第70話「決意と、双肩」
「はあ……はあ……」
ふらふらと。
焦点も定まらないままに、俺は陸に向かって歩く。
「トーヤさん!
すごいですっ!!」
「トーヤくんっ!!」
「トーヤ殿……!
やったのだな!!」
複数の、人の声。
それは耳に届いたらしいが、どうやら脳へは届かない。
「トーヤ、大丈夫……っ!?」
そんな中、体内のほとんどマナを消費した俺の目に映ったのは。
「サフィー、ア……」
極上の、マナの塊だった。
「すまん……」
「トーヤ……きゃっ!?」
俺はそれを抱き込むようにして、砂浜に身を投げる。
力尽きる前にどうにか最後の力を振り絞り、背中で衝撃を受け止めるようにしながら。
「ちょ、ちょっと……!?」
俺の腕に捕まったそれは、羞恥心からか僅かな抵抗を見せる。
「はっ……すまねえ、な。
ちょっとだけ……マナ、分けてくれ……」
「……もう……。
最後まで世話が焼けるわね、この子は……」
温かな声と冷たいマナが、ゆっくりと俺の身体に馴染んでいく。
「でも……本当に。
よく頑張ったわね、トーヤ……」
その心地よい音と共に。
ほんの僅かな間だけ、俺は意識を落としたのだった。
────
───
──
─
「よし、こんなもんかっ」
「うんっ!
船はもうすぐノルネスさんに回収してもらえるし、アタシの機体も無事だった!」
「そして何より、人命が失われていないのだ。
最良の結果と言えるだろう」
「はいっ!
万事解決、ですねっ!」
戦いが終わってから、しばらく。
全員の息が整ったタイミングでちょうど雨が止んでくれたため、避難したノルネスさんたちが船を回収しに来るまでの間、俺たちは戦場の片付けをしていた。
……といっても、ほとんどが弾丸にされていた魔獣を海に放り投げる作業だったのだが。
「でも、勿体ねえよなあ……」
「何がだ?」
「んー?
ワタツミだよ、ワタツミ」
「それは……やっぱり、伝承上の生き物を殺してしまったから、ということ?」
「いや……アイツの死体だよ。
ミラーヤが触ったら、消えちまっただろ?」
「んーと……そうですねぇ。
わたしが触ると、マナの塵になって海にちらばっていっちゃいましたから……」
「それの何が勿体ないと言うのだ?」
「ほら……魔獣とは言え、アイツも魚だろ?
あんだけデカかったら、それだけ食える部分もあったんじゃねーかな……って。
……この飛んできたヤツらは、どう見ても身が少なくて食えたもんじゃねえだろうし」
俺の発言に、全員が少しだけ目を丸くした。
「トーヤ、貴方……。
もしかして、魔獣を食べようと思っていたというの……?」
「え……ダメなのか?
もしかして、なんか毒があるとかか?」
「毒があるかどうかは私にもわからんが……。
そもそも、魔獣を食おうという発想にならんのだよ。普通の人間は」
「ああ、そういうことか……。
ってことは、ブランシュも食ったことねえのか?」
「あるわけがないだろう。
魔獣とは、ただ討伐すべき相手だ。
フレイミアの軍でも、死体は自然に処理させるのが慣例だ」
「ふーむ……。
食えるかどうかすらわからんってことか……」
「呆れたわ……。
貴方の食欲も、どうやらミーチカに負けていないようね」
「わ、わふ……!?
さすがにわたしも、魔獣さんを食べたいとはおもいませんよ、フィーニャ……!?」
どこか戦闘の昂ぶりが抜けないまま、俺たちが他愛のない話をしていると。
「……ふふっ。
あははははっ!」
「ん……どうした、リエラ?
急に笑い出して」
「いや、だって……! ふふふっ……!
さっきまでアタシたち、死ぬかもしれない戦いをしてたんだよ……?
なのに、なんだか緊張感がないっていうかさ……!」
「……ふ、そういうことか」
「はっ……なるほどな。
たしかにそれで言えば、俺たちはもう、どっかがおかしくなっちまってるのかもしれんな」
「ふふふ……」
そう言って、リエラは目尻を拭いながら笑う。
それは、ただ愉快だったというだけではなく……安堵の感情もあるのだろう。
「でも、リエラもよくやったな。
本当に助かったぜ」
「ううん。
アタシなんて、全然───」
「リエラ」
遮るようにした俺の一言に、リエラが言葉を止める。
「自分なんて、っての。
もう、やめようぜ」
「え……?」
「そうだな。
リエラ殿はすでに、謙遜をするには大きすぎることを成し遂げている。
……まだ気付かんか?」
「そ、それは……えっと」
迷いとともに、リエラがいつかの表情を見せようとした瞬間。
「───おーい!!
リエラちゃん!!!」
「……スタグおじさんっ!?」
背後から、ノルネスさんと共にスタッグさんが現れたのだ。
「兄ちゃんも一緒か!」
「はい。
スタッグさん、もう大丈夫なんですか?」
「ガッハッハ!
なんだおめぇ、いまさら俺のことなんざ心配しやがって……!
俺が寝てる間に、兄ちゃんたちの方が危ねぇことしやがったらしいじゃねえか、えぇ!?」
「それは……まぁ」
「なんでも、ワタツミをぶっ倒しやがったんだって?
全く、信じられねぇことをしやがるモンだ!」
「……やっぱり、マズかったですか?」
腕を組んだスタッグさんの圧に、俺は自分たちがやったことの重大さを再確認する。
「ガーッハッハ!
マズいことなんざ、あるもんかよ!
俺の仇を取ってくれたってんなら、それ以上のことはあるめえ!
……あぁ、あとはノルネスのおやっさんの仇もだな!」
「馬鹿野郎! なぁにが仇だ!
儂はお前さんみたいに情けなく寝とったわけじゃないけんの!
お前がいびきをかいとる間、兄ちゃんたちと協力しとったんじゃぞ!?
なぁ兄ちゃんたちよ!」
「ええ。
ノルネスさんがいなければ、ワタツミを止めることはできませんでした。
ボルエさんとトーケさんが帰ってこれたのもきっと、ノルネスさんのおかげで」
「ガハハ、そうかそうか!
骨と皮だけのおやっさんも、ちぃとは役に立ったってことか!」
「あんだとぉ!?
儂の船を乱暴に操縦して勝手に頭を打ったバカガキが、なぁにを偉そうに!」
漁師である二人が、陽気にお互いを叩きあう。
「ま、まぁまぁ……そのへんで。
船を出していただいたお二方のおかげで、こうしてワタツミを退治できたんですから」
「おう、そうだな!
俺たちゃ船を出すことしかできなかったが……あの野郎をぶちのめせたのは、全部兄ちゃんたちのおかげだぜ!」
「ああ、その通りじゃ。
儂らの力だけじゃ、どうにもならんかったけんの」
「全員の力が、うまく嚙み合っただけです。
本当に、運が良かったんだと思います」
「ガッハッハ!
そんなボロボロになってまで戦ってくれといて、よく言うぜ!」
いつの間にか傷だらけになっていた俺の身体を見て、スタッグさんはまた笑う。
「しかし、それで言やあ……リエラちゃん。
リエラちゃんも、よくやってくれたんだってな」
「スタグおじさん……」
「ええ、仰る通りですよ。
伝令役に、操舵士に、教えられたばかりの真剣まで使いこなして。
本当に活躍してくれました。
特に俺たちは、リエラがいなかったらワタツミに近づくことすらできませんでしたから。
なぁブランシュ?」
「ああ。
八面六臂とは、正にこのことだな」
「ぶ、ブランシュさんまで……!」
「ガッハッハ! そうかそうか!
じゃあこの町は、リエラちゃんのおかげで守られたってわけだ!」
「過言ではないと思います、本当に」
「ならいっそ、町の真ん中にリエラちゃんの銅像でも建てちまうか?
『町を救った英雄、リエラの姿。ここに刻む』ってな!」
「はは……ええ。
悪くないかもしれませんね、それも」
「ふ、二人とも! 違うのっ!
アタシはね、アタシはそんなんじゃなくて……」
「リエラ」
俺が再び、その声を遮ると。
「リエラと俺たちで、やったんだぜ。
ボルエさんとトーケさんを助けたのも、ワタツミを倒したのも、全部。
この場にいる人間がもし一人でも欠けてたら、この結果にはならなかった。
そうだろ?」
「……っ。
トーヤ、くん……」
それ以上の否定の言葉は、リエラの口から出てこられなくなっていた。
「今日一日だけでも、十分。
リエラはリエラにしかできないことをやってくれたろ?
だからもう自分のことを、特別じゃないなんて言わないでくれ。
リエラは決して、誰でもない女の子なんかじゃない。
この町にとって、俺たちにとって。
リエラは間違いなく、たった一人の存在なんだ」
「……でも……」
「兄ちゃんの言う通りだぜ、リエラちゃん。
今回リエラちゃんは、十分すげえことをやってのけた。
たとえそれがなくても、元からリエラちゃんはリエラちゃんだったってのによ。
俺たち漁師はもちろん……この町にいる全員が、そう思ってるさ。絶対ぇな」
「おじさんまで……」
「……ま、銅像の件はさすがに冗談だがな!
ガハハ!」
スタッグさんも、俺の意見に言葉を添えてくれる。
(そうだよな……きっと)
思えば、リエラは昔からスタッグさんに世話になっていたらしいのだ。
彼はきっと、俺が知るよりもずっと前から、リエラが思い詰めていたことを知っていたのだろう。
そんな俺たちの視線を受けて。
「……ねぇ、トーヤくん」
ぽつり、と。
「ん」
「あのときの、お返事。
もう一回、やりなおしてもいいかなっ……」
俯いたリエラは、波音に消されてしまいそうなほど微かな声で呟いた。
「ああ……もちろんだ」
「……ありがと」
そう言って、深く呼吸した後に。
「アタシね。
……アタシねっ」
「ああ」
やがて決意を取り戻したリエラは、涙声になりながら。
「トーヤくんのお仕事、手伝ってみたい……。
アタシにしかできないことを、やってみたいっ……!
アタシ自身を、もう一度……。
信じてみたいっ……!!」
「ああ。
俺たちは……フリージアは、歓迎するぜ。
リエラっていう、一人の人間を」
「うん……うんっ。
よろしく、お願いします……っ!!」
左手で、少しだけ目尻を拭った後。
差し出した俺の手を、リエラはそっと取ってくれた。
「ありがと……っ。
ありがとね、トーヤくん、みんな……!」
皆が微笑む中、ざくりざくりと砂が鳴った。
「よォーし!!
ノルネスのおやっさん、俺たちはあの船で港まで帰るとしようぜ!」
「はっ、そうじゃの。
ここからは、年寄りの出る幕ではないようじゃ」
それは、スタッグさんたちが波打ち際に向かう足音だった。
「あの、あのねっ。
スタグおじさんも、ノルネスさんも。
ホントのホントに……っ!」
しかし、二人は歩きながらリエラの肩をポンと叩き。
「兄ちゃんの商売を手伝うってんなら……こっからが始まりなんだろ?
そんな何もかもが終わったようなツラしてねぇで、ガツンと気合入れてきな! リエラちゃん!」
「おじさんっ……!」
「あやつの言う通りじゃ。
この町はいつでも、リエラちゃんの帰りを待っとるからの。
それと……ルミエの婆さんのことも、大切にしてやんな」
「ノルネスさん……!」
座礁した船に向かっていった二人の言葉に、リエラはまた瞳を滲ませながら呟く。
「アタシ……アタシきっと……!」
そしてその声をかき消すように、二人の男性の声が背中越しに響く。
「───しまった!
せっかく叩くんだったら、肩じゃなくて尻でも触っときゃよかったぜ!」
「そうじゃった!
こりゃ損したわい!」
「……。
……二人の、バカー---ッ!!!!!!」
リエラが蓄えていた涙は、どうやら叫び声と共にフローエンの砂浜に消えていったようだった。
───しかし。
「……ふふ、もう」
最後に作った彼女の笑顔は、この町で俺が見たどんな景色よりも綺麗に咲いていたのだった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




