第61話「ピアノと、故人」
「なら、龍脈の存在もリエラは知らなかったのね」
「ああそうだ。
魔法の研究所とやらも、この町には無いんだとよ」
「そう……。
調べてくれてありがとうね、トーヤ」
「別に、俺はリエラに訊いただけだ。
それ以上の情報は、調べがつかなかったしな」
朝食を終えた俺たちは、外出の準備をしながら言葉を交わしていた。
「そんで、どうすんだ?
今日は一日空けてるが……サフィーアの行きたいところってのは、まだあんのか?
龍脈とかマナについては、これ以上調べようもなさそうだが……」
「そうね。
書物の類はすでにあたっていて、専門の研究所もない。
だとすれば……頼れそうなのは、あとひとつだけね」
「……ひとつ、って?」
「『年の功』よ」
────
──
「ごめんくださいな」
町の中心からやや南にある、住宅街の一角。
いつか訪れたオレンジ屋根の玄関を、サフィーアがこつこつとノックした。
「あらあら?
その音はもしかして、リエラちゃんの……」
「はい」
サフィーアの返事が聞こえているのかいないのか。
そのままばたばたと足音が響いたかと思うと、やがて玄関が開いた。
「あら、やっぱり。
いらっしゃい、よく来られましたね」
「ごきげんよう、お婆様」
「ども。
お世話になってます」
笑顔で出迎えてくれたのは、リエラの祖母───たしか、ルミエさんと言っただろうか。
彼女はその優しそうな表情に似合う穏やかな声で、俺たちを迎え入れてくれた。
「ふふふ。
今日はお二人なの?」
「はい。
リエラ……さん。たちは今、海の方で仕事をしてくれていますんで。
俺たちは、別件でこちらに」
「お婆様に、お話を伺いたく参りました。
お邪魔でなければ、ですけれど……」
「まあ、そうだったのね。
構いませんよ、お聞きしましょう。
どうぞ上がってください」
「ありがとうございます、お邪魔いたしますわね」
「失礼します」
手招かれるままにドアをくぐり、俺たちは玄関へと足を踏み入れる。
扉を閉めると、屋外との明暗差に視界が少しちらついた。
(中が暗い、ってより……外が明るすぎただけか)
やがて瞳孔が開き切ると、明るい色調の外観に反して宅内は落ち着いた配色の木造であることがわかった。
床や壁もどこか温かみのある深い色で、家具やインテリアもそれに合わせた木製のものが使われていた。
「どうぞ、座ってください。
今お茶をお出ししますね」
「お婆様、私もお手伝いいたします」
「ふふふ、結構ですよ。
すぐ済みますので、掛けて待っていてくださいね」
「そう……でしたら」
腰を曲げながらキッチンに向かうルミエさんを見送り、俺たちはリビングのテーブルに掛ける。
ここは小さな窓から陽光が差し込むようで、よく手入れのされた卓上をわずかに照らし出していた。
それと同時に、俺は部屋の対角に大きな楽器が置かれていることに気が付いた。
(ありゃ、ピアノか……?)
それは日陰に紛れてもなお存在感を放ち、部屋の一角を静かに占領していた。
「はい、お待たせしました。
お砂糖は、こちらから取ってくださいね」
「あ、いただきます」
「頂戴いたします」
俺たちは同時に礼を告げ、それを見たルミエさんはゆっくりと椅子に掛ける。
出された紅茶を一口啜ると、優しい香りが鼻に抜けた。
「あら……お婆様の手。
とっても綺麗ね」
「ふふふ、そうですか?
ありがとうございます」
「ええ。
そのお歳とは思えない、とてもしっかりとした手ですわ。
何か、していらしたの?」
「まあ……。
よく見ていらっしゃいますね、小さなレディ」
ルミエさんは嬉しそうに微笑み、俺たちに続いて紅茶に口をつけた。
「そうですね……。
私は昔、楽器の調律師をやっていたのですよ」
「まあ、そうでしたの」
「調律師っていうと……例えばピアノとか、楽器の調整をするお仕事。ですか?」
「ええ、はい。
最近のものは、そう呼ばれておりますが……。
私の時代は、チェンバロやクラヴィコードなんかが主でしたね。
もちろん音の調整だけでなく、修繕をしたり、自分で弾くことなどもありましたが」
「とても、素敵なご職業ですわね」
「ありがとうございます。
今はもう引退して、調律をするのも精々知り合いから頼まれたときぐらいですけれどね」
「そうでしたのね……。
それでも、調律のお仕事はきっとお好きだったのでしょう?」
「ええ、もちろん。
楽器は生きていますから」
「楽器が……生きている、ですか?」
耳慣れない表現に、俺はつい問い返した。
「ええ。
同じ楽器でも、触れるたびに、その子ごとに違う反応を返してくれるのです。
だから見た目は同じように見えても、ひとつとして同じものはないのですよ。
私は、そんな楽器たちに触れるのが大好きでした」
「へぇ……。
同じ楽器でも、ですか……」
「はい。
作られた年代や、素材の選び方で、音色が異なるのはもちろん。
何よりも、使っていた方の『癖』が染み付いているのです。
なので、慣れてくれば楽器を触るだけで、その人の弾き方や性格までわかるものなのです。
弦楽器なら特に……ですね」
「そう……。
きっと、お婆様に調律をしてもらった子たちは、幸せだったのでしょうね」
「ふふふ、そうだといいのですが」
「持ち主の方も、きっと感謝されていたのでしょう?
でないと、引退した後もわざわざお婆様の所に頼みにこられないはずですわ」
「そうですねえ……。
今の私のところに来るのは、昔から私にだけ調律を依頼していた人ばかりですから。
その人たちも今は音楽を引退して……それからは、めっきり」
「そうでしたのね……」
「皆、歳ですからね。
私より先に逝ってしまった者たちも多いので」
そう言って、ルミエさんは目を細めて遠くを見つめる。
それにつられるように、サフィーアも少し目を伏せていた。
「さて。
お二人は、私にご用向きがあったのでしたかしら?」
「ああ、はい。
えっと……」
「……マナと、龍脈について。
私たちは今、この国の魔法について少し調べておりますの。
それで、お婆様なら何かご存知ではないかと思いまして」
俺は、顔を上げたサフィーアがすぐに龍脈という言葉を出したことに少し驚いた。
だが意外にも、ルミエさんはそれを気にかけることなく返事をした。
「はあ。
水流魔法について、ですか……。
……それは、この間の大渦があったから。でしょうか?」
「ええ。
リエラさんのお仕事とも、関係のあることですわ」
「なるほど、承知いたしました。
私も魔法が得意な方ではありませんので、お役に立てるかわかりませんが……。
この老骨でお答えできることなら、お話ししましょう」
「ありがとうございます。
……私たちも、図書館のような場所や魔法に詳しい方をあたっていたのですけれど。
あまり思うような情報を得られませんでした。
だから、少しでも何かご存知なら。と」
「そうでしたか……。
ご質問は、マナと龍脈。そして大渦について。でしたかしら」
「はい。
その言葉に、お心当たりはありませんか?」
「聞いたことはありませんが……そうですねえ」
両手を膝に置いたまま、ゆっくりと上を向き。
そのまましばらく思索に耽った後、ルミエさんはこちらを向きなおした。
「関係があるかはわかりませんが……ひとつ、この町に伝わる昔話があります。
とは言っても、今では古い漁師だけが知っている、おとぎ話にも近いものなのですが……」
「構いませんわ。
是非、お聞かせください」
「わかりました。
では……」
そう言って深く呼吸をした後、彼女は低く語り始めた。
「フローエンの海には、神様がいる。
この町の漁師たちの間には、そのような言い伝えがあります。
その神様は、波や気候を自在に操ることができ、決して人の手の及ばない場所におられる。
そしてその力で思うがままに海を駆け、時には恵みをもたらし、時には災厄を呼ぶ。
人間が海に出て魚を獲れるのも、嵐が起き海に時化をもたらすのも。
すべてはその神様の力によるものなのです。
故に古くより存在するその神は、畏怖と感謝の意を込めてこう言い習わされています。
『和辰巳』様と」
「わたつみ……?」
「ええ。
元来は、外の国から来た方が仰っていた古い言葉だそうですが。
その話を知っている漁師の間では、昔からその名で伝えられています。
それは海そのものとも言える、決して逆らうことはできない存在。と」
「海そのもの、ですか……」
俺はその話に、どこか引っかかるものがあった。
波を操り、海を駆ける、決して人間が及ばない存在。
「龍脈という言葉から、私が連想して思い出しただけのお話ですけれどね。
お二人の求めているものとは関係がない、ただのおとぎ話かもしれません」
「いいえ……そのお話、もっと詳しくお聞かせください。
お婆様」
しかしサフィーアは、俺よりもハッキリとした確信を持って促した。
「話す分には構いませんが……今お伝えしたものでほとんどですよ。
あくまで、言い伝えですので」
「構いませんわ。
どんな小さなことでも、知りたいのです」
「……わかりました」
そう言って、ルミエさんはまた緩慢なしぐさで紅茶に口をつける。
「例えば……そうですねえ。
和辰巳様は、東から、嵐と共にやってくる。ですとか。
その赤い眼で睨まれた人間は必ず波に呑まれ、二度と浜に戻ることができない。とか。
そういったお話でしょうか……」
「東から……?」
「はい。
……と言っても、どこまで信じられるかはわかりませんけどね。
そもそもフローエンの海岸線は縦に長く、西が陸で東が海という形です。何かが来るにも、東以外からは来ようがありませんもの。
睨まれた人間が帰ってこられないという話も、それならどうやって言い伝えられたのか。
どこか矛盾しておりますでしょう?」
「それは……そうですわね。
その神様を見たという方も、いらっしゃらないのですか?」
「そうですねえ。
私の聞く限りでは、全く」
「じゃあ、姿形すらも言い伝えられていない……ってことですか?」
「ええ。
だから和辰巳様というのはきっと、文字通り海そのものなのでしょうね。
有り体に言ってしまえば、ただのおとぎ話……とも言えますでしょうか。
海難に巻き込まれやすい漁師が、海という存在を畏れて作っただけの昔話。
もしくは、それに打ち勝つつもりでなければ海になど出られない。といった、自分たちを鼓舞するための伝承。とも言えますでしょうか」
たしかに、そのような伝承は古今東西に存在するのだろう。
自然を神格化し、その強大さに畏敬の念を示す。
そしてそれを言い伝えることで、生存のための知恵を一種の信仰のような形で残すことができる。
古来より自然と交わり生きてきた人間たちにとって、それは自ずと発生する文化のようなもので。
自然という大きな存在とほどよい距離感を保つための、訓戒でもあるのだろう。
「もっとも、船の技術も進歩した今ではもう、忘れられつつあるものではありますが……」
「なるほど……。
だからこそ、あくまで伝承、あるいはおとぎ話ですか……。
サフィーア」
「ええ……そうね。
少し情報を整理する必要がありそうだわ」
俺たちは、互いに目配せをして考え込む。
「すみませんねぇ。
あまり役に立つ答えではなかったようで……」
「ああいえ、とんでもないです。
俺たちの知らない話を聞かせていただいただけで、十分です」
「ええ、とても参考になりましたわ。
少なくとも、私たちの知りたい答えに少し近付きました」
「そうですか。
それなら、よかったのですが……」
渦と嵐。
龍脈の所在と、魔獣。
和辰巳様という存在に、赤い眼。
考えなければいけないことは多い。だが、どれも嘘ではないのだろう。
そして同時に、漁師たちに伝わるという伝承がそれらを裏付け。
また、その伝承自体が全てを繋げているようにも思えた。
───だからこそ、俺は。
一つの違和感を、口に出さずにはいられなかった。
「……ルミエさんは」
「はい」
「ルミエさんは、どうしてそのお話を知っているんですか?
……というか、どこで聞いたんですか。って聞き方の方がいいですかね」
「どこで、でございますか……」
「はい。
その、なんていうか……聞いていて、すごく具体的だな。と思いまして。
ただ耳にしたことがあるだけ、じゃなくて。
まるで、自分が漁師だったように感想を言われるので……」
「ふふふ……なるほど。
そうですね、たしかにそう思われても仕方がないかもしれませんねえ」
「やっぱり、何か理由が」
「そうですねえ……。
理由、というほど大層なものでもありませんよ。
ただ……私の夫と息子が、漁師だったもので」
「ご家族が……。
なるほど、それで……」
「ええ。
嵐が来るたびに、夫は息子に言い聞かせていたものです。
和辰巳様が怒っている時は、決して海に近づくな。と」
俗信を利用し、子供にしつけを行う行為。
およそどこにでも見られる光景であり、それ自体は想像に難くない。
「だったら、お孫さんであるリエラさんもその話を……」
「ああ、いえ……。
あの子は、きっと知らないと思いますよ」
「そうなんですか?
それは、古い伝承だからでしょうか?
もしくは、リエラさんが女の子だったから息子さんも話さずに……?」
「いえ……私の息子は」
そう区切って、息を吸いなおしてからルミエさんは続けた。
「リエラの親である息子夫婦は……あの子を置いて先立ってしまったのです。
あの子が、それを言い聞かせるような年齢になる前に」
「……えっ?」
思考が、不意に横から殴られるような感覚。
考えていたことがどこかへ吹き飛び、受け止め難い事実が目の前に叩きつけられる。
そのまま俺が言葉に詰まっていると、彼女は続けた。
「あまりお客様にお聞かせする話でもありませんから……簡単にですけれど。
あの子の親は、私の息子夫婦は。
あの子が小さい頃に、事故で亡くなってしまった。
そういった過去が、私たち家族にはあるのです」
「それは……」
リエラが、祖母と二人で暮らしていた理由。
ルミエさんが、この家でいつも一人で過ごしていると言っていた理由。
この家の、広さに見合わない家財の少なさ。
そして、今までのリエラの行動。
どこか違和感を覚えていたものの、思考の表側に出てこなかった情報たち。
それらが今、一斉に繋がったように思う。
海のことに、交易のこと。
魔獣のこと、スタッグさんたちのこと。
さきほどの話に加え、重要な情報たちが圧縮されぐちゃぐちゃになった俺の頭は───。
「……それは。
リエラが毎晩、北の墓園に通っていることに……関係のある、話でしょうか」
それでも、大切なものを掴んで離さなかった。
「トーヤ……?」
「俺……見たんです。
少し前の夜、町はずれの墓の前で。
リエラが寂しそうに、一人で祈ってる姿を」
「……そうですか……。
そこまで、ご存知でしたか……」
「探るような真似をして、すみません。
ただ……リエラはたまに、寂しそうに笑うんです。
何かを抱えたまま、無理に笑顔を作るみたいに。
それが、墓にいたときのリエラの表情とそっくりで……。
リエラの言葉じゃないですけど。
俺はそれを、見なかったことにはできませんでした。
……したく、ありませんでした。
だから、もしそれが今のリエラに関係のある話なら。
もう少し、聞かせていただけませんか」
「……」
俺の言葉を聞き、ルミエさんは静かに息をつく。
その少しの沈黙の後、答えを探すようにして彼女は口を開いた。
「トーヤさん、と仰いましたか」
「はい」
「……少しだけ、昔話をしましょう。
聞いてくださいますか」
「是非」
そして、今度は俺の目をじっと見つめた後。
彼女はゆっくりと語り始めた。
「これは、あの子が五歳の頃の話です。
あの子は両親と一緒に、ピクニックに出かけました。
……青い青い空が広がる、夏の日でした」
リエラの両親。
先ほど言っていた通り、それはルミエさんにとっての息子夫婦ということだ。
「大きな荷物を背負って、お気に入りの靴を履いて。
私に手を振りながら、いってきます、おばあちゃん。なんて。
いつものように、両親に手を引かれながら出かけていったのを覚えています。
本当にそれは、いつも通りの日常でした。
町の外の、小高い丘まで行って。
少し遊んだ後に、三人でお昼を食べて帰ってくる。
本当に、ただそれだけの予定だったのです。
三人で出かけるのも、丘に向かうのも。決して初めてのことではありませんでした。
なので私も……何かが起こるだなんて、考えもしなかった。
けれど、あの子たちは。
二度とこの家の玄関を、三人で跨ぐことはありませんでした」
「……そこで、事故が」
「はい。
お昼も過ぎ、しばらく経った後……。
少し曇り始めた空模様の中、町の人に手を引かれながら、あの子が帰ってきたのです。
たった一人、泣きじゃくりながら。
どうしたの、と私が聞いても。
パパと、ママ、おっきいワンちゃん。
ひどく怯え、泣きながらそう話すだけでした。
ただ、この子が一人で帰ってきたということは、何かが起きたのだろうと。
それだけはわかりました。
なので私は、町の方々と一緒に、あの子たちが行った丘に向かったのです。
どこで、何が起こったのか。
それらは探すまでもなく、私たちの目の前に突き付けられました。
町のすぐそばの、一番高い丘の上。
そこにあったのは、あの子たちが持っていた鞄や、着ていた服でした。
幾重もの牙の痕と、引き裂かれ赤黒く染まったそれは。
降りしきる雨に流され、すでに自然の一部になろうとしていた、命だったものの跡でした。
……それが私が見た、あの子たちの最後の姿でした」
ルミエさんの口から語られた凄惨な過去は、あまりに現実味を帯びており。
いつの間にか俺の喉は、からからに乾いていた。
「魔獣……ですか」
そしてようやく絞りだした俺の言葉に、ルミエさんはゆっくりと頷きながら続けた。
「それから、雨は嵐に変わり、三日三晩続きました。
私は雨の中、涙を流す暇もなく葬儀の準備や周りへの連絡のために走り回っていたことを憶えています。
しかしその間、リエラはずっと塞ぎこんでいました。
ご飯もろくに食べず、ずっと一人、部屋に籠りきりでした。
あの現場を見たわけでもないというのに。
それでもあの子は、両親がもう帰ってこないのだろうということを、理解していたのだと思います。
だからこそ私は、悲しみに暮れるわけにはいかなかった。
あの子のために、生き方を示してあげなければいけなかった」
彼女の言葉は、理解できる。壮絶な体験だったということも、想像できた。
だが、感情だけが追いつかない。
それは俺が、それほどまでに近い肉親の死を経験したことがないからだろう。
「あの子は、強い子でした。
嵐が去り、私が流すべきだった涙もどこかに置き忘れてしまった頃。
部屋から出てきたあの子は一言、『もう大丈夫』と。
そう言いながら、少しずつ。
少しずつ笑顔を取り戻していきました。
学び舎にも通い、町の人々にたくさんお世話になりながら。
普通の生活を、普通の女の子としての日常を、徐々に過ごせるようになっていきました。
ただ、たまに……何かを決意したように、ナイフを持って町の外に出ることもありました。
その時は、すぐに暗い顔をして帰ってきていましたが……」
……復讐。
その言葉が浮かんだ時、また一つリエラという人間のことを理解できた気がした。
彼女が魔獣に追われてなお『強くなりたい』と言った、その理由が。
「だから私は、あの子に音楽を教えてあげようとしたこともあったのです。
……結局それも、あまり上手くいきませんでしたが。
それでもあの子は、どうにか今のように育ってくれました。
明るく、強い子に。
肉親が私一人しかいないのは申し訳ないと思うこともありますが……。
それでも、あの子が『ただいま』と言って帰ってきてくれるたびに、私は安心するのです。
息子たちの無念が、これで少しでも晴れてくれたなら……と。
……これが私たち家族の、過去でございます」
そう言って、ルミエさんはゆっくりと瞳を閉じた。
「……だから。
だからリエラは、毎晩あの場所に……」
「ええ。
……未だに、と申しますか」
「俺は、立派だと思います。
一人でも、墓参りに行って。
両親を少しでも、供養してあげようって……」
「……墓参り、ですか」
「え?」
「あなたがたの文化では、そう呼ぶのですね」
「……というと」
ルミエさんの言っている意味が分からず、そのまま聞き返す。
「私たちの国には『墓参り』と言う言葉はありません。
墓に通うという、文化も」
「そう、なんですか……?」
「はい。
死者には死者の、生者には生者の在り方がある。
……そういった考えが、根底にあるからでしょう」
「……そうだったんですね……」
「ええ。
なにも、墓に出向くことが悪いこととは言いません。
ただ……墓場というのは、先祖が眠る場所であり、いつか私たちも行き着く場所として。
死者と生者が互いに干渉しないための、線引きのようなものとして、この国では存在しているのです。
故に私たちは、死者に対し簡単な葬儀こそするものの……それが終われば、誰も墓に寄り付きません。
墓の掃除なども、たまに墓園の管理者がするぐらいのものです」
俺からすれば、考えられないことだ。
墓は、先祖の魂を癒すためのものではなく。
今を生きている自分たちと、明確に距離を置くために作られた場所。
……元を辿れば同じ意味になるのかもしれないが、その感覚はどうにも俺には理解し難かった。
しかしこの国では、それが文化ということだ。
「それでもあの子は、あの場所に足を運び続けているのです。
小さい頃から、ずっと」
つまりリエラの行動は、この国における『普通』ではないこと……なのだろう。
「……だから、もし。
その意味が。
あの子の心が、トーヤさんにわかるのなら。
その先は、どうかあの子自身に聞いてみてください。
私からも……お願いいたします。
私には、あの子を救えませんでしたから……」
そう言って、ルミエさんは俺の目を再び見据えた。
「……はい。
ありがとうございます」
俺がはっきりと答えると、彼女は頷きながら微笑んだ。
「こちらこそ、ありがとうございます。
……あの子は、まだ危ういところがありますから。
墓参りという優しい文化がある国で育った方なら。
そんな優しい心をお持ちのトーヤさんなら、きっと……」
そう呟いたルミエさんは、どこか満足げな表情をしていたのだった。
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