第49話「硝子と、香水」
「わぁ……!
なんだか、とっても色鮮やかですね!」
昨日とは違い活気のある露店街に到着すると、すぐにミラーヤが目を輝かせ始めた。
「そう?
やっぱり、クロキアとは違う?」
「はいっ!
建物や雨よけがとってもカラフルで。
ならんでいる商品も、とってもきれいです……!」
「うーん、カラフルかぁ。
そうなのかなぁ?」
「まぁ、そうだな。
ここからだと、赤とか緑の屋根とかが目立ってんぜ。
ありゃ果物屋か?」
「奥に見えるガラス細工のお店も綺麗よ。
まるでステンドグラスの一部のようだわ」
「なるほどなるほど。
アタシには見慣れた光景だけど……たしかに言われてみればキレイかも!」
「はい!
なんだか、歩いているだけでワクワクしちゃいますね!」
「あはは、ならよかった。
じゃあ……まずは、どこから回ろっか?」
「俺としては寝具屋だが……」
そう言いながら、ちらりとミラーヤの方を見る。
すると案の定、彼女は尻尾を揺らしながらこちらを見つめていた。
「トーヤさんトーヤさん、先におひるごはんにしませんか?
わたし、お腹がすいちゃって……」
「……ってことだからな。
先に飲食店のある方に行ってみようぜ」
「ん、りょーかい。
あんまり後回しにして、食堂とかが閉まっちゃうのもヤだしね」
「ま、そうだな」
「えへへ、ありがとうございますっ!」
────
──
「あら、美味しい……!
この白いのは、イカかしら?」
「ん~~っ!!
こっちの貝も噛み応えがあって甘くって、とってもおいしいですよフィーニャ!」
俺たちが寄ったのは、リエラがよく行っているというパスタ屋。
そこは通りから外れた細い路地の奥にあり、どこか隠れ家的な雰囲気の店だった。
そこでサフィーアは、イカととうもろこしのパスタを。
ミラーヤは、貝とペンネの盛り合わせを頼んでいた。
「マジで、何食っても美味いな……フローエンは。
こっちの白身魚が入ったクリームスープも絶品だぜ」
「よかった、気に入ってもらえて。
アタシがよく来てる店なんだけど、このお店は味付けが優しくて大好きなんだよね」
「たしかに、わかる気がするぜ。
まさに『こういうのでいいんだよ』って味だ」
「あはは、たぶんそんな感じ。
外国のお客さんを呼ぶにはちょっと庶民的すぎるかなーって思ったんだけど……昨日はスモアブロを食べてもらったから、今日はパスタを食べてほしいなって思ってね。
それで、アタシが気に入ってるお店をさ」
「いや、ナイス判断だ。
そういう外向けの店より、地元の人が行くような店を知りたいと思ってたんだ」
「そっかそっか。
じゃあたくさん食べてもらって、午後からは色々回ろうね!」
「おう」
────
──
海の幸に舌鼓を打った俺たちは、続いて食品市場へ。
「この瓶は……スパイスですか? リエラさん」
「そだよ。
それはたしか、ニペラスの木から取れる香辛料だね。
さっきのお店でも、ドレッシングに使われてたかな?」
「くんくん……わ、ホントです!
フィーニャの食べてたサラダと同じ、上品なにおいがしますね!
一瓶買っていきましょう……!」
「へー、すごいね。
一瞬でそこまでわかるんだ」
「えへへ。
獣人ですので!」
そう言って、ミラーヤは何本かの香辛料とナッツ類(一部は自分のおやつ用だったように見えたが)を抱えて会計に向かった。
「すげえなリエラ、スパイスの原料まで知ってるなんて。
もしかして、フローエンじゃ有名なヤツなのか?」
「んー?
そういうワケでもないんだけど……まぁ、ちょっとね。
たまたま知識として知ってるだけ、ってカンジかな」
「ほーん……」
「でも、そっか。
そういえば、ミラーヤさんって獣人なんだよね。
普通の人より鼻が利くのって、なんかいいなぁ」
「はい!
耳としっぽもありますよ!
……あっ、ありがとうございます、ブランシュさん!」
「ああ」
会計から帰ってきたミラーヤの荷物をブランシュが受け取り、鞄の中に入れていく。
「昨日から気になってはいたんだけど……。
アタシ、初めて見たな。獣人さんは」
「たしかに、珍しいらしいもんな」
「うん。
いるとは聞いてたんだけど、実際に会ったのは初めてでさ。
ね、ね。尻尾って、結構自由に動かせるの?」
「えっと、そうですね。
これぐらいは……!」
ミラーヤは自慢の尻尾を立てたり揺らしたりするが……一緒に身体の全体も動いており、つい笑ってしまいそうになる。
「わ、ほんとだ。
なんか便利そうだね!
手を使わなくても小物とか取れそうだ……?」
「そ、そこまで器用にはうごかせませんが……」
「あはは、そっかー。
でも、なんかいいね。
オシャレとかできそうだし!」
「おしゃれ、ですか?」
「うん!
だって尻尾の分、普通の人よりひとつ分多くオシャレできるってことだよ?
……あ、耳もあるからふたつ分かも」
「な、なるほど……。
それは、かんがえたことがありませんでした……」
「えー、なんで?
女の子としてはうらやましいけどなー。
着飾れる場所が多いーっていうのは」
「うーん、そうですねぇ……なんででしょう?
……しっぽ用の服や小物なんかは、売られてないから……かもです?」
「あ、なるほどー……。
そりゃそっかあ」
「はい。
お洋服なんかも、普通のものにしっぽ用の穴を開けて使っていますから……」
「ん-、そっかぁ。それはそれで大変なのかもだけど……。
でもでもじゃあさ、いい機会だし、一緒に考えてみようよ。
ミラーヤさんの尻尾を使って、どんなオシャレができるのか!
散策しながらなら、服屋さんとか小物屋さんもあるだろうし。アタシも色々考えてみるからさ!」
「わぁ……!
いいんですか?」
「うん!
せっかくだし、そのおっきいお耳用のアクセサリなんかも探してみよう!」
「わぁ、わぁ……!
うれしいです!
フィーニャも、いいですよねっ?」
「ふふ……ええ、いいんじゃないかしら?
せっかくの観光だものね」
「えへへ……!
じゃあじゃあ、よろしくお願いします。リエラさん!」
「こちらこそだ!
ふふ、楽しみになってきたね!」
────
──
「あっ!
あそこに、とってもきれいなお店がありますよ!」
「んー、どこどこ?」
「右側の、奥のほうです!
赤や青にきらきら光って……なんのお店でしょうか?」
ミラーヤの揺れる尻尾を追いかけるように、俺たちは露店街を進む。
「あ、見えた見えた!
あれはガラス屋さんだね」
「わぁ……!
じゃあ、あれがフィーニャが言ってたお店ですね!」
「そだね。
でもあそこはちょっと珍しくって。
ガラス細工やコップを売ってるお店が、ガラス作りの工房とそのまま繋がってるんだ」
「ほう。
工房が直接、か……」
「うん。
もうちょっと寄ってみたらわかるかも」
近づいてみると、その建物はリエラの言う通り。
色とりどりのガラス細工が並べられた店舗部分の隣に、地続きで工房が併設されていた。
「おー……外からでも工房の様子が見れるんだな」
「そ!
面白いでしょ?」
「たしかにな。
ガラス工房なんて見たことねぇから……なんつーか、純粋に興味をそそられるというか」
その工房には石で出来た窯や鉄の器具が並べられており、店舗部分とは反対の地味な鼠色で染まっている。
が、職人が窯から熱せられたガラスを取り出したその瞬間。
赤い熱源が、一面灰色だった周囲を鮮やかに照らした。
そのままガラスに空気が入れられると、赤白い輝きは薄く膨らみ……やがて、透き通る蒼をその身に宿した。
「わぁ、すごいです……!」
「ふむ……色付きガラスか。
見事なものだな」
「ね、すごいよねー」
そうして俺たちが話している間にも、職人は目にもとまらぬ速さでそのガラスを整形し、土台を接着する。
どうやら今目の前で作られたモノは、空色のガラスコップらしい。
「おお……あっと言う間にコップができちまった。
なんかいいな、アレ。
なんつーか、一回でいいからやってみてぇ」
「あ、とってもわかります!」
「あはは。
でもでも、吹きガラスって見た目より結構難しいんだよ?」
「そうなんです?」
「うん。
ガラスに空気を吹き込みながら、吹き竿をずっとぐるぐる回さないといけなくてー。
しかも片手で回しながら、もう片方の手でガラスの形も整えなきゃいけなくて……それを、今みたいに切断するまでずっと」
「な、なんだか、目が回っちゃいそうですね……」
「たしかに。
両手で違う作業をするだけでも、絶対大変だよなぁ」
「鉄の管を真っすぐに保ち続ける筋力。
回しながら加工する器用さ。
さらに言えば、肺の力も求められるのだろうな。
決して、一朝一夕でできる技術ではあるまい」
「そゆことだね!
見てる分には楽しいんだけどねー」
リエラの言う通り、こちらにまでガラスの熱が伝わってきそうなほどの光景は、それだけで目を引くものだった。
そして、店側もそれが宣伝になるとわかっているのだろう。
その後も俺たちがいくつかの作品が出来上がるまで眺め続けていても、何も言われることは無かったのだった。
────
──
「さて、ここが寝具屋さんなんだけど───」
「おっマジだごめんくださーい」
「早っ」
「あはは……。
トーヤさん、すごい速さで入っちゃいましたね」
「えぇー……っと……ど、どうする?
アタシとしては、向かいの建物が小物屋さんだから、トーヤくんが枕を選んでる間にアタシとミラーヤさんはそっち行ってー、って考えてたんだけど……」
「良いのではないか?
二手に分かれ、後で合流をすればいいさ。
トーヤ殿の事は一旦気にするな」
「そ、そう?
じゃあ、二組に分かれるとして。
誰がトーヤくんのほうに残るかなんだけど……」
「私が残るわ。
ちょうど、ここは隣が書店のようだし」
「では、私はミラーヤ殿とリエラ殿側に付くとしよう」
「ん……りょーかい。
じゃあ、それでいこっか!」
「では、後ほどだな」
「ええ」
──
─
「───そんで、素材の見本とかがあったら見せてほしいんですけど……って、サフィーア。
遅かったな、他の皆はどうしたんだ?」
「貴方が勝手に離れるから、皆呆れて向かいの小物屋さんに行っちゃったわよ」
「なんだ……そうだったのか。
せっかくだし、皆も枕とか見てきゃいいのに」
「これほどまでに寝具に執着があるのは貴方ぐらいなものよ……もう」
「あはは……ご家族様ですか?」
「ええ、まぁ。
同居人と言うかなんというか」
「ご主人様よ。
ごめんなさいね、うちの子が面倒をかけているようで」
「すんません、やっぱ祖母です。
いや曾祖母みたいなもんで」
「あら……そう。
トーヤはそのお気に入りの枕と一緒に、一生ペルエットで暮らすつもりなのね?
なら安心なさいな、貴方の国籍はこちらで消しておくから」
「おい待て、それは卑怯だろ。
公私混同、職権濫用もいいところだ」
「この次はペット用品店にでも行きましょうか。
万が一トーヤがクロキアに帰ってきた時のために……着け心地のいい首輪があるといいわね?」
「だー、わかったわかった。
俺が悪かったよ、すんませんでした!」
「わかったなら、よろしい」
「ったく……」
「あ、あはは……?」
────
──
「これなんかどうかな?
お耳にふわっとかけるかんじで」
「シュシュ……ですか?」
「そう!
明るい白だから、ミラーヤさんの髪の色にも映えるかなーって」
「ん~~~。
な、なんだかくすぐったいです……」
「ダメそう?」
「動くたびに、耳の中がぼそぼそってなっちゃって……」
「あー、そっかぁ。
耳の内側がくすぐられるのは、あんまりよくないのかなぁ」
「うぅ~……すみません」
「んーん。
ごめんね、アタシも。
獣人さんの感覚がわからなくって……」
「い、いえいえ!」
「じゃあ、これはどう?
耳の後ろなんかにつけたら、素敵なんじゃないかなーって」
「ひまわりの髪飾り、ですか……!
えっと、こうでしょうか?」
「うん、そう!
似合ってる似合ってる!」
「わぁ……!
たしかに、これなら耳の邪魔にはなりませんね」
「その位置だとミラーヤさんが耳を動かすたびに一緒に動くから、目立ちやすいしね!」
「ふふ……ありがとうございます!
じゃあせっかくですし、これをいただきましょうか?」
「ん-。
とりあえず、それは第一候補かな!
まだまだいいのがあるかもしれないからさ」
「わふ……まだまだ、ですか?」
「うん!
あとは、そだねー……。
ミラーヤさんは髪が綺麗だから、後ろでまとめるのもいいと思うんだよねー」
「な、なるほどです……?」
「お客様、何かお探しですか?
こちらは香水のコーナーでございますよ!」
「……冷やかしだ、気にしないでくれ」
「うーん……そうですか?
それにしては、良い香りがしますよ?
少なくとも、うちの香水ものではないですねぇ」
「……身内にもらったものを、たまたまつけてみただけだ。
不慣れながら、それで少し興味を持ったのでな」
「まあ、そうでしたか!
とってもいい香りですね……!
気品の中にどこか決意を感じさせるような、高潔な香りです」
「……ただの匂いに、そこまで細かい印象を持つものか?」
「ええ。
香りというのは、選ぶ花や香料で、それぞれ違った意味合いがあるんですよ」
「そうだったか……。
さすがは専門家、と言うことか」
「ふふ、ありがとうございます。
お客様がもし興味を持たれたのであれば……例えば、こんなのとかどうでしょう?」
「ふむ……。
折角だ、一つ試させてもらうとするか」
「ええ。
きっとお似合いですよ! はいっ」
「……すまない。
これは、私には少しキツい匂いに感じるな」
「じゃあー……反対にこれとか、どうでしょう」
「これは……悪くないな。
まるでどこかで嗅いだことがあるような……懐かしい匂いだ」
「ふふ。
思ったより可愛らしい香りを選ぶんですね、お姉さん」
「む……そ、そうか……?」
「ええ。
それは春に咲く、とある花の香りなんです。
家のお庭で誰でも手軽に育てられる花なので、草木に詳しくない人でも必ず一度は目にしたことがあるはずですよ。
特に……そうですね。小さいお子さんなんかが、初めて触るお花としてよく育てられている品種でしょうか。
すっきりと甘い香りがするので、娘さんを持つお母さん方がよく買っていくのだと。
……花屋の後輩が、そう言っていました」
(……なるほど。
私が懐かしいと感じたのは、あの時の……)
「……これを、一つ貰おうか」
「ありがとうございます!
すぐにお包みいたしますね」
「ああ、頼む」
────
──
「まあ……中は思ったより広いのね」
「おー。
なんか、思ったよりしっかりした本屋だな。
棚にも装飾とかついてるし、ちょっとイイ店って感じだ」
書店の内装は、外の街並みとは正反対の、黒と茶の色合いで統一されたシックなものだった。
「おっ、あっちには読書スペースもあるぜ」
「あら、本当ね……。
ただ書物を販売しているだけ、というわけではなさそうね」
「だな。
あんだけ奥だと外の音も聞こえねぇだろうし……寝心地よさそうだ」
「もう、恥ずかしいことを言わないで頂戴……。
ほらトーヤ。はしたないから、その枕も仕舞って」
「へーい」
サフィーアに指摘され、俺は胸の前で抱いていた枕を鞄に収めた。
「もし、店員さん。
少しいいかしら」
「はい。
いかがなさいましたか?」
「ここは、とても素敵な場所なのね。
外からでは判らなかったのだけれど……まるで小さな図書館のようで、少し心が躍ってしまうわ」
「これは……ありがとうございます。
当店はフローエンでも随一の蔵書を持つ書店でございますので。
きっと、お客様のお気に召す一冊が見つかることでしょう」
「まあ、そうだったのね。
例えば、どのような種類の書物があるのかしら?」
「地誌、歴史書、学術書に辞典、実用書、伝記、小説など……。
様々なものを取り揃えております。
非売のものもございますので、お気に召しましたら一度私共にお声がけいただければと」
「そう……。
ありがとう、少し中を周ってみるわね」
「ええ、ごゆるりと。
試読用の机も、是非お使いください」
サフィーアは最後に司書のような人物に微笑みかけると、こちらに戻ってきた。
「ですって、トーヤ。
地誌や歴史書なんかは、貴方にも関係があるんじゃなあい?」
「んー……そうだな。
なんか探してみるか」
「私も、他の国の歴史には純粋に興味があるわ。
あちらの棚かしらね」
「そうだな……っと。
ん、たしかにこの辺っぽいな」
受付とは反対の壁際、そこには特に分厚い本が集まっている棚があった。
「……ねえトーヤ、そこの上から二段目」
「ん?」
「灰色の背表紙よ、取って頂戴」
「あー……っと。
これか?」
「ええ。
ありがとう」
少し高めの列に手を伸ばし、取り出した一冊をサフィーアに渡す。
たしかにあの位置の本は彼女の背丈では届かないのだろう、と手渡してから気付く。
「ん……いいわね。
少し奥で読んでみましょうか」
「お、やっと枕の出番か」
「読み聞かせをしてほしいのなら、お城に帰ってからね。
こんなところで寝られては困るもの。
……さあ、貴方も何か一冊見つけてきなさいな」
「へいへい……」
サフィーアに言われるがまま、手頃な場所にあった漁業関連の地誌を手に取る。
内容を見てみると、季節ごとの魚の種類や分布。潮の流れに関しての知見などが記されてあった。
「ふむ。
漁業の知識なら、交易の足しになる。か……」
魚を輸入するにしても、まずはこちらの漁業に携わっている人物に話を通す必要があるのだ。
となれば、今のうちに最低限の知識をつけておくぐらいはしておいたほうが良いだろう。
「よいしょっと。
お待たせ」
「ええ」
サフィーアの対面に掛け、同じように表紙を広げる。
「にしても……ここじゃタダで読めるとはいえ、買うってなると高ぇんだな。本って。
サフィーアが持ってんのも、くすんでるわりに今日の俺たち全員の昼飯代ぐらいの値札がついてるぜ」
「本は嗜好品だもの、そんなものよ。
それに、特にここに並んでいるものはどれも装丁が綺麗だから……。
きっとこの町には、腕のいい印刷工がいるのでしょうね」
「へぇ……なるほどね」
文化の違いに、改めて小さな感嘆を覚えつつ。
少しの間、紙をめくる音だけが静けさの中で時を刻むのであった。
────
──
「戻ったか、トーヤ殿」
「ああ。
悪いな、待たせたか」
「ん-ん、全然!」
「おかえりなさい、です!」
書店を出て、外で談笑をして待っていたらしいリエラたちと合流する。
「どう?
いい買い物はできた?」
「おう、バッチリだ。
これで、今日からの俺の快眠生活は約束されたと言っていい」
俺の返答に、三人はまた目を合わせて少し笑う。
その笑い方は三者三様だったが……それぞれに出身の違う女性同士、打ち解けているのなら良いことだ。
「んじゃー……次はどこいこっか?」
「晩ごはんまでは、まだまだ時間がありますねぇ」
「俺はどこでもいいぜ、目当てのモンも買えたし」
「そっかぁ。
ブランシュさんたちは?」
「我々も、右に同じだな」
「うーん、じゃあどうしようかな……。
……ってあれ、トーヤくん。
本も買ったんだ?」
「ん? ああ。
漁業についての、地誌ってヤツかな」
「そかそか、そうだよね。
そういえばトーヤくんたちって、一応お仕事で来てるんだもんね」
「まぁ、仕事といえばそうなんだが……半分は旅行気分ってのも間違いないぜ」
「となると、次は……」
そう言って指に顎を乗せていたリエラは何かに気付いたようで、はっと顔をあげた。
「あっ……!
スタグおじさーん! こっちこっち!」
おもむろに、通りの奥へ向けてリエラが大きく手を振る。
すると、そちらから近付いてくる男性の姿があった。
「おう、リエラちゃんじゃねえか!」
「こんにちは、スタグおじさん!
ちょうどよかったー!」
「今日はどうした、お友達と買い物かい?」
「うん、そんなとこ!
……っと。みんな、紹介するね。
この人はスタグおじさん! アタシが港の方でよくお世話になってる人!」
リエラが手で指し示すと、スタグおじさんと呼ばれた男性は腕を組んでこちらを見据えた。
「スタグヴァンゲル=ハウゲンだ。
呼ぶときゃ、スタッグでもスタグおじさんでも。好きにしてくれ」
「で。
こっちの男の子から順番に、トーヤくん。
ブランシュさんに、ミラーヤさんに、サフィーアちゃん」
「どうも。
スタッグさん……で、いいでしょうか」
「おういいぜ、よろしくな。
……んで?
こんな若モンたちに俺みてぇな年寄りを急に紹介して、どうしたんだい?」
「まだ年寄りって言うほどの歳でもないでしょ、もー」
「ガハハ、そうかい。
そう言ってくれるたぁ、嬉しいねぇ」
そう言って、スタッグと名乗った男性は豪快に笑う。
外見から察するに、年齢は五十歳前後といったところだろうか。
「でね、スタグおじさん。
紹介した理由なんだけど……ちょうど今、アタシがおじさんを探しにいこうとしてたところでさ」
「ほう。
そりゃまた、どうしてだ」
「えっとー……それは、このトーヤくんが関係してるんだけどね。
何から説明しようかな」
「おう、この兄ちゃんがか」
腕を組んだ彼はこちらを一瞥し、またリエラの方へ視線を戻す。
「ん-と……まずね。
トーヤくんたちって、ペルエットの外から来た人なんだ。
クロキアと、こっちのブランシュさんは、フレイミアから。
それが、つい昨日の話でね」
「ほう……。
兄ちゃんたち、外国の人だったのかい。
西の方からわざわざこんなとこまで来るたぁ、物好きだねぇ。
道すがら、大変だったんじゃねえか?」
「ええ……そうですね。
ほとんど徒歩だったので」
「だろうなあ。
ご苦労なこって」
そう言って、納得したように何度も頷く。
「しかしよ、兄ちゃんたち。
なんかしら特別な用事でもねぇと、こんなとこに国を越えてまで来ようなんて思わねえはずだぜ。
なんか、事情でもあんのかい?」
「スタグおじさんの言う通りだよっ。
その特別な用事っていうのが、交易のお仕事らしくてね。
トーヤくんたち、ウチのお魚をクロキアに持って帰りたいんだって」
「魚を……?
ほう、それで俺を探してたのかい。
なるほどねぇ……」
スタッグさんの目つきが、少し鋭いものに変わる。
「うん。
で、次はトーヤくんね。
スタグおじさんは、漁師さんなんだよ。
しかもただの漁師さんじゃなくて……なんと、フローエンの漁業協会の会長さん!」
「漁業協会……?
なるほど、そういうことだったんですね」
ここでようやく、こちらもリエラが彼を探していたという理由に合点がいく。
彼の浅黒い肌や筋骨たくましい体格、そして俺の倍ほどもある太い腕も。全て彼の稼業が関係していたということだ。
「おうよ。
こちとら初めて船に乗ってから四十年以上、海を見なかった日は一日たりともねぇ。
フローエンの海のことなら、なんだって俺たちに聞きな。
……ま、会長なんてえ言葉は、ほとんどお飾りだがな。ガハハ!」
そう言って彼は、さきほどまでの勇ましい目つきを解いて破顔した。
───いわゆる、海の男。というやつだろうか。
威勢よく話しながらも大きく口を開けて笑うその姿は、彼自身の気風の良さを感じさせた。
「おじさんはこう言ってるけど、ホントにすごい人なんだよ!
百人以上いるフローエンの船頭さんたちを取り仕切ってるだけじゃなくて、市場への水揚げとか出荷も管理してくれててね」
「それは、たしかにすごいですね……。
スタッグさんご自身も海に出られながら、ですよね?」
「あたぼうよ。
今朝だって、大漁で船がひっくり返りそうだったぜ」
船頭たちを取り仕切っている、町の漁業全体の責任者。
いわゆる、網元というヤツだろうか。
「すごいよね。
アタシたちが美味しい魚を食べられてるのは、ぜーんぶスタグおじさんのおかげ、ってわけ!」
「たしかに……それは感謝しかないですね」
「ガハハ!
よいしょが上手じゃねえか、二人とも。
俺なんか褒めても、水の一滴も出やしねえぜ」
スタッグさんはまた、歯を見せて笑う。
その耳慣れない言い回しは、ペルエット特有の慣用句だろうか。
「とにかく、それがスタグおじさんを探してた理由。
トーヤくんがお魚の取引をするなら、絶対おじさんと話すことになると思って。ね?」
「ああ、合点がいったよ。
……近々お話に伺いたいと思いますので、その時はよろしくお願いします。
スタッグさん」
「おうよ。
俺に話があるときゃ、協会の詰所にでも寄りな。
今日はもう遅えから鍵を閉めてきちまったが……午後は大抵そこにいるからよ」
「そっか。
おじさんも、最近は時間があるんだよね。
この時期だと沖合漁はないはずだから、沿岸ばっかりのはずだし」
「そん通りだ。
明日はちょいと用事ができちまったもんで、詰所にはいねえかもしれねえが……。
まぁ、それ以降なら詰所か港でなんかしらしてるだろうよ」
「わかりました。
必ず、伺いますので」
「おう。
じゃあ俺は、女房に怒られねぇうちに帰らねぇといけねぇからよ。
兄ちゃんたちも気を付けてな」
足元の荷物を担ぎ上げ、スタッグさんは背を向けて歩き出す。
「ありがとうございました」
「おじさんも!
また腰痛めたりしないようにねー!」
「おう、そいつは俺の腰に言ってくんな!
こいつはどうやら、リエラちゃんのマッサージが気に入っちまったらしいからよ!」
「もうっ!
おじさんのバカ!」
そうして、サンダルの音を笑い声で消しながらスタッグさんは去っていった。
「……勢いのある人だったな」
「ね!
奥さんと一緒じゃないときは、だいたいいつもあんな感じ!
今日も朝から漁だって言ってたくせに、元気すぎて困っちゃうぐらいだね」
「いいんじゃないか。
見るからに気さくで、尊敬できそうな人だったよ。
リエラも、紹介してくれてありがとうな」
「んーん、全然。
アタシは別に……なんにもしてないから、さ」
そうやってリエラはひらひらと手を振ったが……商売において、ツテというのは何よりも強力な武器だ。
ペルエットに来て初めに出会ったのが彼女だったことを、俺は改めて心の中で感謝した。
「しかし、リエラ殿。
次の目的は彼を探すことだったのだろう?
運よく出会えてしまったのなら、また目的地を失ってしまったのではないか」
「あ、そうそう。それなんだけどね。
海って聞いていいこと思いついちゃったんだ、アタシ」
「いいこと、ですか?」
「うん。
じゃあ次の目的地を発表ー……の前に。
みんなはさ、海とか砂浜ってどれくらい行ったことある?」
「ふぇ?
えっと……わたしは、あんまりない。かもです?」
「右に同じ、だな。
フレイミアも東端には浜があるが……傍まで寄ったことはあれど、足を付けたことはないな」
「私も、似たようなものね」
「俺はまぁ、小さい頃に何度かは」
「そっかそっか。
それならみんな、水着は持ってきてなさそう。だね?」
「水着?
……ってことは」
「そうっ!
海と言えば、海水浴!
せっかくペルエットに来てもらったんだし。それに明日は晴れそうだし……!
次の目的地は、水着屋さんだー!」
────
──
「ふぁ……ねみぃ……」
『明日はみんなで、海に遊びに行こう』
そんなリエラの提案が可決された後、俺たちは水着屋に立ち寄っていた。
───といっても俺は、すでに店内にいた時間よりもこうして外で読書をしている時間の方が長くなってしまっているのだが。
「……にしても、遅えな……」
思い返せば、きゃいきゃいと黄色い声を上げながら水着を選んでいた女性陣に反して、俺が店内でやったことは非常にシンプルだ。
サイズの合いそうなサーフパンツとサンダル、そして適当に羽織れそうな上着を探し出し、会計に持っていく。
ただ、それだけ。
故に、こうしてあくびを嚙み殺すだけの時間が続くのも道理なのだろう。
「おっまたせー」
「んお。
やっとか」
水着屋の扉を開け、手を挙げながら近づいてきたのはリエラだった。
「必要なモンは手に入ったか?」
「うん、ばっちり」
「そうか。
そりゃよかった」
「……引き換えに、女としての自信は失くしてきたけどね……ふふふ……」
「ん……?」
そう言ったリエラは、虚ろな目で笑っていた。
(……あぁ、なるほど)
焦点の合っていないリエラの後ろには、顔を真っ赤にして買い物袋を抱きしめるミラーヤが。
そしてその横に、仏頂面のまま『鎧があったら着こみたい』と新しめの諺を顔に書いたブランシュ。
最後に、何事もなかったかのようにいつもの微笑みを浮かべているサフィーアの姿があった。
「……まぁ、今日はもう帰るとするか。
もう日も沈んじまいそうだし」
「うん、そだね……」
どうやら、太陽と一緒にリエラも沈んでしまったらしい。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




