……なんなのだ、貴様は」
今日、荷造りなどをしながら話してわかった。
ヴェルニグは、行き過ぎなほど生真面目な人間だ。
そしてこういった手合いは、素直な言葉をぶつけられると無下にできないのだ。
「……馬車が止まるまでであれば、質問に答えてやろう。
何が聞きたい」
「今回の任務の、具体的な流れだな」
ヴェルニグは俺の言葉に応じ、ため息をつきながら腕を組んだ。
「我々は現地に着き次第、まず村長殿のところへ挨拶に向かう。
そこで簡単な連絡を終えた後に、被害の調査だな」
「村の規模がどんなもんかは知らんが、さすがに一日じゃ終わらねえよな」
「ああ。
そもそも村に着く頃には、昼過ぎか夕方だ。
どちらにせよ、本腰を入れられるのは明日からだろう」
「なるほど。
そっからは?」
「調査が終われば、警備も兼ねて村周辺の調査だ。
数日か、長ければ一週間ほど。
炎熱の民がまた襲ってこないとも限らんからな」
「たしかに」
「それでも何もなければ、派兵の準備をして任務は終了だ。
我々が去った後にも、しばらくは警備を強化せねばならんだろう」
「んじゃ、やっぱサフィーアの言ってた通り一週間前後ってとこか」
「む……まぁ、そうなるが」
「ん、どうした。
他になんかあるのか?」
「いや……貴様が王のことを名前で呼ぶのが、慣れんだけだ」
「あー……」
そういえば、ヴェルニグが最初に俺に突っかかってきたのもそれが原因だったか。
ヴェルニグからしてみれば、サフィーアは長年仕えてきた『王』。
そして彼もまた、氷雪の民。
その寿命を鑑みるに、きっと俺が生まれるよりもずっと前からそうしてきたのだろう。
それをポッと出のガキに呼び捨てにされるというのは、王を───ひいてはそれに忠する自分自身を否定されているようなもの、なのかもしれない。
むしろ、怒らない方がよく我慢していると言える。
(……いや、怒られはしたか)
しかし、サフィーア自身が俺に名前で呼ぶように言っているのだ。
名前で呼ぶというのは、彼女とミラーヤの間柄のように、あだ名で呼び合っている関係ともまた違うのだろう。
この世界の、そしてクロキアの文化的背景や歴史を知らない俺に、その意味を推し量ることはできないのだが。
しかしヴェルニグは、それすらも飲み込んだのだろう。
それが、王の決定である故に。
その胸中は、彼の半分も生きていないであろう俺ですら想像に容易いものだった。
だとすれば今の俺にできることは、彼に対しもう少しばかりの敬意を払うことなのだろう。
「……なあ、騎士団長さんよ」
「ヴェルニグで良い。
……今さら気を遣うな、気味が悪い」
「じゃあ、ヴェルニグ。
他にも教えてくれるか?」
「なんだ」
「顧問魔術師についてだ。
昨日の続きが聞きたい」
「ああ……そのことか。
そうだな、それも話しておくとするか」
「頼むよ」
「その前にまず、我々クロキア王宮騎士団について教えておかねばな。
貴様にとっては、自身が所属する組織の話となる。
よく聞いておけ」
俺が頷くと、ヴェルニグはひとつ咳ばらいをしてから続けた。
「まず、貴様も知っているだろうが……私が騎士団全体を総括している、騎士団長だ。
次席として副団長という枠もあるが、今は空席のままだな。
そして、その下にいくつかの師団がある」
ヴェルニグは、手甲の上からでもわかる野太い指を三つあげて言う。
「一つ目は、王に最も近い存在の『王城師団』。
その名の通り、王城内外の守りが担当だな。
ここは、私が師団長を兼任している。
二つ目は、王都を守る『警備師団』。
こちらは外部からの防衛や、城下町全体の警備を担当している。
国民同士の諍いの解決も担っており、民にとって最も近い存在だろう。
最後に、『派兵師団』。
三つの中では最も柔軟に動ける組織で、王都以外のクロキア各地での警備を担当している。
今回の調査も、普段であれば派兵師団に話が来るはずだったのだが……」
「……俺に白羽の矢が立った、と」
「そうだ。
王が何をお考えなのか、私には理解が及ばんがな」
それについてだけは、ヴェルニグより俺の方が知っているのだろう。
だがその事実も、サフィーアの考えも、敢えて今言う必要はない。
「そういえば、王様を守る親衛隊みたいなのはいないのか?」
「ああ、存在しない。
今はな」
「今は……ってことは」
「過去にそのような隊があったのは事実、ということだ。
王城師団の一部としてな」
「へえ」
「前団長、ザクセン・アンハルツ殿はその隊長でもあった。
しかしその団長殿が退任された際に、一緒に解体されたのだ。
王自身のご意思でな」
「……ほぉ、それは」
「無論、団長殿は反対していたのだがな……」
自分を守るための隊をすすんで解体するとは、とんでもない王様だ。
それを聞いて思い返してみれば、彼女の寝室付近の警備も最低限だったように感じる。
とても王様の寝床とは思えないほどに。
よほど自分の実力に自信があるのか、それとも窮屈すぎて自由が欲しかったのか。
どちらにせよ、サフィーアらしいと言えばらしいのだろう。
そして、解体のタイミングも彼女らしい。
これはあくまで想像だが……以前の団長もきっと、ヴェルニグのように真面目な人物だったのだろう。
団長である自らが、わざわざ近衛隊長につくほどなのだから。
ヴェルニグの言った通り、そんな人物が王自身への守りを緩めることに賛成するわけがない。
故にその団長に小言を言われず、新しい団長はサフィーアに意見がしづらいという、絶妙なタイミングで解体を行う必要があった。
それが、前団長の退任時ということなのだろう。
サフィーアは自分のことを為政者と言っていたが……なるほど、その言葉に相応しいだけの強かな立ち回りをしているのだろうと想像がつく。
「そして今、それに代わるのが顧問魔術師の枠だと言われている」
「……ん?」
いきなり、話が飛んだ気がする。
「ちょっと待ってくれ、今なんて言った?」
「貴様の就いている立場こそが、王の親衛隊に代わるものに近いと言った。
顧問魔術師は、さきほど挙げたどの師団にも所属していない……というのも理由だがな」
顧問魔術師が、親衛隊代わり?
俺に投げられた役職が、まさかそんなポジションだったとは。
(……聞いてねえぞ、サフィーア……)
「そして、顧問魔術師の位を持つ者は現在で三名のみ。
新しく入った貴様と、ミラーヤ殿。
……そして、王自身だ」
「……えー、っと?
え?」
さらに斜め上から畳みかけられた情報に、ついに理解が追い付かなくなった。
「ちょっと待て、俺の聞き間違いか?
今、顧問魔術師は俺とミラーヤ。
そんで……サフィーア自身って言ったか?」
「ああ、そうだ」
どうやら、聞き間違いではないらしい。
(ミラーヤと、サフィーア自身が顧問魔術師だと……?)
俺とミラーヤは、わからなくもない。
俺には最低限の魔法の適性があり、ミラーヤはサフィーアの最も近くで生活をしている。
彼女を守るには、最適な立場だろう。
しかし彼女自身も顧問魔術師とは、一体どういうことだろうか。
王であり、騎士団の所属でもあるという、矛盾した立場を選んだ。
……と、いうことになるか。
無論、理由は定かではないが。
「あー……つまり、その。
割とめちゃくちゃな王様……ってことでいいか」
「言葉を選ばなければ、私も同意見だな」
たしかにサフィーアは、『そのローブを着たのは今までで二人だけ』と言っていた。
しかし、それがまさかミラーヤとサフィーア自身だとは、誰が想像できただろうか。
「我が王は、時に大胆な決断をなさる。
しかし、それらには確かな裏付けと合理性があるのを、みな理解しているのだ。
……それ故に、誰も逆らえんのも事実だがな」
「マジかよ……」
よく見ると、俺の身に着けているローブはあの日サフィーアが来ていたものと酷似している。
色も、装飾も。サイズ以外はほとんど同じだ。
「どっかで見覚えあると思ったら、そういうことか……」
色々と、衝撃的な事実だった。
「事実、魔法の実力で言えば王はクロキアで最強と言っていいだろう。
そしてミラーヤ殿も、それに追随するほどだと聞いている。
……ミラーヤ殿に関しては、模擬戦はおろか魔法を行使しているところすら見たことはないがな。
それも、本人の温厚な性格故なのだろうが……。
どちらにせよ、王が自室の隣にミラーヤ殿の部屋を置かれているのもそれが理由だ。
そしてそれがそのまま、親衛隊解体の理由でもあるのだろう」
たしかに、合理的と言えば合理的だ。
お互いが十分に強いのであれば、二人の方が管理が容易な上に、フットワークも軽くなる。
となれば、彼女自身が顧問魔術師という立場を兼任している理由も、きっとそこにあるのだろう。
時に外に出る必要があり、『王』以外の立場でコトを済ませたい場合がある───と、いったところか。
あくまで、予想だが。
しかしそれについてサフィーアに尋ねたとしても、彼女からは『だって窮屈なんだもの』といった一言が返ってきそうなものだ。
「故に貴様には、その立場に選ばれたということの自覚を持って働いてもらいたいものだ」
ヴェルニグの言うことも、俺に対する態度も。
今の話を聞けば、当然のものだろうと思えてきた。
そして、俺が着ているローブの見え方も、さきほどまでとはやや違ってきている気がした。
(サフィーアは『見る人が見れば国王直属だとわかる特製』だ、っつってたが。
まさか、そういう意味だったとはな……)
まるで、王城を出てもなおサフィーアの掌の上で踊らされているような気分だった。
「……見返してやるためにも、ちょっとは頑張りますか」
「ふむ。
貴様にも、少しは気骨というものがあるようだ。
どちらにせよ、王の期待を裏切るような真似はしないでもらいたいものだな」
「わかってるよ。
さすがに、そこまで言われて何も感じないような馬鹿じゃない。
……少なくともこのローブは今、アンタの鎧と同じだけの重さになったよ」
「ふ……。
そうであると願おう」
────
──
馬車はやがて山道を抜け、開けた草原に出た。
頭上には、さきほどより広い空。
そして、その群青を受け止める山々の稜線。
今日の太陽は、その内のどれをベッドにするのか。そろそろ予測ができる時間帯だ。
「お、やっと暗いとこから抜け出したか」
「じき着くぞ。
荷物の確認をしておけ」
「あいよ」
「村があるところは盆地だ。
故に、陽が落ちるのも早い。
着いたら数時間で夜になると思っておけ」
「村には、光る赤い石はないのか?」
「赤い石……?
なるほど、朱光石の街灯のことか。
その口ぶりから察するに、貴様の元いた世界には無かったということか?」
「残念ながら、マナも魔法も無かったからな。
その変わり、電気を使った科学技術が発展してたんだが」
「ふむ……電気を操るのか。
まるで雷鳴の民だな」
(雷鳴の民っつーと、たしか……北にあるドネルトって国だったか)
「たしかに人間が自発的に電力を生み出せればよかったんだが、そうもいかねぇんだ。
説明は難しいが……科学っつーのは、もっと複雑な理屈で動いてるモンだな」
「なるほど。
理解には及ばんが……そういう話を聞くと、改めて貴様が異世界から来たということを実感するな」
「誉め言葉として受け取っておくよ。
俺も、パッと見はこの世界の住民になってきたって意味でな」
「ふむ。
そしてお前が言った、朱光石の話だが……。
例えば、これのことだな」
そう言ってヴェルニグは、荷物の中から布に包まれた何かを取り出す。
彼が布を取ると、中からガラス張りの箱が現れた。
いわゆる、ランタンだ。
どうやらそのランタンの中央には赤黒い石が固定されているようで。
恐らくそれが、朱光石とやらなのだろう。
「へえ、街灯だけじゃなくてランタンにもなるのか。
ってか、光ってないと結構暗い色なんだな。
魔法で光るのか?」
「正確に言えば、『マナを流し込めば』だな。
しかし、我々氷雪の民のマナの波長ではあまり効率が良くないようでな。
常人なら使えるだけのマナを使っても、半日光らせるのがやっとというところだ」
「ほー……」
原理はわからないが、とにかくそういう性質を持った石ということなのだろう。
「うまく加工すればこのようにランタンにもなるが、クロキアではそこそこに高価な品だ。
この村では、街灯にできるほどの大きさの石の数も、光を維持するためのマナの量も足りていないだろう。
せいぜい、個々人がこれと同じような品を家に常備しているぐらいか」
「なるほど、じゃあ日が沈んだら作業は切り上げか」
「そうなるな。
故にこれからの宿のことも含めて、早めに村長殿のところへ向かいたいのだ」
「宿、か……」
宿。
言いかえればそれは、寝床のことだ。
つまりそこには、これから一週間ほど俺の睡眠の相棒となるベッドが待っているということでもある。
(……ベッド、か)
矜持……とまではいかないが、俺には一つの持論がある。
それは、自分の寝床に関する部分は妥協すべきではない。というものだ。
良い寝具は、良い睡眠を。
そして良い睡眠は、良い生活と良い人生をもたらしてくれるのだ。
無論、それは仕事の成果にも直結するだろうとも思っている。
……しかし、今回は任務で来ているため、我儘が言えないのも事実。
しかも今度は王城と違い、辺境の村ということだ。
つまり今回俺が出会うのは、以前よりももっと庶民的な。
この世界の平均的なベッド一式のはずだ。
───果たして、どんな寝具が俺を迎えてくれるのだろうか。
「緊張してきたな……」
「どうした、急に」
「なんせ初めてのことだからな。
こういうのは、最初が肝心だろう」
「そうか……。
貴様のような男でも、緊張はするのだな」
「当たり前だ」
「ふ……なるほど。
だが安心しろ、たしかに私も騎士になりたての頃は、貴様と同じような顔をしていた記憶がある。
初任務という言葉、そして騎士としての責任の重さに、押しつぶされそうになっていたものだ。
今となっては、もう半世紀ほど前のことになるのか。
そうだな……。
あの頃の私は、まだまだ若く……」
何を勘違いしているのかは知らないが、ヴェルニグが自分語りを始める。
無論オッサンの昔話に興味はないので、俺は神妙な面持ちのまま右から左に聞き流した。
俺の頭の中は、すでに新しい寝具のことでいっぱいになっていた。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




