第47話「闇と、枕」
街灯もほとんど設置されていない、夜の通り。
我々が歩いているのは、どうやら夕方に通った露店街のあたりらしい。
「今日は本当に世話になったな、リエラ殿。
明日からも、どうかよろしく頼む」
「ううん、こっちこそだよ!」
左側を歩くリエラ殿に悟られないよう、歩きながら鞘の柄止めを外す。
今はグリーヴも履いてきていないが……革靴ですら石畳に足音が高く響いているところを見ると、それで正解だったようだ。
「魔獣に襲われそうになってるところを助けてもらって、おばあちゃんに会ってもらって、宿に案内して、スモアブロを食べてもらって……。
ほんとに、半日で色んなことがあったよね」
「そうだな。
さらに言えば、我々はその手前の朝から徒歩で行軍をしている。
サフィーア殿たちも、今頃は疲れ果てて寝ていることだろう」
「そっか……わざわざクロキアから来たんだもんね。
ブランシュさんは、フレイミアからだっけ?」
「ああ。
場所だけで言うなら、四人でクロキアから出発したのだがな」
答えながら、裏通りの入り口や死角となる暗闇に目を凝らす。
歩き慣れたフレイミアとは構造が違うというのもあるが……十字路や物陰が多い露店街は、どうにも落ち着かないものだ。
「そっかそっか。
じゃあ、明日からは目いっぱいペルエットを楽しんでもらわないとね。
アタシも案内役として、フローエンのいいところ沢山考えておくから!」
「ふむ。
それ自体はありがたい申し出なのだが……リエラ殿は、本当によかったのか?」
「ん、なにが?」
「我々は、リエラ殿が普段何をしている人物なのかも知らないのでな。
町案内をしてもらっておいてなんだが……無理をさせていないだろうか。とな」
「あー……なるほど。
普段何をしているのか、かぁ……。
そりゃまぁ、そうだよねぇ」
「答えづらいのなら、深く訊くつもりはないが」
「ん-ん、全然。
って言っても……別の意味での答えづらさはあるかもね」
「と、言うと?」
「アタシさ。
なーんにもしてないんだよね、普段」
「……何もしていない、とは」
「あ、もちろん自分の食い扶持ぐらいはどうにかしてるよ。もう子供じゃないからね。
なんだけど……決まったお仕事とかはしてないんだよね、今は」
「ほう……」
「けっこー前までは、色々やってたんだけどね。
今は、なんていうか……毎日フローエンの町を色々回って、色んな仕事をしてる知り合いの人たちの様子を見に行って。
そこから色んな頼み事とか連絡事を拾ってきて、それをこなしてお駄賃をもらってるような状態かな。
それこそ、一日だけあの宿のお手伝いをしたりとかね」
「ふむ……なるほど」
「あはは。
なんか、変だよね?」
少し考え込んだ私を見て、リエラ殿はおどけて笑う。
「いいや……変だとは思わないさ。
そういう生き方も、当然あるのだろう。
……言ってみれば私も、つい最近そのような生活になったところだからな」
「そうなの? ……っていうか。
逆にブランシュさんの方は、普段は何してる人なの?」
「軍人だ」
「えっ……軍人さん!?」
「ああ。
と言っても、今は形無しだがな」
言いながら、今の自分の格好をもう一度振り返る。
人の護衛をすると言っておきながら、鎧はおろか手甲すら身に着けていないとは。
以前の私が見たら、果たして何と言うだろうか。
「そっか、軍人さんかぁ……。
だからあんなに強かったんだね……」
「一般的な人間よりは、多少な。
しかしフレイミアで軍人をやっていれば、嫌でもそうなるものだ。
文字通り、血反吐というものを何度も吐きながら訓練をしたのでな」
「そーだったんだ……。
……ふぅーん……」
それきり、リエラ殿は口を閉じてしまう。
「……すまないな。
私の身の上話など、何も面白くはなかっただろう」
「あっ、いやいや、そうじゃなくて。
そうじゃなくてー……えっと……」
そして再び、何かを言おうか言うまいかと指を顎に当てた。
「えっとね、ブランシュさん。
笑わないで聞いてほしいんだけど……」
「どうした、リエラ殿」
「……もしよければ、なんだけど。
───アタシを、鍛えてくれないかな?」
その口から出たのは、意外な一言だった。
……が、同時に私は以前も同じような言葉を投げかけられたことを思い出す。
「私が、リエラ殿をか?」
「うん、そう。
明日以降、いつでも。
それこそ、日中の案内が終わった後とかでいいからさ」
「……理由を訊いてもよいだろうか」
「それは……えっとね」
そこで彼女は足を止め、呼吸を整えるようにしてから改めて口火を切った。
「アタシは……なりたいんだ。
……強く。
強く、なりたい。うん」
そう言って、自らを納得させるように何度も頷く。
「また昼間みたいな魔獣に。
……魔獣じゃなくても、何かに襲われるかもしれないからさ。
だから、鍛えてほしいんだ。
いざっていう時のために、軍人さんから見た視点で」
「……ふむ」
リエラ殿の目は、やはり以前の事を思い起こさせる。
しかし、あの時とは何もかもが違うのだろう。
目の前の人間は、異常な能力を持つ異世界人でもなければ。
私自身も、以前のように自分を追い立て続ける一人の軍人ではない。
しかし、だからこそ。
真っすぐにこちらを見据える、この娘に対して。
今の私が、できることは。
「リエラ殿、私は───」
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「おう、っふ……」
白く柔らかい幸福の塊に、顔を埋める。
「いかん、気持ち良すぎてつい声が……」
約一週間ぶりの、ベッド。
───そう、ベッドだ。
清潔感のある白いシーツに、陽だまりの匂いを失ってなお俺を優しく包んでくれる、掛け布団。
「……いや、こういう洋式の掛け布団はデュベイとかコンフォーターって言うんだったか……」
しかし今は、そんなことはどうでもよかった。
むしろ、この世の至福に名前を与え、言葉という記号でそれを定義しようなどという行為は、あまりにもおこがましい行いなのだろうとさえ今は思う。
「肌触りも、柔らかさも、軽さも……申し分なし」
全身をわさわさと動かし、何度も寝具の感触を確かめる。
傍から見たら異常者なのだろうが、今この部屋には俺以外の誰も存在しないのだ。
まぁ、たとえ存在したとしても構わないのだが。
「さすがに王城のベッドには劣るが……テントに比べりゃ天国だぜ。
……っと、まくらまくら……」
寝そべったまま、もそもそと枕まで頭部を持っていく。
「おっ、これは……」
見た目には、なんの変哲もない枕。
しかし、確かに何かが違っていた。
「なんだこれは……なんだ……?」
俺の頭部をふわりと受け止めてくれたそれは。
ゆったりと、しかし確かな力で支えてくれている。
「そばがら、か……?」
そばがら。または、それに近いものが枕の中に入っているのだろう。
後頭部に伝わる独特で心地よいその感触は、クロキアでは感じたことのないものだった。
そのほどよい硬さと軽さに、自然と全身の力が抜けていく。
「おー……こりゃいい。
なんかいい匂いもするし……ちょっと贅沢な感じだ……」
どこか郷愁を誘うこの匂いは、きっと素材となった植物特有のものなのだろう。
そのまま息を吐きゆったりと手足を投げ出すと、窓をくぐる波の音が俺の耳にこだました。
海辺の宿というのは、なんとペルエットらしいシチュエーションだろうか。
新鮮で快適な寝具に加えて、ちょっとしたリゾート感まで味わえるとは。
「うむ……これはたまらんな……。
特にこのそばがら的なヤツは、是が非でもクロキアに持って帰ろう……。
ナイスチョイスだぜリエラ……」
良い宿を選んでくれたリエラに感謝を告げつつ。
俺はゆっくりと、まどろみの中に意識を落としていくのだった。
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