第6話「炎と、命」
ある日の夕食。
俺は変わらず、サフィーアたちと共に三人で食卓を囲んでいた。
ちなみに今日のメニューはビーフシチューだ。
牛肉と人参が安く手に入ったので、今日は一日かけてじっくりコトコトやることにした。
もちろん、煮込んでいる間にも魔法の練習は欠かさなかった。
数日練習したおかげで、今の俺は水を使ってかなり真円に近い球体を作れるようにまでなっていた。
「今日はひとつ、困ったことがあってね……」
「もぐもぐ……。
珍しいですね、フィーニャが困りごとなんて?」
「そうなの。
東の森を抜けたところに、小さい村があるでしょう?
ほら、例の祭壇の東のあたりに」
「はい。
たしか、村全体で小麦を作ってらっしゃるところでしたよね?」
普段は二人のする内政話を聞き流しているのだが、『祭壇』という言葉が俺の耳にひっかかった。
「ええ。
国境に近い、大きい小麦畑で有名な村ね。
あそこで、いくつか被害報告が出ているの」
「被害、ですか?」
「畑や森の一部が燃やされたり、村役場に押し入られそうになったり。ね」
「押し入り……?
というと、犯人は動物ではなくて人間さん、ですか……?」
「そう。
その時はたまたま巡回に来ていた騎士団によって退けることができたのだけれど。
どうしようかしらね……」
サフィーアがそこで言葉を濁したので、俺は思わず口を出した。
「どうするも何も、犯人をとっ捕まえるしかないんじゃないのか?」
「……やっぱり、トーヤもそう思う?」
「そう思う? って……何言ってるんだ、当たり前だろう。
実害も出てるんだろ?
なら、その人たちの暮らしを守るのが国の仕事なんじゃないのか?」
「そうよね……」
サフィーアはため息をつく。
何を迷うことがあるのだろうか。
野生のイノシシなどならまだしも、相手が人間だとわかっている状態だ。
畑を燃やし役場を乗っ取るなどというテロじみた犯罪行為は、決して許されることではないだろう。
「それとも、なんか手を出せない理由でもあるのか?」
「うーん……あるといえばあるのだけれど。
……そうね」
そこまで言って、サフィーアは俺の方を向き直した。
「とにかく、難しい話なの。
一つずつ聞いてもらってもいいかしら?」
「ああ」
「まず、報告されている被害は一度。
それが、先週の夜の出来事ね。
怪我人はいなくて、畑の被害もわずかよ。
事実関係が確認できたら、国から少し補償を出して解決する程度ね」
サフィーアの言う通り、規模は小さいのだろうが……無視できるものではないだろう。
「それで、犯人の話なのだけれど。
その子達は合計で十数人ほどで……目撃情報から、『炎熱の民』だと予想されているわ」
「炎熱の民?
っていうと……隣の国の人間だったか?」
「そう。
炎熱の国『フレイミア』の子たち、ね」
「なら、国際問題じゃないか。
そこそこの一大事だろ、そりゃ」
「トーヤの感覚では、そうなるのね」
「俺の感覚では、って……。
むしろ、ならないほうがおかしいだろう?
逆に、なんでそんなにのんびりしてられるんだよ。
ともすれば、国同士の争いになるかもしれない事態だろ?」
「落ち着いて。
この世界の常識は、貴方の常識とは違う。そうでしょう?」
「……まあ、たしかにそうなんだが」
言われた通り、俺も少し語気が強くなっていたかもしれない。
人並みの正義感から、というのもある。
だが、どちらかというと『許せない』という個人的な気持ちが先行していた。
ここ数日で、クロキアの人たちに良くしてもらったから、なおさらだ。
そして何より、これは倫理観の話だろう。
いくら魔法が使えるような世界だとしても、人の命や財産が軽視されていいわけがないはずだ。
「現地の人間から、声が挙がっているのよ。
あまり大事にしたくない、ってね」
「大事にしたくない……?」
「ええ。
実はこんなことが起きたのは、一度や二度じゃないのよ。
国民同士の小さな衝突は、私が知る限りでも過去に何度かあってね」
「そうなのか?」
「大抵の場合、その原因は国境付近の山や川といった、自然資源の使い方なのだけれどね。
もちろんそれだって、頻繁に起こるわけではないわ。
でも、そのたびに彼らは自分たちでなんとかしてきたの」
「その村の人間だけで、か?」
「そう。
この世界の人間は一人ひとりが魔法を使えると言ったでしょう。
少しぐらいの魔獣や夜盗の襲撃は、自分たちでなんとかできるの」
「ふむ……」
「それに、今回の相手は炎熱の民なの。
実を言うと……あの子たち、ちょっと短気なところがあってね。
何か諍いが起こっても、すぐに冷めて忘れてしまうの。
少なくとも、今まではそうだった。
だから今回も、一過性のものだと思われてるわけ」
「……また同じことが起きても、相手が諦めるまで守り続ければいい。
ってことか?」
「簡単にいうとそういうことね。
言ったでしょう? クロキアの人間は、争いに積極的じゃないって」
たしかに、そんな話だった気がする。
しかしいくら事なかれ主義とはいえ、さすがに極端じゃないだろうか。
畑を燃やされ、村を襲撃されても、自分たちが我慢をすればいいだけ。
……その姿勢は、俺にはどこか生きるのを諦めているようにすら思えた。
「それに比べて、炎熱の民の特徴はクロキアの正反対。
身体は強くて体力もあるけれど、私たちよりも寿命は短いわ。
総じて、熱しやすく冷めやすい性格。
そして何より、その刹那的な生き方を是とするお国柄のようでね」
「なるほど。
それが、一過性だと思われてる理由か……」
「そういうこと。
言い方は悪いけれど、飽きたらやめると思われているのよ。彼ら」
「ちなみに寿命が短いって、どれぐらいだ?」
「詳しくはわからないけれど……私たちの半分ほどと聞いたことがあるわ」
150年は生きるであろう氷雪の民の、半分ほど。
俺のいた世界の平均寿命よりも、やや短いぐらいか。
「……つまり、クロキアの人間とフレイミアの人間じゃ、時間に対する感覚が違うってことか」
「そうとも言えるわね」
「だから、正面から対抗することで、さらに騒ぎを大きくはしたくない。
する必要がないんだ。
互いの間に流れてる時間が、違うから」
「ええ」
「……なるほど。
サフィーアが言った『難しい話』って言葉の意味。
ようやくわかった気がするよ」
「ありがとう。
やっぱり貴方は、賢い子ね」
「いや……」
どうやらこれは、単なる暴力事件や侵略行為という話ではないようだ。
サフィーアの言うとおり、両国の国民性や文化が深く関わっている、複雑な問題。
たぶんこの世界は、昔からそのやり方で成り立ってきたのだろう。
ならば、部外者の俺が口を出すべきではない。
……ようにも思えたのだが。
俺にはこの話において、重要な情報が一つ欠落していると感じていた。
「じゃあ、さ。サフィーア。
一つ聞くぜ」
「なあに?」
「サフィーアは……それについて、どう思ってんだ?」
サフィーア自身が、どうしたいのか。
国王として、そしてひとりの人間として。
俺が何かを判断する前に、まずはそれを聞く必要があるだろう。
「ひとまずは現地の声を優先して、様子見をしようと思ってる。
……って言ったら、貴方からはおかしく見える?」
「ああ。
残念ながら、な」
「……そうよね。
実は私も、これでいいのか迷っているの」
「俺からしたら、何を迷うことがあるんだって感じだが」
「でもね、トーヤ。
クロキアは本当に長い間、そのやり方でやってきたの。
それで大きな問題にもなっていないし、国民もそれを望んでいる」
「だからって、そのままでいいとは思ってない。
だろ?」
「ええ。
私個人の考えとしては、それはよくない慣習だと思っているの。
けど……」
「たしかに『それがこの国のやり方だ』って言われたら、俺にはもう何も言えないよ。
でも……聞く限りでは、放っておいたら何が起きてもおかしくない事態に見えるぜ」
「トーヤの言う通りよ。
本当に、何かがあってからでは遅いの。
それに何より……万が一、それで民の命が失われたら、私は後悔してもしきれないと思うから……」
「ああ。
その気持ちは正しいと思うぜ、俺は」
「そう……そうよね。
ありがとう、トーヤ。
私、やっと踏ん切りがついたみたい」
「いや、俺も安心したよ。
サフィーアが大事なものから目を逸らすような王様じゃなくて」
たとえ現地の人間が望んでいたとしても、その選択が正解とは限らない。
しかし、王の独断で民の意思に反することを強行するのも正解だとは言えない。
サフィーアの気持ちは、その狭間で揺れ動いていたのだろう。
「本当に恰好悪い王様ね。
こんな決断もできないなんて」
「そうでもないんじゃないか?
『いままでのやり方』に流されず、それが良くないかもしれないって疑問を持つのは、本当に難しいことだと思うぜ」
「ありがとう。
……貴方がいてくれて、良かったわ」
「そうかい。
ま、俺の言葉が少しでも王様の助けになったんなら光栄だよ」
「ふふ。
それも皮肉?」
「どうだかな」
我ながら、王様に向かって大層な口を利いたと思う。
だが、サフィーアには本当に大事なものを見失ってほしくなかったのだ。
民の命。
そして、自分自身の気持ちというものに。
「……さて。
方向が決まったなら、具体的にどうするかも明日から考えないとね」
サフィーアは、先ほどより少しだけ晴れやかな顔で前を向いた。
それに対し、俺は。
俺の『気持ち』は、どうなのだろうか。
「……なあ」
スプーンを置き、改めてサフィーアの目を見据える。
「なあに、トーヤ?」
「その村のこと、なんだけどさ。
俺も……力になれないかな」
「トーヤが?」
「ああ。
俺みたいな部外者が、あまりこの国の問題に口を出すべきじゃないのはわかってる。
だけど、俺に何かできることがあるのなら、それをしたい。
例えば紛争なら、俺の魔法で止められるかも知れないし。
他にも、なんつーか。ええっと……だめだ。
こういう時に限って、うまく言えねえんだけど……」
サフィーアは意外そうな顔をしていたが、やがて破顔した。
「ありがとう、トーヤ。
貴方はこの国のために何かをしたい、って。
そう思ってくれた、ということね?」
「いや、その……まぁそうなんだが」
「ふふ……どうやら貴方も、感情を表現するのが苦手のようね。
私より、よっぽどクロキアの人間らしいのかも」
サフィーアにからかわれ、顔が熱くなるのを感じる。
「でもありがとう、トーヤ。
貴方の気持ち、受け取ったわ。
だから、この問題……貴方も協力してくれるかしら?」
「ああ。
俺だって、いつまでも飯の当番をやってるわけにもいかねえしな」
「あらあら」
精一杯強がることで、顔の火照りをおさめる。
「でも実際に人手は足りていなかったし、本当に助かるわ。
……うん、そうだわ。
せっかくの貴方からの提案なのだから、馬車馬のように働いてもらいましょうか」
いたくやさしいサフィーアの言葉は、俺を安心させた。
「えっとえっと、フィーニャ。
わたしも何か手伝いますよ!」
途中から静観を決めていたミラーヤが、声をあげる。
「ありがとうミーチカ。でも、大丈夫よ」
「そうですか……」
ミラーヤの耳が下がる。
「貴女は毎日、美味しいご飯を用意してくれるでしょう。
私の身の回りのことも全部担ってくれている。それで十分なの。
貴女はいつも通りで、よくやってくれているわ」
「そうですか……!」
と思えば、今度は上がった。
「じゃあトーヤ、詳しい話は明日にしましょうか。
ひとつ決まれば、考えないといけないことも準備することも、山積みね」
「ああ。
何かあったら、言ってくれよ」
「ええ、ありがとう。
それとトーヤ」
「ん?」
「今日はよくお眠りなさいな。
明日から、忙しくなるわよ」
「……ああ」
その日のベッドは、どこか懐かしい匂いがしたのだった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




