第52話「渦と、牙」
「……やっぱり、おかしい……!」
ようやく船の細部が見えるようになってきた時。
リエラが、どこか焦ったように声を出した。
「揺れ方か?」
「うん、そう……!
トーヤくんの言った通り、まるで何かに引っ張られてるみたい。
あんなの絶対、普通の漁船の動き方じゃない……」
「……あれも、魔法で動いてんだよな?」
「そうだよ。
あの大きさの小型船なら、一人でも動かせる。
ただ、普通の人なら半日も動かしたらマナ切れでしんどくなってくるから。多分あれはお昼前に出航した船かな……。
もう少し近づけば、誰の船かもわかると思うんだけど」
「何かに引っかかったか、故障したか、か……?
原因はわからんが、助けにきて正解だったかもな」
「そだね……。
ただの故障だといいんだけど」
リエラの言葉にどこか不吉なものを感じつつ、彼女の駆る機体は確実に船に近づいていく。
やがて接近するにつれて、水が巻き上がる音がホワイトノイズのようにあたりに響き始めた。
だがそのノイズの正体は、俺たちの機体や漁船の出している音……という訳ではなかった。
「……おいリエラ、あれ……!!」
「えっ……ウソでしょ……!?」
やがてそれが、声をかき消しそうなほどに大きくなった頃。
そこで、俺たちが目にしたモノは。
「大渦……!?」
件の漁船を今まさに飲み込まんとして大口を開けた、巨大すぎる大渦だった。
「おいおい、マジかよ……!
ってことはあの漁船、ずっとあれから逃れようとしてたってことか!?」
「だからあんな変な動きだったってこと……!?
……わっ!?」
「大丈夫かリエラ!?」
急に波の方向が変わったことで舵が持っていかれそうになり、リエラが姿勢を崩す。
まだ端も端だというのに、渦はすでにかなりの流速を伴っているようだった。
「だい、じょうぶ……っ!」
だが、彼女の声と共に船首は再び前を向いた。
ハンドルを握った彼女は、座っているだけの俺よりも強い横圧を受けたはずだが……『慣れている』と言っていただけあって、すぐにバランスを持ち直してくれた。
「あんま無理して近付かなくていいぞ!
これ以上いったら、こっちが飲み込まれちまう!」
「でも、あの船も……!」
「見てみろよこの渦のデカさ!
どう見ても、飲まれたら即死だ!!」
「……!!」
船の後ろに口を開けたそれは、家の一つくらいなら簡単に吸い込んでしまえそうなほどの直径を持っていた。
少なくとも俺たち程度が飲まれれば、痕跡の一つも残らず海の底だ。
そしてそれは、あの小型船も同じ。
しかしあちらは俺達よりも中心に近い場所で、今も必死に脱出を試みているのだ。
「やべぇぞこりゃ……あの船も俺たちも、徐々に中心に近付いてってる……!」
「中心に近いほど、勢いも強いってことだよね……!?
じゃあアタシたちはまだ抜け出せるけど、あの船は……!」
「ああ……早く助けねぇと、ヤベェってことだな……!!」
勢いのこともそうだが、マナの心配もある。
動力源が船主の行使する魔法である限り、いつまでも抵抗し続けられるわけではないだろう。
(……いや。
そもそもあの船、いつからここで抵抗してんだ……!?)
同じ焦燥がリエラを襲ったのだろう。
こちらのスクリューの音が、一段階激しくなった。
「焦んな、リエラ!
ちょっとずつでいい。安全を確保しながら、まずは会話が出来そうな距離まで近付くんだ!
俺たちが先に飲まれちまったら、あの船を助けるどころじゃなくなっちまう!」
「……わかった。
ありがとう、トーヤくん!」
軋み始めていた彼女のマナの流れは落ち着いたものの、それに反比例するように俺の心臓の鼓動は早くなっていく。
そして、俺たちが本格的に大渦の影響範囲に入り始めた時。
小型船にようやく声が届くかといったところで、あちらの操舵室の窓が開いた。
「……おーい!!
その小舟、もしかしてリエラちゃんか!?」
「ノルネスおじさん!!
やっぱり、ノルネスおじさんだよね!?」
言いながら彼女は素早く機体をターンをさせ渦に逆らうように推力を出し、現在の位置を維持し始めた。
「こんな所で、一体何をやっとんだ! 早く離れんか!!
このままじゃ、リエラちゃんまで飲まれちまうぞ!!」
「おじさんこそ何言ってんの!!
まさか、こんな大渦に飲まれて助かるなんて思ってないよね!?」
「儂は大丈夫じゃ! この程度の渦、フローエンの海の男なら一人でどうにかできるわい!
じゃけん、リエラちゃんは早く逃げるんじゃ!!」
ノルネスおじさんと呼ばれた男性は自らの無事を伝えながら、空いた片方の手でリエラに早く離れるよう示す。
「おじさん……!」
が、すでに彼の息が苦しそうに上がっていることは、俺たちから見ても明らかだった。
「……嘘ばっかりッ!
いくらアタシでも、見ればわかるよ!
おじさん、マナ尽きかけてるでしょ!?」
「……っ!」
彼の頬を伝う、大粒の汗。
その沈黙は、肯定だった。
「やっぱり……!
アタシたちが助けにいくから、ちょっと待ってて!」
「……いや、いかん! ここまで飲まれちまったらもう手遅れじゃ!
儂のことはいいから、リエラちゃんは逃げな!!」
「見捨てろってこと……!?
そんなこと、できるわけないでしょ!!」
「そうは言っても、人が増えたところでどうにもならんじゃろう!!
手遅れになる前に……」
「うるさいっ!!!
絶対助けてみせるから!
だからおじさんも、もうちょっとだけ踏ん張って!!」
「……リエラちゃん……!
だっ───!!」
大渦がさらに勢いを増し、波と轟音が俺たちの繋がりを断ち切った。
「リエラ、渦がデカくなってきてる!
助けに行くってんなら、もう時間がねえぞ!」
「うん……わかってるっ」
返ってきたのは、さきほどとは正反対の声色。
冷静に、呟くように。リエラは、その声と同じだけ姿勢を低くした。
「ねぇ、トーヤくん」
「……なんだ」
「アタシね。
確実におじさんを助けるための方法なんて、わからない。
トーヤくんやブランシュさんほど、力も強くない。
こんな時にトーヤくんに指示を出したりして、うまくやる自信も無い。
……だから、一つだけお願い」
「ああ」
「───今から無茶するから、『アタシを助けて』ッ!!!!」
「っ!!!」
叫び声か、弾けた駆動音か。
どちらが先かはわからないが───その音を合図に、俺たちは『跳んだ』。
「くっ……!」
その跳躍で、一気に船との距離が詰まる。
衝撃を真正面から受けるようにして着水した俺たちの機体は、しかし船までの最後の距離を詰め切れずにいた。
「あと、ちょっとなのに……!」
「渦が、また速くなってやがる……!
リエラッ!!」
「……届、けえええええっ!!!!」
最後の、一押し。
届かない距離を埋めるために、リエラは思い切り船首を上げた。
───ボゴンッ!!!!
爆発するような水音と共に、機体が再び宙に浮く。
が、しかし。
僅かに前には進んだものの、垂直方向の跳躍では───目の前の漁船に、届かない。
「だめっ───!!」
「捕まれ、リエラッ!!!!!」
上昇が頂点に達し、機体が重力と釣り合った瞬間。
俺はリエラを抱えながら、全力で機体を後方に蹴り飛ばした。
「これでも、まだ……!!!」
空中での二度目の跳躍が、確かに前方への加速力を生んだ。
踏み台にした機体が渦に飲み込まれていくのにも目をくれず、最後の距離を埋めるために、俺は素早く剣を抜いて逆手に構える。
「だらああああああああっ!!!!」
舞う飛沫が目に入るのにも構わず、その切っ先だけを見つめ。
海に落ちる間際。振りかざした剣を、漁船の後部甲板に思い切り突き刺した。
「ぁぐっ……!!」
どうにか剣の先だけが甲板に刺さったが、僅かに届かなかった俺の身体が船体に打ち付けられる。
だが、この手だけは絶対に離すわけにはいかない。
「……このまま、上がるぞっ!!」
「わ、わっ!?」
船の外にあるままの身体を、右手の力だけで強引に持ち上げる。
抱きかかえたリエラを先に上げ、剣を掴んだままどうにか甲板に着地した。
そうして俺たちは、ようやく漁船へと足を着けることができたのだった。
「あ、ありがとっ。
トーヤくん……!!」
「はぁっ……はぁっ……。
礼はいいから、とりあえず操舵室だ……!!」
「……うん、ありがとっ!!」
先に駆け出したリエラを見送り、息を整える。
「おじさん、お待たせっ!!」
「リエラちゃん……!
また、無茶をしおって……!!」
正面から見た通り、やはりこれは小型の漁船だ。
むき出しの操舵室から、二人の声が聞こえる。
「おじさんよりマシだよ!
ほらどいて、運転変わるから!!」
「大丈夫か……!?
こいつは、かなりマナを食うけんの……!!」
「いいから、おじさんは休んでて!
そんな倒れそうな顔で強がられても、アタシは言うこと聞かないからね!」
「リエラちゃん……すまんのう!」
剣を抜き取って操舵室に近づくと、ようやく腰かけた男性と目が合う。
「兄ちゃんも、すまんの……。
ワシなんかのために、巻き込まれにきおって……」
「巻き込まれにじゃなくて、助けにきたんです。
そうだろ、リエラ?」
「もちろんっ!」
「……本当に、ありがたい……。
じゃが……肝心の抜け出す方法はあるのか?」
「……仰る通り、次の問題はそこなんですよね……。
正直言うと、勢いで来た部分も大きいので」
ちらりと外を見ると、渦はまた徐々に速度を増しているようだった。
だが操舵士がリエラに移ったこともあり、どうにか現在の位置を維持できている。
「……一つだけ、アタシに案があるんだけど」
「聞かせてくれ」
「アタシとおじさんで、この船の動力に対して同時に魔法を送り込む。
そしたら、二人分の出力は出るはずだよ。
……そのために、いったん運転を代わって休んでもらってるつもり」
「そうか……単純に出力が倍になれば、渦から抜け出せる可能性は十分ある。か」
リエラから聞いた通り、この漁船の動力は水流魔法だ。
媒介となる舵から送り込む魔法の力を二人分に増やせば、加速力が増すのは道理だろう。
「……いや、いかん」
「おじさん?」
「いくら魔法を行使する力を倍にしても、単純に推進力が倍になるわけじゃあないけんの。
スクリューの大きさと……回転数にも限界がある。
無理に倍の回転数を作ろうとすれば、最悪スクリューが壊れて終わりじゃ。
うまく調整したとしても……良くて五割増しといったところじゃろうな」
「そっ、か……そうだよね……」
会話をしている間にも、潮の速度は増していく。
今船が出せる最大出力を出したとしても、この渦から脱出できるかどうかは賭けになるのだろう。
「ごめんね。
アタシ、思いつきで……」
「いや、大丈夫だリエラ。
俺もそれが最善の案だと思うぜ。
二人に頼むことにはなるが……他に手段はない、それでいこう」
「うむ、そうじゃな。
分の悪い賭けじゃが……やらんで死ぬよりは、やったほうがマシじゃわい」
ノルネスさんも立ち上がり、軽く肩を回す。
「それに、俺だって見てるだけのつもりじゃねえしな。
……賭けに勝つ確率を、少しぐらいは上げてみせるさ」
「えっ?」
二人の視線が、こちらに集まる。
「まさか兄ちゃんも、水流魔法を使えるってえのか?」
「いえ、そういうわけじゃありませんよ。
ただ……俺の魔法は俺の魔法で、少しは役に立てるかなと」
「えっ、と。
トーヤくんの魔法って……」
リエラは俺の魔法についてピンときていないのか、こちらを振り向きながら考えるように目を泳がせた。
彼女には時魔法について説明していなかったのでその反応は当然だったが、時間もないので端的に作戦だけを伝える。
「───俺が、渦を凍らせる。海ごとな。
この程度のデカさなら、根元から海面まで全部もっていけるはずだ。
だから二人には、それで水流の勢いが弱まった瞬間を見計らって魔法を使ってほしい」
その言葉を聞いて、二人は目を見開いた。
「この渦をまるごと凍らせる、って……そんなことできるの!?」
「一応、クロキアの人間なんでな」
「兄ちゃん、外のモンじゃったのか。
こりゃたまげたわい……」
「ただし、凍らせられるのは一瞬だ。
多分だが……すぐに渦は復活する。
水流だって、いきなり止まるわけじゃない。惰性だか慣性だかってやつだ。
あんだけでけえ力が、いきなりゼロになるわけはねぇだろうからな」
困惑と期待が入り混じった視線で、二人は改めて俺を見据える。
「でも、できるんだよね……?」
「ああ、やってみせるさ。
じゃないと、ここまで助けにきた意味がねぇだろ?」
「……うん!」
二人の目に、再び決意が宿る。
湧き上がる死の恐怖を退けるように、俺たちは目を合わせて笑った。
「よっし。
そうと決まれば、やるぜ。
渦が死ぬほど早くならねぇうちに」
「うん、了解だっ!」
その言葉を合図に、ノルネスさんはリエラの隣へ。
俺は後部甲板の一番低くなっている側面に向かい、渦の方向の水面に直接腕を突っ込んだ。
(冷てぇ……!
昼間まで遊んでた浅瀬とは、大違いだ……)
勢いを増す水流が、俺の体温を確実に奪っていく。
(こりゃ、のんびりしてられねぇな……!)
「どうだ、そっちは準備できたか!?」
「うん、いつでも!
ありったけのマナをぶつけてやるんだから!!」
「儂もじゃ!
スクリューが壊れんよう、リエラちゃんの魔法をうまく制御してやるでな!!」
「お願いね、おじさん!」
どうやら、あちらも役割分担は決まったらしい。
「じゃあいくぜ……!
海が凍ったら、ぶちかましてくれ!」
「了解!」
威勢のいい返事を確認し、俺は意識を海中に移す。
腕を媒介にして海の奥まで探りを入れると、やはり途方もなく大きいマナの反応が返ってきた。
(……こりゃ、とんでもねぇな……)
いつも通り、魔法を行使するために海水とマナを同期させるのだが……今回は、あまりにも対象の規模が大きすぎる。
以前にも河を凍らせたことはあるが、その時とはまるで段違いだ。
油断すれば、一瞬にして全身のマナを持っていかれそうになる。
(でも……奪うのはそっちじゃねぇ。
俺の方だ……!!)
改めて渦の大きさを捉え、行使する範囲を正確に絞る。
さらに神経を研ぎ澄ませた、その瞬間。
渦巻くマナが、確かに俺と繋がった。
(……この大きさなら、いける!)
そして、渦巻く海水から『あるもの』を引き出すように力を込め───
「止ま、れぇぇぇええええっ!!!!」
───パキィンッ!!!
冷たい炸裂音が空を衝き、送り込んだマナは物理現象となり世界を変える。
目を見開くと、狙い通り渦があった場所全てが巨大な氷塊と化していた。
それと同時に、渦の勢いは確実に減衰し始める。
「やったの!?」
「ああ、今だ!!
ぶちかませ!!!」
「……うん!
いくよおじさん!!」
「合点承知じゃ!!!」
しかし、二人のマナが高まる感覚がこちらに伝わってきた瞬間。
───ビギッ、ビギギギ!!!
何かが擦れるような巨大な音が響き。
───バゴォッ!!!
渦を支配していた氷塊が、砕け散った。
「やっぱりか……!
思ったより早ぇな……!!」
温度差と水圧、それにより生まれる熱応力。
大渦は突如発生した異物に抵抗するように、自然の力を利用してその芯を引き裂いた。
バキリ、ガリガリ、ボゴォ、と。
水流のミキサーに咀嚼されるようにして、割れた氷塊が次々に破砕していく。
まるで合わない歯車を無理矢理噛み合わせた時のような支離滅裂な衝突音が、海上に響き続けた。
「まだかっ!?」
「準備できたっ!
おじさんは!?」
「いつでも来い!
……オンボロのじゃじゃ馬よ。岸に着くまでは、壊れんでくれよ!!」
「行くよ、おじさん!!」
二人の合図と共にマナが炸裂し、船はうなり声を上げた。
俺の足元にあるであろうスクリューが、今までにない勢いで海水を巻き上げ始める。
「これなら……!!」
砕けた氷塊も上手く作用してくれているらしく、渦の勢いは確実に落ち続けていた。
「行っけええええええ!!!!」
リエラの掛け声と共に、停滞していた船が外側に向けて進路を切り始めた。
そしてその力は、決して水流に負けてはいなかった。
「よし、いける……!!」
さらに最後の力を振り絞るようにして、船は加速を続ける。
わずかに、しかし確実に。
船の出力は、渦の勢いを超え始めていた。
「おじさん、もうちょっと!!」
「ぐ、ぐぬぬ……!!
まだ、やれるわい……!!」
───パァン! と。
二人の声に応えるように波飛沫を上げ、船はようやく脱出できるだけの速度を出し始めた。
「やった……!?」
「よしっ……まだ気を抜くでないぞ、リエラちゃん!」
「うんっ!!」
激しい流れをかき分けるようにして、外側に手を伸ばし始める船。
渦の中心も、確実に俺たちから遠ざかりつつあった。
この調子で加速を続ければ、大渦の影響範囲から脱出するのもすぐだろう。
「よし……!!
なんとか、なったか……!」
どうにか、助かった。
そう思うと、安堵とともに体の力が抜けていくのを感じる。
「はぁ……。
生きた心地がしなかったぜ……」
これ以上の脅威はなさそうだが……二人はまだ全力で魔法を行使してくれている。
ノルネスさんの言った通り、最後まで気を抜くわけにはいかないだろう。
そう思い、俺はもう一度後部甲板に立ち、渦の方に目を向けた。
───すると。
「……っ!?」
その渦の、中心。
深い場所からこちらを見つめる何かと、『目が合った』。
(……魚!?
いや、ありゃ……!!)
一瞬で背筋を凍らせてしまうような、赤く鋭い眼光。
それはすぐに消えてしまったが、確かな意思を持ってこちらを捉えていた。
(……なん、だよ……!?)
ゾクリとする感覚に、生物の持つ危険信号を直接かき鳴らしてくるような、嫌な気配。
───その嫌悪感を払拭しようとしている間に、いつの間にか船は渦潮から抜け出していた。
「やった!!
やったよ、トーヤくん!!!」
「はは……。
助かったわい……」
二人は歓喜の声を上げ、限界を超えて行使されていた魔法の気配もようやくなりを潜めた。
その賑やかな声のおかげで、俺も徐々に現実感を取り戻していく。
「ありがとうトーヤくん!!
アタシたち、助かったんだよ!!」
「……ああ」
「よかった、これでやっと……!!」
「……いや、どうやらまだらしいぜ」
「えっ?」
船の背後。大渦の方面から、更に接近するものの気配があった。
「二人はそのまま、浜まで動かしててくれ! 俺が対処する!!」
「えっ、えっ!?」
言うや否や、それは海中から姿を現した。
初めに見えたのは、背びれ。
そして間髪入れず、その本体が俺めがけて飛びかかってきたのだ。
「ふっ……!!」
俺の頭ぐらいなら丸ごと入ってしまいそうな大口と、それに見合った鋭い牙を見せながら。
空を泳ぐように飛びかかってきたそれを、俺は一刀に両断する。
「いい加減、逃がしてくれよ……!!」
続けざまにもう一匹が、水飛沫をあげながら俺を食らおうと飛来する。
振り下ろした剣を即座に構えなおし、あちらの勢いを利用して刃を入れ真っ二つに。
そうして斬り裂いた二匹の残骸は、片方は海に落ち、もう片方は甲板に打ち上げられた。
「……よし。
もう、いねえか」
嫌な気配が消えるのを確認し、俺は剣を鞘に収める。
「なになに!?
なんだったの!?」
戸惑うリエラの声が、こちらに届く。
操縦したままではこちらを確認できないので、当然といえば当然だろう。
「問題ねえよ、ただのでけぇ魚だ。
ちょっとばかし腹が減ってたらしいがな」
「え、えぇ!?」
改めて前を向くと、ノルネスさんはその場に尻もちをついていた。
「大丈夫ですか?」
「ああ……なんとかの。
にしてもお前さん、一体何者じゃ……」
「リエラの友人、ですかね。
少なくともこの国では」
「はは……そうかい。
まったく、デタラメな兄ちゃんじゃの……」
乾いた笑いを飛ばし、ノルネスさんは再び体の力を抜いた。
そして、気づけば潮はすっかり穏やかになり、船もゆるやかに浜へと向かっていた。
この分だと、ようやく安心して帰ることができそうだ。
(災難だったが……なんとか死人は出ずに済んだか。
リエラについてきて、正解だったな)
そんなことを思いながら、俺は最後にもう一度だけ海の方を確認し。
最後に、ひとつの疑問をノルネスさんにぶつけることにした。
「……ノルネスさん。
一つだけ、質問いいですか?」
「なんじゃ?」
「ノルネスさんって、漁師の方ですよね。
もしかして、フローエンで獲れる魚、全部知ってます?」
「おう、もちろんじゃ。
なんじゃ? 今日の礼に、珍しい魚でも食いたい。とかかの?」
「いえ、そうではないんですが……」
「なら、どうした?」
「……さっき襲ってきた、この魚。
見覚え、ありますか?」
予想通りと言うべきか。
数秒の逡巡の後、ノルネスさんの目は大きく見開かれたのだった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




