第58話「地図と、渦」
あれから、数日。
俺は再びリエラと予定を合わせ、町に出ていた。
「やっほ、トーヤくん!
おまたせー」
「ああ、おつかれリエラ。
悪いな、今日も付き合ってもらって」
「んーん、全然!
海の方も落ち着いてるし、午前中は特にヒマだからねー」
今日は予定もさほど多くないので、リエラに付き合ってもらうのは午前中だけの約束だ。
午後は午後で、また別の用事を作ってはいるのだが……。
「それにアタシも、トーヤくんのお仕事には興味あるし!」
「そっか、助かるよ」
「ぜーんぜん。
それで、今日はどこに行くの?」
「おう。
今日の目的は、大きく分けて二つだな。
どこに行くかは……リエラの案内次第ってとこだ」
「あはは、そっか。
なら、今日も案内のし甲斐がありそうだ。
それで、その目的っていうのは?」
「一つは、地図作りについて。
二つ目は、マナについてだな」
「おー……なるほど。
一つ目は前も言ってたことだからわかるんだけど。
二つ目は、ちょっといきなりだね?」
「まぁ、そうだな。
とりあえず、二つ目は後回しでいい。
もし一つ目が終わって時間があったら、その時に中身も説明しようと思っててさ」
「りょーかい!
じゃあ先に、地図のことについてだね。
ちなみにトーヤくんの言ってる地図っていうのは、町の外の地図のことでいいんだよね?」
「ああ。
前は馬屋を当たって、それらしいのがないってことだったからな。
だから、地図がありそうな専門の場所か……測量の技術なんかを持ってるトコがあればそこを当たりたいと思ってる。
もちろん、町の中の地図もあれば嬉しいんだが」
「地図と、測量かぁ。
うーん……じゃあまずは、学者さんたちのところに行ってみよっか?」
「学者?」
「うん。
天文学、っていうのかな?
お星さまのことを研究してる人たちがいてね。
たしかその人たちが、海図を作るのに協力してたような、そうじゃなかったような……」
「天文学か……なるほど」
言われてみれば、たしかにそうだ。
機械という便利なものがない時代、人々は星や太陽の位置から方角や相対的な距離を割り出していたという。
特に海に出る機会の多いペルエットであれば、天文学が発達するのも必然なのだろう。
「どうかな?
もしアタシの記憶が合ってなかったとしても、海図のお話から、地図のことも聞けるかなーって思ったんだけど……」
「いや、たぶん合ってるぜ。
少なくとも天文学って名前が付いてるなら、間違いなくそのあたりの情報は得られるはずだ」
「そっか!
よかったぁ」
「じゃあ今日は、そこまで頼めるか?」
「ん、りょーかい!
たしか天文学の学舎は町の南側だったはずだから、ちょっと歩くよー」
「朝飯の後の腹ごなし、だな」
「あはは、そだね。
それじゃ、しゅっぱーつ!」
────
──
「それにしてもトーヤくん、天文学のこと詳しいの?
天文学って言葉自体、学者さんたちしか使わないようなものなのに……驚いちゃった」
歩き始めて数分。
ふと、リエラが思い出したように声をあげた。
「いや、俺も名前を聞いたことがあるだけだよ。
中身はさっぱりだ」
「そうなの?
それでも、アタシよりはよく知ってそうな感じだったけど……」
「ただの聞きかじりだよ。
……ってか、驚いたのは正直こっちもなんだけどな」
「え?」
「天文学に限らず、リエラがなんでも知ってることについてだ。
まさか、今日も即答されるとは思ってなかったよ。
相変わらず、すげえなと」
「えっとえっと……アタシ?
アタシなんて、全然……」
「いいや、んなことねえよ。
たぶんその天文学の施設ってのにも、また知り合いがいるんだろ?」
「えっと……まぁ」
「やっぱりな。
色んな知識に精通してて、色んな分野に知り合いがいるなんてさ。
それだけで十分すげえことじゃないか」
「あ、あはは……ホントに、全然そんなことないって。
知り合いっていっても、小さいころにお勉強を教えてくれた先生が、たまたま天文学の学者さんだっただけで……」
「だとしても、今でも付き合いがあるのは良いことだ。
俺なんて、小さい頃の担任教師なんか名前すら覚えてねえぜ」
「う、うーん……そう、かなぁ」
「そうだと思うぜ。
……俺はこの町にきてから、リエラに頼りっぱなしだけどさ。
リエラは、工芸のことに、料理のこと、油や香水に関すること。
それから漁や海に加えて、馬や天文学のことまで知ってたろ?
正直、驚きっぱなしというか……最初に出会ったのがリエラでよかったと本気で思ってるよ」
「……トーヤくん……」
「しかもいくつかは、ただの聞きかじりじゃないようなノウハウまで持ってたろ?
ガラス作りのこととか、スパイスや日焼け止めの原料なんかは特にだ。
ただ漠然と生きてただけじゃ得られないような知識っつーか……知恵って言うのかもな。
そういうの含めて、リエラは今まで色んな事に努力してきたんだろうなって。
端から見ても感じるよ」
決して打算や世辞などではなく、俺は素直にリエラに尊敬の念を示した。
……はずだったのだが。
「……」
俺の言葉を聞いたきり、前を歩いていたリエラは口を閉ざしてしまった。
「……リエラ?」
「……トーヤくん。
アタシね、本当にそんなんじゃなくて……」
「え……?」
いつもの謙遜。
───ではない何かを、今のリエラは確かに纏っていた。
「……ううん。
ごめん、そうだよね」
しかし、その暗いものの正体が表に出る前に、彼女はそれを振り払ってしまった。
「えへへ……ごめんね、トーヤくん。
なんていうか、その……。
アタシさ、褒められなれてないんだと思う、きっと」
「……そう、か」
「うん。
だから、トーヤくんの言ってくれた言葉は嬉しいんだけど……受け止め方が、わかんないのかも。
あはは……なんか、おかしいね」
理由は、わからない。
わからないが、リエラが今無理をしているということは、俺にも理解できた。
「……ごめんな。
なんか、変なこと言っちまって」
「あ、ううん、違うの。
アタシが悪いんだよ、アタシが。
トーヤくんの優しい気持ちは……ちゃんと、伝わってきたよ」
僅かに振り返ったリエラは、俺ではないどこかを見て笑っていた。
(……)
俺はきっと、リエラのことをもっとよく知る必要があるのだろう。
俺個人のために。
そして、彼女にまだ明かしていない計画のために。
彼女の儚げな笑顔を見て、俺はそう確信したのだった。
────
──
「おかえり、トーヤくん!」
「ああ、ただいま」
後ろ手に学舎の扉を閉め、外で待機していたリエラと合流する。
「収穫はあった?」
「まぁ、そうだな。
なんつーかこう……ざっくりした地図っぽいものをもらえたんだが」
「地図……っぽいもの?」
眉をしかめながら大げさに首をかしげる彼女に、さきほどまでの翳りはなかった。
「フローエン周りの、街同士の相対的な距離を描いた図らしい。
どうやら、ペルエットの各所で星を観察するときに使ったモンってことだが……。
見てみるか?」
「うん、見たい見たい」
「これなんだが……っと」
俺が懐にしまっていた羊皮紙を広げると、リエラが横から覗き込んでくる。
「へー……なんか面白いね。
たしかに、地図にしては変わってるっていうか。
上の方には星の並びがびっしり書いてあるし、隅の方は数字だらけだ」
「さすがは天文学の学者さん達ってことだな。
この図自体が、天体から導き出した距離を記すため兼、町を行き来するための地図。ってことらしい。
……てか、よく考えたら街の名前が書いてないな。これ」
「なるほどなるほどー。
じゃあ、街の名前はリエラさんが解説してあげよう。
えっと、この赤い丸がついてる海岸沿いの町がフローエンだから……」
リエラは地図を指でなぞりながら、俺の視線を誘導するように説明を始める。
「一番近くておっきい丸、これが王都オスリマでー……。
で、こっちの西の小っちゃい街はナルビクっていう名前だね」
「へぇ、ペルエットの王都はオスリマっていうのか。
方角でいうと……フローエンの真南か」
「そ!
ここから海岸沿いに、ずーっとずーっと南にいったら着くね。
って言っても、ホントに行こうと思ったらもう少し内陸の道を通ることになるんだけど」
「ほー……王都も港町だとはうっすら聞いてたが、そんな感じだったんだな」
「そだね。
フローエンなんか比べ物にならないぐらい、おっきい街らしいよ!
ここよりずっとおっきい港があって、大型船も何十隻もあるって」
「まさに海の国、ってとこか。
ただまぁ、俺としては王都にまで行く理由はないからな。
興味はあるが、交易に関係がないならお預けだ」
「前に言った通り、アタシも王都には行ったことないからねー。
案内もできないや」
「じゃあ尚更だな。
リエラの案内付きじゃないなら、行っても迷うだけだぜ」
「あはは。
王都もフローエンと似たような地形らしいから、そこまで迷わないと思うけど……」
「んーで……。
こっちの小さいのが、ナルビクだっけか?」
「あ、そだね。
このフローエンから西に伸びてる街道、わかる?」
「ああ。
西に真っすぐっていうより、ちょっとだけ南側に傾いてる道だな。
時計でいうと、8時の方向って感じか」
「そそ。
そこをずーっといったところの、ちょうど南の街道との交差点にある街。ってことだね。
だからナルビクから南に出発したら王都オスリマで、そのまま西の道を直進すれば……ちっちゃい村がいくつかある地域? らしいけど」
「なるほど……まぁ、西側はどっかでクロキアに繋がるわけだから、その途中で道が途切れてそうだな。
道沿いに村が点々とあるものの、山とか川にぶつかったらそこで終わり。って感じか?」
「んー……アタシにはわかんないけど、たぶんそうなのかなぁ。
……っていうか、あれ?
トーヤくんたち、クロキアから来るときに通ったんじゃないの?」
「ああ、それなんだけどな。
この地図でいうと、ナルビクって街の北側に空白の土地があるだろ?
俺らは、そこを突っ切ってきたんだ」
「え、えぇ……歩いて?
もしかして、街も道も見つかららないまま進んできたってこと……?」
「おう。
やっと道らしい道を見つけたのは、まさにリエラと会ったところからだぜ。
クロキア側の南東にミールノエって街があるんだが……そこを出てからずっと、獣道をキャンプしながら直進してきたんだ。
たしかにもうちょっと南にズレてれば、ナルビクって街も発見できたんだろうが……」
「フローエンの真西だから……たぶんここだよね?
たしかに、このあたりから東に真っすぐ進んだら、ちょうどナルビクの北をかすめてフローエンに到着しちゃう感じになるのかぁ。
それは、大変だったね……」
「まぁ正直、非日常感とか新鮮さだけで乗り切ったみたいなところはあるな。
サバイバルが得意な人間がいたから、最悪の事態は起こらないだろうって安心感もあったしな。
ただ一つ言えるのは……ミールノエからナルビクって街まで、ちゃんとした道が繋がってないってことだな」
「なるほどー……。
たぶんペルエットとしても、ちっちゃい村を除いたらナルビクが一番西の端の町だろうしね。
そこ同士が繋がってないなら、交易の馬車を通すには苦労するのかも……?」
「まだ通りやすそうな道を踏み固めるか、いっそ新しい道を作るか。か?
ま、ミールノエとナルビクの間は距離もそこまで空いてないし、なんとかなるだろ。
ひとまずは、帰る時に距離を測りながら道を探せばいいさ」
「あ。
そういえば、距離の測り方も教えてもらったの?」
「いんや、全然。
ただまぁ、この地図さえあればなんとかなると思うぜ。
すでに正しい距離が書かれてるなら、あとはこれを基準にして相対的な距離で書き足せばいいだけだ。
そもそもの目的は正確な地図を作ることじゃなくて、道や街がどこにあるかだからな。
馬車が通るための目印とか距離感さえわかれば、それで十分だ」
「あ、そっかー。
じゃあ一応、これで目的は達成……になるのかな?」
「ああ、そうなるな。
案内助かったぜ、リエラ」
「おー……なんだかいきなり終わっちゃった」
どこか達成感のない結末に、リエラは肩透かしを食った様子だった。
たしかに問題が全て解決したわけではないが……なんとかなるだろうという精神もまた、大事なものだ。
「あ、じゃあさじゃあさ。
もしかして、トーヤくんが言ってた二つ目のお話を聞けちゃうかな?
たしか、マナについてー……だっけ?」
「ああ、そうだな。
それについては、ちょっと歩きながらでいいか?」
「ん、だいじょぶだよ!」
じゃあ改めて、と呟きながら俺は地図を鞄にしまう。
「っと……まずはだな。
リエラは、魔法がどうして使えるか知ってるか?」
「え?
なんかいきなりふわっとした質問だけど……マナがあるから、だよね?」
「ああそうだ。
じゃあ、マナがどこから来てるかは知ってるか?」
「マナが、どこから……?
うーん……それはたしかに、知らないかも?
知らないっていうか、考えたことないや」
「まぁ、普通はそんなこと意識しねぇよな」
「んー、そだね。
あるのが当たり前だし。
……っていうか、無くなることなんてないから。って言った方が近いかな?」
「そうだな。
雲や風は、一体どこで出来てるのか。
川から絶え間なく流れてくる水は、どうして尽きることがないのか。
たぶん、そういう疑問に近いよな」
「あ、そうそう!
ホントにそんな感じ!」
腑に落ちたのか、リエラは古典的な仕草でポンと手を叩く。
「それで、それが何の話に繋がるの?
もしかしてトーヤくん、そんなすごい質問の答えを知ってたり……?」
「……まぁ、その疑問そのものが今回の話ってわけだな。
リエラが答えに近いことを知ってるか、そうじゃないなら……マナや魔法を研究してるような場所はあるか。ってとこだ」
リエラの問いに対し、俺は敢えて否定にも肯定にもならない答えを返す。
彼女の反応からして、やはり龍脈についての話は避けなければならないとわかったためだ。
「うーん、なるほどー……。
さっきに続いて、なんだか今日はお勉強の話ばっかりだね……」
「はは、たしかにな。
で、どうだ? 天文学と違って、魔法の研究施設ぐらいはどこの国にでもありそうなもんだが……」
「んー……あるよ。
あるにはあるんだけどー……フローエンにはないんだよね。
たぶん王都、かな?」
「たぶん王都?
……あー、なるほど。そういう感じか」
「そうなんだよね。
フローエンに無いってことは間違いないんだけど、王都にあるのをアタシが見たわけじゃないの。
ただ、魔法の学者さんになるーって言ってた人は、大人になったらみんな王都に行ってる……って話を聞いたことがあるから。
だから、そういうことだと思うんだ」
「なるほど、納得だ。
だったら、リエラの言う通りで正しいか」
「たぶんね。
トーヤくんにとっては残念かもだけど……」
「いや、大丈夫だ。
無いなら無いで、その答えがハッキリもらえただけで十分だ。
助かったよ」
「そっか。
ならよかった」
そんなことを話しながら歩いていると、いつの間にか見覚えのある景色が目の前に広がっていた。
ここはフローエンの中心からやや海側、ちょうど俺たちが前に泊まっていた宿のあたりだ。
「お、もうこんなとこまで戻って来てたか」
「だね!
で、トーヤくんの用事は全部済んだのかな?
今日はこれでおしまい?」
「ああ、そうだな。
今日も助かったよ、ありがとなリエラ」
「これぐらいなら、お安い御用だよ!
改めてちゃーんと町案内ができたみたいで、アタシも安心だ」
「たしかに、最初はそういう話だったもんな」
「あはは、そゆこと。
じゃあアタシは海に戻るけど、トーヤくんもお仕事がんばってね!」
「おう、そっちも気を付けてな」
はーい、と返事をしながら、リエラは大きく手を振って去っていく。
(……やっぱ、龍脈については他言無用。か。
ひとまずこの件はサフィーアに伝えるとして……さぁ、どうしたもんか)
龍脈やマナのこと。
そしてリエラのことも。
それらはわからないままに、思考の深い部分に飲み込まれていく。
浮かびかけては沈みゆくその推考の泡は、皮肉にも渦に巻き込まれていくように思えたのだった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




