第56話「木箱と、純真」
「ありがとな、リエラ。
海の方もあんのに、付き合ってもらって」
「んーん、全然!」
昼下がりの中心街。
俺はそこで、リエラと行動を共にしていた。
「にしても、だよ。
アタシなんかで、ホントにトーヤくんのお仕事の手伝いなんてできるのかな?」
「もちろんだ。
今から頼むことについて、リエラ以上の適任はいないと思ってるよ。
俺には他にアテもねえし、頼むから助けてくれって気持ちだ」
「あはは、そっかそっか。
じゃあ今日は、アタシにできることならなんでもしちゃおう!」
「助かるよ。
んじゃ……まず最初に手伝ってほしいことだが」
「うんっ」
「馬探し、だ」
「……うまさがし?」
「ああ。
まずこれは、昨日の話なんだが……交易について、スタッグさんと話せてな。
そこで無事に、魚を輸入させてもらう約束を取り付けられたんだよ」
「あ、そうなんだ!
順調に進んで、よかったね。
お魚って、トーヤくんがペルエットに来た目的だったんだもんね?」
「ああそうだ。
それも全部、リエラが紹介してくれたおかげだよ。ありがとな」
「あはは、そんなことないよー。
トーヤくんがちゃんと、スタグおじさんに気に入られたからだと思うよ」
「いや。
個人的には、リエラのツテがなけりゃここまで上手くは行かなかったと思うが……。
まぁとにかく、今回はフリージアと行き来するための馬。つまり交易用の馬車の話だ」
「うんうん」
「そもそも馬車と御者については、こっちで準備するつもりなんだ。元からそのアテはあるからさ。
だがそれでも……こっちで一晩過ごすために、馬を預けられる馬小屋とかは必要だろ?」
「あ、なるほどー。
お魚を買い取りに来た馬車が、その日のうちにトンボ返りできるわけじゃないもんね。
まずは馬を休ませないといけないし、すぐに折り返して道中で夜を迎えるわけにもいかないし……。
それで、馬探しってことね」
「うむ。
より正確に言えば、馬屋だな。
うちの馬車がこっちに着いた時に、安心して預けられるアテを探しておきたい。
あとできれば、そこで交易関係のノウハウがあるかどうかも聞けたら……とも思ってる」
「うまや、厩……うーん、馬かぁ~」
「どうだ?
そういう施設も、リエラなら知ってると思ったんだが……難しいか?」
「うーん、そうだね~……。
馬車関係の施設なら、山側の方にいくつかあってね。
たしかアルナおばさんのとこが管理してたはずなんだけど……。
でもアタシ、この町から出たことないからなぁ。役に立てるかなぁって」
「いや……十分すぎるぜ。
言い方的に、場所を知ってて、かつ管理人と知り合い。ってことだよな?
その時点で、すでに期待以上のお役立ち度なんだが……」
「そう?」
「ああ。即答されて、正直驚いてるよ。
……で、山側っていうと、俺たちが来た西門のほうだったか。
じゃあひとまず、そこまで案内してもらえるか?」
「ん、おまかせ!」
────
──
その後俺たちが訪れた場所は、町の西端。
フローエンの入口である西門の手前に並ぶ、荷馬車の管理所と馬小屋が一体になった建物群だった。
どうやらそこは馬宿も兼ねているらしく、真っ先に入った受付の建物にすら、藁や草食動物特有の臭いが漂っていた。
そこではすぐにリエラの紹介でアルナさんという管理人の女性に話を通してもらい、交易のことについて相談することができた。
ここでもまた、リエラの顔の広さに驚いたのだが……ひとまず交易については、ほぼ俺の想像通りだったと言っていい。
長距離輸送については、ペルエット内の都市間での輸送は現時点でもあるものの、国境を越えるような規模のものは前例がないらしかった。
しかし同時に、いくつかの収穫もあった。
一つは、フリージアからの馬車が来た際には、馬宿を割安で利用させてもらえる契約ができたこと。
二つ目は、経路について。こちらは以前のブランシュの予想通り、ここフローエンとミールノエの間には、街道沿いの町が一つ存在しているということ。
そして最後に、馬車を長距離走らせるためには、詳細な地図が必要だということだ。
これについては俺の考えが至っていなかった部分で、完全に盲点だった。
むしろ、馬車に関しては今までマリーに頼り切りだったことの弊害……とも言えるだろうか。
(少しはあの貴族様を見返してやろうと思って、先回りで準備をしてたんだが……。
中々、思うようにはいかねぇもんだな)
「トーヤくん、大丈夫?
もしかして、あんまり思い通りにいかなかったかな?」
考え込む俺の顔を覗き込むようにして、リエラが言葉をかけてくれる。
「ああいや、大丈夫だよ。
むしろ順調すぎたせいで、もっと先を見越しとかないとなーって痛感してただけだ」
「そっかそっか、ならよかった。
じゃあ、次はどこに案内しちゃおっか?」
「ん、ありがとな。
なら次は……役場、だな」
「やくば」
「ああ。
外の国の人間が商売をするなら、最低限の身分証明とか馬車の通行証ぐらいは必要だろ?
アルナさんからも、それさえ用意してもらえれば割安で馬宿を提供するからーって話をもらったからさ」
「あ、それもそっか。
国を超えてるんだもんね」
「ああ。
つってもクロキアとフレイミアの交易の時は、そのへんは王様とか貴族様たちがやってくれたからな……俺も勝手がわからねえんだよな」
「え、そうなの!?
トーヤくん、そんな人たちと知り合いだったの!?」
「知り合いっていうか、まぁ……。
そもそも二国間で取引をすることについて、前例がなかったらしいからな。
まぁ結局それも、金にがめつい貴族様が率先してやっちまったんだけど」
「ふわー……そうだったんだ。
そんな人たちを巻き込むなんて……やっぱり、国を越えた商売って大変なんだねぇ……」
「そう思う。
俺も、色んな人に頼りっぱなし助けられっぱなしだからな。
例えば今も、リエラにさ」
「あはは。
もー、上手なんだから」
「本気で思ってるぜ。
そんじゃ、役場まで案内頼めるか?」
「ん、りょーかい!」
────
──
「おかえり!
どうだった?」
「通行証は用意できるが、しばらく時間がかかるんだと。
早くとも数日とか、そんなもんらしくてな」
「そっかぁ。
じゃあ、もう一回はこの役場に来ないとだね」
「ああ。
できるだけ道を覚えながら帰らねぇといけねえかな、こりゃ」
「あはは。
じゃあ戻りはわかりやすいように、ちょっと大きい道を通ろっか」
「ああ、頼むぜ」
そうして役場の正面入り口で合流し建物を出た俺たちは、一度中心街へ向かうことにした。
「それでトーヤくん、次はどうしよっか?
行きたいところがあるなら、なんでも言ってね」
「助かるよ。
つっても……予定してたところは巡り終わったし、どうすっかな」
「あ、そうなの?」
「ああ。
ただこれで完璧かっつーと、不安ではあるんだよな。
とりあえず今日得られた情報を整理してみて、これからの具体的な計画を仮で立ててみて、どうか……ってところかな」
「ん-、そっかぁ。
それじゃあ……どこかでお茶でもしよっか?
晩ご飯には、まだちょっと早いぐらいだしね」
「そうだな……。
一回、どっかで休むとするか」
「りょーかい。
じゃあ次の目的地は、アタシおすすめの喫茶店だ!」
そう言って、リエラは再び大通りに向かって歩き出した。
「……そういえば、リエラ」
「んー?」
「ブランシュとの稽古はどうだったんだ?
昨日から、始めたんだろ?」
「あ、そうそう!
稽古っていうか、まだまだ基礎訓練っていうか。ね」
「基礎訓練、か。
昼間に監視の仕事をしながらやってるアレの、延長線上って感じか?」
「そうそう。
まぁ言っちゃえば、ほとんど筋トレなんだけどね」
あはは。と笑うリエラのやや後ろを、俺はついていく。
……思えば今日は、一日中リエラに追従してばかりな気がする。
案内をしてもらっているから、当然ではあるのだが。
「昨日の最後は、実際に剣を持たせてもらったんだけどね。
でも、やっぱりちょっと重くって。
構えの指南なんかもしてもらったんだけど……自由に振れるようになるまでは、筋トレも継続ってことで!」
「なるほど。
俺もブランシュみたいな長物は扱えないからな、気持ちはわかるぜ。
精々、このぐらいのが限界だ」
言いながら、腰背部に提げていた剣を外し、前に掲げる。
無論、鞘に納めたまま。だ。
「そうそう、アタシが触らせてもらったのもそれぐらいの大きさだったかも!
今まで刃物なんて、護身用のナイフぐらいしか触ったことなかったからなぁ」
「刃渡りが、自分の腕ぐらいの……ショートソード、っていうのか?
やっぱり訓練されてない素人には、これぐらいが限界らしいぜ」
「そうだよねぇ……。
ブランシュさんみたいにながーい剣をかっこよく振り回すのは、やっぱり難しいんだね」
「あれも、ただ腕力があればいいってわけでもないらしいからな。
体幹とか、足捌きとか。あとは何を相手にするかによっても……ってことらしい」
「そっかぁ……すごいなぁ。
……っていうか、トーヤくんも剣はすぐ取り出せるようにしてるんだ?」
「ん? ああ。
一応これでも、魔術師って肩書きだからな」
「あ、そうだったんだ!」
「ああ。
色々あって今は交易もしてるが……必要なら物騒なことにも首を突っ込む立場だぜ。
実際、何回か人間相手に───」
「リエラねーちゃーん!!」
剣を眺めながら話していると、唐突に俺の声がかき消された。
先にそれに反応したリエラが、声の飛び込んできた方に体を向ける。
「おっ?」
「リエラねーちゃん、発見ー!」
「ホントだー!」
「おー、アレンにメルドー!
こんばんはだー!」
「こんばんは、リエラねーちゃん!」
「ばんわー!」
飛びつくような勢いでリエラの下にやってきたのは、二人の男の子だった。
「今日はどした、もしかしておつかいの帰り?
相変わらず元気そうで何よりだ!」
「へへっ、そうなんだ。
でもさでもさ、メルドーなんて、元気すぎて今日だけで二回転んでんだぜ!」
「えー。
アレンだってー、果物屋の柱にぶつかってたじゃんかよー」
「あれはお前が押すからだろ!」
「押してねえしー。
アレンがこけただけだろー、だっせー」
「絶対押した!」
「押してねえしー!」
「あはは。
ほらほら、喧嘩するなチビどもー。
元気なのはいいけど、姉ちゃんに何か用があったんじゃないのー?」
リエラが二人の頭に優しく拳を乗せると、二人はすぐに大人しくなり笑顔を取り戻す。
改めてこちらを向いた彼らは、およそ8歳か9歳ぐらい……だろうか。
リエラも目線を合わせるために、少しかがんで会話をしていた。
「そうそう、俺たち、ねーちゃん見つけたから呼ぼうと思ってたんだけど……。
って、それよりもさ! 隣のにーちゃんは誰だ!?
もしかして、ねーちゃんのカレシか!?」
「えっ?」
「ねーちゃんケッコンするのかー? けっこんー」
「ちょっ……あはは。
そんなんじゃないよ、このお兄ちゃんは」
「えー、しないのかー?」
「うん、しないの。
このお兄ちゃんはね、外国からお仕事で来てるんだよ。
姉ちゃんも今それのお手伝い中だから、お仕事の邪魔しないように───」
「うわー!
兄ちゃん剣持ってんじゃん剣ー!
かっけー!!」
「あーほんとだー!
剣だー!!」
「うわっ。
ちょっと待てお前ら、触ろうとするなって……!」
リエラの話を聞き流し、二人は唐突にこちらの持っていた剣に飛びつくように群がり始める。
移り気で予測不能な動きは、さすがチビッ子というべきか。
「貸して貸して!
俺も剣振ってみたい!!」
「おれもー!」
「ちょ、やめろって……!
これは、お前らみたいなガキンチョが触っていいモンじゃなくてだな……!」
「えー、けちー!」
「ちょっとぐらいいーじゃーん!」
一応この剣は鞘に納めた上に帯できつく固定しているため、そう簡単には抜けないようになっている。
最悪、子供に取られても危険はないとはいえ……興味本位で触らせていいものでもないだろう。
「とりゃあーっ!」
「えーい!」
「ダメ、だ、っつーの……!
何回飛び掛かってきても、渡さねえぞ!」
「なんのー!」
と思い、飛びついてくる二人と剣を巡った攻防を続けていると……。
「そこだーっ!」
「なっ……!?」
二人がかりで俺の隙を付き、アレンと思しき金髪の方が剣の柄を掴む───
瞬間。
俺は、溜めていたマナを解放した。
「……あれ!?」
「おー?」
どさり、と。
剣をめがけたアレンの両腕は空を切り、そのまま彼は手をついて地面に転んだ。
「ったく。
ほら、大丈夫か?」
『鈍化』を利用して既にアレンの背後に回っていた俺は、彼の視界に入るように手を差し伸べてやる。
「……兄ちゃん、今なにした!?」
「瞬間移動かー!?
魔法かー!?」
「わ、っちょ……!
落ち着け、瞬間移動じゃねえって」
アレンは興奮した様子で、俺の手も取らずに立ち上がる。
そして目を輝かせながら、今度は剣ではなく俺の方に二人で寄ってきた。
「そうなのか!?
でもすっげースピードだったぜ!!
ホントになにしたんだ!?」
「すげーすげー!
にーちゃん、タツジンか!? タツジンなのかー!?」
「達人でもなくて……ってか、転んだとこなのに元気だなおい……!」
俺は今、アレンの手を回避するために、緊急用に練っていたマナを解放し鈍化の魔法を行使した。
遅くなった世界で俺の動きを見た彼らにとって、それは瞬間移動のようにも見えたのだろう。
「タツジンじゃなかったら、何なんだ!?」
「なんなんだー!?」
「何って、俺はただの……。
……いや」
そこまで言ったところで、二人のきらきらとした期待の眼差しを見て俺は考え直す。
そう。
相手はチビッ子だ。
───であれば。
「何を隠そう……実は俺は、時空を操る魔術師だったんだ!
今の動きも、お前たちの『時間を奪った』結果にすぎないのさ……!」
そう言って、額に手を当てながらキザったらしいポーズを取る。
(よし、これはウケない子供はいないはず……!)
───しかし。
「え……なにそれ……」
「うわー、だっさー……」
チビッ子どもから返ってきたのは、容赦のない一言だった。
「にーちゃん……。
いまどき子供でもそんなこと言わねーぞ……」
「なー、言わんよなー」
「ぐっ……!!」
言葉の刃が、時空の魔術師の心臓に深々と突き刺さる。
「ごめんなリエラねーちゃん。
悪いこといわねーから、こんなのとケッコンはやめとけな。
大人になったら、俺がしてやるから……」
「やめとけー、なー?」
続けざまに放たれた追撃の刃は、的確にこちらの心を抉り取った。
「くっ……なぜだ……!」
魔獣の牙よりも鋭いそれに、歴戦の魔術師もついに膝をついてしまう。
「あ、あはは……。
どんまい、トーヤくん……」
そしてそれを見ていたリエラも、苦笑いを零したのだった。
「そうだ!
な、な、ねーちゃん。
こんなヤツほっといて公園いこーぜ、公園!」
「え、えっ?
今から!?」
「でっけークモみつけたんだよ!
まじですげーヤツ!」
「でけーやつ!
こんなヤツよりー!」
「ええっ!? おっきすぎない!?
てか姉ちゃん、虫はあんまり得意じゃないんだけど……!?」
「いいから! いこーぜ!
ねーちゃんも、見たらぜってーすげーってなるから!」
「いこーいこー!」
二人はリエラの手を引っ張り、大通りの向こうへ連れて行こうとする。
「わ、ちょ、ちょ……!
ごめんトーヤくん、すぐ戻ってくるから!!
そこの喫茶店とかでゆっくりしててー!!」
小さくなっていくリエラの声が聞こえなくなった後。
人の行き交う通りには、案内役とプライドを同時に失った時空の魔術師の、無残な死体だけが転がっていたという。
────
──
「ったく。
ひでえ目にあったぜ……」
「あはは……なんかごめんね。
あの子たち、ホントに元気だから……」
結局リエラが戻ってきたのは、差し込む日差しが橙色になり始めた頃だった。
そして追加で頼んだ二人分の紅茶が届いた時には、俺の心の傷は幾分か回復していた。
「これだから、ガキンチョは苦手なんだよ……」
「いやー、トーヤくんはがんばってたと思うよ……ホントに」
「はっ、同情はよしてくれ……。
時空の魔術師様は、あいつらガキンチョに負けたんだ……」
俺がガクリと項垂れると、リエラは困ったように笑いながら続けた。
「だ、だいぶ傷心さんだね……。
でもでも、安心してトーヤくん。
あの子たち、トーヤくんのこと本気で嫌ってたわけじゃないからさ」
「そうかぁ……?」
「うん。
あのあと公園でも話したけど、『面白いにーちゃんだった!』って喜んでたよ」
「それはまた……褒められてんのか、バカにされてんのか……」
「あはは。
……でも、子供ってさ。
そこの線引きが曖昧なものじゃない?
『好き』も『ダサい』も、全部ひっくるめて『楽しい』になっちゃうんだと思うよ」
「それは、まぁ……そうか」
「うん。
だからたまに、楽しい気持ちのまま間違って人を傷つけちゃうこともあるけど……ね。
でも、アタシたちは子供じゃないから、そういうのも笑って許してあげないと。
それがきっと、カッコいい大人ってやつだ。
でしょ?」
「うーむ……。
そう言われてみれば、リエラの言う通りではあるか……」
「でしょでしょ」
「ああ。
……ちょっとばかし大人げなかったのかもしれんな、俺は」
「うんうん。
トーヤくんが立ち直ってくれたみたいでよかった」
「ま、そうだな……。
俺の醜態でチビッ子たちが笑ってくれたんなら……今日のところは良しとしてやるか。
大人として」
「ふふ。
カッコよかったよ、時空の魔術師さん」
「……そりゃどうも」
さすがは女性というか、チビッ子の扱いになれているというか。
少なくとも今、リエラは頭の固い俺にはできない考えを示してくれた。
俺は、今度アイツらに会った時は菓子でもくれてやるか……などと考えつつ。
夕日を背に、こちらに真っすぐ微笑んだリエラの顔は、どこか大人びて見えたのだった。
「……それで?
お仕事の計画は立てられたの?」
「ん、ああ……。
それについてはバッチリだ。
この紙に書いてる通り、必要なことはあらかた纏められたんでな」
「お、そっかそっか。
ちなみにそれって、アタシも見ていいやつだったりする?」
「もちろんだ。
ってかむしろ、一緒に見てくれると助かるよ。
今日はもう、他んとこ行こうにも時間がねぇしな」
「やった!
トーヤくんがどんなこと考えてるのか、実はちょっと気になってたんだよね」
「身構えなくても、聞いてくれればいつでも答えるぜ?
別に隠したいこともねぇしな」
「あ、そうなんだ?」
「ああ。
こちとら、嘘はつかない主義でやってるからな」
「うーん。
嘘をつくのと隠しごとをするのは、ちょっぴり違う気もするけど……?」
「ま、それもそうだが。
とにかく、明日からはまた別のとこに行ってみようと思ってんだ」
「おー。
じゃあ、またなんか新しいモクロミがある感じだ?」
「うむ。
とりあえずここまでの情報から伝えるとだな───」
「あら、リエラちゃん!
ここにいたのねぇ!」
「んえ……?
って、おばさん!」
本日何度目かの、インタラプト。
今度の声の主は、喫茶店の入り口から現れた大きめのおばさまであった。
「こんばんはー……だけど、どうしたの?」
「こんばんは、リエラちゃん!
今日はうちの子がホントに……ってあら、ごめんなさいねお兄さん。
話、割り込んじゃって大丈夫だったかい?」
「ああはい、大丈夫です。全然」
「ごめんねぇ。
ほらリエラちゃん、とにかくこれ、受け取ってちょうだい!」
そう言うと、件のおばさまはカバンから木箱を取り出して机に置いた。
置いた瞬間のカコンという音から、中身が軽いものであることがわかる。
リエラはその横長の木箱の蓋を開けながら、目を丸くした。
「これ……わ、焼き菓子!?
どうしたの、ホントに?」
「うちのアレンが、また迷惑かけたでしょ?
公園に連れまわした挙句、一緒に遊んでもらったって聞いてねぇ」
「あ、そのこと!? 全然全然!
ホントに、アタシも一緒になって遊んでただけだから!」
「やだねもう。
なんだか、すっごく大きい蜘蛛も捕まえようとしたらしいじゃないの!
危ないからやめなって言ってるのに、あの子ったらリエラちゃんまで巻き込んじゃうんだから。
お前が怪我をする分にはいいけど、他人様を巻き込むなって。今うちの旦那が叱ってるんだけどねぇ」
「あはは。
たしかに、蜘蛛はちょっとビックリしたけど……。
でもホントに遊んでただけだから、そこまで怒らないであげて、おばさん!
むしろ、アタシも楽しかったって伝えてあげて欲しいな」
「もう……リエラちゃんはホントにいい子なんだから。
うちの子も女の子だったら、もっと可愛かっただろうにねぇ。まったく」
「あ、あはは……」
「とにかく!
これはお詫びだから、食べてちょうだい。
よければ、お兄さんも一緒にね!」
「あ、どうも……」
そこまで言ったところで、おばさまの関心が改めて俺に移った。
「ってあら。
お兄さんもしかして……」
「……なんでしょう?」
「やだわもう!
リエラちゃん、お相手が見つかったなら言ってくれればよかったのに!
それなら今度は、もっとちゃんとしたお祝いをもってくるわね!」
「あっ、も、もー!
そういうのじゃないって、おばさん!」
「あらそうなの?」
「この人は、今アタシが手伝ってるお仕事仲間の人なの!
っていうかそれ、アレンくんにも言われたよー……」
「あらあら、そうだったのねぇ」
「うん……メルドーくんにも同じようにからかわれちゃって。
ねぇ、トーヤくん?」
「はは……まぁ、そんな感じです」
「あらそう。勘違いしてごめんなさいね。
でもお仕事って言えばねぇ、リエラちゃん、また大変な仕事を手伝ってるんじゃないのかい?
最近は、海の方も物騒だって聞くしねぇ……おばさん心配だよ」
「んー、それなんだけどね───」
それからしばらくの間、リエラとおばさまの会話は続いた。
内容は地元の人間同士の世間話のようなもので、俺の聞いたことのある単語やない単語が交々飛び出していた。
俺は引き続き、蚊帳の外にいるのか中にいるのかわからない状態ではあったのだが……不思議と、居心地は悪くなかったのだった。
そして同時に、その理由はきっとリエラの存在だろうと俺は確信していた。
今日一日。思い返してみれば、リエラは常にこんな風に誰かと話していたのだから。
最初に行った馬屋では、俺が交渉をしている間にも厩舎の人と話しており。
役場でも、訪れる人々にリエラはひっきりなしに声をかけられていた。
そして町に出れば、チビッ子に突撃され。
喫茶店にいる時ですら、このように彼女を心配した人が様子を見に来てくれている。
リエラはよく、自分には何もできない……なんてことを口にしてはいるが。
俺は今日一日で、リエラの得意なことを。そしてリエラにしかできないことを、見つけた気がする。
そんなことを考えながら。
俺は紙の端に、そっと新たな計画を書き加えるのだった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




