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永久凍姫と時忘れの王国  作者: とらうつぼ
第2章『ペルエット』
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第60話「影と、鉄柵」



「ほー……こんなとこに道が続いてたとはな」



スタッグさんに別れを告げた後。


俺は一人、町の北端である林の前に訪れていた。



「北のはずれは林とか森だけかと思ってたが……この先もまだ、町の一部ってことか?」



ここは、あの日リエラが姿を消した方向だ。


どうやら深い木々の間に一本の道が作られているらしく、こちらからまだ先に進めるらしい。



(もしリエラになんか用事があるとしたら、この先……ってことだよな。

 ……だとしても……)



びゅう、と冷たい潮風が吹き、俺は改めて前を見据えた。


俺の目の前には、まるで夜がぽっかりと口を開けたかのような深淵が広がっている。



目を凝らせども、先は見えず。


風の音にも応えないその黒い穴は、周囲の暗さも相まってどこか不気味な雰囲気を漂わせていた。



「……まぁ、今更引き返すわけにもいかない。か……」



本能的な恐怖をどうにか抑え込み、一息。


改めて意を決し、暗闇へと一歩を踏み出す。



ざくり、ざくり、と。



闇の(とばり)を身に(まと)うたびに、靴底が土を蹴る音だけが響いた。



「怖くなんてねぇぞ。

 ……って独り言が出る程度には、怖ぇな……」



光の差し込まない一本道に、音を吸い込んで呼吸をしているかのような木々。


得体の知れない『何か』に(おび)えながら、俺は身体を前に進める。



全てを支配するような暗闇に、どうにか目が慣れてきた頃。


地面には断続的に飛び石が置かれており、最低限人の手が入っていることがわかった。



「定期的に人が通ってる証、か。

 だとすれば、とりあえずハズレの道ではない。と……。

 ……ま、一本道だから当たり前なんだが」



古くなった飛び石は、すでに土や落ち葉に紛れてほとんど露出していなかったが、それでも俺に安心感を与えるという大きな役割を果たしてくれていた。


にもかかわらず、俺の体は未だ強張ったままだ。



(暗いとか以前に、ここまで森っぽいと普通に熊とか狼が出てきそうではあるんだよな……)



緊急時のために、常に『鈍化』の魔法を展開できるだけのマナは練ってある。


たとえ野生動物に襲われたとしても身を守れるよう、警戒しなければならないからだ。



決して、怖いからとかではなく。



(……うむ。

 俺には時魔法があるんだ。

 だったら、何も恐れることはないじゃないか。

 魔獣でも悪霊でも、かかってこいってんだ)



心の中で、自分を鼓舞する。


が、同時に俺は一つの疑問を脳裏に浮かべてしまった。




───幽霊などという存在に、魔法は効くのだろうか?




「……」



人間という生き物は、なぜこうも悪い方向の想像ばかりしてしまうのだろうか。


恐怖でキャパオーバーを主張する脳に、もういっそ『無』になってしまおうか。と、歩きながら思考を諦め始めた時。



「んお?

 光……?」



湾曲(わんきょく)した道の先に、僅かな光が灯っているのを発見した。



「……まさか、人魂とかじゃねえだろうなぁ……」



一度染み付いてしまった思考は、目の前の情報を捻じ曲げて解釈させる。


しかしそんな不安も、光に近づくにつれ、石畳の感触と共に吹き飛んでしまったのだった。



「……こりゃ、驚いたな」



光源の下へ辿り着いた時。


自然と、そんな言葉が口をついていた。



「墓地、だよな……?」



深い森の中に突如現れた、開けた空間。


ここだけは木々が遠慮したかのようにその身を端に寄せ、空からは澄んだ月明かりが差し込んでいた。



「まさか、こんな場所があったとはな……」



石の基壇(きだん)に、()びた鉄柵。それに囲まれるように点在する墓標。


俺を導いてくれた光源は、墓場の入口にあるたった一つの街灯だったというわけだ。



古ぼけた朱光石の街灯はぼんやりと輝き、その橙色の光で墓石たちをどこか優しく照らし出していた。



この場所が町の果ての、さらに奥まった場所に存在するのも。


ここに至るまでの道に、ほんの少し人の手が入っていたのも。



全ては、ここが先人たちの魂に安らぎを与えるための場所だったからだ。



「……だとしても、なんで……」



ほどよい疲労と、安堵感。


そしてどこか幻想的なその景色に、しばらく目を奪われていると。




───がさり。




不意に、背後から物音がした。




「……っ!」




俺は反射的に、鉄柵の内側に身を隠す。




こつり、こつり。




石畳に響く足音は、一人の人間が墓地の中に入ってきたことを告げていた。




僅かに走る緊張感、剣の柄に伸びる右手。




俺は気配を消し、柱の陰からその人物の様子をそっと伺う。




───しかし俺は、奇しくもその姿に見覚えがあった。




(……リエラ……?)




彼女はこちらに気付いていないようで、俺の前を通り過ぎるようにして奥に歩いていった。


まるで、光がなくとも道が見えているかのような足取りで。



(……そりゃ、そうか。

 毎晩、ここに来てたってことだよな……)



彼女は影との輪郭を曖昧にしながら、迷いなく一つの地点を目指す。


やがて一番奥の墓石の前まで辿り着くと、リエラはそこで静かにしゃがみ込んだ。



(……家族の墓、か?)



ここからは聞こえなかったが……しゃがむ前に、何かを呟いていたような気がする。



(……いや、やめよう)



首を振り、冷静になる。


いつの間にか俺は、見てはいけないものを見てしまった気分になっていた。



当然だ。


彼女は敢えてこの時間に、そして誰にも告げずに、ここに来ているのだから。



その行為は、少なくとも易々(やすやす)と他人が踏み込んでいいものではないはずだ。



(ごめんな、リエラ)



寂しそうな彼女の背中に、心の中で謝罪をしながら。



決して足音を立てないよう、俺はその場を立ち去ったのだった。



毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です

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