第62話「伝承と、脅威」
その夜。
俺たちは情報の整理と共有ついでに、食卓を囲んでいた。
「ってのが、ここ数日俺とサフィーアが調べたこと。
そんで、リエラの婆ちゃんから聞いたことだ」
「ふむ。
魔獣と龍脈、そしてワタツミ。か……」
「リエラさん……ご両親を、なくされていたんですね……」
さみだれ式に俺が話したためか、それぞれがそれぞれの反応を示す。
「ひとまず、リエラのことは俺が預かろうと思ってる。
ここまできて、放ってはおけねえしな」
「毎晩あの子が向かっていた場所。
加えて、どこか焦っていたように見えた理由も判ったものね」
「それらが安全なものであること。
それから、私に鍛えてくれと頼んできたワケも。だな」
「そうだな。
一応聞くが……ブランシュから見て、最近のリエラの様子はいつも通りだったか?
今日も、稽古つけてたんだろ?」
「ああ。
変わったところも、気になるところもないよ。
いつも通り、真剣に打ち込んでくれている。
……終わった後に、北の方へ向かうことも含めてな」
「そう、か。
んじゃまぁ……どっかのタイミングで、俺から声を掛かけてみるよ。
ちょっとでも力になれればいいんだが……」
「わたしからもおねがいします、トーヤさん。
リエラさんはきっと……とっても寂しい思いをされているはずですから。
……ご両親がいない寂しさは、わたしにもわかりますので……」
「そうだな……」
耳をしゅんと下げてしまったミラーヤを見て、俺にも様々な思いが駆け巡ったが……。
今はまだ、話すべきことがあるだろう。
「んで、あとは龍脈の話だな。
こっちはまだ、不確定な情報が多い。
というか、未だにわからんことだらけだから……皆で情報を整理したいと思ってる。
とりあえず今の話を聞いてみて、皆はどうだ?」
俺が漠然と投げかけると、真っ先に口を開いたのはブランシュだった。
「そもそもの話になるが。
そのワタツミとやらの伝承は、事実なのか?」
「こりゃまた……いきなり、鋭い切り口だな」
「それは、この話自体がどれだけ信用できるのか。
和辰巳様という存在に、本当に会ったという人はいるのかどうか。
そういうことよね? ブランシュ」
「ああ、サフィーア殿の言う通りだ。
事実として、我々が警戒すべき物理的な脅威なのかどうか。
そうであれば、身を守る術はあるのか。
私が気になっているのは、その部分だ」
ブランシュの口から出たのは、実に軍人らしい、現実的な視点だった。
「それについて、まずは私の見解を伝えておくわね。
さっき言ったことにも繋がるのだけれど……まず今回の渦について、私はそれを魔獣の仕業だと思っているわ。
これについては、トーヤと同意見ね」
「サフィーアが言ってた、魔獣の出現が多くなる時期ってヤツに当てはまる。ってことか?」
「ええ。
魔獣が多く現れ、海も陸も関係なく、天候が大きく荒れた。
そしてその魔獣たちは、積極的に人を襲った。
これらは偶発的で、周期もばらばらだけれど、全て同時に起きているの。
過去の記録たちと……リエラが魔獣に襲われた時期が、それを証明しているわね」
「マナを喰らう魔獣が増加した故に、この国のマナが乱れた。
そしてそれは、天候にも影響を及ぼした。
群れを成した彼らは陸では人を襲い、海には大渦を作った……。
そういうことか?」
「あるいはその逆、ね。
マナの供給が乱れたから、天候が荒れた。
魔獣たちはマナ不足に苦しみ、それを補うために過剰なまでに人を襲った。
そう捉えることもできるわ」
「逆の因果関係、か……たしかにあり得る話だな」
「んー……ちょっと気になったんだが。
天気ってのは、マナが乱れたら荒れちまうもんなのか?」
「そういうこともあるんじゃないかしら。
現にクロキアの龍脈に異変が起きていた時は、ほんの少し気温が下がっていたわ。
水との繋がりが深いペルエットのマナであれば、海全体に。
それがそのまま雨雲や天気に影響を与えるということも、十分考えられるでしょうね」
「つまりサフィーア殿は、ワタツミの伝承はあくまで全て自然現象だと?」
「殆どそう考えているわ。
ただ、マナが不足する理由や魔獣が増加する理由といった、根本的な原因まではわからないままだけれど」
「どっちにしろ、まだ情報が足りねえ。か?」
「しかし伝承が全て自然現象であれば、ワタツミという神に怯える必要もないということだろう?
それがわかっただけで十分だ」
「ただ……」
閉じかけた話に、サフィーアが付け加えるように言葉を添えた。
「それらは全て、『赤い瞳』の伝承を無視した場合だけれどね」
「ふむ。
そういえばそのような話もあったか。
たしか……赤い瞳に睨まれた漁師は二度と浜に戻れない。だったか?」
「ええ」
「しかしそれも、伝承自体が自然現象だという説が正しいのであればただの迷信だろう?
噂や伝説に尾ひれがつくことなど、どこにでもあることだ」
「そうね。
私も今のところ、そう考えているわ。
だから、私たちが次に確かめるべきことは───」
「待った」
俺が割り込むと、全員の視線がこちらに向いた。
「赤い瞳の伝承について。
ちょっと、話しときたいことがある」
「どうした、トーヤ殿?」
「……大渦に巻き込まれた、あの日。
俺はそれを見てるかもしれねぇんだ。
それも、すぐ目の前で」
「赤い瞳を、ということ?
それは本当なの? トーヤ」
「ああ。
あの日、俺たちが渦を脱出したすぐ後の話だ。
勢いが無くなってく渦の中から、何かが確かにこっちを睨んでたんだ。
直接的な敵意っつーか、とにかくすげぇ嫌な感覚をぶつけてきたあれは……間違いなく、赤い眼だったと思う」
「……見間違いでは、ないのだな?」
「俺の頭がおかしくなってたんじゃなければな。
なんつーか、めちゃくちゃにでけぇマナの塊みてえな気配で……目が合っただけで背筋が凍りそうになっちまったぐらいだから、よく覚えてんだ。
もしかしたら、ミラーヤの言ってた『嫌な感じ』ってのも、あれのことだったんじゃねえかって思ってる」
ミラーヤに視線を送ると、肯定の眼差しが返ってくる。
「えっと……。
たしかに、そんな感覚だったかもしれません。
すっごくすっごく嫌な気配というか、ハッキリとこちらを意識した上で、とても嫌なことをしようとしていたというか……」
「つまり、害意とか敵意……ってヤツだよな?
まるで悪人がするみてえな」
胸の前で手を組んでいたミラーヤが、こくこくと頷く。
「……ってな感じだ。
伝えてなかったのは悪いとは思ってるが……あんなことがあってすぐ、余計に混乱させたくなかったんだ。
俺自身、あん時は見間違いだって思いたがってたのもあると思う。
ただ、伝承を聞いた上で今思えば……ありゃ明確な意思を持った、何かの仕業だったぜ。
間違いなくな」
「ふむ……」
俺の言葉を頭の中で反芻するように、全員が考え込んだ。
「どう思う? サフィーア殿。
ワタツミという神の存在を、信じるか?」
「……いいえ。
私は信じないわ。
トーヤの言葉を肯定した上で、ね」
「であれば、トーヤ殿の見た赤い瞳の正体をどう断ずる?」
「ただの大型の魔獣。
神様なんかじゃなく、ね。
現に赤い瞳の伝承が伝わっていることが、それを証明しているとも言えるわ。
それに、あの日は嵐も起きていなかったもの」
「ふむ。
トーヤ殿たちが生きて帰ってきたことが、神ではない証拠ということか。
嵐が起きていないというのも、たしかに伝承と食い違う部分ではあるな」
「それに……」
「それに?」
顔を上げ、一呼吸おいてから。
「本当に神様が人を攫う目的で現れたのなら、逃がすわけがないわ。
得意の嵐でもなんでも使って、確実に仕留めるはずよ。
だって、私が神様ならきっとそうするもの」
そう、サフィーアはからりと言い放った。
「……く、くっくっく」
「はっ……私が神様なら、ね」
それを聞いて、俺とブランシュは静かに笑い合う。
「あら……何か可笑しかった?」
「いや、すまないな。
なんというか……神などというものの気持ちを想像できるのは、サフィーア殿ぐらいだろうと思ってな」
「違いねえ。
仮に想像できたとしても、口にはできねえな」
「ふふ……そういうこと。
折角だし、褒め言葉として受け取っておくわね」
「ああ、是非そうしてくれ」
奇妙なおかしさを、俺たちは冷めかけた紅茶と一緒に飲み込む。
「とにかく、トーヤが見たのは神様でもなんでもなく、大型の魔獣よ。
初めてそれに遭遇した人間が和辰巳様の伝承を知っていたから、恐怖のあまり同一視してしまった。
尾ひれの正体は、そんなところでしょうね」
「たまたま似た言い伝えがあったから、それに乗っかる形で広まっちまったってことか。
そう考えたら……まぁ、よくある話ではあるな」
「結局は、人が勝手に作り出した偽りの神だったということだな」
「信仰や風習まで否定する気はないけれど、ね」
そう言って、サフィーアも静かに紅茶に口を付けた。
「なんにせよこの件について、次に私たちがすべきことは龍脈の調査よ。
具体的には、その所在やマナの乱れの確認ね」
「海に出て調べる、ってことか?
たしか、東側のどこかって言ってた気がするが……」
「そうね。
漠然としているけれど、間違ってはいないはずだわ。
そして、そう遠くもないのでしょう」
「うーん……でも、あったとしても海の中なんだろ?
調査っつっても、そんなうまいこといくもんか?
そもそも場所を特定する方法も、マナの具合を調べる方法も……」
「そのために、この子がいるのでしょう?」
「ふえっ!?」
視線を向けられたミラーヤが、びくりと肩を震わせる。
「んー……なるほど、たしかに」
「え、えっとえっと!?
わわ、わたし、本当にお力になれるかわかりませんよっ?
クロキア以外の国のマナなんて、調べたことがありませんし……!」
「……って言ってるが?」
「大丈夫よ。
ここに来るまでの道中でも、ミーチカだけはハッキリとマナの在り方を掴んでいたでしょう」
「で、でもでも……っ。
海の中の龍脈なんて……ちゃんと、わかるかどうか……」
「私たちだってわからないわ。
それでも、この中で一番それがわかるのは貴女なんだもの。
できるかどうかも含めて、まずはやってみないとね。
だから、お願いできる? ミーチカ」
「う、うぅ……。
わかりました……」
サフィーアに頼られるのが嬉しいのか、自信がなく不安なのか。
およそ両方の感情を同時に得たのであろう彼女の耳が、上下にふわふわと動く。
「てか、そもそもだサフィーア。
何がわかったら、結果としてどうなるんだ?
……なんか、言ってて変な質問ではあるんだけどよ」
「最終的なゴールはどこか、という話だな」
「そう、そういうことだ。
調べた上で、何を判断したいのかってことだ。
俺にはまだ、それが理解できてないんだが……」
「それについては、いくつかあるわ」
サフィーアは再び視線をこちらに移し、ゆっくりと語り始める。
「まず知りたいのは、今回魔獣が増えている原因が時期的なものなのかどうかよ。
人為的な何かやマナの乱れが原因なのか、それとも自然の周期のようなものなのか。
これは、さっき言っていた『魔獣が増えたことが先か、マナの乱れが先か』という話にも繋がるわね」
「それは、調査でわかるもんなのか?」
「どうかしら。
今の段階ではわからないけれど、あくまで仮定として置いているだけよ。
そもそも、マナが溢れているのか、不足しているのか。
そのどちらかによっても、考えられる原因は変わってくるでしょうから」
「なるほど……そりゃそうか」
「マナや龍脈が、普段とどういった違いを見せているかも重要でしょうね。
乱れ方によっては、魔獣の出現や悪天候の前兆がわかるかもしれないわ」
「前兆?」
「例えば、特定の乱れ方や波長の観測結果があれば理想ね。
そのタイミングや特徴が掴めれば、これから先、災害を予測することだってできるでしょう」
「マナの揺れから災害を予測する……って。
そんなことができんのか?」
「ふむ……私も、トーヤ殿に同意だな。
たとえできたとしても、ミラーヤ殿のようにマナに対して敏感な者でないと不可能に思えるが……」
「いいえ。
その程度であれば、知識のある人間で十分判断が可能よ。
もちろん、最初の観測にはある程度この子の協力が必要かもしれないけれど。
それでも記録と前例があれば、予測の方法を確立することはできる。
本来そういったことのために、魔法の研究という分野があるとも言えるわね」
「……そういうこと、か……」
「ええ。
今まではこの街に魔法の研究施設がなかったから、そういった技術も発達してこなかったのでしょう。
でも、私たちが調査結果を出せばそれも変えられるかもしれないわ。
そのための施設や専門の人間が揃えば、今までのように特定の人間の勘や経験に頼らなくともよくなるの。
……そのあたりを用意するのは、国の仕事だけれどね」
「……ふむ」
「とは言っても、まともな観測道具もなければ前例となる観測記録もないのが現状よ。
おまけに言えば、これから先それらの対策を講じるかどうかも、この町や国次第と言ったところね。
だから今私たちができるのは、簡単な情報整理と、目の前の危険についてわかる部分の調査だけ。
大渦や嵐の前兆、赤い瞳の魔獣、龍脈の位置と異常について。
それらの情報がまとまり次第、これ以上の被害が出ないよう目下の対策を講じる。
そうして集まった情報を、理解できる人間に渡す。
現実的に私たちができることは、それぐらいでしょうね」
サフィーアの言葉に、俺たちは頷くことしかできなかった。
「……伝承については、これくらいかしらね。
他に気になる点はあるかしら?」
「いや……」
「無いな。
サフィーア殿のおかげで、やるべきことも見えてきた。
相変わらず、端的にまとめてくれてありがたい限りだよ」
「ふふ、そう?
ならよかったわ」
たしかに、サフィーアの話は要点を的確に捉えたものだった。
漠然とした伝承や過去の情報の集まりから、見事に目の前の問題と対策を弾き出した。
ともすれば空想と思われていた脅威すら、現実的なレベルに落とし込むことができたのだ。
これこそが、彼女の国王としての手腕なのだろう。
「んじゃま……あとは俺の仕事、か」
「そうね。
調査の段取りも、まずは船が必要だもの。
リエラのことも含めて、ここから先はトーヤ次第でしょうね。
お願いできるかしら?」
「ああ、大丈夫だよ。
またリエラやスタッグさんを頼ることになるが……まずは話してみる。
もし話が進んで、実際に調査に出られるとなったら。
そん時にまた報告するよ」
「頼んだぞ、トーヤ殿」
「おねがいしますねっ」
大渦のことがあってから、一週間。
俺たちが国境を跨いでからで言うと、二週間と少しだろうか。
すでに見慣れつつあるフローエンの海は、徐々にその表情を変え始めていた。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




