第41話「人と、道」
「ふむ……ペルエットか」
少し前にフリージア北部に完成した、フレイミア大使館。
俺はそこで、お馴染みの姉妹と閑談していた。
「水沫の民と呼ばれる者達がいるのだったか。
私は行ったことがないが……マリーはどうだ?」
「お姉ちゃんと一緒。
商売の目線で見ても、交易の機会はゼロって言っていいかな」
二人は同じ耳飾りを揺らしながら、そっくりの仕草でかぶりを振った。
「そうなのか。
でもペルエットって言ったら、フレイミアにとっても隣国だろ?
国境とかはどうなってんだ」
「お互い不干渉、かな。
一応、低い塀みたいなものがあるにはあるけど……」
「そもそも、フレイミア南端の町からさらに南方への道は、整備がされていないからな。
道と呼べる道は無く、人の手が入っていない荒れた林や森があるだけの、国境とは名ばかりの地域だ。
そして、そういった所は賊や獣にとって恰好の住処になる……というのも、交流がない理由だな」
「道が無けりゃ、馬車も通れない。か……」
「そ。
当然、いまさら危険を冒してまで道を作る人もいないしね。
国家間の交易は、利益を出しにくいから……っていうのは、トーヤくんが一番知ってるコトだよね」
「ま、そうだな」
マリーの言う通りだろう。
俺の興した交易業が。そしてフリージアが特殊な例というだけで。
やはりこの世界の歴史は、国同士の交流がほぼ途絶している状態がベースにあるのだ。
(やっぱ、ペルエットの情報はフレイミア側にもない。か……)
「お待たせ。
遅くなったわね」
扉が開く音と共に、聞き慣れた声が入ってくる。
「サフィーア殿……!」
「ごきげんよう。
ブランシュ、マリー」
「おはようございます、みなさん!」
「ミラーヤ殿も。
よく来てくれたな」
「や。
王様に、ミラーヤさん」
「えへへ。
マリーさんも、おひさしぶりですね」
思い思いに挨拶を済ませたあと、二人は俺の右側に並んで座った。
「それで。
どこまで話したのかしら?」
「ペルエットの話は、さっき始めたばっかりだぜ。
思ったより、仕事の話が長くなっちまったからな」
「ん。
ウチとペルエットも、全く交流が無いってところまでだね」
「そう……。
文献の類も、そちらには残っていないのかしら?」
「そだねー。
ウチの国は、そもそも書物が少ないから。
知識だって、身体で覚えるようなもの以外は受け継がれづらいし。
そっちとは根本的な寿命の差もあるし……歴史なりなんなりって話は、クロキアの方が得意なんじゃない?」
「そうね……マリーの言う通り、かしらね」
つまり、クロキアの知らないことはおよそフレイミアも知らない。ということか。
「ふむ……そもそもの話だが。
なぜトーヤ殿はペルエットの情報を欲しがっているのだ?」
「あ、そういえばそだね。
私も気になるかも」
「あら、トーヤ。
それもまだ話していなかったの?」
「え?
ああ、まぁ……」
そういえば。と言った風に、全員の視線が俺に集まる。
「……いや、別に大した理由じゃないんだが」
好奇と期待が乗せられたそれに、やや居心地の悪さを覚えた。
他国の情報が欲しい、と言って呼びつけた手前、まさかその理由が『魚が食いたいから』だけだとは、ブランシュたちも思ってはいないだろう。
(……こう期待されると、なんか言いづれぇな)
「大した理由じゃない、ね。
そうは言ってもさ。
トーヤくんのことだから、また面白いコトでも考えてるんじゃないのー?」
「そうだな。
トーヤ殿の発想は、常に我々の予想外の場所を突いてくる印象だ。
よければ、理由を聞かせてもらいたい」
俺が言い淀んでいるうちに、ハードルは徐々に上がっていく。
「それとも……もしや、軍事的な話か?
ペルエットから何か問題が波及しているということであれば、私も手を貸すが……」
「いや、そういうわけでもないんだが……」
さらに口ごもった俺を見かねて、サフィーアが笑い始める。
「ふふ……トーヤ。
早く言わないと、もっと恥をかくことになるわよ」
「あー……ったく。
わかってるから、黙ってくれ……」
未だ理解できない、という顔で俺を見る二人に、一つ咳払いをしてから俺は腹を決める。
「……魚だよ」
「魚……?」
その言葉を聞き、ブランシュとマリーはまた首を捻る。
「魚だ、魚。
魚が食いたくなったんだよ」
「……それは、どういう」
「ふふ……」
またも笑い始めるサフィーアが癪だったので、少し声量を上げて放つ。
「魚が食いたいから、ペルエットに行きたいんだよ。
俺が、個人的に、食いたくなったから。
……それだけだ」
「……」
「……」
数秒の沈黙を経て。
「ふ、ふふふ……」
「くっ……ははは……!」
二人は顔を見合わせたあと、大笑いを始めた。
「あっはっは!!
トーヤくん、何言いだすのかと思ったら……!」
「く、くくく……!
なるほど。単に魚が食いたいから、とはな……!」
「あーちくしょう……こうなると思ったぜ……」
「ふふふ……顔が真っ赤よ、トーヤ」
「うるせぇ……」
そして、二人がひとしきり笑い終えた後。
「あー面白かった……。
トーヤくんって、ほんっとに私を笑わせてくれるよね……」
「だとしても、笑いすぎだろ……」
「いや、すまないな。
今までが今までだっただけに、トーヤ殿の発言にはつい期待してしまうのだよ。
我々の気付かないことに、また気付いたのではないか。
何か大きなことを始めてくれるのではないか、とな……くくく」
「よかったわね、トーヤ」
「はぁ。
期待に沿えなくて悪うござんしたね……」
気を取り直すために紅茶を一口喉に通した後、改めて口火を切る。
「とはいえ……それ以外の理由もあるにはあるぜ。
こっちは、少しだけ真面目な話だ」
その言葉で、それぞれの顔がほんの少し引き締まる。
「ん、そだよね。
やっぱトーヤくんは、そうじゃないとね」
「ああ。
改めて、聞かせてもらおう」
今度は鋭くもなく、かといって柔らかすぎるわけでもない雰囲気。
こう見ると、先ほど道化に甘んじたのも悪くなかったのではないかと思えてくる。
「そもそもの話だ。
クロキアには、魚を食う文化自体が無いみたいなんだが……フレイミアはどうだ?」
「まぁ、無いと言っていいだろう」
「そだね。
私も、数えるほどしか食べたことないかな」
「ふむ。
そりゃどうしてだか、わかるか?」
「んー。
ウチの国じゃ、港町とか船の技術が発達してないから……っていうのが大きいかな」
「んじゃ、なんで港や船がないと思う?」
ここまで来ると、マリーも少し思惟を巡らせ始める。
「……他国との交流を含めて、海に出るメリットがないから。
いや……」
「地上に比べて、魔獣や自然災害などのリスクが大きいから。か?」
ブランシュも、それに乗るように考えを吐き出す。
「俺が思うに、どっちも半分は正解だ。
でも、もう半分は別の答えなんじゃないかって思ってる」
「……って言うと」
改めて、二人の視線が俺を捉えた。
「───魚の足が、早いから。
それが答えだと、俺は踏んでる」
「……へぇ」
マリーの目が、今度は商人のそれに変わる。
「なるほど……考えてみればそうかもね。
魚は他の畜肉と比べて傷むのが早いから、内陸部にまで運んでこられない。
獲っても売りモノになりづらいから、食文化も根付かなかった。と」
「ああ、そうだ。
食おうと思えば食えたんだろうが……根付かなかったのは、さっき二人が言った通りリスクや労力が釣り合ってないからだな」
「海に出るより、他の畜産の方が効率がいい。
一部は海でしか獲れないものもあるかもしれないけど、それらは人の生活に必須のものではなかった。
そういうことだね」
「ああ。
俺はこの世界の歴史に詳しくないが……そうだと踏んでる」
「んや、多分正解なんじゃないかな。
それで、続きは?」
「もうわかるんじゃないか?
───俺たちなら、その欠点を補うことができる。
だろ?」
その一言に、この場の全員がやや視線を上げた。
「……氷、か」
「そうだ。
俺たちの作った氷は、普通の氷よりも溶けにくく、温度も低い。
魚を運ぶのには打って付けってわけだ」
「なるほどー……。
今度はお魚を輸入できるようになる、か……」
そう言うと、マリーはまた視線を逸らして思索を始める。
きっと彼女の頭の中では、すでに商売のモデルが組み立てられ始めているのだろう。
「ああ。
……っつーわけで、ここでミラーヤに質問だ」
「ふえ?」
「魚を輸入できるようになったら、どうなると思う?」
「えっとえっと、おさかなが食べられるようになる……ですか?」
「そうだな。
で、新しい食材が増えるってことは?」
「……!
フィーニャに、あたらしいお料理を作ってあげられます!」
「そういうこと、だな」
「わぁ……!」
新しい食材という言葉に、ミラーヤが目を輝かせ始める。
「と、この通り。
うちの凄腕料理人でもこの反応なんだ。
魚料理が食えるってのは、きっと珍しいことなんじゃないか?
だったら、フリージアにとっても特徴的で目新しい文化になるんじゃないか。ってな」
「ん、トーヤくんの言う通りだね。
お魚を使った料理が増えれば、フリージアの独自性は今まで以上に増す。
それ目当てで人の行き来もさらに増えるかもだし……もっと言えば、氷の強みを知ってもらえるいい機会にもなるかもね」
「ああ。
珍しい食材、新しい文化。
ペルエットとの交易ってのも、始まっちまえば魚だけに留まらないはずだしな。
……あとは、もしあっちに大型船があるなら、氷ってのはまた別の意味を持つんだが……ま、この話はいいか。
なんにせよ、これは俺個人だけの問題じゃない。
フリージア全体としても、前向きに取り組める話だと思ってな」
俺たちの会話に、ブランシュやサフィーアも満足そうに頷いた。
「ふむ。
やはりトーヤ殿らしい、合理的な話だ」
「ふふ……そうね。
でも、昨日はお魚が食べたいという気持ちだけだったはずでしょうに。
よく一晩で、ここまで理由を考えられたものね」
「たしかに、村単位で取り掛かろうって思いついたのは昨日の夜だ。
でもま、きっかけなんてモンは単なる衝動でいいんじゃねえか。
なんだってそうだろ?
ちゃんとした理由なんてのは、往々にして後からついてくるモンで十分だと思うぜ」
「そうかもしれないわね。
でも……私の予想以上だったんだもの。
感心しちゃったわ」
「……予想以上、ってことは。
さっきはわかっててからかったのかよ……」
「どうかしらね。
じゃないと、わざわざ私がこの村までお呼ばれしないかもしれないわ」
「ったく……」
「ふふ」
一体サフィーアは、どこまで先を読んでいたのだろうか。
相変わらず、底の知れない王様だ。
「それで、トーヤ殿。
ペルエットから魚を輸入したいというのはわかったが……具体的にはどうするのだ?」
「あぁ。
そこについては、今から相談したいと思ってたんだ。
どこから手をつけて、何が必要で、どれぐらい長い話になるのか。
今日皆に集まってもらったのは、そういう話をしたかったからってのもある」
「ふむ。
であれば、まずは調査のためにペルエットに人を送らねばならんだろう。
およそ最初の問題は、時間と距離。つまり、ペルエットまでの道のりの選定だな。
ここにいる我々は、誰もペルエットに行ったことがないのだから」
「そう、か。そうだよな。
でもさっき聞いた感じだと、フレイミア側からは行けないってことなんだよな?」
「ああ、その認識で違いない」
「んじゃ、クロキア側から行くことになるか。
……そうだ、ミラーヤ。たしか俺たちが前に行った町って、かなり南東の方だったよな?」
「ミールノエ、ですね。
おっしゃる通り、クロキアの南東でいちばん大きい町だとおもいます」
「そっから東、ペルエットに向けての道があったかどうか……憶えてるか?」
「んと、えーっと……」
「……あまり整備はされていないけれど、あったはずよ。
そもそもミールノエの東にも、小さな村がいくつかあってね。
少なくとも、そこまでは街道が続いてたはずだわ」
「お、さすが王様は長生きしてるだけあるな……生き字引、ってやつか?
だったら、その道が使えると踏んでよさそうだ。
サフィーアの記憶が何千年も前のモノじゃ無けりゃ、だが」
「……たしかその近くに、トーヤにぴったりな毒草の群生地があったはずだわ。
もう少しで、その場所も思い出せそうなのだけれど」
「よし、我らが偉大なサフィーア様の記憶に従うべきだ。
道はある。ある前提で話を進める。いいな?」
「あ、あはは……」
さきほどの仕返しをしようと思ったのだが、案の定反撃を食らってしまった。
「んで、だ。
その街道を通ったとして、距離的にはどんなもんだ?」
「ミールノエから東の国境までは、徒歩で1日といったところかしら。
そこからは……あちらの国の町が、どこにあるか次第ね」
「歩きだと、何日かかるかわからないってことか……。
馬車でならどんぐらいだ?」
「いや、トーヤ殿。
残念ながら、馬車は使えんと考えた方がいいだろう」
「そうなのか?」
「ああ。
道の状態がわからないのであれば、安易に馬車は出せん。
山岳や川にぶつかった時点で、馬も車もお荷物にしかならんからな」
「なるほど、そりゃそうか……」
「ってことは、マリーさんもお手上げだね。
商会の力が使えないってことは……徒歩で行ける人にいってもらうしかないかな。
それこそトーヤくんが直接、とかさ」
「徒歩であるならば、どれほどの人数で行くかが次の問題だな。
調査とはいえ、動かす人の量によっては必要な物資や期間も膨らむだろう」
「徒歩で確定、か。
何日も歩き続けるのはちょいと気が進まないが……まぁ、その二つについては問題ないかな。
そもそも最初から、俺が一人で行くつもりだったからさ」
「……えっ?」
声をあげたのは、ミラーヤだった。
「おひとりで、いかれるんですか……?」
そう言いながら、まるで『連れていってくれないんですか?』とでも言いたげな眼差しでこちらを見ている。
「あたらしいお料理、わたしも食べてみたいです……」
「……いや、ミラーヤ。
たとえ付いてきてくれるとしてもだ、今回は結構な長旅になるかもしれないんだぞ?
前と同じか、それ以上ぐらいの……」
「……おさかな、料理……」
どうやら、ミラーヤの頭の中はすでに魚料理のことでいっぱいらしい。
「……はぁ。
こう言ってますが、ご主人様」
「ええ。
私も、仕事はお城の子たちに預けてきたわ。
一か月分ほどね」
「フィーニャ……!
じゃあ、じゃあ……!!」
「……用意のいいことで。
まぁ、二人がいいなら俺は別にいいんだが……」
どうやら、二人がついてくることは確定らしい。
「だってさ、お姉ちゃん」
「ん?」
「か弱い女の子が二人と、優しすぎる男の子が一人の長旅。
これは、軍人さんとして放っておくわけにはいかないよね?」
「……私についていけと。
そういうことか?」
「ん。
ちょっと無粋だけど、そゆコト」
「ふむ……たしかに未知の国への旅というのは、私としても少し心配ではある。
が、トーヤ殿がいない間のフリージアのこともある故にな……」
「ここのことなら気にしなくていいよ。
私もいるし、村長さんとか他の人だっているからさ。
だから行っておいでよ、お姉ちゃんも」
「しかしだな、マリー。
私は、お前のことも……」
「私となんていつでも会えるでしょ。
いまさら心配しなくても大丈夫だよ、もう」
「だが……」
ブランシュとしては、ようやく手にしたマリーとの時間を優先したいという気持ちもあるのだろう。
が……。
「えっと。
ブランシュさんも来てくださるなら、わたしはとっても嬉しいですけど……」
「ミラーヤ殿……」
ブランシュを連れていこうとする人物は、もう一人いたようだ。
「私としても、貴女がいてくれるなら心強いわよ。
ブランシュ」
「フィーニャのいうとおりですっ。
それに、前はお仕事としてついてきてくださいましたが、今度はお友達として一緒に旅ができたらなって。
きっときっと、とっても楽しいと思うんですけどっ……。
……だめでしょうか?」
「ぐっ、ミラーヤ殿……!
私は……!!」
ミラーヤのねだるような眼差しに、ブランシュは腕を組み、これまでにないほど眉間に皺を寄せていた。
「恩返し。
するんでしょ? トーヤくんに」
「……マリー……!」
そしてその一言が決め手になったのか、彼女は観念したように腕の力を抜いたのだった。
「……とびきりの土産を、用意してくるからな……。
それまで待っていてくれ……」
「ん、行ってらっしゃーい。
期待しとくねー」
「ブランシュさん……!」
あくまで軽いマリーの返事に、ブランシュは悲喜交々の複雑な表情を浮かべていた。
「俺としても助かるよ、ブランシュ。
前の旅でも、本当に頼りにさせてもらったからな」
「ん、あぁ……。
それについては、お互い様だろう。
私にも至らないところがあったと感じている」
「んなことねえよ。
徒歩での道のり……それも、今回は知らない国に行くってんだ。
ブランシュ以上に頼りになる人間はいないさ」
「だってさ。
よかったね、お姉ちゃん」
「ふむ……。
ならば今回も、期待に応えられるだけの働きはしてみせねばな」
「ミーチカのお料理も、食べられるものね?」
「……まぁ、それも期待せざるを得ないが」
「えへへ。
またみなさんと、お出かけができるんですね。
だったらわたしも、とびきりのごはんを用意しちゃいます!」
どうやら、旅のメンバーは決まったらしい。
「うし。
じゃあ、行くのはこの四人で決まりか」
「ああ」
「行き先はペルエット。
目的は、魚の輸入と氷の輸出。その約束の取り付けだ。
期間は……まぁ、長くて一か月ってとこか」
「そうね。
早く帰ってこられるに越したことはないけれど」
「ま、交易の約束を取り付けられるまでに何があるかわからないのは確かだ。
だとしても、今回は急ぎの用ってわけでもないのも事実だからな。
せっかく皆で行くんだし、ちょっとした旅行ぐらいの心構えでいこうぜ」
「おさかな料理、たのしみです!」
「うむ。
じゃあ、明日からは旅の準備だ。
よろしく頼むぜ、皆!」
当初の予想よりも、少しだけ重い荷物を載せて。
俺たち四人の旅が始まったのだった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




