2-3
「座れ」
「ん」
ヴェルニグに促され、木でできた簡素な椅子に腰掛ける。
同じく木製のテーブルに腕を乗せかけたが、劣化による大きなささくれが目についたため、大人しく肘掛けに体重を預けることにした。
「王城に比べれば、狭くてかなわんだろう?」
そう俺に投げかけながら、ヴェルニグは向かい側に座った。
「ああ……まぁ」
「安心しろ。
今日は、長くなる話でもないのでな。
少しの辛抱だ」
彼の言う通り、部屋も狭ければ設備も悪いこの場所は、騎士団の宿舎だった。
宿舎は王城のすぐ左手に存在しており、外観は白を基調としているものの、飾り気は一切見受けられない建物だ。
入ってすぐのエントランスこそ最低限の見栄えは保たれていたが、奥の区画に一歩足を踏み入れれば、汗や鉄といった人間特有の臭いが立ち込めている。
そしてその一角、倉庫なのか会議室なのかすでにわからなくなっている一室に、俺たちは集まっていた。
「意外だったか?
清廉潔白を掲げている騎士団とは正反対の、粗雑な印象だろう」
「まぁ……その通りだ。
俺はこっちには入ったことがなかったからさ、ちょっと驚いてるよ」
王城のすぐ傍にあるため、建物自体はいつも目に入っていたのだが……足を踏み入れる機会はこれまでなかったのだ。
「王城という清潔すぎる環境に慣れたお前には、受け入れ難いかもしれんがな。
この場所こそが、我々騎士団の仕事場であり現実だ。
それに長年いれば、この臭いや散らかった部屋にも愛着が湧くというものでな」
「いや……いいんじゃないか。
外面ばっかりを気にせずに、毎日泥臭い訓練に打ち込んでる証。ってことだろ?
……それに俺だって、毎週フリージアの役場に泊まり込んでる身だからな。
最近はもう、部屋にネズミやムカデが出ても驚かなくなっちまった」
「ふ、そうか。
……であれば、心配はいらんかもしれんな」
「何がだ?」
「お前が顧問魔術師を解雇されたその時は、騎士団で拾ってやってもよい。という話だ」
「はっ……残念。
俺は魔術師をクビになったら、リンゴ農家になるって決めてるんでね」
「農家だと?
作業着や鍬など、貴様には似合うまい」
「白い鎧と同じだけ、な」
「……ははは!
たしかに、貴様の言う通りかもしれんな」
ヴェルニグがその大きな口を開けて笑った後、ちょうど俺の背後にある扉がノックされた。
「失礼いたします!
派兵師団第八小隊隊長、エルビン、ただいま到着いたしました!」
「入れ」
「は!」
外から届いた声にヴェルニグが指示を出すと、威勢のいい返事と共に扉が開く。
扉はさきほどと同じくキィキィと嘶いたが、入ってきたエルビンの後ろ手によってその口を閉ざした。
「お疲れ様です、団長殿!」
「ご苦労。
そちら側に座れ。
……今日は、堅くなる必要もない」
「承知しました!」
言われたもののあまり肩の力を抜いたようには見えないエルビンは、俺の隣にある椅子を引く。
がちゃりと鎧を鳴らしながら彼が座ったのを確認したところで、俺は改めて声をかけた。
「よう」
「これは、トーヤ殿……!
お疲れ様です!」
いつもながら生真面目な雰囲気を漂わせる彼は、俺の顔を見てほんの少し表情を緩めた。
「久しぶり……ってわけでもねえか、王城じゃ何度か顔を合わせてるし。
ただ仕事で一緒になるのは、炎熱の民と戦った時以来だったか?
思えば、それももう半年以上前になるが」
「そうですね!
その間に、あの村にもフリージアという名前がついたとか」
「ああ……そういえばそうだな。
なんかもう、それもずっと昔の出来事って感覚だが」
「自分も同じです。
あのような実戦は、過去にも経験したことがなかったので……思い出しても、未だに現実感がありませんよ」
「そっちはそっちで、そうか……。
他の国の人間と交わること自体が、珍しいもんな」
「ええ、仰る通りです」
記憶を手繰り寄せるように視線を宙で泳がせていると、ヴェルニグが咳ばらいをする。
「今日の話は、そのフリージアについてだ。
お前たちにはそれぞれ事前に伝えていたが……騎士団駐在の件について、最終的な内容が決まった。
故に、この場で正式に伝えておく」
「はい!」
「あいよ」
俺たちは改めて姿勢を正し、ヴェルニグの方へ体を向ける。
「まずエルビン。
以前伝えていた通り、お前の率いる第八小隊に、今回新たな任務が与えられる。
内容としては、該当地区の警備と治安維持。つまり、フリージアへの駐在だな。
以前のような戦闘を見越した夜警が必要というわけではないが……小隊内で交代制を採り、村全体、昼夜通しての警備を行え。
昼は主に治安維持、夜は最低限の警備が目的だ。
また駐在所については、専用の宿舎を用意している。
詳しくは、現地でトリドに訊け」
「は!
警備に関しては、派兵師団標準の警備規定に従うものでよいでしょうか」
「基本的な認識はそれでいい。
だが、今回は少し事情が違う部分もあるだろう。
今のフリージアは、半年前の───お前たちが村の防衛を行った際のそれとは、まるで別物なのでな」
「……別物、ですか?
それは、どういった……」
「ああ。
トリド」
「ん、あぁ……」
ヴェルニグの視線が俺に説明を求めるものだと理解し、頭を出力側に働かせる。
「えーっと……実はだな。
今のフリージアは、前みたいに小麦だけを作ってるわけじゃないんだ。
ここ半年で、かなり色々変わったんだが……一番変わった点から言えば、製氷業についてかな。
新しく製氷所ができて、そこでみんなで氷を作って。
そんで、それをフレイミアに出荷してる。
製氷業って仕事とそれの交易が、村単位で始まった。ってことだ。
だから、村には馬車も出入りしてるし、フレイミアの人間もいるんだ」
「フレイミアと、氷の交易ですか……?
それはなんというか……奇妙な話ですね」
「襲ってきた相手と商売なんて、ってことだろ?
それはごもっともな感想だが……色々あってな。
お互いの未来のために。って、今は手を取り合って商売をしてる状況だ。
交易のための開拓も、フレイミアの建築業者に頼ってるしな。
だから今のフリージアには、フレイミアの連中が住み込んだりもしてるぜ」
「そうでしたか……。
本当に、変わったのですね」
「ああ。
村のみんなも、フレイミアの人間に敵意はない。
フレイミア側の人たちも、復興や開拓のために全力を尽くしてくれてる。
だから今は、そういう人間も全員含めてフリージアって村になってるんだ。
……ちなみに、ちょうど最近ペルエット出身の人間も暮らすようになったとこだしな」
そう言って、説明が終わったことをヴェルニグに目で伝えた。
「トリドの説明した通りだ。
フリージアには、すでに様々な人間が暮らしている。
氷雪の民、炎熱の民問わず、だ。
第八小隊に命じるのは、その中での治安維持となる。
この意味がわかるな」
「は。
通常通り、村の方々の顔を覚えながら巡回するだけの警備ではない……と。
そういうことですね」
「その通りだ。
村民と顔を合わせ、見覚えのない者が入ってきた際は声をかける。
それも重要な任務だが……今回は、それ以上のことが求められるということだ。
様々な地の人間が混じる場所で、な」
「なるほど……。
価値観の違いもそうですが……そもそも、どのような摩擦が生まれるかも未知数。ということですか。
治安維持だけでも、かなり骨が折れそうですね……」
「さらに言えば、フリージアの人口はこれからも増えていくだろう。
土建屋に商人、馬車とそれを率いる御者。
生活様式の違いや金銭のやり取りが原因となることは当然だが……それ以上の、予測すらできん衝突が発生することを覚悟しておけ」
「俺からも頼むよ。
村が広がっていくにつれて、ある程度柔軟に立ち回ってもらわないといけないことも出てくるだろうからさ。
あんまりルールに縛られすぎずに、その場その場で最善の解決方法を、みんなで模索していこうぜ」
「なるほど……。
……理解はしましたが……」
「案ずるな。
私も前例のない警備任務に対して、全て規律通りに執行しろとは言わん。
加えてあの村には、フレイミア軍の幹部も駐在しているのでな。
不測の事態や武力が必要な際は、彼女を頼ることもできるだろう」
「あと、週の半分ぐらいは俺もいるしな。
誰がどこに住んでて、新しく誰が来るか。そういう情報はその都度渡していくし……大体は村役場にいるから、呼んでくれたらすぐ駆けつけるぜ。
って言っても、物騒なことが起こるなんてまず無いと思うけどな」
「……はい」
返事をしつつも、エルビンは不安げに目を逸らしていた。
「そして、もう一つ。
通常の警備に加え、ある場所の調査を実施してもらう」
「……ある場所、ですか?」
「うむ。
ここ城下町からフリージアへ向かう途中、石でできた祭壇があったことを憶えているか」
「祭壇……。
ああ、たしかに、憶えております」
「調査対象は、その祭壇だ。
まぁ、調査と言うよりも確認に近いがな。
毎日必ず一度は祭壇に足を運び、何か異常があれば即座に報告せよ」
「あの古びた祭壇に、何かがあるということで……?」
「詳しくは言えん。
だが……そうだな。
言うなればあれは、巨大な魔術装置のようなものだ。
扱いを違えば、村全体が氷に閉じ込められると思え」
「そのような……!?
であれば、より強い警備体制を敷かれた方がよいのでは……!」
「その必要はない。
あれは特定の人間以外には扱うことはおろか、魔術装置であることすら認識できん。
そもそも、今までは警備も哨戒もせずにやってきているのでな」
「それは……そうかもしれませんが……」
「この調査は、あくまで万が一の事態のためだ。
祭壇に近い村に騎士団が駐在するようになった故に、空いた手を利用して実施しているに過ぎん。
異常がなければそれでよい。
むしろ、異常がないことを確認するための行動なのでな」
「まぁ、なんかわかんねぇことがあったら、俺が教えれる範囲で教えるよ」
「そうだな。
トリド、最初の数回はお前も同行しろ。
平常時がどのような様子か、お前も付き添った上で確認したほうがよいだろう」
「ああ、そのつもりだ。
っつーわけで、よろしくな。
エルビン」
「……承知しました」
エルビンは未だ引っかかるところがあるのか、先ほどから考える素振りを続けている。
「では確認だ。
任務内容の復唱!」
「……は!
任務内容は、フリージアの警備と治安維持。
通常の警備に加え、村民や人の出入りは日々変化していくことを前提とし、柔軟な対応を優先します!
拠点はフリージア内駐在所とし、警備は第八小隊全員で交代制とします!
また、祭壇への哨戒を毎日一度実施し、異常があれば即座に騎士団本隊へ連絡を取るものとします!」
「問題ない。
トリド」
「……ん、ああ。
いや、俺も特に問題はないと思うぜ」
「ありがとうございます!」
「では本日より三日後を以って、任務の開始を命ずる。
小隊としての移動準備も、その期間中に行え。
よいな」
「承知しました!」
返事と共に、エルビンが勢いよく騎士団式の敬礼をする。
「最後にだが、エルビン。
この任務は無期任務とする。
特別な理由がない限り、今後の配置変更は予定していない。
お前と小隊員全員、そのつもりでいろ」
「……はっ、無期任務、ですか……!?」
「ああ。
異論があるか?」
「い、いえ!
異論というわけではないのですが……その」
「どうした。
意見があるのならば、今のうちに言っておけ」
ヴェルニグはそう答えたが、その一言でさきほどからエルビンが抱えていたであろう不安が一気に表面化したようだった。
「……団長。
本当に、第八小隊で……自分のような者で、よろしかったのでしょうか?」
「私がそう判断した。
それとも、この決定には不服か?」
「いえ、そういうわけではないのですが……」
どこまでいっても、エルビンの言葉は歯切れが悪い。
そこでもしやと思い、俺は声を出す。
「……なあ、もしかしてなんだが……。
フリージア行きは、いわゆる『左遷』ってヤツだったりするのか……?」
「と、とんでもないです!
ただ……その。
あまりに、裁量のある任務でしたので……」
「任務内容と配置について、変更するつもりはない。
今回は私の一存で、任務に必要なだけの能力を持つ人員と人数を配置した。
またこの件に関して、それ以上の説明は不要であると判断している。
……小隊として、任務の辞退を希望するのであれば、話は別だが」
「……いえ。
拝任、いたします」
「では、下知は以上だ。
各自、クロキア王宮騎士団の名に恥じぬ活躍を期待する。
解散!」
「はっ!」
ヴェルニグの一声に、エルビンは弾かれたように立ち上がる。
そして甲高い声をあげる扉を再びくぐり、すぐに退室した。
「……なあ、ヴェルニグ」
「なんだ」
「エルビン、最後までなんか引っかかってたぜ?
不安っつーかなんつーか……俺にはわかんねえけどさ」
「私がそれを理解していない、とでも言いたいのか?」
「……半分は」
「ふん。
その程度、貴様に言われずとも把握している。
エルビンが何を考えているかも、な」
「じゃあ、なんであんな突き放すような態度だったんだよ。
……ヴェルニグの言う通り、俺には騎士団のやり方とか詳しいことはわかんねぇけどさ。
だとしても、もうちょい話を聞いてやってもよかったんじゃないか?」
「……」
俺がそう食い下がると、ヴェルニグは考え込むように腕を組み目を閉じた。
やがて彼は、俺と目を合わせないようにして席を立ち。
「……師団によって、考え方や適した場所の違いがある。
今ここで語ることではないが、貴様はそれだけ覚えておけ。トリド」
俺の視線を振り払うようにしながら、部屋を後にしたのだった。
(……ったく……)
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です。
また、第2章終了となりストックが無くなったため、ここからは幕間を挟んで、少し投稿お休み期間...か、不定期投稿となります。
期間中は、全く別のおはなしを投稿しようと思っております。
そちらも、ぜひご覧いただけますと幸いです。




