第65話「味見と、お留守番」
スタッグさんとの打ち合わせを終えてから数日が経った、ある日の夕方。
いつもより早めに帰ってくると、リビングには三人の姿があった。
「お……早いな、ブランシュ。
今日は休みだったのか?」
「戻ったか、トーヤ殿。
……今日の警備に関しては、リエラ殿一人でよいとのことでな」
「そうなのか?
だとしても、稽古もナシとは珍しいな」
「ああ、それについては……」
「ん?」
ローテーブルに着いていたブランシュが、言葉尻を濁した。
「……いや、気にするな。
リエラ殿にも、休息が必要な日はあるだろう」
「まぁ……そんなもんか」
ブランシュの言い方に俺はどこか違和感を感じたが、深くは追及しないことにした。
そして改めて扉を閉め靴の泥を落とすと、サフィーアたちとも目が合った。
「んじゃとにかく。
今日は久しぶりに四人で晩飯が食えそうってことか」
「ええ、そうね。
ここ最近は、帰ってきた人から順番に済ませていたものね」
「えへへ、そうですね!
四人でいっしょにお夕飯、楽しみです!」
そう言って、ミラーヤは尻尾を振りながら厨房に向かっていた。
「そんじゃ、俺は荷物とか片付けてくっから」
「はい!
もうちょっとでできますので、待っててくださいね!」
「おう。
少ししたら降りてくるよ」
────
──
「お、今日は煮込み料理か」
「はいっ。
白身魚を、ワインで煮付けたものです!」
「ほー……。
こりゃまた、なんか上品そうな匂いだな」
俺が二階から降りてくると、テーブルに並び始めていた皿たちから甘酸っぱい香りが漂ってきた。
ミラーヤの言葉から察するに、白ワインの香りだろうか。
「えへへ、そうかもしれません。
でもでも、とっても食べやすくしていますよ!
お魚と、香りのつくお野菜を少しと……それから、ごろごろじゃがいもをたくさん入れていますので!」
「ごろごろじゃがいも」
「はいっ、ごろごろじゃがいもです!
ワインソースの味がつきすぎないように、大きめに切ったじゃがいもですね。
味がよく染み込んだお魚と、中身がほくほくのお芋の組み合わせがとっても仲良しで……!
お魚とお芋だけでも、どんどん食べられちゃいますよ!」
「ふふ……そうね。
お料理の合間だけでも、ミーチカはいくつ食べていたかしら」
「わ、わたしはいいんですよう……!
みなさんのための、ひつような味見ですのでっ!」
「はは。
つまりそんだけ美味いってことだな、楽しみだ」
「はいっ。
たくさん作りましたので、たくさん召し上がってくださいね!」
そう豪語するミラーヤの後ろには、巨大な鍋がふつふつと湯気を上げていた。
あれの中身が全てワイン煮だとすれば、たしかに相当な量なのだろう。
明日の分も……いや、ともすれば明後日の分すらありそうだ。
「それと、きょうの主役はまた別の子ですからっ」
「ん、そうなのか?」
話しながら皆が席に着き始めた頃、ミラーヤは別の皿を運んできた。
「はいっ。
こちらです……!」
手際よく並べられた皿の上には、半透明の何かが並んでいた。
よく見ると、その正体は透けて見えるほど薄切りにされた魚肉の列だった。
中心にはとろみのあるオイル系のソースがかかっており、皿の端には柑橘類が添えられている。
「こりゃ……刺身か?
いや、刺身って感じでもねえな。
もっと洋風の……なんて言えばいいんだ?」
「えっと、クルード? というものらしいです。
お魚を生のまま薄切りにして、キリっとした味のソースやスパイスで締めるもの。
……と、リエラさんがおっしゃっていました!」
「へぇ……クルード、か。
初めて聞くな」
「わたしも、はじめて聞きました!
生のお魚をそのまま食べるので、作り方だけじゃなくてお魚選びからしないといけなくて……。
というのをこの前リエラさんにおそわったので、作ってみました!」
「なるほど……。
新鮮な魚が手に入るからこそできること、か」
火を使わずに、調味料による最低限の滅菌処理だけで生の切り身を口にする。
その調理法や、新鮮な魚をそのまま味わおうという姿勢は、刺身にも通ずるものがあるのだろう。
「では、お料理はこれで全部です!
必要なら、パンも用意してますからねっ。
真ん中のかごからお取りください!」
「おう。
んじゃ、いただきますっ!」
最後にミラーヤが席に着いたのを見て、俺は手を合わせたのだった。
────
──
「それで、トーヤ。
あの件はうまくいきそうかしら?」
「ん……ああ。
まぁ、そこそこってとこだな」
柔らかめのバゲットを手に取りながら、返事をする。
「そこそこ、か。
失敗してはいないものの……といったところか?」
「ざっくり言うと、そんな感じだな。
ただまあ……色々と問題というか。
見通しがハッキリ立ってるってわけでもなくてな」
「そういうこと、ね」
「トーヤさん。
リエラさんは、だいじょうぶでしょうか……?」
「んー……それも含めて、だな。
せっかくだし、報告がてらちょっと説明するか。
ちょうど、四人集まれる時に話さねえとなって思ってたんだ」
頭の中で言葉をまとめながら、魚と芋をフォークで一刺しにして口に運ぶ。
すっきりとしたワインの風味の中には、魚や野菜、食材それぞれの甘みが溶け込んでおり、見た目以上に庶民的な味わいだったことに少し驚いた。
「……んむ。
まず、リエラの方だが……。
何日か前に、俺の方で直接話を聞いてきた。
そこで、墓に通っていること、何かに追われてるように見えたこと。
その理由っつーか……リエラが持ってる感情とか、過去。
そうせざるを得なかった事情ってのを、聞かせてもらった」
「やっぱりそれは、あの子のご両親のことが関係しているのかしら……?」
「大元をたどれば、そうだな。
あんま詳しく話すことでもねえから、端折るけどさ。
リエラは今まで、色んなことに挑戦してきて、どれもうまくいかなかったらしいんだ。
だから『自分には何もできない』って、そんな感覚を抱いちまってる」
「そんな……リエラさんは、とっても明るくて。
町の方々にも信頼されている、立派な方じゃないですか……?」
「俺もそう思うよ。
でも……リエラ本人は、そう思ってないらしいんだ。
だから、毎日墓に通って両親に謝ってる。
何もできなくて、特別な人間にもなれなくて、ごめんなさい。って」
「……ごめんなさい、か。
それは、両親に救ってもらった自らの命に対して負い目を感じている。ということか」
「まぁ、そういうことだろうな。
リエラは、両親は自分が犠牲にしたようなものなのに。って言ってた」
「そんな……」
「……」
「……ままならない話ね……」
ブランシュはどこか悔しそうに、眉を寄せて腕を組んだ。
軍に所属し、魔獣の討伐をこなしてきた彼女の事だ。
およそ、魔獣に命を奪われた者。そしてその遺族となった人々のことも多く見てきたのだろう。
もしかすると、その中にはリエラと似た境遇の人間もいたのかもしれない。
「だからこそだ。
俺は、リエラをフリージアに誘ったんだ。
一緒に仕事をしないか、って」
「トーヤさんのお仕事に……ですか?」
「ああそうだ。
リエラが今までやってきたこと、この町で経験してきたこと。
それで得てきた、色んな知識。
ペルエットに来てから、俺たちはそういうのに助けられただろ?
いわば『何でも屋』っつーか……どんなことにも一定の知見があって、誰にでも信頼される人柄で。
自然に人と人を繋いじまう、そんな性格。
その役割はきっと、リエラにしかできないことだ。
だから、それを俺たちのやってる交易に活かしてみないかって。そう言ったんだ。
こっちとフリージアを行き来して、三つの国の人が集まる場所で、文化の交流を作る仕事。
それが、リエラに最適だと思ったからさ」
「そうね……。
とっても良い提案だと思うわ」
「はいっ。
素敵だと思います!」
二人からの真っすぐな褒め言葉に、どこかむずがゆくなってくる。
「だから、まあ……あとはリエラ次第ってとこだな。
もし本当に受けてくれるってなったら、二つの国を行き来することになる。
そうなれば、生活自体が大きく変わることにもなるからさ。
ここにはルミエさんもいるし、やっぱ色々と準備は必要だと思う。
今はそういうのも含めて、リエラの返事待ちって状態だな」
「そう……。
私には、あの子の悲しみを受け止めてあげることはできないけれど……。
トーヤのお仕事を通じて、少しでも過去を乗り越えられたらいいわね」
「きっと、できますよ!
リエラさんですし、それに、トーヤさんですから!」
「ふふ……」
「はっ」
ミラーヤの放った、おかしくも優しい発言に、俺とサフィーアはつい笑みを浮かべてしまう。
「そんで……次は、海の調査の方だな。
こっちは、スタッグさんに頼んできたんだが」
息継ぎをするように、俺は薄切りのクルードにフォークを伸ばした。
冷たくシャープな味わいは、ほっこりとした甘みで飽和しかけていた口の中を再び軽くしてくれた。
「結論から言うと、船は出してもらえることになった。
それも、スタッグさんの運転でな」
「まあ。
それは、喜ばしい結果ね?」
「同感だな。
彼は、漁業協会の会長なのだろう?
それほどの熟練者に舵を取ってもらえるのであれば、この上ない提案だろう」
「そうなんだが……ひとつ条件があってな。
船を出せるのは、嵐が去った後らしい」
「嵐?
それはつまり、近いうちに嵐が来るということか。
いつの話だ?」
「早くて来週か、例年通りなら再来週ぐらいだと。
それまではいつ海が荒れるかわかんねぇから、危なくて船は出せねえって」
「ふむ、そういうことか……」
「でもでも、漁師のみなさんは、それでも毎日漁にでられているんですよね?
だいじょうぶなんでしょうか……」
「彼らは慣れているでしょうから、きっと対処法や引き際も知っているのでしょう。
ただ、私たちのような人間を乗せて海に出た時に、助ける余裕まではないかもしれない。と。
その嵐というのも恐らく、季節柄のものなのでしょうね」
「ああ、スタッグさんもそう言ってた。
この時期に来る嵐が過ぎ去ったら、一気に寒くなるんだと」
「なるほどです……」
納得したように呟きながら、ミラーヤは山盛りのじゃがいもにフォークを伸ばす。
記憶によると、あれで二回目のおかわりだったはずだ。
「だからまぁ、ひとまずは待ちってことになるな。
どっちの件についても」
「そうだとしても、二週間か……。
仕方のない部分ではあるが、少し長く感じてしまうな」
「それはちょっと思ったが……こればっかりはしょうがねえな。
交易に関わることだし、魚がちゃんと獲れるようにならないと、帰るにも帰れねえ」
「じゃあ、もうすこしこのおうちにはお世話にならないとですね」
「そうだな。
最初の予定より長引くかもしれねえが、コトが終わるまではしばらく滞在継続だ」
「海の危険のこともある故にな。
我々で協力できることに関しては、こちらにいる内に手を尽くすべきだ」
「ああ、その通りだ。
どれももう、他人事じゃねえからな」
温かい料理と……多少のアルコールが効いてきているのだろう。
熱を帯び始めた喉を通る冷水が、普段より心地いい。
「とは言ってもだ。
やることが少なくなってきたってのも、事実だな」
「そうね……。
調査についても、準備という準備はほとんどないものね」
「ああ。
俺の交易も、ほとんど準備は終わっちまった。
あとはマリー次第ってとこもあるが」
「気は抜けないが、気を張らねばならん時間は少なくなってきた。
そんなところか」
「んーと……わたしも、こっちの暮らしにすっかり慣れてしまいましたから。
フィーニャも本を読み終わって退屈そうですし……せっかくなので、何かここでしかできないことをしたいですねぇ」
「んー、そうだなぁ……。
だったら、料理でも教わりにいくか?
俺らが世話になった宿の、女将さんのところかにさ」
「わ!
いいですね、それ!
とってもわくわくします!」
「宿の女将さんとなれば、毎日かなりの量の料理を作ってるだろうからな。
色んな料理を知ってそうだ」
「あっ……。
でもでも、わたしがずっと外にいたら、フィーニャがここで一人になっちゃいますね……」
「ふふ……大丈夫よミーチカ。
お留守番ぐらい、一人でできるわ」
「そうですか……?」
「ま、俺もここに待機することが多くなるだろうからな。
さすがに王様を一人にはさせないさ」
「んーと……それなら、それなら……?」
「っていうか、これからはちょっとずつ天気が悪くなるってことだったしな。
雨で出れない日に何するかってのも、考えとくといいかもな」
「わ、たしかにです……!
お洗濯ものを干せないのは、ちょっと困りますね……」
そんな雑談をしながら、ゆっくりと時間は過ぎていったのだった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




