第42話「過去と、生業」
「おー……久しぶりの地面だぜ」
「ちょっぴり、足がしびれてます……」
城下町から直通の馬車に乗ること、半日以上。
俺たち四人は、ようやくミールノエに到着することができていた。
「一日中馬車に乗っていれば、そうもなろう。
その場で何度か足踏みをするといい」
「そうさせてもらうか……。
平衡感覚を取り戻すだけで時間がかかりそうだぜ」
俺とミラーヤが地面の感覚に足を慣らしていると。
ひとり町の方を向いていたサフィーアが、ぽつりと言葉を零した。
「……久しぶりね。
この町にくるのも」
「ん、サフィーアも来たことあるのか?
……っつっても、王様だからあるに決まってるか」
「そう、ね。
以前に来たのは……7、80年は前のことかしらね。
まだヴェルニグが、私よりもずっと小さかった頃よ」
「そりゃまた随分と前の話だな。
……ってか、ヴェルニグの子供の頃って。
なんか、あんま想像つかねぇな」
「ふふ……そう?
とってもやんちゃだったのよ、あの子は」
「ほー……あのヴェルニグが、ね。
……でもま、その年頃の男の子なんてみんなそんなもんか?」
「そうでしょうけれど、あの子は輪をかけてよ。
大人の小言をうまく聞き流しながら、いつもこの町のどこかを走り回っていて……。
毎日夕方になったら、決まって服を汚して帰ってくるんですよ。って……あの子のお母様が嬉しそうに話していたのを、よく覚えているわ」
「へえ……」
「そんな風に身体を動かすのが好きな子だったから、騎士になったというのもあるのでしょうけれどね。
それでも、あの子が騎士団に入るために王都に登ってきた時は驚いたものよ」
「王都に……って。
じゃあ、ヴェルニグはこの町の出身ってことか?」
「ええ。
南の方に、あの子の実家があったはずよ。
詳しい場所は、私も覚えていないけれど……」
「なるほどな」
ヴェルニグの出身地が、ここミールノエだったとは。驚きだ。
「……っと。
ヴェルニグの昔話も気になるところだが、まずは宿を探さないとだな」
「ええ、そうね。
この話はまた機会があったら、ね」
「ああ」
その時は、あの騎士団長様が話したがらないような昔話を聞きたいものだ。
「トーヤ殿、この様子だと陽が落ちるのもすぐだろう。
どこかアテはあるのか?」
「おう。
前にミラーヤと泊まったとこがある。
そんなに小さくはない宿だったから、四人分の空き部屋ぐらいはあるだろ。
ミラーヤ、場所覚えてるか?」
「はい!
んーっと……えっと……。
……あれ、どこでしたっけ?」
「ん、覚えてないのか?
珍しいな」
「す、すみません……。
なんだか、あの時の記憶がおぼろげで……」
「あー……そうか。
まぁ、あの状態じゃしょうがないか」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、大丈夫だ。
俺もだいたいの位置と建物の外観ぐらいは覚えてるからな。
近くまで行けば、あとはなんとかなるだろ。
わからなかったら、人に訊けばいいさ」
「……ミラーヤ殿とトーヤ殿は、以前この町に来たことがあったのだったか。
その時に、何かあったのか?」
「んや、大したことじゃねえよ。
行こうぜ」
あの時のミラーヤは、たしかに様子がおかしかったのだが……敢えて他人に言うことでもないだろう。
(それに、一緒に寝たなんて言ったら……サフィーアにどれだけ揶揄われるかわからねぇぜ)
そうして俺は、微かな記憶を辿りながら宿に向かったのだった。
────
──
「お待たせ。
食料は買えたか?」
「はい、ばっちりです!」
翌日。
ようやく朝の冷気が収まってきた頃に、俺たちは宿の前で再び集合していた。
各々が買い出しなどの用事を済ませ、身体も温まってきている。
街を包む朝靄も収まっており、徒歩で出発するにはもってこいの状態だ。
「トーヤはどこへ行っていたの?
野暮用だ、なんて言っていたけれど……」
「あぁ……ちょっと、果樹園の人に挨拶をな」
「果樹園、ですか?」
「おう。
フリージアが交易のために仕入れてる果物の、仕入先だな。
挨拶ついでに、そこの農家のおっちゃんに色々訊いてきたんだよ。
最近のブドウの出来とか、ミールノエから東側のこととかな」
「あら、まぁ……。
そんなことをしていたのね、貴方」
「んだよ、なんか変か?」
「ふふ……いいえ。
良いと思うわ」
「なんだよ……また含みのある言い方だな」
「いえ、大したことじゃないのよ。
ただ……トーヤがお仕事をしているところなんて、あまり見たことがなかったから。
なんだか嬉しくって」
「別に珍しがることでもねぇだろ?
てか、俺がフリージアでやってた仕事なんて、何回も報告してることじゃねえか」
「ふふ、そうね。そうなのだけれど……。
それでも、きちんとフリージアを引っ張ってくれてるのね……と思っちゃって」
「……引っ張ってるってほど立派なモンでもねぇけどな。
やれることをやってるだけだ」
「いいえ、貴方はとっても立派になったと思うわ。
特に、クロキアに来て最初の頃に比べたら。ね」
「……さいで」
いつもながら、サフィーアのこういった言葉には複雑な気分にさせられる。
彼女もきっと純粋に褒めてくれているだけなのだろうが……子供扱いをされている感覚になるのも事実だ。
(ま、年齢を考えれば、サフィーアにとって俺は子供みたいなモンなんだろうが……)
「しかし、ここからの道については私も気になるところだな。
返事はどうだったのだ?」
「ああ……ミールノエから東側の道についてだな。
ざっくり言うと、前にサフィーアが言ってた通りだった。
街の東から一番近い国境にかけて、小さい村が点々とあって……そこまではある程度道らしい道が続いてる。
特に山を通らないといけないとかは無くて、林があっても日が差し込まないほどじゃないらしい。
その先の国境を越えても、しばらくは同じような景色のはずらしいが……実際のところはわからない。ってことだ」
「ふむ……そうか。
ならば、しばらく心配はいらんな」
「そう願いたいな」
「えっとえっと。
わたしたちも、道中に危ないものがないか調べようとしたんですけど……」
「お、なんかあったのか?」
「雑貨屋さんで、地図を見つけたのよ。
お城にあるものより、もっと縮尺の大きいものをね。
ただ……」
「ただ?」
「かなりぼろぼろで……お店の方が仰るには、ゆうに100年は前のものだー。と……」
「おー……そりゃまた」
「だから買わないでおいたのよ。
別に、100年で大きく地形が変わることなんてないのでしょうけれど……」
「ま、下手に買って頼りにしちまう方が危険。か」
「そういうことね」
「ふむ。
しかし、100年以上前の地図とはな……。
クロキアには、そんなものが売られているのだな」
「さすがに100年前のものとなると、あまり一般的に取り扱っているものではないのでしょうけれど……。
いつまで経っても誰も買い取らないから、尚のことずっと置かれたままになっているのかもしれないわね」
「もしくはアンティークの域に達しかけてるせいで、そっちの方面で価値が付き始めてるか。だな」
「ふふ……それもありそうね」
「やれやれ。
どちらにせよ、気が長すぎる話だ。
炎熱の民としては、どこまでが冗談なのか判断がつかんな」
最後に荷物を確認しながら、俺たちは笑い合う。
「さて……では、そろそろ出発といくか」
「っと、悪い。
言い忘れてたが……徒歩での旅はもう少し先になりそうだぜ」
「……どういうことだ、トーヤ殿?」
ブランシュの疑問をかき消すように、蹄鉄の音が近づいてくる。
「ツテを頼ったんでな。
これで、道があるところまでは楽ができるはずだ」
そうして、俺たちは昨日の今日で再び馬車に乗り込むのだった。
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