第48話「街と、疑惑」
翌日。
食堂の中でも、窓から差し込む光が当たらない場所で俺たちは集合していた。
昼にはまだ早いということもあり、周りの利用客もまばらに見える。
「それで。
昨日はあの後、大丈夫だったのか?」
「ああ。
宿の灯りが消える前には戻ってこられたよ」
「そっか。
安全に送り届けられたんなら、何よりだ」
「見送り自体は、無事に終わったのだが……少し気になることがあってな」
「ん、そうなのか?」
「うむ……。
半分はリエラ殿と話した内容なのだが、これは皆にも共有しておく必要があるだろう。とな」
「むずかしいおはなし、ですか……?」
「いや、そういうことではないのだがな。
しかし……あくまで、私の主観だという前提で聞いてくれ」
「ええ」
女将さんにサービスでもらった甘いお茶を飲みつつ、皆がブランシュの方へ視線を向ける。
「まずは、ひとつ。
見送りの最中、リエラ殿に『鍛えてくれないか』と頼まれたことだ」
「鍛える?
……っつーと、前の俺みたいに、稽古をつけてくれってことか?」
「およそ、そういうことだろう。
私が軍人だと言うことを伝えた後に出た話なのでな」
「ほー。
そりゃまた、どうして」
「理由は私も聞いたが……リエラ殿が言うには、強くなりたいからだそうだ。
また魔獣や何かに襲われた際に、自身の力でどうにかできる程度にはなりたいと」
「なるほどな……。
それ自体はいいことなのかもしれねぇけど……どうなんだ?
騎士でも軍人でもない女の子が、魔獣に襲われても大丈夫なようにー、って。
なんて言えばいいのかわからんが……この世界じゃ、それが普通の感覚なのか?」
覚えた違和感をそのまま口に出すと、ブランシュがそれを首肯した。
「いや、トーヤ殿の言っていることはおよそ正しいだろう。
私がこの話題を出したのも、そこに引っ掛かりを感じたからだ」
「私も賛成ね。
魔獣に襲われて、直接的な命の危機を体験して……。
それだけの経験をしたのであれば、普通なら『次にまた遭遇しないようにするにはどうすればいいか』ということにまず意識が向くのではないかしら。
ただ町に住んでいるだけの、普通の女の子なら。ね」
「そう、だよなぁ」
「たしかに、リエラ殿は一人で魔獣の群れを振り切ろうとしていた。
我々が助けに入ったとはいえ、それに至れるまでの高い体力と判断力があるのは事実だ。
その点については、賞賛すべきことではあるのだが……」
「だからといって、普段から戦いに身を置いているような人間には見えない。よな」
「ああ、そうだ」
「うぅん……。
もしかして、ブランシュさんを見て、軍人さんにあこがれたんでしょうか?」
「いや、それは無いんじゃねぇかな……」
「そうだな。
たとえそうであったとしても、あの歳から身体を作って軍人や騎士になるというのは難しいだろう。
決してできん、とは言わんが」
「そうですか……」
「まぁ、理由はなんにせよ。だ。
ブランシュとしてはどうするんだ?
町を見終わった後の夕方とか、簡単な稽古をつけてやれるだけの時間はあるとは思うが……」
「あくまで依頼として、受けるつもりではあるよ。
町の案内をしてもらう礼という意味もあるのでな」
「そうか。じゃあ、俺としては止めねえよ。
……ってか、なんなら俺も付き合うべきか?
ブランシュだけに負担をかけるってのも申し訳ないしな」
「いや、不要だろう。
リエラ殿は、あくまで私に個人的に頼んできたのだ。
その意図が完全にわかっていない以上、あちらの希望通りにするべきだろう」
「うーむ……そう言われればそうか。
じゃあ、頼んでいいか?」
「ああ。
お互いに無理のない範囲で、実施するとしよう」
「なんかあったら、すぐ伝えてくれよ」
「無論、そのつもりだ」
ということは、しばらくは町の案内が終わり次第、リエラとブランシュは別行動になるということか。
それが何日の間続くかはわからないが……いったん、様子を見るとしよう。
「それで、もう一つの話はなんだ?」
「ああ、そちらについてだが……昨日、私たちが別れた場所についてだな」
「場所?」
「うむ。
昨日私とリエラ殿が別れたのは、北の町はずれだったのだよ」
「北のほう、ですか……?」
俺とミラーヤはピンと来なかったが、どうやらサフィーアはその情報だけで意図を見抜いたようだった。
「……あの子の家は、そこまで遠くではなかったと思うのだけれど?
私の記憶では、少なくともこの宿より南側だったはずよ」
「私も、その認識だ」
「あー、そういうことか……。
じゃあ昨日は、直接家までは送り届けられてないってことか?」
「ああ。
別れたのは、露店街などから大きく離れた、静かな場所だったように思う。
暗かったので景色はあまり憶えていないが……とにかく、そこでいいと言われたのだよ」
「普通に、自分の家の前まで送ってもらえばよかったと思うんだが……敢えて、か。
たしかに、妙な感じがするな」
「なにか、外にご用でもあったのでしょうか……?」
「あんな夜に、かぁ?
俺だってペルエットの文化を知ってるわけじゃねえけど……町の人も全く出歩いてないような時間だったんだぜ?」
「たしかに……そうですねぇ」
「どこのお店も開いていないような時間だったものね。
自宅以外に目的地があるようには思えないのだけれど……」
俺たちがまたブランシュの方へ視線を移すと、再び軽く頷いた。
「怪しい……とまでは言わないが、何か事情があるのだろう。とはな。
それがそのまま、皆にこの件を伝えるべきだと感じた理由でもある」
「事情、なぁ……」
皆一様に考え込むが、これといった答えは出てこない。
情報が少なすぎるというのもそうだが……そもそも俺たちは、リエラについてまだほとんど何も知らないのだ。
当然といえば当然だろう。
「ひとまずは、保留と言ったところかしらね。
何かを判断するには、まだ早すぎると思うわ」
「ま、そうだな。
文化の違いとかもあるだろうから、なんとも言えねぇが」
俺たちは昨日の今日、リエラに世話になった身だ。
が、ここが異国であるということを意識すればするほど、嫌な想像をしてしまいそうになる。
「わたしは、リエラさんはいい人だとおもいます。
だから……怪しんだり、うたがったりというのは、あまりしたくないです……」
「その点については、私も同じ意見よ。
なのだけれど……あの子はどこか、焦っているようにも感じられたから。
まるで、常に何かに追いかけられているような。ね」
「焦ってる……?
リエラがか?」
「ええ。
あくまで私の主観だけれど、ね。
今はとにかく……それが良い方に転んでほしいと思っているわ」
「ふーむ……」
リエラは、明るく人懐っこい女の子だ。
俺には、あの子の言動が何かに迫られていたようには思えない。
が……サフィーアの人を見る眼も、確かなものだ。
王として、年長者として。様々なものを見送ってきた彼女の識見は、俺のそれよりも遥かに信頼に値する。
無論、俺もリエラを怪しむつもりはない。
それでも、ここは異国の地で、俺の常識の通用しない世界だ。
ブランシュやサフィーアの言った通り、予想外の出来事が起こるという覚悟も多少はしておくべきなのだろう。
「どちらにせよ、町の北には今度足を運んでみましょう。
もしかすると、それで解決するかもしれないから。
……伝えてくれてありがとうね、ブランシュ」
「ああ」
───そんなやりとりをしていると、時刻は気づけば正午を過ぎていた。
飲み物が入っていたポットも、いつの間にか空になっている。
「あ、みんな!
やっほー! もう起きてたんだね!」
「おっ」
すると、俺たちの思索を打ち払うように明るい声が飛び込んできた。
「やーやー、みんな。
昨日はよく眠れたかな?」
「おかげさまでな」
「はい、ぐっすりでした!」
「うんうん。
それはよかった」
「特に、あの枕は極上だったぜ。
あれだけはなんとしてでもクロキアに持って帰るつもりだ」
「あはは、そっかそっか。
じゃあ今日は、寝具屋さんにも寄らないとだね」
「ぜひ頼む、最優先でな」
「……最優先は、魚ではなかったのか? トーヤ殿」
「そりゃ……まぁそうなんだが。
だがなにも、最優先が二つあったらダメなんてルールはねぇだろ?」
「ふむ」
「どっちも同列に大事、ってことだ。
うむ。今日の俺は、自信を持ってそう言うぜ」
「えへへ。
わたしは、いいと思いますよ!」
「ん、そだね!
じゃあ今日は……その『最優先』をたくさん増やすためのおでかけに、出発だー!」
「おう!」
「おー、です!」
そう言って無邪気に拳を掲げる俺たちを見て、ブランシュは笑いながら肩をすくめるのだった。
「やれやれ……」
「ふふ……いいじゃない、ブランシュ。
今日は少しだけ気を抜いて、この子たちについていきましょう。
私たちも、街で何か気に入ったものが見つかるかもしれないもの」
「……そうだな。
では、そうするとしようか」
そうして俺たちは、少し砂の混じる石畳を歩きながら、フローエンの中心街に向かったのだった。
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