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永久凍姫と時忘れの王国  作者: とらうつぼ
第2章『ペルエット』
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第44話「蒸気と、旋律」


「……ん」



何からともなく、俺は意識を取り戻す。



「……テント」



揺蕩(たゆた)う意識の中、目の前の現実を正しく認識しようと試みる。



「寒く、は……ねぇな」



おぼろげな夢の記憶を捨て、五感から得られる情報を総合。



それらの情報と、昨日の記憶を繋げ合わせれば。



今日も、俺という人格が動き出した。





「おはよう、トーヤ」


「おはようございます、トーヤさん!」



テントを出た俺を迎えてくれたのは、横からの朝日と、聞き慣れた声。



「ん……おはよう。

 ブランシュも」


「ああ」



皆一様に、朝の準備を始めたところのようだ。


その姿を見て、やはり人間は朝日で目が覚めるようにできているのだと実感する。



「トーヤはいつも、最後に目を覚ますわね?」


「……男が最後に起きた方が、なにかと角が立たないだろ」


「たくさん寝られるのは、いいことだとおもいますよ!」


「ん、ミラーヤの言う通りだ。

 それともサフィーアは、俺に寝顔や寝姿を見られた方が良かったか?」


「もう。

 貴方の脳は、皮肉を言うための部分から目が覚めるのね。

 ……水場はあっちよ」


「朝から褒められちまったぜ。

 ありがとよ」




─────

──




「それでは、出発するか」


「おう」



顔を洗い、出発の準備をしてからというもの、身体の調子が良い。


サフィーアと一晩を過ごしたことで、何かしらマナの影響を受けたか。


それとも純粋に、十分な睡眠時間を取ったからだろうか。



(時間で言えば、何時間ぐらい寝たんだ……?

 10時間……より、ちょっと多いぐらいか?)



腕時計や電子時計といった便利なものはないため、時間は体感でしか判断できない。


ただ、こちらの世界にきてから毎日の睡眠時間が伸びたのは確かだ。



この世界にも朱光石(しゅこうせき)という照明があるとはいえ、夜にできることは少ない。


故に、日没と同時に一日が終わり、夜明けと共に目を覚ますのがこちらで言う普通の人間の生活だろう。



つまり誰しも、毎日およそ10時間ほどは就寝時間が確保されていることになる。



(元の世界じゃ、考えられねぇな……。

 てか、むしろあっちでの睡眠時間が短すぎただけか……?)



こちらにきてから、怠惰な俺が王城とフリージアを(また)いで精力的に動けているのも。


もしかすると、元の世界での睡眠時間が足りなかっただけなのかもしれない。



(やっぱ、4時間睡眠とか5時間睡眠なんて本来、人のやる生活じゃねぇんだな……)



そんなことを思いつつ、俺たちは日光に逆らって歩き始めたのだった。







────

───

──







「疲れてねぇか、サフィーア?」


「ええ、ありがとうトーヤ。

 今日はまだ大丈夫よ」



歩き出して数時間。


平坦すぎる道に飽きてきたこともあり、軽く声を出す。



「んーっ。

 昨日も思いましたけど、たくさん歩くのもいいですねぇ。

 お日様も気持ちよくって、なんだか健康になっていくみたいです……」


「ふふ……貴女はいつも日向ぼっこをしているでしょう、ミーチカ」


「えへへ……それはそうなんですけど。

 でも、のんびり歩きながら浴びるお日様はまたちがう気がします!

 お城にいると、あんまり歩き続ける機会もないので」


「まぁたしかに、外に出て歩く機会は作った方がいいだろうな。

 特に、城に(こも)りがちな王様は」


「それについては、本当にそうなのよね……。

 体格がどうという事を抜きにしても、もう少し体力が欲しいと思うことがよくあるわ」


「ま、外に出る理由がないと、出不精(でぶしょう)になっちまう気持ちはわかるけどな。

 俺も、どっちかと言えばその類の人間だし」


「本当にね……。

 でも、それで言えば貴方が来る前は毎週歩いていたのよ?

 あの祭壇を見に行くために、だけれど」


「あー……そういえばそうか。

 俺が来るちょっと前から、龍脈がおかしかったんだったか」


「そう。

 貴方があそこに現れてから、その習慣もなくなってしまったのだけれどね……」


「そりゃまた、良かったのか悪かったのかわからねぇな。

 事態は解決したが、俺がサフィーア様の運動の機会を奪っちまったわけだ」


「ええ。

 いい気分転換になっていたのだけれど……少し残念だわ」


「だってよ、ミラーヤ。

 たまにはサフィーアを散歩に誘ってやってくれ」


「え?

 フィーニャとお散歩……いいんですか?」


「ミラーヤ以外にできるかよ。

 一国の王様を理由なく散歩に誘うなんて、畏れ多いこと」


「えっとえっと。

 フィーニャがいいなら、わたしは大賛成ですが……」


「ふふ……。

 良いかどうかで言えば、褒められたことではないのでしょうけれど。

 大臣たちやヴェルニグがなんて言うかは、わからないわね」


「祭壇に行ってた時みたいに、護衛も付けずに一人で出歩く方が不健全だろ。どう考えても。

 実際、俺に会った時は山賊に襲われてるわけだしな」


「それはそうかもしれないわね。

 誰のせいで襲われたかは置いておくとして……ね」



俺は反射的に反論しかけたが、そこに突っ込むとまた面倒なことになるのは目に見えていた。


なので、機嫌よく笑うサフィーアに対して聞こえるように舌打ちをするだけで済ませておく。



「でもでも、やっぱりお日様の下でお散歩をするのはいいことですよ!

 今度、ぜったい一緒に行きましょうね、フィーニャ!」


「ええ。

 折角だし、一度くらいは付き合いましょうか。

 今日みたいな大荷物を持っていない時にね」


「えへへぇ」



ミラーヤが嬉しそうな声をあげながら、また尻尾を振る。



(散歩といい今の様子といい……やっぱミラーヤは犬っぽいんだよなぁ)



などと思いながら、俺も笑みを(こぼ)してしまった時。



「……そろそろ頃合いだな」



先頭を歩いていたブランシュが、少し硬い声を出した。



「どうした?

 ブランシュ」


「皆、向こうの平地が見えるか?

 あそこに到達し次第、テントを張るぞ。

 配置は昨日と同じだ」


「テント?

 どうしてまた……。

 まだ昼飯も食ってねぇのに」


「もうじき雨が降る。

 予想より少し早いのでな。

 急ぐぞ」






────

──







「うへえ……結構な勢いだな」



結果は、ブランシュの予想通りだった。


ちょうど俺たちがテントの設営を終えた途端、見計らったかのように雨が降り始めたのだ。



「こりゃ、今日はもう進めねぇか」


「ですねぇ……。

 でもでも、ブランシュさんのおかげで誰も濡れずにすみましたよ!」



土砂降りとまではいかないが、少し声を張らないと意志疎通が難しくなるほどの降水量。


ブランシュが降雨を予知していなければ、今ごろ俺たちはずぶ濡れになっていたことだろう。



今は簡易的な蝋引きのタープ───細い鉄で作った梁に天蓋をかけたものの下で、それぞれに一息ついているところだ。



「いや……。

 それについては、皆が手際よく設営してくれたおかげだろう。

 やはり私の予想より少し早かったのでな。

 こちらももう少し、野営地の選定を早めておくべきだったかもしれん」


「なんにせよ助かったよ、ブランシュ。

 でも、なんで雨が降るなんてわかったんだ?」


「今朝から予兆があったのでな。

 正確には、昨日の夜からとも言えるが」


「そん時から予測してたってことか?

 そりゃまた、どうやって……」


「太陽に『(かさ)』がかかっていたのだよ」


「かさ、ですか?」


「丸い虹のような、光の輪のことね」


「へぇ……。

 天気って、そんなことでわかるのか」


「無論、それだけではないがな。

 虫や鳥の動き、雲の形など……。

 今朝になってそれらが顕著に表れ始めた故、早めに断定できたのだ」


「ほー。

 なんつーか、昨日の方角の話といい……流石としかいいようが無いな。ブランシュの知識は」


「前にも言ったが、得手不得手や経験の問題だ。

 軍人を長くやっていれば、知っていて当たり前の知識ばかりさ」


「それでも助かったわ、ブランシュ。

 ありがとうね」


「フィーニャの言うとおりです!

 ブランシュさんがいてくれて、ほんとうに良かったです!」


「俺も同意だな」


「……そうか」



三者三葉の感謝の言葉に、ブランシュは腕を組みながら少し目を逸らす。



「ふふ……可愛い反応もするのね、貴女。

 もしかして、褒められ慣れていないのかしら?」


「やめてくれ、サフィーア殿……。

 私は、こういう時に返す言葉を持ち合わせていないだけだ」



言いながらも、ブランシュの頬は少し赤らんでいるようにも見える。



「ま、ちょっと前までは軍人だったんだもんな。

 面と向かって感謝される機会なんて、あんまり無いもんか」


「ああ、そうだ。

 我々は民を守るもの。それが当然であり、仕事だからな」


「それはそう、か」


「でも、お礼を言ってもらえないのは、なんだか寂しいですね。

 ブランシュさんたちは、毎日身体を張ってがんばってくださっているのに……」


「しかしだ、ミラーヤ殿。

 軍人の存在など、本来は誰にも気付かれん方が良いのだよ。

 我々が表に出るということは、それだけ危険な事が起きているということだ。

 むしろ、鎧を着た集団が世間の目に止まるようなことが起きないことこそが、平和の証と言えるだろう」


「ブランシュは、長年マリーや国のために戦ってきたんだもんな。

 その意見も理解できる……が。

 やっぱ、感謝されて当然のことをしてるとは思うぜ?」


「そうですよっ!

 ただでさえ危険なお仕事ですし……。

 フィーニャも言ってました。『ありがとう』や『ごちそうさま』は、いくら言ってもいいものだって」


「ふ……そうか。

 だとしても、だ。

 日々戦いのために自身を研ぎ続けている者たちに、わざわざ感謝の意を伝えにくる者もいまい」


「ん~っ!

 じゃあじゃあ、これからはわたしたちがブランシュさんに『ありがとう』をたくさん伝えますよ!

 いままでもらってこなかった分だけ、たくさん!」


「それは……」


「いいんじゃないか?

 実際、この旅でも本当に助かってるしな」


「私も賛成よ。

 克己的(こっきてき)で自分に厳しいのは貴女の美点だと思うけれど……もう少し肩の力を抜いてほしいとも思うわ。

 せめて、褒め言葉を素直に受け取れるぐらいにはなってもらいたいわね?」


「……ふむ……」


「それとも、フリージアにいる間もずっとその仏頂面を続けていくつもり?

 クロキアでも特に平和な村に住んでいるというのにそれは、あまり感心しないわね」


「……わかった、考えておこう。

 だから、私の話はこのあたりにしておいてくれ……もう十分だろう」



そう言ってブランシュは、サフィーアやミラーヤから向けられる優しい眼差しから目を逸らすように、自分の鞄を開き始めた。



「ふふ……わかったわ。

 今日のところはこれぐらいにしておきましょうか」



戦いの世界で長く生きてきたブランシュはきっと、彼女らの持つ柔和(にゅうわ)な雰囲気に染まりかねているのだろう。


それについては、当然と言えば当然なのだが。



しかし、常に自己を律し続けるしかなかったブランシュにも、羽を伸ばす方法を知って欲しい。


雨の降りしきる中、俺は改めてそんなことを考えていたのだった。






────

──






「……それは何をしてるんだ? ブランシュ」



タープの下で火を(おこ)し、簡単な昼食を摂った後。


ブランシュはひとり、何かの器具を火にかけているようだった。



「飲み水を作っているのだよ。

 雨水を集めてな」


「飲み水を?

 ……なるほど、そりゃ蒸留装置ってわけか」


「そうだ。

 あまり大量には作れんが、無いよりはマシだろう。

 道中、何が起こるかわからんのでな」


「助かるよ、何から何まで。

 そんで……ついでと言っちゃなんだが、俺にも手伝えることはないか?」


「いや。

 先ほども伝えた通り、トーヤ殿たちはテントの中で休んでいるといい。

 雨天では、体力の温存が第一だ」


「とは言ってもな。

 昨日からブランシュには気を張らせっぱなしで、なんか申し訳ないぜ。

 今回はお堅い任務ってわけでもねぇんだから……俺は、ブランシュにも少しは気を抜いてほしいと思ってるんだが」


「ふ、気にするな。

 この作業も、火の番ついでに暇を潰しているだけで、別に重要なことではないさ。

 そもそも飲み水など、十分に足りる量を持ち運んでいるのだからな」


「うーん……まぁそう言われちゃ何も言えないんだけどさ。

 なんにせよ、俺もテントに戻っても手持ち無沙汰(ぶさた)なんだよな」



テントの中では現在、サフィーアとミラーヤが雨音を(たの)しむようにうたた寝をしている。


彼女らを起こさないようにしたかったからというのも、俺が外に出てきた理由の一つだ。



「ふむ……」


「かといって、水が一滴ずつ溜まってく様子を一緒に見てるだけってのも味気ねぇしな……」


「であれば……そうだな。

 ひとつ、トーヤ殿に頼み事をするとしようか」


「お、なんかあるのか?

 (まき)集めでもなんでも、言ってくれればやるぜ」


「いや、薪はさきほど集めてもらった量で充分だよ。

 それに、雨が降ってからしばらく経つのでな。

 今更落ちている枝を拾ったとて、水を吸ってしまって使い物にならんさ」


「なるほど。

 んじゃ、何をすればいいんだ?」


「味見だよ」


「味見?

 何のだ?」


「『これ』だ」



そう言って、ブランシュは蒸留した水をカップに移す。



「……水?」


「ああ、水だ」


「なんでまた……」


「理由は後だ。

 とにかく、飲んでみてくれ。

 トーヤ殿なら、冷やすのもお手の物だろう?」


「そりゃまぁ、そうだが……」



俺はブランシュからカップを受け取り、温かい水を適温に変える。


そしてそのまま、一口。



「どうだ?」


「別に、おかしいことは何もないが……」


「味は」


「……不味(まず)い。

 想像より、かなり」


「くっく……そうだろう。

 蒸留水は、ほとんど真水だからな。

 美味いということはあり得ないさ」



それきり、ブランシュは言葉を発さなくなり。



数十秒ほどの沈黙を経て───俺は、ようやく気付く。



「……おい。

 まさか、俺にマズい水を飲ませたかっただけか!?」


「はっはっは!

 ようやく気付いたか。

 その通りだ」


「おいおい……!

 勘弁してくれよ、まったく。

 一体何が起きんのかと思ったぜ……」


「くくく……トーヤ殿にしては、気付くのが遅かったな?」


「いやいや。

 まさかブランシュに悪戯されるなんて、誰も思わねえって……!」


「ふ……。

 しかし、トーヤ殿の言った『気を抜く』とは、まさにこういうことではないのか?」


「いや……そりゃまぁ、そうなんだが……!」



珍しく愉快そうに笑うブランシュを前に、俺が呆れと嬉しさで肩を落としていると。


背後で、テントの口が開く音がした。



「どうされました、お二人とも……?」



寝ぼけ眼をこすりながら出てきたのは、ミラーヤ。


そしてその後ろに、手を口に添えながら小さくあくびをするサフィーアの姿があった。



「ん、ああ……起こしちまったか。

 悪いな」


「なにか、ありましたか……?」


「いんや、何もないよ。

 俺が騒ぎすぎただけだ。

 ……ちょっと、嬉しくなっちまってな」



空っぽになったカップを、二人に見えるように揺らしてみせる。


その仕草と周りの状況から、テントから這い出てきたサフィーアはすぐに事情を察したようだった。



「……ふふ。

 そういうこと、ね」


「ああ。

 トーヤ殿が私の仕事を奪おうとしてくれたので、少し仕返しを。な」


「ったく……。

 こっちは善意でやってるってのに……」


「からかい甲斐がある貴方が悪いのよ。

 ねぇブランシュ?」


「ふ……。

 今ばかりは、サフィーア殿の気持ちも理解できる気がするな」


「おいおい……ブランシュまでそっち側に行っちまうのは、さすがに勘弁だぜ」


「……???」



疑問符を浮かべるミラーヤを囲みながら、俺たちは静かに笑い合う。



「しかし、起こしてしまったのはすまなかった。

 二人は引き続き、テントで寝ていてくれ」


「ありがたいのだけれど……遠慮しておくわ。

 二人のおかげで、もう目が覚めてしまったもの」


「そりゃ悪ぃことを」


「いいのよ。

 でも……目が覚めたら、私も何か飲みたい気分になっちゃったわ。

 例えば、とびきり美味しくない飲み物なんかがあれば嬉しいのだけれど……ね?」


「はっ……なるほど、そういうことか。

 どうやらもう一杯注文が入ったみたいだぜ、マスター?」


「ふ……やれやれ。

 王族が来られるとは、私の店も人気になったものだな。

 では、こちらも極上の一杯を用意するとしよう」


「ふふ……期待してるわ」



どうやら、ここからはティータイムらしい。


テントから出てきた二人も、乱れた髪や服をようやく整え始めた。



「であれば、トーヤ殿。

 今のうちにテーブルと椅子の用意を頼めるか?

 ちょうど、足元のその茶色い鞄に入っている」


「鞄の中に入ってんのか?

 テーブルと椅子が?」


「ああ。

 開けばわかるさ」


「あ、手伝いますよトーヤさん!

 わたしも、目が覚めちゃいましたから」


「ん、ありがとなミラーヤ」



ブランシュに言われた通り鞄を開くと、そこにはいくつかの金属の部品が入っていた。



「棒、と……」


「板……。

 ですか?」


「と、留め具だな。

 全て、互いに上手くはまる大きさになっているだろう?」


「ああ……なるほど。

 そういうことか」



鞄に大量に入っていたのは、細い金属の棒と、巨大な短冊のような形をした鉄板。


どうやらこれは、それらの部品をボルトのような留め具で組み合わせて自由にモノを作れるキットらしい。



「鉄の棒を柱とか枠にして、その上に鉄板を並べて……。

 工夫次第じゃ、テーブルでも椅子でも作れるってことか。

 まるで、デカい知育玩具だな……」


「ふ……あながち間違いではないな。

 実際フレイミアでは、子供を鉄に慣れさせるためにそれを触らせることもある」


「へぇ……。

 たしかに、俺が子供の頃にこんなモンをプレゼントされてたら、メチャクチャ喜んでただろうな。

 ……まぁ、今でもこういうのにはワクワクしちまうんだが」


「ふふ……男の子の性、というものかしら?」


「ま、そうだな……っと。

 とりあえず、これでどうだ?

 椅子の土台の完成だ」



適当にネジで接続した四本の柱を、地面に置いてみせる。



「ふむ……。

 その形であれば、何本か『筋交い』を入れるべきだな。

 そのままでは、座ったときに簡単に横に倒れてしまうぞ」


「スジカイ?」


「並べた柱同士の、対角線に走らせる柱のことだ。

 斜めの軸を入れねば、簡単に左右に揺れてしまうだろう?」


「ああ……なるほど。

 言われてみればそうか」


「ふむふむ……。

 だから、長い棒と短い棒があるんですねぇ」



長い方の棒は、およそ短い方の1.4倍ほどになっている。


ちょうど、短い棒で四角く組んだ枠の対角に渡す長さになっているのだろう。



「でも……ブランシュ。

 貴女、よく筋交いなんて言葉を知っているわね」


「炎熱の民だからな。

 製鉄や建築関連の単語など、嫌でも覚えるさ。

 むしろそれで言えば、サフィーア殿もだろう?

 専門の人間でない限り、知る機会などあまりない単語のはずだが」


「私は長生きしている分、色んな本を読んできたもの。

 王としての教養、という意味もあるけれどね」


「であれば、私も似たようなものだな。

 貴族だった頃に学んだ知識として、今でも頭に残っているものは多い」


「ふふ……そう。

 そうだったわね」



(そっか。

 そういえば、ブランシュは子供の頃は貴族だったんだよな……)



そんなことを考えながら、ミラーヤと二人で鉄をガチャガチャと鳴らすこと十分ほど。


やや歪ではあるが、最低限テーブルとイスに見える物体を作り終えた。



「よっし、出来たぜ。

 即席カフェの完成だ」


「うむ。

 王族をもてなすには少しばかり無骨だが……こればかりは仕方あるまい」



俺たちの前に鎮座したのは、鈍一色のテーブルが一つと、同じく飾り気のない椅子が四つ。



「いかがですかね、サフィーア様」


「ええ、悪くないわ。

 じゃあ私は、先に掛けさせてもらおうかしら」


「はいフィーニャ、敷き物ですよ!

 そのまま座ると、冷たいでしょうから」


「ありがとう、ミーチカ」



そう言ってサフィーアは、ミラーヤが引いた椅子に驚くほど優雅な仕草で腰かける。


その一挙手一投足、そして(なび)き垂れ落ちる髪の先に至るまでの動き全てには、王族としての気品が染みついており。


どれだけ質素な椅子やテーブルでも、彼女が座るだけでそれらを一流のティーセッティングと錯覚してしまいそうなほどだった。



「では……こちらが、注文の品だ。

 トーヤ殿、仕上げを」


「おまかせあれ」



俺はブランシュから差し出されたカップを受け取り、仰々しい仕草で魔法を行使する。



「さぁ、どうぞお召し上がりください。

 サフィーア様」


「ふふ……いただくわね」



そして、ともすれば慇懃無礼(いんぎんぶれい)であるほどに(うやうや)しく置かれたカップを、サフィーアは指先だけで持ち上げ。


静かに目を瞑り、味わうように一口。



「いかがでしょうか?」


「ええ、とても。

 ……美味しいとは言えないわね」



その一言で、俺たちが張っていた我慢の糸が一斉に切れる。



「……くっ、あっはっは!!

 当たり前だろ!

 言ってみりゃ、元は雨水なんだぜ。それ!」


「くくく……。

 言うな、トーヤ殿。

 私まで笑ってしまうだろう」


「えへへ……。

 わたしも、勘違いしそうになりました。

 フィーニャがほんとうにいつも通り飲んじゃうので、もしかしたらおいしいのかもー……って」


「んなわけねぇって!

 どこまで行っても、ただの真水だぜ?

 マズさなら、俺が保証してやる」


「えへへ、そうですよね」


「あー、ったく……。

 バカらしくて仕方ねぇぜ」


「ふ……全くだ。

 一体誰だ、こんなバカげた芝居を始めたのは?」


「はっ、サフィーアだろ?」


「何を言っているの。

 トーヤが最初でしょう」


「いやいや、俺じゃねえって」


「いや、私もサフィーア殿に賛成だな。

 最初にマスターと呼び始めたのは、トーヤ殿ではなかったか?」

 

「おいおい……まーたブランシュは敵側なのかよ。

 じゃ、ミラーヤはどうだ?」


「えっと……。

 よくわかりませんが、フィーニャとブランシュさんが言ってるなら、きっとトーヤさんです!」


「かーっ……どこまでいっても、俺の味方はいねぇってか」


「観念するのだな、トーヤ殿。

 多数決だ」


「やれやれ、初めて後悔しそうになったぜ。

 三人を連れてきちまったことにな」


「ふふ……可笑しい」



そう言って、また四人で笑い合い。



「でも……」



カップを置いたサフィーアが、また静かに口を開いた。



「トーヤの言う通り。

 とても、嬉しい味だわ。

 ……ブランシュのおかげでね」


「ふ……。

 そうか」



全員が納得したように微笑むと、サフィーアが続ける。



「だから今は、この味を。

 みんなで楽しむことにしましょう?」


「はっ……そうだな。

 んじゃ、お相伴にあずかりますかね」


「ああ。

 私も、同席させてもらうとしよう」


「えへへ、じゃあわたしもご一緒します!

 ……けど。ちょっとだけ、お紅茶の茶葉を持ってきてもいいですか……?」


「はは、ぜひ持ってきてくれ。

 誰も文句は言わねぇだろうよ」


「あら。

 折角ブランシュが淹れてくれた飲み物の味を、変えてしまうつもりかしら?」


「味のしない真水が好きなヤツなんて、どこにいんだよ」


「ふっ、やれやれ。

 どうやら私には、軍人を辞めて喫茶店を開くというのは無理な話らしい」




俺たちは、そんな冗談を飛ばしながら。


止まない雨音を(さかな)に、ささやかなティータイムを楽しんだのだった。



毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です

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