第72話「旅立ちと、水底」
「よいしょっと……。
皆、忘れモンはないか?」
ある日の昼。
俺たちは、フローエンで最も大きい西門の前に集合していた。
「はいっ!
行きと同じだけ、お水や着替えも持ちましたよ!」
「うむ。
野営のための装備も問題ない」
「私も大丈夫よ」
それぞれに大きい鞄を持ち、荷物を確認する。
そう。
今日は、他でもない。
俺たちがフローエンを発つ日だった。
「しばらく滞在したこの町とも、ついにお別れになっちまうが……。
やり残したことも、ねえよな?」
「えっとえっと……だいじょうぶです!
お城に持って帰るために、お魚料理をたくさんおぼえましたから!」
「最後に書店にも寄れたし、私は満足よ」
「ふむ。
私のやるべきことは、皆を無事に送り届けることだからな。
むしろ私にとっては、ここからが本分だろう」
「たしかに、ブランシュはそうか」
「ふふ……。
マリーへのお土産も、きちんと買ったものね?
ミーチカから聞いたわ」
「それは……」
「えへへ。
ブランシュさん、香水を買われていましたもんねっ。
とってもすてきなお土産だとおもいますよ!」
「あらまあ。
なら、その素敵なプレゼントを届けるためにも、無事に帰らなくてはね。
帰り道も頼りにしているわよ、ブランシュ」
「……やれやれ」
あくまでゆるい二人の言葉に、ブランシュの固い表情がほどかれる。
しかしその緊張感の無さは、そのまま彼女への信頼の証でもあるのだろう。
「ま、帰りは途中までは馬車だからな。
こっちに来る時ほどは苦労しないと思うが───」
ゴォン……と。
俺の言葉を遮るように、町の中心から鐘の音が響いた。
「っと、正午の鐘か。
あれが鳴ったってことは、じきに……」
「───みんなー!
おっまたせー!!」
「ふふっ。
来られましたね」
「噂をすれば、だな」
繰り返し響く鐘の音に負けないよう、リエラが声を張りながら駆け込んできた。
そして俺たちの前まで辿り着くと、ようやく膝に手をついて息を整え始めた。
「おはようございます、リエラさんっ!」
「よく来てくれたな、リエラ殿。
待っていたぞ」
「おはよう、リエラ」
「ふぅ、ふう……おはよっ。
っと、ごめんね、思ったより荷物が多くなっちゃって……!」
そう言った彼女が背負っていたのは、ブランシュの装備に勝るとも劣らない大きさの鞄だった。
「おはようさん。
にしても、すごい荷物だな」
「えへへ……。
もっていきたいもの、たくさん見つかったから」
「じゃあ……準備は、済んだんだな?」
「うんっ!
旅に必要なものも買いそろえたし、おばーちゃんにも挨拶してきたし……。
ばっちりだよ!」
「そうか」
リエラが今日、ここに来てくれたということ。
それは、正式にフリージアの一員となることを決めてくれたということだ。
しかし。
「俺たちにとっちゃ帰り道だが……リエラにとっては、ちょっとした旅立ちだもんな。
今まで生きてきた故郷を、離れることになんだ」
「うん……。
この町とも、しばらくお別れ。だね」
そう言って、リエラは後ろを振り返る。
彼女の目の前には、いつも通りのカラフルな街並みと、海へと続く長い道が続いていた。
「……ま、すぐに戻ってくることになると思うけどな。仕事で」
じっと遠くを見つめていたリエラに、声をかける。
「そうだよね……うん。
二度と戻ってこれないってわけじゃないんだから」
ほんの少しためらった後、リエラは振り返り笑った。
「やっぱ、不安か?」
「あはは……ほんのちょっと、ね。
でも、それと同じだけワクワクもあるよ。
この町の外はどんな世界だろう。他の国って、どんなところなんだろう。
アタシにしかできないことって、なんだろう……ってね!」
「リエラさんっ!
クロキアは、とってもとってもいいところですよ!
ペルエットと違って、海はありませんけど……おいしい食べ物は、負けないくらいありますからっ!」
「故郷を離れる不安は私も理解できるが……安心するといい。
ミラーヤ殿の言う通り、フリージアは良い所だ。
私のような者すらも、快く受け入れてくれた場所なのだから」
「ええ。
理外の国クロキアは、貴女を歓迎するわ」
「みんな……。
ありがとね」
それぞれの言葉に後押しされ、リエラはこちらへ一歩踏み出す。
門の外には、俺たちが乗る予定の馬車もいつの間にか到着していた。
「うんっ。
じゃあ……いこっか!
しんみりしちゃう前に、ね!」
そして。
俺たちが町の外へ半歩を踏み出そうとした、その時。
「───おーい!
リエラちゃーん!!」
「……えっ?」
背後から、女性の声が届いた。
「ふう、ふう……よかったよ、間に合って。
リエラちゃん、思ったより早く出て行っちまうもんだから……」
「アレンくんのおばさん……!
ど、どうしたの?」
門の内側からリエラを呼んだのは、アレンの母親である女性。
チビっ子たちを相手にしたあの日、喫茶店で俺たちに茶菓子をくれたおばさまその人であった。
「どうもこうも……リエラちゃん、この町を出て行っちまうんだって?
今朝、ルミエのおばあさんから聞いたよ!
挨拶も無しに出て行っちまうなんて、なんだか寂しいと思ってねぇ!」
「それは……その」
「ほら、アレンもメルドーも、挨拶しな!」
「いでっ……押さなくていいって、かーちゃん!」
「わー」
背中を押された二人が、よろけながらリエラの前に出てくる。
「っと……リエラねーちゃん、冒険に出ちまうってホントか!?
なんで俺も誘ってくれねぇんだよー!」
「そーだー!
ねえちゃんばっかりずるいー!」
「コラ、アンタら! ちゃんとお見送りしなっ!
お姉ちゃんは冒険じゃなくて、仕事にいくんだからね!」
「え、そうなのか?」
「そーなのかー?」
「あ、あはは……。
おばさんの言う通りだよ。
姉ちゃんはお仕事で、ちょっとだけこの町を離れちゃうんだ。
ちょっとだけ、ね」
「えー。
それ、なんかなんか。
なんか……ちょっと、ヤだぞ」
「んー。
リエラねーちゃんいないと、さみしいー」
「あはは。ありがとね、二人とも。
でも、安心して。
姉ちゃん、すぐ戻ってくるからさ」
「ホントかー?」
「うん。
姉ちゃんの仕事は、外国とフローエンを行き来することだからね。
だから戻ってきたときは、また一緒に遊んだげる」
「ホントかっ!?」
「うん、ホントだよ」
「約束だぞ!」
「やくそくー!」
「ふふっ……。
うん、約束。ね」
そう言って、しゃがみこんだリエラは二人の手を優しく握った。
「よし、っと……。
じゃあ、姉ちゃんはそろそろ行かなきゃだから。
二人も、おばさんも。お見送りありがとね!」
「待ちな、リエラちゃん。
馬車の時間があるのはわかるけど……もうちょっとだけ時間を作ってやれないかい?」
「うんっ?」
「そろそろ来る頃のはずだから……って、ほら。言った途端にだよ」
「……えっ?」
リエラの戸惑う声と、ほぼ同時。
───おーい!! リエラちゃーん!!!
「えっ……えええ!?」
彼女の視線の先には、手を振りながらこちらに向かってくる複数人の影があった。
「ふう、間に合ったぜ……」
「ルミエのばあさんが遅いからじゃぞ!」
「ふふふ……ごめんなさいねぇ」
前から順に、ノルネスさん、ルミエさん、スタッグさん。
そして……それに続くようにして、人だかりとも呼べる数の人たちが歩いてきていた。
「みんな……。
なん、で……?」
「ごめんねぇ、リエラちゃん。
リエラちゃんが町を出ること、今日まで言うなって言われてたけど……。
今朝ご近所さんに伝えただけで、気付けばこんなに集まってきちゃってねぇ」
「こんな大事なこと、どうして今日まで秘密にしてたんじゃ、リエラちゃん!」
「そうだぜ、リエラちゃん。
黙って出て行っちまうなんて、水くせえじゃねえか!」
そうだそうだ、と。
スタッグさんたちに乗っかるように、後ろに集まっている群衆も声を上げる。
「みんな……」
その群衆の中には、俺たちの知っている顔もちらほらと見えた。
ガラス工房の職人であろう人物や、小物屋の店主。天文学の研究所にいた人物と、馬屋の主。
さらには役所にいた人物や、喫茶店の店主まで。
それは文字通り、挙げ始めればキリがないほどの人だかりだった。
十や二十ではない。ゆうに百を超えるほどの人々が集まっていたのだから。
しかしその人々には、二つの共通点があった。
それは、フローエンという町に住む人々であること。
そして皆、リエラをよく知っている人物ということだった。
「なんで……来ちゃうかなぁ」
ぽつりと、俯いたままのリエラが呟く。
「ったり前だろうよ! なあ!?」
「そうだねぇ。
リエラちゃんがこの町を出ちゃうなんて……そんなに寂しいことはないからねぇ」
「だけどそれって。
リエラちゃんにとって、ピッタリのお仕事が見つかったってことなんでしょう?」
「ああ、そうに違いないさ」
「だったら喜ばなきゃねえ。
国を跨ぐような、大きいお仕事だって聞いたよ」
「そうだね。
寂しいけど、笑って見送ってあげなきゃね」
それは、俺にとっては聞きなれない声の集まりだったが。
リエラにとってはきっと、俯いていても聞き分けられる声援だったのだろう。
「ほらリエラちゃん、これ持っていきな!
おばさんお手製のお弁当だよ!」
「あらやだわ!
私もリエラちゃんのためにお弁当作ってきたっていうのに!
二つは迷惑かしら……」
「ほっほ! わしゃ実用的なものを選んだでな!
ほれリエラちゃん、火打石じゃ。
旅には必要じゃろう?」
「わ、わっ……。
ちょっと、みんな……!」
リエラを囲む町人たちから、順番に餞別の品が手渡される。
「僕からは、地図を」
「私からはこれ、魔除けのお香だよ」
「はい、お守り。
旅の安全祈願のやつね」
「う、うん……ありがと」
リエラの両手で抱えきれないほどの品が渡された後。
「こんなに、もらっても……。
アタシ、みんなにお返しなんてできないのに……」
俯いたままのリエラを見て、ルミエさんが前に出た。
「……お返しなんてね。
誰もほしいと思ってないのよ、リエラちゃん」
「おばあ、ちゃん……?」
「ねえ、リエラ。
あなたの両親がいなくなってから。
私は、ずっと申し訳ないと思っていたの。
普通の子と、同じことをしてあげられなくて。
普通の子と、同じ環境で育ててあげられなくて」
「おばあちゃん、そんな……」
「でもね。
だからこそあなたは。
この町の人たちみんなに育ててもらったのよ。
大事なことも、私やあなたの両親が教えてあげられなかったことも。
みんなみんな、町の人たちから教えてもらったでしょう」
「……」
「なにより、ね。
あなたは、それを教えてもらえるような、いい子だった。
色んな人を頼るのが、とても上手な子だった。
だからあなたは……私だけじゃなくて。
この町に、育ててもらった子なの」
「おばあ、ちゃん……」
「みんな嬉しいのよ。
リエラちゃんが、立派になって。
自分に一番向いてることを見つけてくれて。
この町を出られるほどに、成長してくれたことが。
だから……お返しなんて、いらないの」
「……みんな……」
「そうだぜ、リエラちゃん!」
「ルミエさんの言う通りよ」
次々に、群衆から温かい声が上がる。
「だから……泣かなくていいのよ。
笑って、行っておいで。
ほら」
「うん……うんっ」
ルミエさんの言葉に、何度も頷きながら。
いつの間にかぐしゃぐしゃになっていた顔を拭いながら、リエラは視線を上げる。
「みんな……みんな、ありがとねっ。
アタシ、行ってくるから。
この町の良いところ、たくさん伝えてくるから。
もっと立派になって、帰ってくるから!」
そして、持ち切れないほどの想いを抱えながら。
「アタシ……この町に生まれて、よかった!
みんなに育ててもらえて、本当によかったっ!!
だから……だからっ。
いってきますっ!!!」
───そう宣言したリエラに投げかけられた声援は。
馬車が高い丘を越えるその時まで、俺たちに聞こえ続けていたのだった。
────
───
──
─
「あ、トーヤくん。
そういえばなんだけど、さ」
「ん?」
馬車が出発してから、数刻。
俺たち五人がフローエンでの思い出話に花を咲かせていた途中で、リエラが気付いたように声をあげた。
「たまにみんなが言う『龍脈』って、なんのことなの?」
「あー……そうか。
そういえば、話してなかったっけか」
結局、龍脈については何もわからなかったのだが……リエラには直接聞いていなかったことを思い出す。
「ん-、そうだなぁ……。
説明が難しいというか、どこから話せばって感じなんだが……。
ってかそもそも、話していいもんなのか?」
「いいんじゃないかしら?
海の底にあるということは、ペルエットでは国で管理しているわけでもなさそうだもの」
「同意だな。
それにリエラ殿は、これからフリージアでも過ごすことになるのだろう?
であれば、あれだけ近い場所にいながら知らん方が危険とも言える」
「そうか……そうだよな」
「えっとー……。
みんなの言い方から、秘密のお話なのかな? って思ってはいたんだけど。
もしかして、危ないものだったりする……?」
俺たちの反応を見たリエラが、少し怪訝な表情をする。
「いや、そういうわけでもな……くはないんだが。
まぁとにかく、黙ってたのは事実だからな。
それについては、悪かった」
「あ、ううん。
なんとなく、避けた方がいいお話なのかなーって雰囲気は感じてたから。
……でも、大事なことでもありそうだなって」
「ああ、まさにリエラの言う通りだよ。どっちもな。
んじゃまぁ……せっかくだし、話せなかった理由も含めて今から説明するとするか。
王様の許可も出たことだしな」
「アタシが聞いてもいいことなら、お願いっ」
それから、少しの時間をかけて。
俺たちは龍脈についての概要と、フローエンで行っていた調査の理由をリエラに伝えた。
「んー……そういうことかぁ。
だからトーヤくんはあの時、アタシにマナの出所は~って質問をしてたんだね」
「そういうことだ。
聞いときながらはぐらかしたみたいで、悪かったとは思ってるが……」
「ううん、全然。
事情を聞いたら、それはそうだよねって感じだし」
そして、何度かうんうんと頷いた後。
リエラは顎に指を当てて考え始めた。
「うーん……でも、龍脈。
龍脈かぁ……」
「どうした?
なんか、心当たりでもあるのか?」
どこか引っかかる所があるようで、言葉にならない唸り声をあげる。
「ん~、そうなんだよね。
どこかで聞いたことがあるような、ないような……。
って、あ! そうだ、思い出したよ!」
「お?」
彼女はひとつ手を叩いた後、俺と視線を合わせた。
「そうそう、龍脈!
たしかに、その名前を出してた人がいたよ!」
「へぇ……?
あの人、ってのは?」
「えっとね……半年ぐらい前、かな?
春の終わりぐらいにフローエンに来た、旅人さん。
外の国から来る人自体が珍しかったから、今でも覚えてるんだけど……その人、町に来てからすぐに、色んな人に魔法とかについて訊きまわっててね。
そのときに、龍脈についても言ってた気がするんだ。
アタシはよくわかんなかったから、その人とは何回か話しただけなんだけど……」
「旅人……?」
「……リエラ。
それはどんな人だったか、教えてもらえる?」
「ん~……今思えば、人だったのかもあやしいなぁ。
なーんか独特な喋り方で、真っ黒なフードとマントをずーっとかぶってて……」
「黒のフード、だと……?
……リエラ殿、その者の目的はわかるか?
どこへ行ったかもだ」
「うーん、わかんないけど……。
色々訊きまわった後、最後は『海に出たい』って言ってたかも。
でも、そこからはわかんないかな。
漁師さんたちのところにいったのか、そもそも本当に海に出られたのかも……」
「海に……。
……おい、もしかしてそれって……!」
半年前、龍脈、マナの異常、ワタツミ。
───そして、『ダンナ』。
繋がってはならないはずの情報が、今。
誰にも知られるはずのない昏い水底で、繋がってしまったのだった。
───────────第二章:ペルエット編
おわり
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です。
また、本話で第2章終了となります。
ストックが無くなったため、ここからは幕間を挟んで、少し投稿お休み期間...か、不定期投稿となります。
期間中は、全く別のおはなしを投稿しようと思っております。
そちらも、ぜひご覧いただけますと幸いです。




