第51話「船と、水平線」
───目の前で、マナが凝縮する気配を感じた。
その瞬間。
バンッ!!!!
「いっ……!?」
炸裂音と同時に、こちらに『敵意を持ったもの』が飛来した。
僅かな煌めきと共に尾を引いたそれを、俺は間一髪のところで回避する。
「ほう……よく躱したな」
「……今の、もしかして水か……!?」
「ああ。
では次だ」
バンッ、バンッ!!
「ちょっ……!!」
ブランシュが水に浸した手を俺に向けるたびに、その『敵意』は俺の心臓めがけて射出される。
次々に飛んでくるそれを、俺はばしゃばしゃと足元の海水を跳ねさせながら回避するしかなかった。
(手遊びの水鉄砲……にしては、威力が高すぎるだろ!?)
これはおよそ、ブランシュが使う炎熱系魔法の一種なのだろう。
握った拳を銃身に見立て、手の中に『装填』した水を、彼女の得意とする爆発魔法の圧力で射出する。
───つまり彼女の手は、今。
海水という弾丸を発射する銃になっているということだ。
「ふむ。
私は白兵戦の方が好みだが……こうして遠距離から一方的に攻撃ができるというのも悪くないな」
考えている間にも、水遊びの範疇を軽く凌駕した水圧の弾が、正確無比に俺を狙う。
……もしかすると俺は今、この世界で初となる拳銃を目にしているのかもしれない。
(なんて言ってる場合じゃねえって……!!
ってか、普段は剣を使ってる人間が、射撃も得意とか……反則じゃねえか!?)
「チッ……。
そっちがそのつもりなら、よ……っ!!」
ブランシュが次の海水を装填している隙に、俺は足元の海水を思いきり踏み抜く。
サンダルと俺の脚力で、水は眼前高く跳ね上がり───
パァン!!!
即席で作った氷の防壁が、続く射撃を弾いた。
「ふっ……なるほど、よく考えたな。
行使する魔法次第で、水は矢にもなれば盾にもなる。か」
「そっちこそ。
その魔法の使い方、水遊びしたことがない人間が真っ先に思いつくことじゃないぜ……」
「では……こちらも本気を出すとしようか」
そう言ってブランシュは構えを変更し、今度は片手ではなく両手で作った銃身をこちらに向けた。
「待て待てブランシュ!
俺たちの他にも観光客がいっから!」
「だからこそトーヤ殿は、自分の背後に誰もいない方向に移動したのだろう?
……いくぞ」
「だー、ちきしょうっ!」
「……あの水遊びには、流石についていけないわね」
「あはは……そうですねぇ。
わたしたちは、浅瀬でのんびりしましょう!」
「重っ! おっも!!
ブランシュさん、さっきまでこんなの身に付けてたの!?」
「わ。
それは……ブランシュさんの剣や装備ですか?」
「そう! おっもいの!!
なんかポーチには包帯とか瓶とか、よくわかんない金属片とか入ってるし!」
「たしかに、みるからに重そうですね……」
「特に剣なんて、純粋な鉄の塊だものね」
「ぐぬぬ!!
これを一人で運べるようにならないと、魔獣の相手なんかはできないってことだよね……!!」
「ええと、ブランシュさんは炎熱の民の方ですから。
同じようになる必要は、ないんじゃないでしょうか……?」
「そうかもだけど……でも、なんか悔しいー!
ふぬーっ!!」
「ふふ……意外と負けず嫌いなのね」
「あはは……」
────
──
「さあて皆さんご注目!
次の選手はなんと、この赤い髪の姉ちゃんだ!」
「よろしく頼む」
「そして彼女が挑むのは、前回の大会覇者!
フローエンアームレスリング大会で連勝中の男だ!
どうやら彼女は、たまたま外国から来ているとのことだが……果たして、異国の女性は彼の連勝記録を止めることができるのかー!?」
「へへ……女にしちゃあ鍛えてるようだが、俺は容赦しねえぜ?」
「ああ、望むところだ」
ビーチでの催しに集まってきた野次馬の歓声に包まれる中。
腕を軽く回して机に向かうブランシュに対し、俺たちは喧噪に負けないよう声を飛ばす。
「ブランシュさーん、がんばってくださーい!」
「がんばれブランシュさーん!」
「ブランシュー!
……ほどほどになー!!」
わかったかわかっていないのか、ブランシュは観戦者に混じる俺たちを一瞥し、僅かに口の端を上げた。
「ようし!
じゃあ両者、テーブルの上で手を組んでくれ。準備はいいか?」
「ああ」
「いいぜ」
「では……。
試合、開始っ!!!」
───バゴォッ!!!!!
「机が!!!」
「男が!!!!」
────
──
「この時間になると、海岸沿いに色んな屋台が出てくるのね」
「そうみたいだな。
小腹も空いてきたし、ちょうどいい感じだ」
「……くしゅんっ」
「なんだサフィーア、身体でも冷やしたか?」
「ええ……そうみたい」
「んなことだろうと思ったぜ……ほらよ」
「あら……」
着ていたジャケットを脱ぎ、彼女の小さな背中に被せてやる。
「ありがとう、トーヤ」
「ったく。
海から上がった時に、ちゃんと髪まで拭かねぇからだ」
「ふふ……そうね。
ごめんなさい」
「フィーニャー! トーヤさーん!
こっちに来てくださーい! おもしろいですよー!」
「お……ミラーヤか。
なんか見つけたか?」
「そうみたいね。
行ってみましょう」
「えへへ、こんにちはっ!」
「コンニチワ! コンニチワ!」
「わたしは、ミラーヤです!
わかりますか?」
「ミラーヤ、コンニチワ!
コンニチワ、ミラーヤ!」
「えへへぇ~」
「……何してんだ?」
「あっ、みてくださいトーヤさん!
わたし、鳥さんと喋れるようになりましたよ!」
「コンニチワ! ミラーヤ! イラッシャイ!」
ミラーヤが話しているのは、砂糖菓子の屋台にいた客寄せ鳥だった。
「……なるほど」
「この人は、トーヤさんです!
とーや、さん!」
「トーヤ、サン!
コンニチワ! トーヤ、サン!」
およそ、言われた言葉を繰り返すように訓練されているのだろう。
見た目もオウムに似ており、俺の世界のそれに近い存在なのかもしれない。
「えへへ、見ましたかっ?
これなら、前に言ってた通り。
わたしがワンちゃんや動物さんと話せるようになるのも、すぐかもしれませんよっ!」
「……そうだな」
「ふふふ……」
────
──
「おーい!
トーヤくーん!!」
「みえますかーっ!?
すっごく気持ちいいですよー!!」
少し遠くの沿岸から、手を振るリエラたちの声が聞こえる。
「おお……すげえな、ありゃ」
「まさか、あのような乗り物まであるとはな……」
休憩がてら、人気のない岩礁に腰かけた俺とブランシュ。
そして俺たちの視線の先には、水上バイクのようなモノに乗って海を駆ける三人の姿があった。
「やはりあれは、水流魔法で動いているのだろうか?」
「さっきリエラにタネを訊いたが、そうらしいぜ。
船体の後ろにスクリューみたいなもんがついてて、それを水流魔法で動かしてるらしい」
「ほう……興味深いものだな」
実際には、ハンドルと船底のダクトが、マナの伝播しやすい金属で直接繋がっているらしい。
よって、操縦者は握ったハンドルに水流魔法を行使するだけで、船底ダクト内の水が渦を巻き、それが後部のスクリューを回転させて推進力を生み出している……とのことだ。
俺は物理学や工学の専門ではないが、俺の世界の水上バイクに比べれば非常にシンプルな機構なのだろうと感じる。
魔法という力が一つあるだけで、ここまで技術が単純化されるとは……相変わらず、この世界の常識には驚かされるばかりだ。
「ゎふうーっ!
ありがとうございましたリエラさん、とっても楽しかったです!
ねっ、フィーニャ!」
「ええ。
とっても刺激的な体験だったわ」
「えへへ。
気に入ってもらえたならよかった!」
磯の中でも一際大きい黒岩にバイクを横付けするようにして、三人が帰ってきた。
「おつかれさん。
こっちからも見えてたが、かなりの速度が出るもんなんだな」
「んー、そうだね!
アタシも魔法が大得意~ってわけじゃないけど、乗るのには慣れてるからね。
海が荒れてなければ、馬よりはぜんぜん速いかもだ!」
「ほー。
全力で飛ばせば、さぞ気持ち良さそうだ」
「あはは。
なら、次はトーヤくんも後ろに乗ってみる?
運転手と同じ体験、ってわけにはいかないけど」
「いいのか?
じゃあせっかくだし是非……っと。
……どうした、ミラーヤ?」
「え? あ、はいっ」
岸の向こうをじっと見ていたミラーヤが、ピクリと耳を動かしてからこちらを振り向いた。
「なんか、変なモンでも見えたか?」
「えっと、その……変かどうか、わからないんですけど。
あれは……なんでしょうか?」
「あれ……?」
彼女が指し示した方向に目を向けると、海の果てに小さな物体が浮かんでいるのが見えた。
水平線の少し手前……だろうか。ここからでは、目を凝らしてようやく輪郭が見えるほどの距離だ。
「ありゃ……船?
で、いいんだよな? リエラ」
俺が尋ねると、残りの三人もそちらに目を凝らした。
「……うん、そうだね」
「ふむ、リエラ殿の船よりもかなり大きめのものに見えるな……」
「大きいのなら、きっと漁船じゃないかしら?」
「そだね。
たぶん漁船で合ってる……んだけど。
ミラーヤさんのいう通り、なんかちょっとおかしいかも……」
リエラが覚えているであろう違和感。
それは、俺にも伝わっていた。
「動きがおかしいのか……?
なんつーか、ただ水上で止まってるだけ、ってわけじゃなさそうだぞ……?」
「……!
そうだ、動きだよ!
止まってるだけなら、波の方向か、上下に動くだけのはず。
でもあの船、波とは反対に。しかも前後に繰り返し動いてる……?」
「やっぱ変な感じの動きだよな。
まるで、なんかに引っ張られてるっつーか……」
俺の言葉を聞いて、リエラが再びバイクに跨った。
「アタシ、ちょっと見てくるね!
なにか困ってるのかも!」
「……待ってくれリエラ、俺も行く」
「トーヤくんも?
でも……」
「ま、海上遊泳ついでだ。
人助けするってんなら、人数は多いほうがいいだろ?
あと……なんか、嫌な予感がするんだよな。こっちはただの勘だが」
「リエラさん。
わたしも、ちょっぴりいやな感じがします。
ぴりっとするというか……うまく言葉にはできませんが、気を付けてくださいっ」
「ミラーヤさんまで……。
……うん、わかった。
じゃあ後ろ乗って、トーヤくん」
「ああ」
「トーヤ殿。
私も同行しよう」
「いや……ありがたいが、今回は俺一人で十分だ。
何が起こるかわからねぇから、ブランシュたちはこっから見ててくれ。
それに万が一の時のために、行くなら泳ぎ慣れてる人間の方がいい。だろ?」
「ふむ……そうか。
ではせめて、これを持ってゆけ」
「ん? ……っとと」
ブランシュから渡されたのは、鞘に収まったロングソードだった。
「いいのか?」
「ああ。
それは、今日のために用意した使い捨ての剣だ。
錆びてもいいような安物を選んだのでな。最悪、海に落としてしまっても構わん」
「わかった。
今日はいつもの剣も持ってきてねぇし……助かるよ」
いつもブランシュが使っている長物よりも幾分か短いそれは、たしかに俺でも扱えそうなサイズだった。
鞘についていた紐をしっかりと腰に固定すると、すでにリエラはバイクを船の方に向けてくれていた。
「いつでも行けるよ、トーヤくん!」
「悪い、待たせたな。
んじゃ、目的地まで頼むぜ」
「ん!」
俺が後ろに乗り込んだのを確認して、リエラがマナを練り始める。
「気を付けてね、トーヤ」
「おう、任せとけって」
言いながらバイクの後部座席に横掛けし、目の前にあった金属製の手すりを掴む。
やがて発進の準備が完了したのか、リエラも低い姿勢を取った。
「出るよ!」
「おうっ」
そして彼女のマナが炸裂する感覚と同時に、機体は弾かれたように発進した。
「トーヤさーんっ!
気を付けてくださいねー!」
そう言って背後で手を振るミラーヤの姿は、すぐに小さくなってしまった。
目の前には、見慣れているようでどこかが違う、青い景色。
海上に香るのは、潮と水流魔法の匂いだけ。
(……やっぱここは、知らねぇ国なんだよな)
託された剣がやけに重く感じるのは気のせいだと、自分に言い聞かせながら。
忍び寄る不安を振り払うように、俺たちは徐々に大きくなる船影を真っすぐと視界に捉えたのだった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




