第69話「ワタツミ」
「やれるか、リエラっ!?」
「うん、任せて!!」
フローエンの砂浜を南北に分かつ、いつかの埠頭の上。
俺はリエラの駆る水上バイクの後ろに乗り、剣を握っていた。
「じゃあ……行くよっ!」
「おうっ!!」
すでにどこか懐かしさすら感じる、小気味のよいエンジン音。
後方に引っ張られる感覚と共に、鈍色に光る機体はワタツミ本体に向けて発進した。
「うまくいくといいんだけど……!」
「ああ……大丈夫だ、絶対!」
反撃を開始すると決めた際。
俺たちは、ひとつの作戦を練っていた。
「だって───」
「仲間を信じてるから、だよね?」
「……はっ。
その通りだぜ、リエラ!」
「うん……!
アタシも、みんなのこと信じてるから!!」
二隻が無事に帰ってきた今、次に考えるべきはワタツミの討伐だ。
故に、その作戦を実行に移すには今この瞬間しかなかった。
「……!
動き出したよ、トーヤくん!!」
「ああ……予想通りだ!」
ワタツミは、切れかけたマナを大量の海水を飲むことでどうにか補おうとしていた。
その隙があったからこそ俺たちは作戦を練ることができたのだが……その時間ももう終わりらしい。
あちらは最低限のマナを補充したらしく、ここからは攻撃を捌きながら行動しなければならないだろう。
「来たな……弾丸っ!」
「この速さなら、避けられるよっ!」
ドポン、ズパンッ!! と音を立て、魔獣の弾丸が海面に着弾する───が。
こちらを狙ったのであろうそれは、リエラの操縦する機体のスイングで不発に終わる。
「ナイスだリエラっ!!」
「まだ来てる……!
トーヤくん!!」
「ああっ!」
さすがは、あちらと同じマナを持つ水沫の民だ。
この場において、弾丸の補充を察知するのは俺よりもリエラの方が早かった。
「同じ手は、もう食わねえぜっ……!!」
回避した弾丸が水面に降り注ぎ、複数の水柱が上がる。
それを縫うようにして飛来した弾丸を斬り伏せるのは、俺の剣閃。
「これならいけるな……リエラっ!」
「うん、任せて!
マナなら、まだまだあるっ!!」
どこまでも頼もしい一声と共に、俺たちはワタツミに接近する。
「旋回するよっ!!」
「おう!」
その巨体の根元まで到達したところで、俺たちの乗る機体はワタツミの周囲に円を描くように軌道を変えた。
「───グググ、グギャアアアアアアアアアアアアっ!!!!」
この距離では、魔獣の弾丸も使えない。
その事実に苛立ったのか、ワタツミは天に向けて咆哮を繰り出した。
「ぐっ……!!
また渦でも作る気か……!?」
「ううん……!
ここじゃ浅瀬すぎて、それはできないはずっ!」
「だったら……!」
相応のリスクを抱えながらも、俺たちは旋回を続ける。
すると。
「来るぞ、リエラ!!」
「わ、わっ!!!」
轟音と共に震える海面と、機体が飛び上がるような衝撃。
すんでのところで避けたそれは、ヤツの尻尾による叩きつけだった。
「大丈夫かっ!?」
「うん、いけるっ!!
トーヤくんの言ってた通り……よく見れば、あっちの動きはわかりやすい!」
「安心したぜ……!
アレが避けれるなら、作戦通りだ!」
まずは第一の関門を突破。
ワタツミの敵意は今、確実に俺たちに向けられていた。
「もっかい近付けるか!?」
「大丈夫! いくよっ!!」
尾撃を避けるために少し距離を取った俺たちは、再びヤツの首元へと進路を変える。
しかしそこに待っていたのは、再びの弾丸の雨だった。
「もう補充したのかよ……クソッ!!」
悪態を吐きつつ、こちらに向かってきた複数の弾丸を一閃に伏す。
狙いが外れた残りの弾丸たちは、どれも俺たちの眼前に着弾していた。
それらは再び複数の水飛沫を上げ、俺たちの視界を奪っていく。
「あいつ、デタラメに撃って……!!」
───いるわけでは、なかった。
「しまっ……!?」
水飛沫で作られた、死角。
そこから、一発の弾丸が飛来していた。
(間に合わな……っ!!)
剣を構えなおすには、もう遅い。
その軌道は、すでに操縦士であるリエラの心臓に向けられていた。
「───切っ先は常に、相手の方向に向けて……」
それがリエラの声であると、俺が認識する前に。
「相手の力を利用するように、刃を入れるっ!!!!」
一陣の、風。
そう錯覚させたのは、他でもないリエラの剣筋だった。
「……やれ、た……」
───ドポン、ドポンッ!!
リエラのつぶやきをかき消すように、背後から響く水音。
それは間違いなく、彼女の手によって両断された魔獣の死体が上げたものだった。
「アタシにも、やれた……!!」
左手にハンドルを。
そして、いつの間にか右手にショートソードを握っていたリエラが、再び声を上げる。
「リエラ……!?」
「やった……!
やれたよ、トーヤくん!!」
「……はは……!
すげえじゃねえか、おい!!」
「アタシはただ、ブランシュさんの教えを守っただけ……!
でも、でも……っ!」
「ああ!
ちゃんと見てたぜ、今の一撃!
しかもこれを操縦しながらなんて……大したもんだ!」
「トーヤくん……!!」
海上に響く、歓喜の声。
後ろからではリエラの顔は見えないが……彼女はきっと、笑っていたのだろう。
「このまま、行くよっ!」
「ああ、頼んだぜ!!」
勢いに乗った俺たちを止めるものは、もういなかった。
「───トーヤくん、次っ! 真上!!」
「ああ……ふっ!!」
尾撃を躱し、弾丸を斬り伏せ。
気付けば、俺たちは出発点である埠頭まで帰ってきていた。
「来るか……っ!?」
次なる尾撃に備え、距離を取る。
「───グギャア! ガアアアアアアアッ!!!」
何度目かの、咆哮。
同時に空高く持ち上げられたのは、ヤツの尻尾だった。
「来たよっ!!」
「予想通りだ!
ブランシュッ!!!」
「ああ……任せておけ!!」
その尻尾は、ちょうど埠頭の位置に向けて打ち付けられようとしていた。
しかしそれは、俺たちがワタツミを誘導した結果。
「……これほどまでに巨大な剣を振るのは、初めてだがな……。
やってみせるさっ!!」
そして今、その埠頭に立っているのは。
彼女の背丈の五倍以上もある巨大な氷の剣を持った、ブランシュだった。
「くっ……おおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!」
彼女は、ワタツミにも負けないほどの絶叫をあげながら。
───ズバンッ!!!!!!
振り下ろされたヤツの尻尾を、一振りで切断してみせた。
「───ッッッ!?!?
グギャオアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
自らの身体が欠損したことを遅れて認知したのか、ワタツミが絶叫する。
それは今までとは明確に異なる、痛覚からの慟哭だった。
「やった……!!」
これこそが、俺たちが計画していた作戦の第二段階。
「ブランシュさん……すごい……!!」
「あのデカさの剣が本当に振れるのか、正直半信半疑だったが……。
さすがはブランシュだな……っ!!」
作戦を開始する前。
埠頭にいた時に、俺とリエラが魔法で作り上げた氷の剣。
それはブランシュが装備していた使い捨ての剣を覆うようにして作り上げた、水流魔法と時魔法の結晶。
彼女が普段握っている長剣すら比較にならないほどの長さ、そして重量があったはずだが……ブランシュは、見事にそれを振り抜いてみせた。
「───グギャアア!!!!
ガ、ゴグ、ガアアアアアアアアアアア!!!!!」
鯨波をうならせるような叫び声が、再び響く。
予想外の反撃に混乱したのか、ワタツミは支離滅裂に頭部や身体を振り回し始める。
ともすれば俺たちに命中しそうなほどの勢いで、その長い身体を狂奔させていた。
「……隙だらけだっ!!!」
しかし。
その動きすらも、ブランシュは見逃さなかった。
「はああああああああああああっ!!!!!」
左に振り抜いていた剣を、返す刀で右に。
こちらにまで風圧が届きそうなほどの勢いで、彼女は再び『それ』を振り抜いた。
「───ギ、ガァァアアッ!!??
グガアアアアアアアアアアッッ!!!!」
その切っ先は、浅く。
だが確実に、ワタツミの首筋を切り裂いていた。
「ブランシュ!?」
「はあ、はあ……!
……どうだ、バケモノ……!!」
───バキン! と音を立て。
彼女の残心と共に、氷の剣は根元から折れてしまった。
「トーヤ殿……!
あとは、頼んだぞ……!!」
「……二撃目なんて、作戦には無かったはずなんだがな……!
相変わらず無茶苦茶やってくれるぜ……!」
想定外の戦果に、俺たちの作戦は変更となった。
言うまでもなく、良い方向にだ。
「どうする、トーヤくん!?」
「もう波は起きてない……渦も弾丸も、無いっ!」
ぜえぜえ、と。
俺たちの眼前には、苦しそうに息を整えるワタツミの姿があった。
「今なら、やれるっ……!!」
ヤツは今、首元の傷を庇うように頭を垂れている。
あれだけのマナと血を垂れ流したのだ、そうなるのも当然だろう。
「リエラ、アイツの目の前まで向かってくれ!
この戦いを、終わらせるっ!!」
「うん……!
任せてっ!!」
決意を込めた、加速。
埠頭を越え、俺たちは再びワタツミを目指し発進した。
「って言っても、どうするの!?
アタシにできることは!?」
「ああ!
アイツの目の前まで行って、そのまま前みたいに機体を打ち上げてくれ!
それだけでいい!」
「また、ジャンプしたらいいんだね!?」
「そうだ!
俺が直接、アイツに一撃を叩きこむ!
また機体ごと蹴り飛ばすかもしれないが……耐えてくれ!」
「わかった!
できるだけ高く、打ち上げてみせるからね……!!」
言っている間に、機体はすでにワタツミに迫っていた。
近付けば近付くほど感じる、潮と血の匂い。
むせかえるほどの生の匂いに、俺は確信する。
(やっぱりコイツは、神なんかじゃねえ……!
血と肉とマナで出来た生物……つまり、殺せる相手だ……!!)
「リエラ!!」
「うん!
いくよっ!!」
リエラの合図と共に、船首が持ち上げられる。
それはいつかと同じ、跳躍の合図だった。
「せー……のっ!!!」
───ド、ゴボンッ!!!
「跳んだ……っ!!」
「でも……やっぱり、足りない!?」
頭を垂れているとはいえ、生物としてのサイズ差があまりにも大きすぎる。
どこまで足掻いても、こちらの跳躍はあちらにとって児戯のようなものだろう。
「───いや、行けるっ!!!!」
リエラが巻き上げた、水の柱。
俺たちよりも高く跳ねたそれを凍らせ、その時間を止める。
「これならっ……!!」
鈍色の機体を蹴り、氷の足場を乗り継ぐようにして再びの跳躍。
「届いたっ……!!!」
俺の身体と重力が、釣り合う瞬間。
眼前には、確かにワタツミの額があった。
「食ら、えええええええええええっ!!!!!!!」
その眉間を目掛けて。
両手で振り上げた剣を、俺は膂力の限り突き刺した。
「───ギ、ガアアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」
咆哮と共に、ワタツミは頭を振り回す。
「ここまで来て……っ!
簡単に振り落とされて、たまるかよ……!!」
「───ギ、グ……!!!
グガガアアアァァ……!!!」
剣を支えに、俺はワタツミの頭部に足をつける。
しかし、あちらもどうやら痛覚のある生き物らしい。
頭部と首の傷のせいか、抵抗も声も徐々に弱くなっていく。
「……それでもっ。
まだ一押し、足りねえんだろ……っ!?」
いくら脳天に剣を突き刺したとはいえ、やはりこのサイズ差だ。
それだけでは、息の根を止めるには至らない。
「だから、用意してきたぜ……!
とっておきの一撃をよ……っ!!」
俺は剣の柄に、全身の力を籠め、全霊のマナを託し。
「止ま、れええええええええええええええええっっっ!!!!!!」
ありったけの時魔法を、ワタツミの体内に流し込んだ。
「───!!??
──────!!!!!!!!!!!!!!」
咆哮か、絶叫か。
もしくは、マナの奔流か。
脳髄を震わせるほどのそれに耐えながら、俺は全てのマナを叩きこむ。
「───ガアア……!!
グギャアアアア……!!!」
やがて。
「───ガ、アァ……」
僅かな断末魔と。
───ドォオオオオオオンッッッ!!!!!
砂浜の形を変えてしまうほどの振動と共に。
生命活動を停止したワタツミは、俺を巻き込むようにして砂上に伏したのだった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




