第59話「首輪と、男」
「ほぉ……これが人工氷、ってやつか」
「はい。
ちょうど昨日作ったものです。
ここまで持ってくるために、かなり小さめに作りましたが」
リエラと別れ、昼食を摂った後。
俺は予定通り、協会の建物でスタッグさんと会っていた。
「本来は肩幅より少し大きいぐらいで作るんですけどね。
とはいっても、両手で持てる大きさのコイツでも一か月は。
保管方法によっては、三か月近く保ちますよ」
「そんなに保存できんのか?」
「きちんと密閉すれば、それぐらいは。
例えば今日持ってきたこの木箱でも、それに近い日数は保つと思います。
試していただきたいので、箱ごと差し上げますよ」
「そうかい。
氷ってなあ、すぐに溶けちまうモンだと思ってたが……意外とそうでもねぇんだな」
「一応、特別製なんで。
自然氷に比べれば溶けづらくて、熱の奪い方も緩やかな性質があります。
なので、魚や野菜の近くに置いておいても凍らせてしまうほどではない。
まさに冷蔵にうってつけ、ってとこですね」
「はぁ……なるほどな。
兄ちゃんは、これを売りモンにしてるわけだ」
「俺の生まれた国では、みんな氷を当たり前に使ってました。
夏場に冷えた飲み物は欠かせませんし、体調が悪くなった時には体を冷やすためにも。
もちろん、果物や乳製品のような傷みやすい食べ物を冷蔵したり、冷えた料理を作るのにも活用できますから」
「おもしれぇもんだな。
値段が値段なら、買ってもいい」
「興味を持っていただけたのなら、しばらくは無料でお譲りしますよ。
使い道がある程度確立して、お金を出すだけの価値があると思ったら、その時またご相談していただければと」
「へぇ、気前がいいじゃねえか」
「溶けてなくなってしまうものにお金を払うのは、抵抗があると思いますので。
使い道も想像できないような新しいものであれば、余計に」
「ふん……ま、兄ちゃんの言う通りだな。
得体のしれないモン……とまではいかないが。少なくとも、俺たちの生活にゃ馴染みのないモンだ。
タダでもらえて初めて、色々試してみるかってぇなるヤツも多いだろうよ」
「だと思います。
それに、氷は想像以上に重いので。こちらも一度に運べる量には限界があります。
お金を出してまで買おうと思っていただけるようになれば、その分だけ馬車の数を増やそうかと」
「よくわかった。
ならそのへんは、商店街のヤツらにも聞いてみるとしよう。
漁師をやってるだけの俺よりも、ずっと便利な使い道を思いついてくれるだろうよ」
「ありがとうございます。
氷の用途については、こちらからも追っていくつかお伝えしようと思います。
できる範囲からでいいんで、便利に使ってやってください」
「おう、合点承知だ。
……しかし、なんだ。
商売上手だな、兄ちゃんも」
そう言いながら、スタッグさんは椅子にもたれかかるようにして体の力を抜いた。
ここからは、商談というよりも世間話。ということなのだろう。
「そうですか?」
「ああ。
兄ちゃんの話には……聞き入っちまうような何かがある。
もちろん、氷っつうモンに価値があるのは前提として。だ」
「ありがとうございます。
ですけど、もしそう感じられるのであればきっと……とある貴族様のせい、ですかね」
「貴族?」
「ええ。
俺がこの交易を始めるにあたって大いに影響を受けた人で、色々と参考にしてます。
とんでもなく金にがめつくて、今でも困ってるんですけど」
「なるほどな。
なら兄ちゃんは、そいつから商売の才能を分けてもらったってワケかい」
「その人からは、お前は商売に向いてないって何度も言われましたけどね。
氷の値段も、もっと吊り上げられる。なんて」
「ほぉ、そうなのかい」
「ええ。
前にも言った通り、今回俺はペルエットに、魚を食いたいからって理由だけで来ました。
あくまでそれだけなんで、氷で利益を出そうだとかは思ってません。
もしスタッグさんや商店街の方に買い取ってもらえるとしても、魚を輸入するための分が賄えればそれで十分すぎると思ってます。
……っていうのを、その貴族様が聞いたら何ていうか。ですね」
「ガッハッハ!
なるほどな、そりゃ納得だ。
国を超えてまでやってる商売だってのに、どうにかして儲けてやろうって魂胆がねえのは……たしかに、俺からしても奇天烈に映るな」
「スタッグさんもそう思いますか?
俺はただ、魚を持って帰れればそれでいいので。
おまけにペルエットの人の生活が氷で豊かになるなら、それはそれで良いことかなと思っているだけなんですが」
「ああ。
その貴族の野郎の言う通り、商売人としては失格だろうな」
「そうですか。
ならやっぱり、俺は商売に向いてないんだと思います」
俺が少し笑いながらそう言うと、スタッグさんもまた低く笑った。
「……ま、だとしてもだ。
こんだけデカい商売してんだ、兄ちゃんもそれなりに儲けてんだろ?」
「儲けに関しては……どうでしょう。
そもそもの話なんですが、実はこの交易は村の単位でやってるんで。
一応旗を振ってるのは発案者の俺なんですが、できた利益は基本的に村の人や国に還元しています。
だから、俺個人の儲けみたいなのはほぼ無いに等しい、でしょうか。
ただ、生活に余裕がないかと言えば嘘になりますが……」
「そうか。ま、余裕があんなら十分だな。
俺みてぇに海に出るのも、兄ちゃんみてぇに国を跨ぐのも。どっちも、危険な場所に足を突っ込んでやってる銭儲けだからよ。
体張って、十分な金を稼いで。それでこそ男が立つってモンだ。
そうだろ?」
「まぁ……危険なことをしてるのは、そうですね」
「おうよ。
そんでどうだ。兄ちゃんは、女房はいんのか?」
「ごほっ、ごほっ!」
急な方向転換に、横隔膜が引っ張られる。
「どうした、もしかしていねえのか?」
「ごほっ……。
……いませんよ、独り身です」
「なんでえ、いねえのか。
そりゃまたどうしてだ」
「どうして、って……。
まだそんな歳じゃないから……でしょうか。
俺はまだ、20年と少ししか生きてないので」
「なら十分じゃねえか。
今だって、自分一人を食わせる以上にちゃあんと稼げてんだろ?
だったら、女房になってくれる相手なんて早めに見つけるに越したこたねぇ」
「そんなもんですかね……」
「おうよ。
俺も兄ちゃんぐらいの時は、女のケツばっかり追っかけてたもんだ」
「それはさすがに、ですけど……。
でもまぁ……そうですね。
首輪が取れたら、考えますかね」
「あん? 首輪ぁ?」
「はい。
詳しいことは割愛しますけど……俺、拾われたんですよ。
だから帰るところも、家族もない。
今は衣食住を人質に取られてるんで、飼い主の命令通りに働いてる……ってとこですかね」
「……ほぉ。
変わってんな」
「そう思います。
自由はないし、飼い主にもいびられっぱなしで……困ったもんですよ」
「ガッハッハ!
そうかい。それにしちゃ、随分楽しそうに見えるがな」
「……そうですか?」
「ああ、そうとも。
やろうと思や、実はすぐにでも外せるんじゃねえのか?
その首輪ってヤツはよ」
「……どうでしょうね、考えたこともありませんから」
「ガッハッハ!
まぁ、兄ちゃんがそれでいいならいいんだけどよ」
「……」
「ただ……いつまでその首輪をつけっぱなしにしとくのか、よーく考えるこったな。
兄ちゃんも、男なんだからよ。
……って、この箱、どうやって閉めんだ?」
言い終わるや否や、立ち上がったスタッグさんは氷の入った箱をいじり始める。
「あぁ……それはですね」
そして密封用の木箱の使い方を説明し終わる頃には、すっかり日も落ちてしまっていたのだった。
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