2-2
「よし、じゃあまずは魚の捌き方からだ」
翌日昼、フリージアの役場。
フライパンとまな板の上に並んだ魚を前に、俺は隣に立つコルヴィに話しかけた。
「魚ってのは、豚や牛と比べて小さいが……処理しねえといけねえモンは多い。
包丁一本で解体できる代わりに、内臓や鱗の取り方なんかは、いくら料理に慣れてる人間でも追加で覚えないといけない点だな」
「ほーォ。
つっても、焼いときゃだいたい食えンだろ、こんなモン?
油と塩で焼くだけでも、十分うまそうな匂いがしてきてンぜ」
「ああ、どうせそう言うと思ったからな。
脳みそが炭で出来てそうな火力バカのために、俺もあっちでちゃんとした魚料理を覚えてきたってワケよ。
今からアホでもわかるように説明してやるから、耳かっぽじって大人しく聞いとけ」
「あァ?
てめェもいっぺん白目剥かせてやろうか? この焼き魚みてェによ」
「ほーお、なるほど。
まずは自分の内臓を取られたいと見た。
じゃあ先に、お前の体で解体の手本を見せてやろうか」
「上等だゴラ……やれるモンならやってみろ。
お前の目ン玉くりぬいて、家畜の餌にしてやるよ」
「はっ。
これ以上、お前の汚ェ顔を見なくてよくなるってことか。
そりゃありがたい限りだが……お前が消えた方が話は早ぇ気がするぜ」
「どうやら目玉よりも先に、その舌を抜かれてェみてェだなァ!」
「お、お二人とも……っ!?
さ、さすがに、お台所で喧嘩はされません、よね……!?」
キッチンの外でテーブルを囲んでいた内の一人、アデレニエが俺たちを制止する。
一歩間違えれば流血沙汰なこのやり取りを制止されるのにも、慣れたものだ。
「冗談だ。
俺は魚を捌くつもりであって、法に裁かれるつもりはないぜ」
「いいからとっととやれ。
フライパンの方、そろそろ焦げんぞ」
「っと、マジだ。危ねぇ危ねぇ……」
「改めて、こんにちは。
リエラちゃん、だっけ?」
「あ、はいっ。
フローエンから来ました、リエラって言います」
「私はマリー。
トーヤくんと一緒に、フリージアで商売してるんだ。
ざっくり、話は聞いてるかな?」
「えっと……はい。
フリージアが元々、小麦畑で有名な村だったことと。
村の東側で、トーヤくんとマリーさんが色んなお店を作ろうとしてる……っていうことまでなら」
「そうそう。
だから今、村の東は常に開拓中でね。
トーヤくんが氷の出荷で稼いだお金と私の資本を合わせて、色々画策してるところなんだ」
「───うちの領土を金で支配しようとしたり、とかな?」
ドン。と音を立て、二人の前に焼き魚が並べられた大皿を置く。
「人聞き悪いなぁ。
もうそういうことはしないって言ったでしょー?」
「はは、冗談だよ。
……リエラ、マリーはうちの氷を買い取ってフレイミアに広めてくれてる、いわゆるお得意様だ。
村の拡張についても、俺より旗を振ってくれてる状態でな。
だから商売関係のことなら、マリーに訊いてくれれば確実だぜ」
「そ、そうだったんだね……。
ってことは、マリーさんもフレイミアの人なの?」
「そだよ!
これが証拠~、ってね」
マリーはおどけながら、立てた人差し指の先に火を灯してみせる。
「わ、すごい……ホントだ」
「魔法はあんまり得意じゃないけどね。
あくまで私は、商売人だから」
「武力じゃなく、経済力。
金の力の使い方なら、誰にも負けないだろうよ」
「一応聞いておくけど。
それ、褒めてるんだよね?」
「もちろんだ」
「ならいいんだけど」
「こっからフレイミアへの馬車もそうだが……。
リエラの乗るフローエンへの馬車も、マリーの商会に出してもらう予定だからな。
正直、頭が上がらねえよ」
「あっ。
その件なんだけど、ちゃんと地図は用意してくれたんだよね?
ミールノエ経由の、フローエンへの道の話」
「ああ、バッチリだ。
そのへんはリエラにも共有してるが……仕事の話はこの後の会議で、にしようぜ。
俺とコルヴィが飯を作り終えるまで、もうちょっとだけ別の話で盛り上がっててくれ」
「ん。
そういうことなら、了解だ」
マリーの視線を改めてリエラの方に仕向け、俺は厨房に戻る。
「や、やっぱり、マリーさんってすごい人だったん……です、ね」
「ぜーんぜん。
ただのお金好きの、一人の女だよ。少なくとも、ここにいる間はね。
だからリエラちゃんも、もっと力抜いてよ。喋り方も」
「えっと……じゃあ」
「ん。
って、それよりさ。
さっきフローエンって言ってたけど、それがリエラちゃんの暮らしてた町なの?
ペルエットなんだよね?」
「あ、うん……。
ペルエットの端っこ、海が見える町でね。
おっきな坂があって、漁が盛んなところなんだけど───」
────
───
──
─
俺たちが昼食をとり終えた後。
テーブルについている人数は、さきほどの倍程度まで増えていた。
「さて。
じゃあいつも通り、報告会を始めていこうか」
ナスレグ村長と、ブランシュ。アデレニエとキトに加えて、コルヴィ。
全員が、ナスレグ村長の声を合図に姿勢を整えた。
「みんな知っての通り、今日は久しぶりにトーヤ君が帰ってきているよ。
あとは、顔合わせも兼ねて、リエラ君にも参加してもらっているね」
「えっと、どぅも……」
リエラが遠慮がちに会釈をすると、正面のアデレニエが前髪の隙間から控えめな笑顔を覗かせた。
「リエラ君については、もう紹介はいらないね。
新しく僕たちの村に来てくれた、若い力だ。
基本的には、ペルエットとここを往復するのだったかな」
「そうですね。
一応、寮にリエラのための部屋を用意してるんで、なんか連絡があればそこに。
もしくは、俺やマリー、コルヴィに伝えてもらえれば」
「あン……? 俺か?」
「ああ。
運んできた魚の届け先は、基本的にコルヴィの酒場になるんだからな。
リエラとやり取りする機会は、お前が一番多くなると思うぜ。
考えてみりゃ、当たり前の話だろ?」
「まァ……そうか」
「それに、あの酒場がそのまま村の食糧庫になる。って話だったしな。
魚のこともリエラのことも、頼んだぜ」
「ふン……」
俺の投げかけに、コルヴィはただ腕を組んで閉口した。
「うん。
じゃあ、改めて。
今日は誰から報告を始めようか」
「で、では……私から」
書記役として羽根ペンを握っていたアデレニエが、おずおずと手を挙げる。
「ならアデレニエ君から、頼むよ」
「は、はい」
そう言って彼女はペンを置くと、一度ゆっくりと息を吐いた。
「え、えっと……製氷についての、報告です。
先週に引き続いて、生産量は二割ほど上がっています。
トーヤさんがあちらに出られてからで言うと……倍くらい、でしょうか。
以前からマリーさんが提示されている目標量に、ほとんど近付きつつあります。
これも、新しく入っていただいた二人が、徐々に慣れてこられたおかげ……です」
その二人というのは、ペルエットに旅立つ直前に俺が面接を行った追加の人員のことだろう。
俺も数回顔を合わせただけだが……どうやら、アデレニエとキトの指導の下、うまくやってくれているらしい。
「備品の破損も無し。
毎週の売上に関しても、トーヤさんが出られる前の倍ほど、です。
総じて、順調……ですね」
「ならよかった。
一応聞くけど、ちゃんと休みは取れてるのか?」
「あ、は、はい。
最近は新しいお二人がとても頑張ってくれていますから。
マナも、体力も、大丈夫です」
「そっか。
それも全部、人に教えるのが得意な、アデレニエのおかげだな。
新しい人員が入ってくるって点にはちょっと不安もあったが……うまくいってるようで、安心したよ」
「大丈夫ッスよ、ボス。
もしアデレニエ先輩にナメた態度とったら、自分がぶちのめしてやるッスから!」
「ほう」
「キ、キトちゃん……!?
あの、大丈夫ですからね、トーヤさん!
お二人とも、とってもいい方ですから!
問題とかは、なにも……!」
「いーえ、問題っていうのは、慣れてきたころに起こるんスから!
自分はずっと、目を光らせてるッスよ! アデレニエ先輩の威厳のために!
がるるる……」
「キ、キトちゃんっ……!」
「ははは。
こりゃ、いい番犬だな」
心優しい管理人と、主人を守る忠犬といったところか。
どうやら仕事においても、二人はいいコンビのようだ。
アデレニエは人にものを教えるのが得意とはいえ、引っ込み思案な部分に関しては少しの不安もあった。
だが、このように優秀な番犬がいるのなら、心配はいらないだろう。
「そ、それで、えっと……。
マリーさんと相談した結果、また人を増やしてもいいんじゃないか、と……。
どうでしょうか、トーヤさん……」
「ああ、いいんじゃないか?
あの製氷所、あとは寮もそうだが……だいたい20人ぐらいの規模で作ってるからな。
無理のない範囲で、ゆっくり拡大させていけばいいと思ってる」
「じゃ、じゃあ……」
「次の募集、もう始めてるんだったか?
俺の方で見ておくよ」
「よ、よろしくお願いします……!」
アデレニエが胸の前で手を合わせたまま、勢いよくお辞儀をする。
「っても……なんか、意外だな。
アデレニエが、この仕事と規模の拡大にそこまで積極的になってくれるなんて」
「そ、そう、ですか……?」
「ああ。
前に、静かなところが好きって言ってたからさ。
個人的には、あんまり人を増やすのはどうなのかって思ってたんだ。
アデレニエにとっても、村の都合的にも」
「それは……えっと」
「なんつーか、変に無理をしてなけりゃいいんだが……って気持ちはある」
「……この仕事は、トーヤさんへの恩返し、ですから。
それから、ナスレグ村長や、この村に対しても、です。
だから、こんな私ができることなら……精一杯やりたいな、って」
「……そっか」
「それに、実はいま、とっても楽しいんです。
キトちゃんや、みんなもいて……。
私個人の感情としても、もう少しだけ、頑張りたいなって……今は、そう思えてます」
静かだが、強い意志を持った言葉。
その想いに俺は、どこかこちらの方が背中を押されているような感覚になったのだった。
「じゃあ……俺は俺のできることで貢献するとするか。
また困ったことがあったら、いつでも言ってくれ」
「は、はいっ!」
そうして彼女はまたお辞儀をし、満足げにペンを握りなおしたのだった。
「さて。
では次は……コルヴィ君になるかな」
「ん……了解だ、村長サン」
水を向けられたコルヴィが、椅子の背からゆっくりと身体を離し、テーブルに肘をつく。
「俺の方は……まァ、こっちも同じだな。
相変わらず昼飯を食いにくるのは、店子の建築とか東の街道を開拓してる、フレイミアの人間がほとんどだ。
反対に夜は、色んなヤツらが混じることもあれば、人っ子ひとりこねェ時もある。
ま、昼に来やがる人数と……それから氷の蔵のおかげで、食材が腐らずに済んでンのはありがてェ限りだな。
平たく言や、順調ってヤツだ」
「うん。
最近は、料理の腕も上がってきて、喜ばしいことだね。
僕も、よくお世話になっているよ」
「へぇ……ナスレグさんも、食べに行ってるんですか?」
「はは、そうだよ。
何しろ、この村に出来た初めての食堂だからね。
物珍しさも相まって、よくお昼に利用させてもらっているんだ。
妻と一緒にね」
「そうなんですね……なんか、意外でした」
「コルヴィ君の作る日替わりランチは、どれも美味しくてね。
最近は、僕たち夫婦にとってのちょっとした日々の楽しみにもなっているんだよ」
「あァ……その件については、村長サンにゃ感謝しかねェな。
ほぼ毎日、昼過ぎに来て日替わりを頼んでは、食った後に必ず感想をくれるからよ。
売上以外の意味でも、村長サンにゃ世話になりっぱなしだ」
「そうだったんですね……なんか、ちょっと想像がつきづらいですけど」
「ま、たしかにウチにくるのはフレイミアの中でも特にガタイのいい連中だ。
それに混じって村長サンたちが席に着いてるってなァ、ちょいと変な感じがするがな」
「ははは。
でも、ただでさえ僕らの村にとって珍しい食堂だというのに、炎熱の民の子がやっていて、利用者も炎熱の民が多い、そんなお店だからね。
だから、僕のような人間が率先して利用することで、少しは村の皆も利用しやすくなるかと思ってね。
……もちろん、それだけじゃないよ。
さっき言った通り、コルヴィ君の作るランチが美味しいのは事実だし、毎日食事を用意してくれている妻の負担も減る。その点でも助かっているよ」
「村長サン……。
へっ、こりゃ本当に頭が上がらねェな」
コルヴィが頭を掻くと同時に、俺も自然と頷いていた。
ナスレグ村長の行動に込められた静かな合理性には、いつもながら感服するばかりだ。
「何か他に、不満や要望などは無いかな?」
「今ンとこはねェぜ、村長サン。
気になるのは魚の保存とか調理方法だが……ま、このへんはそのうち慣れてくるだろうよ」
「うん、それならよかった」
「うまいメニューが出来たら、一番に振舞わせてもらうぜ。
それが、俺なりの恩返しってヤツだ」
「ははは、そうかい。
なら、楽しみにしておこう。
……トーヤ君たちからは、何かあるかい?」
「いえ、特には。
入荷の間隔とかに関しては、また俺たちとコルヴィで打ち合わせをしておきます。
リエラは?」
「あ、えっと。
アタシも、特には……」
「うん。
なら次は……マリー君かな」
アデレニエがペンを止めたのを確認してから、ナスレグ村長が促す。
「ん。
じゃあ、私から……なんだけど。
ちょーっと長くなるよ。
特に、トーヤくんに向けての連絡が」
「え? 俺か?」
「当たり前でしょ。
トーヤくんの同意が取れなかったせいで止まってる話が、いーっぱいあるんだから!」
「まぁ、多少はそういうのがあると思ってたが……そんなにか?」
「そんなに、なの。
はぁ……じゃあ、私から一つ一つ説明してあげる。
自分の立場をわかってないトーヤくんのために、ね」
「お、おぅ……」
「まず、店子の件ね。
これはお姉ちゃんから引き継いだ分でもあるんだけど……建築作業は順調。
予定してた十件のお店も、建物としてはほとんど完成済み。
だから前からしてた『実際に中に入るお店』の募集についても、本格的に動き出してる」
「へぇ……いいじゃないか。
それなら俺が手を出す必要も───」
「あ・る・の。
今、クロキアとフレイミアから、もうすでに応募者が複数いる状態。
ひとつはフレイミアのおっきい商会で、残りは全部個人ね。
だから私たちがそれぞれ顔合わせをして、内容の精査と評価をしないといけないの。
後者は特に、返事を早く出さないと逃げちゃうかもしれないでしょ。なのにトーヤくんがいないと返事ができなくて、やきもきしてたんだから。
ちなみに前者はクレムラン商会が関与してるって聞いたら手を引くのが目に見えてるから、私だけでも対処できるんだけど……そっちも一応止めてる状態ね」
「なるほど……。
んじゃ、まずは内容をかくに───」
「はいじゃあこれ。
これとこれも」
俺の言葉を遮るように、目の前にどさどさと書類が置かれる。
表題を見る限り、応募の届け出と、出店内容。そして応募者の素性調査の結果……らしい。
「……すぐに目を通しておくよ。
優先度高いみたいだから、とりあえず近いうちに顔合わせができるように───」
「話は最後まで聞いてから。
……それで次は、建築関係について。
店子の建築がほぼ終わってるから、次はトーヤくんが使う事務所を建てようと思ってて。
最初の方に依頼してもらってたけど、後回しになってたでしょ?」
「あ、ああ……」
「大きい貯氷庫もほしいって話だったから、その建物と一体化させる形で考えてたんだけど」
「問題ないぜ、それで」
「でもやっぱり、今の製氷場の位置と馬車が入れる範囲を考えたら、新しい製氷庫は町の東側がいいって話になったの。
だからトーヤくんの事務所とは別々で建てる方向になってね。
ナスレグさんにも協力してもらって、一足先に土地の選定は済ませたから……あとはトーヤくんの同意と、どっちを先に建てた方がいいかの優先順位付け。
これを済ませないと、次の建築が始まらないの」
「ってことは……それも優先度高めか」
「そういうこと。
で、次。
一か月分の氷とワインの売り上げの確認について。
これはナスレグさんとアデレニエさんが帳簿をつけてくれてるんだけど……トーヤくんの承認も必要」
「……それ、俺必要か……?」
「言ったでしょ。
このお金は、トーヤくんの同意がないと動かせないの。
だから、入ってくる時もトーヤくんの確認が必要なの。わかる?」
「まぁ……そう言われれば、そうか」
「ちなみにこれも、次の建築の依頼の前に済ませないと、その分のお金が払えないからね。
トーヤくんがペルエットに出る前に積み立てたお金は、もう全部関わってる人たちへの報酬とかで消えてるんだから」
「……ってことは、これも」
「すぐにして。
私への───クレムラン商会宛ての馬車の支払いも滞ってて、特別に待ってあげてる状態なんだからね?」
「……はい」
「次、ペルエットとの馬車の話。
ほら、前言ってた地図、出して」
「……これです……」
「……ふぅん……なるほどね。
一応確認するけど、正確な距離が書いてないのは?」
「ランドマーク……ああえっと、目立つ建物とか川とか、そういうのを基準に相対的な距離で描いてるからだ」
「それで通用すると思ってる?」
「……この道のりは、ペルエットまで片道三日なんだ。
そんで間にある二つの町……ミールノエとナルビクまで、それぞれの距離が馬車で一日弱かかる距離だった。
その町で馬を休ませることを考えると、たとえ早く着いても、日を跨がずに再出発はできない。
だからどうあっても、片道三日って期間が遅くも早くもならないんだ。
なら、詳しく測量する必要はない……かなと……」
「……及第点、かな。
ならこれは、私の方でもらっておくね」
「お願いします……」
マリーの鋭い眼光に、言いながらどんどん自信がなくなっていくのを感じたが……どうやらセーフだったらしい。
「これが確認できたなら、次はフレイミア側の貯氷庫の話だね」
「まだあるのか……」
「当然。
……で、交易と保存を安定させるために作る、貯氷庫について。
フリージアの東、国境を越えたところの街道の町にひとつと、うちの首都にひとつって話だったよね。
これについてはどっちもフレイミアの土地だし、お金も私が出すって言った手前、ほとんど確認してもらうだけのつもりだったんだけど……予定より規模を大きくしようとしてるの。
だから、その追加分のお金をトーヤくんに出してもらおうと思って」
「……その心は」
「理由は二つ。
貯氷庫を増やすってことは、氷の出荷量をさらに上げようとしてるってこと。
なら次の製氷の人員増加も含めて、トーヤくんと相談した上で足並みを合わせる必要がある。
人の規模に合わせて貯氷庫の大きさも検討しないといけないし、逆にそれが遅れて、氷の出荷量だけが先に増えすぎてもダメだからね。
だからその点について、トーヤくんが後々口出しできるように、少しでもいいから出資したって体を取ってもらおうと思って」
「理解したよ。
もう一つの理由は」
「それについては、ちょっと地理を思い出してもらう必要があるんだけど……。
トーヤくんは、街道の町の位置って覚えてる?
この地図でいうと、ナルビクって町のずーっと左上。地図の外になるんだけど」
「えーっと……フリージアから真東、フレイミアの土地に入ってすぐのところだったよな。
それが、なんか関係すんのか?」
「結論から言うね。
そこから南に直進して国境を超えたら、このナルビクって町に直行できるかもしれないの。
それも、フリージアから出発してちょうど一日で」
「……待てよ。
フレイミアとペルエットの国境は、森とか荒れた土地だけで整備されてないって話だったろ?
だからわざわざフリージアから西と南を迂回して、ミールノエを経由しないといけなかったんだ。
まさに俺たちも、そのルートでペルエットまで行ったんだぜ」
「今のままだとそう。
だからこそ、街道の町からナルビクまでの道を新たに開拓しようと思ってるの。
ここから街道の町を経由してナルビクまで一日で着けるなら、ペルエットとの交易に必要な時間は、片道三日だったのが二日にまで短縮できる」
「開拓って……そりゃまぁ、道のりが短縮できるならそれが一番だけどさ。
んな大規模なこと、できんのか?
俺たちがやってる村の東側の開拓とは、話が違うぜ」
「実はトーヤくんがいない間、あのあたりの調査をさせてたんだよね。
正式にペルエットと交易をすることになるなら、ルートの選定は重要になるから。
それに、馬車代が三日分から二日分に減れば、コストもそのまま下がるわけだし。
事前調査ってことで」
「それは……たしかにそうだが」
「で、その結果が丸だったってこと。
実はあのあたりって、むかーしむかしに使われてた道があるみたいでね。
ちょっと再舗装して道を繋げれば、ペルエットまでたどり着けそうだったんだ。
もちろん、木を切ったり草を刈ったりは必要だけど……思ったより小規模で済みそうだったから、いけるかなって」
「そりゃ、運がよかったのかもしれないが……だとしてもだ。
国と国を繋げる道を拓こうだなんて、相当デカい話になってくるじゃねえか。
それこそ、この村やマリーの一存で決めちまうのはマズいんじゃないのか?
少なくとも、デファンスの許可ぐらいは……」
「んー?
取ってないと思う?」
「……まさか、もう取ってんのか……?」
「私がここまで話を出してる時点で、察してほしいな。
だって国が認可したら、開拓作業は国としての事業になるんだから。
ならその費用も、ある程度国に負担させられるでしょ?」
「……はぁ~~~……」
あまりの強かさに、思わず特大の溜息が出る。
「ちなみに、この書類が証拠。
ほら、大オヤジさんの拇印だよ」
そう言ってマリーが取り出した羊皮紙には、デカデカと朱い印が押されていた。
……が、それは親指の拇印などではなく、デファンスが朱印を付けた拳を叩きつけたような跡だった。
「拇印……これが、拇印ねぇ……」
「あはは、すごいでしょ?
私も、今までみたことないくらい立派な拇印で感動しちゃった。
大オヤジさんもそれだけ嬉しかったのかな?
なーんて、ね」
「……ブランシュ」
「……」
俺はブランシュの方に視線を向けたが、彼女は苦しそうな表情で眉間に皺を寄せていた。
およそ、マリーからこの話を持ちかけられたデファンスも、あのような表情だったのだろう。
「あ、ちなみにお姉ちゃんも確認済みだよ。
ねえ、お姉ちゃん?」
「……私も、つい昨日話を聞いただけなのだがな」
苦虫を嚙みつぶしたような顔のまま、ブランシュは口を開く。
「もし開拓作業を国が認可すれば、開拓の費用もそうだが、これからの管理費用も勘案せねばならん。
それに他国への道など、国益にもならなければ、将来的にどう利用されるかもわからん。
それらを含めて、初めは大オヤジ殿も却下していたらしいのだがな……」
「でも、ね?
街道の町から、嘆願書が出ちゃったから。
大オヤジさんも断るわけにはいかなかったんだよねー」
「嘆願書……?」
「街道の町の町民と町長から、署名が集まったのだ。
南への道の舗装を望む旨の、な」
「ええ……?
あの町にとって、特に利益になるわけでもない道のはずだろ……?
なんだってそんな都合よく」
「……あの町はすでに、トーヤ殿とマリーが行っている氷の交易で、多大な利益を受けている。
馬車が行き交うことで金を落としているというのもそうだが、今まで自分たちが首都にまで買いにいかなければならなかった日用品などを、馬車が通るついでに卸してくれているのだ。
経済的にはもちろん、それらはもはや、町民の暮らしにとっても不可欠なものとなっている。
故に……あとは察してくれるか、トーヤ殿」
「……つまり、『息がかかってる』ってヤツか……」
デファンスを動かしたという嘆願書の作成について。
そこには、間違いなくマリーの圧力があったのだろう。
「もー、相変わらずトーヤくんは人聞きが悪い言い方をするんだから。
私は町長さんに、ちょーっとお願いしただけだよ?
あの町も豊かになってきてるし、私たちの商売の影響で美味しい思いもしてもらってるんだから……少しぐらい協力してくれてもいいよね。ってね?」
───そうだ。
そういう手合いだったのだ。
マリーという、クレムラン商会という化け物は。
「はあ……。
その道がクロキアの土地じゃなくてよかったと、心底思うぜ……」
「んー?
トーヤくんも、そんな言い方ができる立場じゃないんじゃないのー?
誰が一番、開拓した道を利用することになるのかを考えてみたら。ね」
「……はぁ、わかったよ。
嘆願書は町の意思で完成した。
マリーやフリージアは関与していない。
……これでいいか?」
「ご理解いただけたようでなにより、だね。
じゃ、この話も可決ってことで~」
そう言って、マリーは機嫌よく笑う。
(はぁ……。
本当に、マリーが味方側でよかったぜ……)
色々と言いたいことはあったのだが……。
今はただ、デファンスの胃が無事であることを祈るとしよう。
───などと、俺たちが頭を抱えていると。
「うん……そうだね。
いい機会だから、僕からも少し話をしておこうか」
「ナスレグ村長?」
おもむろに、ナスレグ村長が諭すように口を開いた。
「マリー君からの報告は、以上でよかったかな」
「えーっと……あとは、騎士団の話が」
「それについては、僕の方から話そう。
問題ないね?」
「ん……。
じゃあ、お願いします。村長さん」
「うん。
すまないね」
そう言って、ナスレグ村長は再び俺を見据えた。
「さて。
これまでの話とは、少し毛色が変わるけどね。
僕から話すのは……トーヤ君がこの村に与えた影響について、だ」
「影響……?」
「そうだ。
いつか話さないといけないと思っていたのだけれど、ちょうどいいタイミングがなくてね。
交易の話には……関係があるようで、ないかもしれない。
それと、少し長くなってしまうけれど。
いいかな」
「はい、構いませんが……」
ちらりと左右に視線を流すと、この場の全員がそれぞれ頷いた。
「うん……。
じゃあ、まず。
今日に至るまでに、トーヤ君がこの村に持ち込んだものの中で、一番大きかったもの。
それは何か、わかるかな?」
「え、っと……。
交易の仕事、ですか?」
「半分は正解だ。
だけど、もう半分はハズレだね」
「じゃあ……」
「正解はね。お金だよ」
「お金……?」
「もちろんこれは、金額の多寡の話じゃない。
僕が言いたいのは……そもそもこの村には、日常的に貨幣を使う文化がなかった。ということだ」
「……そう、なんですか……?」
「うん。
僕たちは、ね。
昔から、小麦を作って生きてきた。
それは、トーヤ君がここに来る前から。
もっと言えば、トーヤ君が生まれるずっとずっと前からそうだった。
小麦や野菜を作って、自分たちでパンや粥にして食べて。
小麦が作れない季節は、布を織ったり、炭を作ったりして過ごしていた。
だからお金と言えば、余った小麦を城下町に売ることで、必要な分だけ作るものだったんだ。
村で作れない、塩や鉄工品を買うため。または、村で行う祭事の時のために。
だから言ってしまえば、お金といえば……村全体の、公共のものだったんだ。
……ここまでは想像できるかい?」
「ええ、なんとか……。
それが一般的な農村の形、ということ……ですよね?」
「そうだね。
農村というのは、どこもそんな形だと思う。
塀に柵、農具に家具。それらも含めて、ほとんどが村の中だけで賄えている。
中には小麦を作らない人もいるのだけれど、その人たちは、村の中で物々交換することで食べ物を得られている。
だから、食べるためにお金を稼ぐ必要はなかったんだ、僕らは」
それは俺にとっては新鮮に映るが、この村では───この世界では、普遍的な光景なのだろう。
「でもね。
トーヤ君が生み出した仕事……製氷や交易というのは、食べ物にならないだろう?
作り出した氷も、村の中では必要とされない。つまり物々交換をすることすらできないモノだ。
だから外と交わって、一度お金にして。それから食べ物にする必要がある。
今のアデレニエ君やキト君なんかが、その状況だね。
……そうしたら、何が起こると思う?」
投げかけられた問いに、俺は逡巡してから口を開く。
「……一度、お金を経由する必要がある……。
ってことは、今まで小麦を中心とした物々交換だったのが、貨幣がその軸に取って代わる……?
というより、村全体がそう変わらざるを得ない、ってことですよね……。
つまり、小麦や物々交換のレートを、貨幣を軸に決め直す必要がある……。
……いや、それだけじゃないですね。
もし小麦が不作だった時には、お金を出しても買えない事態が起こるかもしれない……」
「うん、どちらも正解だ。
僕も最初は、それを危惧していたよ」
「……それが、俺がこの村に与えた影響ってことですか?
俺が、この村に持ち込んだ……」
「そう。
トーヤ君はね、言ってしまえばこの村に『経済』を持ち込んだんだ」
「経済……」
「だから僕は最近、感じるんだ。
この村は、もう『村』じゃないのかもしれない。
以前にマリー君が言っていた通り、『町』になったのではないか……とね」
「……それは……」
様々な思いが駆け巡り、視線が無意識に泳いだ後……俺は、ようやく言葉を漏らす。
「それは、よくなかった、んでしょうか……。
今までのやり方が、変わってしまって。
俺の一存で、村の人たちの生き方まで変えてしまって……」
「……」
「ナスレグ村長の言った通り、俺は、お金を。
いや……もしかすると、『不平等』を持ち込んでしまったんじゃないでしょうか」
俺はここが、金銭のやり取りがなかった場所だとは知らずに、それを。
そして、それを生む仕事を持ちこんだ。
金銭が流通するということは、いずれ貧富の差を生むということでもある。
そう思った途端、急に自分のやってきたことが悪だったのではないかという思いに駆られる。
「トーヤ君。
僕はね、そうは思わないよ」
しかしナスレグ村長は、穏やかな表情のまま続けた。
「たしかにこの村では、お金を使うという新たな習慣が生まれた。
だから、ボリソフカから届く日用品に関しても、今までのような小麦を軸にした物々交換ではなくて、一度お金に変換してからやり取りをするよう、やり方を変えた。
村のみんなにも、少しずつお金を使うということに慣れていって欲しいからね。
今は僕が代表して、小麦とお金を変換する役割を担っているけれど……きっとそのうち、それも不要になっていくだろう。
コルヴィ君のお店や、トーヤ君たちが計画しているお店の話がうまく回り始めたら、ね」
俺は、この村の中でそのような流れがあったことを知らなかった。
それどころか、フリージアに住んでいる人たちが貨幣に慣れていないということすらも、知らなかったのだから。
「それにね。
村のみんなも、お金に対して悪い印象はないんだよ。
むしろ、肯定的に受けれられている」
「そう……なんですか?」
「ああ。
トーヤ君はさっき、不作の時に小麦が行き渡らなくなるんじゃないかと言ったけれどね。
お金があれば……そして、フレイミアやその他の国との繋がりがあれば。
小麦が不作だった年でも、他所から小麦以外の食べ物を仕入れることだってできるだろう?」
「それは……たしかに」
「食べ物だけじゃない。
今はボリソフカや城下町、フレイミアとの定期的な物のやり取りがあるからね。
蓄えとしてのお金を持っていれば、好きな時に、好きな物を手に入れることができる。
今はみな、その便利さに気づき始めているんだ。
だから、村としてみんなでお金を稼いでいくことは大事なことだと、誰もが認識し始めているんだよ。
トーヤ君がもたらしたことがきっかけで、ね」
「みんなで……ですか」
「ああ。
元より僕たちは、共同体として生きてきたからね。
トーヤ君が言った『不平等』ができてしまうほど、まだまだ繋がりを弱くはできないようだ」
「……それでも。
それでもいつか、現れてしまう気がします。
金銭を元にしたトラブルとか……格差とか、そういう言葉が。
それこそ、俺やマリーが旗を振るのをやめて、お金というものが当たり前になった頃に」
「だからこそ君たちが、そうならないように努力してくれているのだろう?
少なくとも僕は、そう感じているよ。
……それに、『いつか』の話をするのなら。
それが訪れるのは早い方が良いんじゃないかと、僕は思うんだ」
「っていうと……」
「ずいぶん前に、言っただろう?
この村も、新しい風を取り入れて変わっていかないといけない、と。
いつまでも、小麦を作って物々交換で生きていくわけにはいかない。
遅かれ早かれ、貨幣を使った仕組みを取り入れないといけないと、僕はずっと思っていたんだ。
だからこそ、この村を広げていくというトーヤ君の話を、僕は二つ返事で受け入れた。
……トーヤ君の理想。そして、それがもたらしたこと。
様々な人たちと交流し、視野を広げていくこと。
そして……お金を稼ぎ、使うということ。
それらは受け入れるべき文化であり、変化であると。
僕は、そう思うんだ」
「……」
ナスレグ村長の確信を持った眼差しに、俺はこれ以上否定も肯定もできなくなってしまう。
ただ、この人は。ナスレグ村長という一人の男性は。
俺が交易の話を提案した時から、すでにこのことを予見していたのだろうと。
そう思わざるを得なかった。
「あとは……そうだね。
実は、その変化に一番目を光らせてくれているのは、マリー君でもあるんだよ」
「……そうなんですか?」
俺がマリーに目を向けると、彼女は表情を隠すように紅茶のカップに口を付けていた。
「うん。
ワインの仕入れと一緒にボリソフカから届く、日用品。
それから少しだけれど、マリー君がフレイミアから持ってきてくれる交易品。
それらを村のみんなが買うときには、相場や、この村全体で必要な数。
小麦やお金と引き換えるのなら、どれくらいの価格になるのか。
そういったことを、積極的に村のみんなに教えようとしてくれているんだ。
僕たちもまだ、全てを貨幣のやり取りに変えられているわけではないからね」
「そうだったのか? マリー」
「ま、ね。
一応私は、外からお金を持ってきてる立場だからさ。
この村にモノやお金が溢れすぎても、この村の中の物価だけが外と違いすぎても、よくないからね。
特に、店子に店を入れていくんなら、みんなにはモノの相場ぐらいは感覚として身につけておいてもらわないといけない。
少なくとも、外から来た変な商人に騙されたりしない程度にはね」
「そうか……。
そんなことをやってくれてるなんて……っていうか、そういうことが必要だってことすら、知らなかったよ。
ごめんな」
「マリー君には、本当に助けられているよ。
僕からも、村を代表してお礼を言わせてもらう。
ありがとう」
「ん……。
たしかに、この村にはかなーり気を使ってるし、苦労もしてるよ。
でも私も、自分の市場を守るためにやってる側面が大きいからさ。
自分自身と、商会のためにね。
だから、そんな打算でやった行動にあんまりお礼を言われる筋合いはないんだけど───」
そう言って、ひとつ息をついてから。
「ただ……そだね。
相手がトーヤくんじゃなかったら、ここまでやってないよ。
とだけ」
善意か、打算か。
相変わらず飄々とした態度のまま、マリーはウィンクしてみせた。
しかし、それを打算と切って捨てるには、俺たちはあまりにもマリーに助けられすぎていた。
「……感謝するよ、本当に」
「どういたしまして。
お返しは、形に残るものでお願いね」
俺の言葉を聞いたマリーはまた、からからと笑ったのだった。
「……うん。
じゃあ、今の話はここまでだ。
次で最後になるけれど……トーヤ君。
ヴェルニグさんたち、騎士団の話もしておこう」
「ああ……はい」
「こちらは、簡単な話だ。
騎士団の駐在所もできたから、本格的に駐在が始まるということなんだけど……。
そちらについては、王城に帰った時にヴェルニグさんに聞いてほしい。
ただそれに伴って、村からお金を出す必要があるということだけ知っておいてほしいんだ。
微少な額だけれどね」
「国とか騎士団に、ですよね?
ってことは、税金……みたいなものですか」
「うん。
まさにそうなんだ。
実はこれは、この村が小麦ではなく貨幣で国に支払うことになる、初めての税でね。
トーヤ君がいない間に、国からもその旨の下知が来ていたんだよ。
サフィーア様の認可付きでね」
「サフィーアの……?」
ナスレグ村長から手渡された羊皮紙に目を通すと、そこには見慣れた署名が付いていた。
しかし俺が気になったのは内容ではなく、その署名の日付だった。
その日付というのが、数週間前。まさに俺たちがペルエットに滞在していた時期だったのだから。
(この時期に、サフィーアの名前を使った書類が発送された……?
……ってことは、俺たちがペルエットに発つ前からすでに、この村が金に対する感覚を身に着け始めたことを見越して、この下知を出す用意をしてたってことかよ……)
思えば、当たり前だ。
王である彼女が一か月も城を開けるのだから、これぐらいはやってのけなければならないのだろう。
しかしそれを差し引いたとしても、改めてサフィーアの管理能力やモノを見通す力には、経験の差を見せつけられるばかりだった。
「一応、トーヤ君にも確認してもらうよう言われているからね。
紙の隅でいいから、簡単に署名をしておいてほしいんだ」
「……わかりました」
「うん。
なら、僕からはここまでだ。
他に何か、連絡がある人は?」
ナスレグ村長の投げかけに、席についている全員がそれぞれ首を横に振る。
「じゃあ、今日の報告会はここまで。
長くなってしまって、すまないね。
お疲れ様」
「お、お疲れ様、でした……!」
二人の声を合図に会議が終了し、全員が身体の力を抜く。
同時に、張りつめていた空気もほどかれたのだった。
「───はぁ~~~~~……」
「ははは」
「ふっ……」
一拍置いて机に突っ伏した俺を見て、ナスレグ村長とブランシュが笑う。
「お、お疲れ様、トーヤくん……」
「おう……ありがとな。
なんか、すっげえ疲れたぜ……」
「たしかに、ほとんどがトーヤ君に向けての連絡だったからね。
仕方がない部分もあるだろう」
「って言っても、元はといえばトーヤくんが一か月もお仕事ほっぽりだしてたからでしょー?
自業自得、ってヤツだと思うけど」
「それでもだ……。
こんなことに……こんなことになるとは思ってなかったんだ……くそぉ……」
積みあがった書類の束を上から指でつつきながら、俺は意気消沈する。
「あ、と、トーヤさん。
さっきマリーさんが仰っていた、帳簿の書類……お渡ししておきますね」
「……はい……」
俺がつついていた書類の束に、さらにアデレニエからの追撃が乗せられる。
「はっ、いい気味だな」
「くっそぉ……なんも言い返せねぇ……。
今回ばっかりは、全部俺の責任だしなぁ……」
「楽しい楽しいお魚探しの旅の反動は、大きかったのでした。と……。
高い授業料だったね?」
「ぐぅ……。
悪態の一つでもつきてぇけど、マリーには助けられっぱなしだしなぁ……。
なんも言えねぇ……」
「ふっ……。
私は、トーヤ殿の気持ちも理解できるがな。
私が軍の遠征から帰ってきた時も、似たようなものだったさ。
……だからこそ、是非トーヤ殿にも同じ苦労をしてもらいたいのだが」
「僕も賛成だね。
若いうちの苦労は、買ってでもするものだ」
「くっ……。
俺に味方はいねぇのかよぉ……」
俯いた俺が声を出すと、再び笑い声がこの場を包んだ。
「ただ……そうだよなぁ。
こんだけ積まれた書類でも、マリーやサフィーアが普段やってる仕事に比べれば、足元にも及ばねえもんな……。
落ち込んでばかりもいられねえ、か」
「ん。
がんばってよ、トーヤくん。
この村のためにも、クレムラン商会のためにも」
「……俺が落ち込んだ原因のほとんどは、マリー様からの厳しいご指摘なんだがなぁ」
「またそういうこと言ってー。
まるで、私が悪い人みたいじゃない。
トーヤくんのせいで、リエラちゃんから見た私のイメージが『怖い人』になっちゃったらどうするのー?」
「もうなってんぜ、たぶん。
なぁリエラ?」
「え、えぇっ!?
えっと、あの……!」
「ほーら見ろ。
ビビって言葉も出ねえってよ」
「あはは、まさかー。
トーヤくんが情けな過ぎたせいで、絶句してるだけじゃない?
ねぇリエラちゃん」
「いや、あのあの……!」
「ははは。
こら二人とも。
リエラ君が困っているよ」
「へーい」
「はーい」
そんなやり取りをしながら。
会議が終わったあとも、俺たちはしばらく歓談を続けていたのであった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です。
また、第2章終了となりストックが無くなったため、ここからは幕間を挟んで、少し投稿お休み期間...か、不定期投稿となります。
期間中は、全く別のおはなしを投稿しようと思っております。
そちらも、ぜひご覧いただけますと幸いです。




