第46話「空腹と、星空」
「とうちゃーく!」
リエラの掛け声と共に、石垣の門を越えたところで俺たちは足を止める。
「おー……。
まさに、港町って感じだな」
俺の目の前に伸びているのは、石畳の道と、活気のある街並み。
何本もの十字路の周りには、赤や白の屋根を持つ煉瓦の家々が立ち並び。
それらの光景は、どこかの絵画で見たような西洋の港町そのものだった。
「ん~っ!
どこからでも潮の匂いがしますね……!」
「あはは、海の町だからね。
アタシはもう慣れちゃったから、ほとんど何も感じないけど」
「へぇ……町の入口からでも、海が見えるんだな」
「そだね。
アタシたちが今いるここ、丘側の方が高くて……そこから海側に向かって下り坂になってる形の町なんだ。
わかりやすいでしょ?」
「なるほど。
たしかにこれなら、町のどこにいても迷わなさそうだ」
地理的に言うと、ここはフォルジア大陸の東側の海岸だ。
なので、さきほどまで俺たちがいた丘が西側で、海が東側。
そしてその海沿いに、南北に広がるように町が存在するのだろう。
ならば、海の方向さえわかれば地図がなくとも自分の位置がわかると言うものだ。
「じゃあ……改めて、いらっしゃい!
ここがペルエットの港町、フローエンだよ!」
「はいっ、おじゃまします!」
リエラの口上に、ミラーヤが元気に返事をする。
「……あはは」
「えへへぇ」
俺たちが黙っていたせいか、声を出した二人が照れくさそうに笑いあう。
歳が近い女の子同士ということもあり、この二人には何か通ずるものがあるのだろう。
「さてと……それじゃまずは、アタシの家まで案内しよっか」
「リエラの家に、か?」
「うんっ。
まずはおばーちゃんにただいまを言って、みんなを紹介しておきたいんだ。アタシの命の恩人だからね。
みんなが泊まるところを探すのは、そのあとでもいいかな?」
「なるほど、別に構わないぜ。
皆もそれでいいよな?」
言いながら後ろを振り向くと、それぞれに肯定の視線を返してくる。
「ってことだ。
せっかくだし、道中もいい感じの観光案内を期待してるぜ」
「あはは。
それじゃ、はぐれないようについてきてくださいねーっ」
─────
──
「はい、見えてきたよ。
あのオレンジの屋根が、アタシの家」
リエラの指差す先にあったのは、彼女の髪の色より少し明るい橙色の屋根をした家屋。
大通りの中央市場を抜けて、いくつかの十字路を跨いだところにそれはあった。
「なーんの変哲もない、フツーの家。
さっきまでみんなに紹介してた市場とか有名なカフェとかと違って、なんの面白味もない場所だね」
「いやまぁ、家に面白味を求めても仕方ないと思うが……」
「あはは、それはそうかも。
フツーの人間には、フツーの家で十分。
分相応ってやつだ」
たしかにリエラが言った通り、目の前の家にはこれといって特徴がないように思える。
周りの家々と見た目や大きさもほとんど変わらない、至って一般的な家ということなのだろう。
それ自体は決して悪いことではないはずなのだが……リエラの言葉にはどこかひっかかる部分があった。
「さて、到着。
みんなはちょっとだけ外で待っててね」
「ああ」
そう言うと、リエラは動きやすそうな服の裾を翻しながら扉を開ける。
「ただいまーっ、おばーちゃーん!」
彼女の後姿を見送り、開けっぱなしにされた木製の扉から次に聞こえてきたのは老婆の声。
おそらく、その声の主がリエラの言う『おばあちゃん』なのだろう。
それ以降の声は風の音にかき消されて聞こえなかったが……いくつかのやり取りの後、またリエラが扉から顔を出した。
「おまたせ!
入って入って!」
「おっ。
じゃあ、お邪魔するぜ」
「うん。
あ、入口狭くてごめんね?
ブランシュさんの荷物、通れるかな」
「なんとかしよう」
あれやこれやと工夫をしながら扉をくぐり、俺たちは宅内へと足を踏み入れる。
坂道の途中に玄関があるというのは少し新鮮だったが、入ってしまえば普通の家と何ら変わりはなかった。
「いらっしゃい!
テーブル、適当にかけちゃって」
「お邪魔しまーす……っと」
少し会釈をしながらリビングに入ると、そこには小さな老眼鏡をかけた老婆が腰を曲げながら立っていた。
「あらまぁ、大変な荷物ですねぇ……。
さぞ重かったでしょう。どこに置いてもらっても構いませんから、好きにくつろいでくださいね」
「ありがとうございます」
俺たちはそれぞれ老婆に礼を告げ、目の前の大きなテーブルを囲んだ。
家の外装は石造りだったが、どうやら中は木造らしい。
宅内は落ち着いた色の家具や壁で構成されており、ほどよい天井の低さも俺に安心感を与えてくれた。
「さて、紹介するね。
この人たちがアタシの命の恩人。
右の男の子から順番に、トーヤくん、サフィーアちゃん、ミラーヤさんに、ブランシュさん!」
「どうも」
改めて軽く会釈をすると、老婆は静かに頷いた。
「で、こっちがアタシのおばーちゃん」
「ルミエ、と申します。
リエラちゃんを助けていただいたようで、本当になんとお礼を言えばいいのやら……」
「いえ……俺たちは、たまたま通りかかっただけなので」
「ご謙遜を。
『たまたま』で退けられるものではありませんよ、魔獣は。
この子が皆さんに出会えたのは、本当に幸運だったのだと思います。
そして……ご苦労をおかけしました。昔からこの子は、無茶ばかりするものですから」
「またおばーちゃんは、アタシを子供扱いしてー……って言いたいところだけど、今回はホントに危なかったから。
改めてありがとうね、みんな」
頭を下げる二人に、俺たちはどこかむず痒い気持ちになるのだった。
「私としても、何かお礼をしてさしあげたいのですが……。
生憎この家には、余っている部屋も一つしかないもので。
皆さまを泊めてさしあげることすらできないのです」
「ああいえ。
本当に、お構いなく」
「宿なら、この後アタシが紹介するね。
今からでも泊まれそうなところ、さっき思い出したから」
「そうなのかい、リエラちゃん?」
「うん、アマリエさんとこ。
ちょっと歩くけど、あそこなら十分大きいでしょ?」
「そうだねぇ……。
うーん……じゃあ、そうしていただこうか」
「決まりだね。
じゃあみんな、この後案内するから!」
「本当にすみませんね、皆様。
他にも何か、私にできることでしたらお礼をしますので……」
「大丈夫だって、おばーちゃん!
お礼なら、アタシがしっかりしておくから」
「とは言ってもねぇ……」
「アタシね、さっき頼まれたんだ。
トーヤくんたちに、この町を案内するって!」
「リエラちゃんが、かい……?」
「そう!
だから、明日からはしばらく外に出っぱなしになるよ。
晩御飯まで帰ってこないと思う」
「うぅん……そうだねぇ。
皆様も、それでよいのですか?」
心配そうな眼が、ゆっくりとこちらを見据える。
「はい。
こちらが頼んだことなので」
「我々も、今日この町に来たばかりですので。
宿どころか、右も左もわからないこの状態では、渡りに船です」
「そうですか……」
老婆は、どこか納得したように頷く。
「わかりました。
じゃあ……リエラちゃん、皆様にご迷惑をかけないようにね」
「わかってるって!
おばーちゃんも、アタシがいない間に怪我とかしないでよねっ」
「はいはい……。
では皆様、リエラがしばらく世話になります。
他にも何か困ったことがあれば、いつでもここへ寄って下さいね。
私はいつも、この家に一人でおりますので」
「助かります」
そうして互いに頭を下げると、すぐにリエラが立ち上がった。
「よしっ!
じゃあ挨拶も済んだし、宿に案内するね!
荷物も多いんだから、暗くなる前に出発しなきゃ」
「了解だ。
改めて、道案内頼むぜ」
「おまかせだ!」
────
───
──
─
リエラの言った通り、少し歩いた先。
町の中でも一番低い場所───つまり海沿いにあたる位置に、その宿はあった。
建物に見合った大きな扉を開けると、受付にいたのは女将らしき人物。
そして目が合うや否やリエラがその女性に声をかけ、いくつかのやりとりを行ってくれた。
ちらりと聞こえてきた話から察するに、どうやら今日はすでにチェックイン時間を過ぎているらしかったが……リエラが軽く事情を話すと、快く宿泊を受け入れてくれたようだった。
───その後、久しぶりの入浴と荷物の整理を済ませ、俺たちは食事処と思しき場所で再集合していた。
「うぃ、おつかれ」
「お疲れ様、トーヤ」
「おつかれさまです、トーヤさん、ブランシュさん!」
「ああ」
各人が部屋着に着替え、ちょうど4,5人ほどで座れる大きさのテーブルに集合する。
「やっぱり、ちゃんとしたお風呂はいいですねぇ……。
いつもよりちょっぴり、長めに入ってしまいました」
「ふふ……そうね」
ミラーヤの言葉を証明するように、三人の身体からはわずかに湯気が上がっていた。
水気を帯びた髪と、仄かに上気したその姿は、どこか艶めかしくも見える。
うちの女性陣は皆髪が長いこともあり、尚更だ。
「くんくん……なんだか、いい匂いがします」
「ん、そうなのか?」
「はい……。
お料理の匂いじゃなくて、なんだかすっきりするような……なんでしょう?」
「……その匂いなら、ブランシュからでしょうね」
「ブランシュさんから、ですか?
……わ、ホントです」
もう一度鼻をすんと鳴らしたミラーヤが、耳をピンと立てた。
「……やはり、気付かれるものか」
「香油、よね?」
「ああ……まぁ、そんなところだ」
腕を組んだブランシュが、平静を装いつつも少し気恥ずかしそうに答える。
「喜ばしいことだわ。
貴女も、ようやく身嗜みに気を遣うようになったのね」
「……旅に出る前に、マリーから渡されたのだよ。
野営で数日過ごした後は、風呂上がりにこれを付けるように。と」
「わぁ、マリーさんからですか……!
とっても素敵なプレゼントですね!」
「私には似合わんと、断ろうとしたのだがな……」
「そんなことはないと思うわ。
勿論、貴女には鎧も似合うのだけれど……同じだけ、香油や香水も似合う女性だもの」
「そうですよっ。
それにこの匂いは、ごはんの匂いを邪魔しないような、やさしい香りです。
マリーさんも、たくさん考えて選んでくれたんだとおもいますよ!」
「飯を食う前であれば腿のあたりに付けろ、と言われたが……なるほど。
匂いが邪魔にならないように、と言うことか」
「ええ、そうね。
あまり強い香水は、食べ物の風味を損ねてしまうもの。
あの子も、よく気を回してくれているわね」
「ふむ……。
難しいものだな、身だしなみというのは……」
───なるほど。
どうやら、俺には関係のない話らしい。
「っと、お待たせー!」
微妙な疎外感を澄ました顔で誤魔化していると、リエラの声が飛び込んできた。
「お、来た来た」
「はいっ!
出来立てほやほやだよー!」
エプロンを身に着けたリエラが置いて行ったのは、いくつもの料理が乗った大皿。
「わぁ……!
なんですか、このお料理は?」
「スモアブロ、って言ってね。
この町自慢のお料理なんだ!」
「すもあぶろ、ですか……」
「柔らかいパンにバターを塗って、その上にお野菜とかお肉を乗せた料理!
簡単でしょ?」
大皿の上、いくつも乗っている料理だと思っていたものは、全てスモアブロの一種らしい。
挟まないサンドイッチ……と言った方が、見た目には近いだろうか。
掌ほどのサイズのパンの上に、それが隠れてしまうほど大量の具材が乗っているようだ。
どうやらそれぞれに使われている具が違うらしく、彩りも多種多様。
そしてその中には、俺の目を引くものがいくつか存在していた。
「これ……もしかして、魚か?」
「そ!
トーヤくんがお魚が食べたいって言ってたから、今日はお魚が多めだね!」
「おぉ、やっぱりそうか。
ついに、俺の目の前に魚料理が……!」
感動のあまり、ここまでの道のりに思いを馳せる。
普段は灰色に濁ったままの俺の眼も、今だけは少年のように輝いていることだろう。
「あはは。
そんなに感動されると、用意した甲斐があったってもんだね」
「ナイスだリエラ。
てか、もう食っていいか?」
「もちろん!
まだまだ作ってるから、どんどん食べちゃって!」
「いただきます!!」
俺が力強く手を合わせると、周りもそれに合わせて食事を開始する。
「……とは言ったものの、だ。
どうやって食えばいいんだ?」
威勢よく料理に手を付けようとしたところで、さっそく出鼻を挫かれる。
「素手か……?
いや、手でいくには乗ってる具材が多すぎるぞ……」
「あはは。
もちろん手でも食べられるんだけど……今日はたくさん具を乗せてるから、ナイフとフォークがオススメかな。
好きな大きさに切って、適当に食べてくれれば大丈夫だよ。
切り分ける度に具が崩れていっちゃうと思うけど、気にしなくていいからね。
それもまた、スモアブロの醍醐味ってヤツだ!」
「なるほどだ。
じゃあ、改めていただくぜ」
「はーい。
じゃあアタシは、厨房に戻るからね。
楽しんで!」
「おう」
彼女が踵を返した後、各々が好みのスモアブロを大皿から取り、リエラの教えてくれた通りに切り分ける。
俺が選んだのは、サーモンのような魚肉がドンと一枚豪勢に乗ったものだ。
葉菜やレモンのようなものも添えられており、見た目にも美しい。
「よし……」
ナイフを使い、丁寧に四等分に。
どうにかうまく切り分けられたところで、俺は意を決して一切れを口に運んだ。
(……!!)
初めに舌に触れたのは、ざらりとしたトーストの触感。
続けざまに歯を下ろすと、それをかき消すような柔らかい魚肉の食感が口の中を満たした。
間を置かずに、とろりとしたオイルとバターの風味が鼻に抜けていく。
咀嚼をする度に広がる魚肉の臭みがそれと混じり合い───確かな充足感が、脳にまで広がっていく。
(ああ、そうだ。
これが、俺の求めていた『魚料理』……!)
バジルにレモン、オニオン───そして、空腹。
およそ様々な要素がその味わいを高めているのだろうが、もはやそれすらも些末なことだった。
ただひたすらに、俺の魂が満たされている。
その感覚に、俺はいつの間にか深く息をついていた。
「ふぅ……」
次の一切れを口に運ぶこともなく、ただ深呼吸をする。
「だ、大丈夫ですか、トーヤさん……?」
「ああ……大丈夫だ、ミラーヤ。
俺は今、確かに満たされてるぜ……」
「そ、それは、よかったです……?」
「ふふ……おかしな子」
サフィーアは微笑みながら、細かく分けたそれを口に運ぶ。
「理解されなくてもいいさ。
だが俺は、このためにペルエットに来たんだからな……」
「ふふふ……そうだったわね」
どこか生暖かい皆の視線を受けながら、二切れ目を口にする。
「でも、本当においしいですね!
これなら何枚でも食べられちゃいそうです!」
「ええ……本当に。
特に私は、この海老が乗ったものが好みだわ。
パンも柔らかくて、とっても食べやすいもの」
「私は、この蒸し焼きの肉が乗ったものだな。
蒸された野菜と羊の肉が、よく合っている」
見ていて笑みが溢れるほどに美味そうに食べるミラーヤも。
名画のように上品な仕草でフォークを口に運ぶサフィーアも。
一切れが少し大きいブランシュの食べ方も。
それは、それぞれに食事を楽しんでいる証拠であったが。
ただ一つ、自信を持って言えることがある。
今ここで、最も魚を『善く』食しているのは。
間違いなく、俺だ。
「世界平和だろ、これ……」
「何を言ってるの、この子は……?」
────
──
「はー……食った……」
赤身に白身、イカにエビ。
腹に入る限りの海の幸を堪能した俺は、気付けばミラーヤとサフィーアが食った量を合わせた分よりも多くのスモアブロを一人で平らげていた。
「ごちそうさま、です!」
「ご馳走様」
今は熱い茶を啜り、ほっと一息といったところだ。
「ん-、お粗末様!」
そう言って俺たちにサムズアップを向けたリエラは、ようやく自分の分の食事を始めたところだった。
「なんか悪いな。
ご馳走してもらった上に、先に平らげちまって」
「ん-ん、全然!
アタシとしては、初日からみんなに喜んでもらえて何よりだよ!」
「でも、俺たちが風呂に入ってる間に作ってくれてるなんて思わなかったぜ。
どれ選んでも、すげー美味かったよ。文字通り『ご馳走様』だ」
「あはは、大げさだよ。
スモアブロなんて、パンを焼いて好きなもの乗っけるだけだからさ。
こんなの誰でも作れるって」
そう言いながら、リエラは空いている方の手をひらひらと振る。
「それでみんな、明日からはどうするの?」
「そうだな……ひとまずは、フローエンをぶらつこうと思ってる。
言った通り、こっちの人の生活を見てみないことには、交易関係のこともわかんねぇし」
「そうね。
長旅で疲れたというのもあるから……少し羽を伸ばしたいわね」
「じゃあじゃあ、わたしは色んなおいしいものが食べたいです!
しらない食材とか、スパイスとか。たくさん知りたいです!」
「いいな、それ。
魚以外にも、うまいもんとか有名なもんがあれば知りたいところだ」
「ふむふむ。
じゃあ、まず案内しないといけないのは市場とかレストランとかだね。
……ブランシュさんは?」
「私は、皆に付き添うだけだ。
特に見たいものなども無い」
「そうなの?」
「ああ。
あくまでここは、我々にとって異国の地なのでな。
一人ぐらいは常に警戒や護衛ができる人間がいた方がいいだろう」
「な、なんだかストイックな考え方だね……」
「助かるよ、ブランシュ」
俺がそう声をかけると、ブランシュは手の動きだけで返事をした。
「じゃあ、いったんの目的地は中心街だね。
みんな疲れてるだろうから、朝は好きなだけゆっくりして……目が覚めてきたら市場にでも向かおっか」
「おう、そんな感じで頼むぜ」
そんな話をしている間に、リエラの食べていたスモアブロも残り僅かとなっていた。
「さて、と……。
じゃあ、そろそろ片付けを始めますか」
「あ、いいよいいよ!
アタシがやっとくから。
もう遅い時間だし、みんなも疲れてるでしょ?」
「だからこそ、だよ」
「えっ?」
「うむ。
リエラ殿の言う通り、今は遅い時間だ。
そして、そのような遅い時間から入れる宿など、そうはないはずだ。
……大方、『夕飯とその後片付けを自分たちで行う』。
そのような条件で、リエラ殿が女将殿に交渉してくれたのだろう?」
「……知って、たの……?」
「あんときの話が全部聞こえてたわけじゃないが……風呂から上がったらリエラが飯を作ってくれてたからさ。
多分そうだろう、ってな。
だったら、俺たちも手伝わないわけにはいかないだろ」
「はいっ。
お皿洗いなら、任せてください!」
俺たちは各々に席を立ち、テーブル周りを片付け始める。
「みんな……。
ごめんね、みんなはお客さんなのに。
……ホントは、もっと楽してもらおうと思ってたんだけど……」
「謝らなくていいって。
案内を頼んだのは俺たちなんだからさ」
「しっかりとした宿に、上等な夕飯まで用意してもらったのでな。
いつまでも客の気分でいては、こちらも居心地が悪いというものだ」
「……そっか」
「でもでも、スモアブロはほんとに美味しかったですよ!
今度作り方を教えてくださいね、リエラさん!」
「……うん。
ありがとね」
────
──
「じゃ、明日はお昼ごろに迎えにくるからね!」
食堂の片付けも終わり、宿の外までリエラを見送る。
完全に日が落ちたペルエットの空は、どこか星が近く感じられた。
「ああ。
ゆっくりでいいぜ、本当に。
多分俺は、死ぬほど寝てっから」
「あはは、そっか。
みんな長旅でお疲れだもんね」
「なんなら、明日は一日丸ごと休眠日でもいいぐらいだ」
「貴方、本当に寝るのが大好きだものね……」
「おう。
寝ろと言われれば24時間でも寝れるぜ」
「わふ……。
わたしなら、途中でおなかがすいて起きちゃいそうです……」
「良質な睡眠は、良質な人生に直結するんだぜ?
俺から言わせてみれば、みんなはもっと睡眠の重要性を知るべきだ」
「あはは」
歓談していると、冷たい潮風が俺たちの髪を揺らした。
「っと……。
いつまでも話してっと、風邪でもひいちまいそうだな」
「そだね。
夜も遅いし、アタシもそろそろ帰らないと」
「では……私が家まで送るとしよう」
「えっ?
いいよいいよ、慣れてるし!」
「なに、腹ごなしの散歩ついでだ。
それに、リエラ殿は我々の案内役なのだろう?
道がわからん私でも歩けるような、『安全な散歩道』を案内してくれると助かるのだが」
「ブランシュさん……。
……じゃあ、お願いしよっかな」
「ああ。
頼むのはこちらの方だ」
「ふふ。
そうだね」
俺たちも付き添おうか、とも思ったが……ついていったところで、ブランシュにとって護衛の対象が増えるだけだろう。
「じゃね、みんな」
「おう、また明日」
ブランシュと共に歩き出したリエラに手を振り、俺たちは大人しく宿に戻ることにした。
リエラの家もここからそう遠くないため、宿の灯りが消える前にはブランシュも戻ってこられることだろう。
「うっし。
じゃあ俺たちは先に部屋に戻るとするか」
「ええ、そうね」
「おやすみなさいです、トーヤさん!」
「ああ、おやすみ。
ミラーヤと……『サフィーアちゃん』」
「あら……ふふふ。
おやすみなさい、トーヤ」
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