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「おじゃーしゃーッス!」
とある日のこと。
人が消え静まり返った店内に、キトの声が響いた。
「……帰れ」
それに返事をしたのは、唯一店内に残っていた店主───コルヴィその人だった。
「ひどくないッスか!?
自分、お客さんッスよ!?」
「今日はもう店じまいだ。
それに……たとえ客だとしても、今はガキがひとりで来るような時間じゃねェだろうが」
コルヴィの言う通り、周りの民家からは朱光石の灯りも見えない。
日付も、あと一刻で変わろうかというところだ。
「ふっふーん、こう見えても自分は氷雪の民ッスよ?
見た目で判断されちゃ困るッスねぇ」
返された言葉などお構いなしに、キトはカウンターの席に腰かける。
対してコルヴィは、珍客に目もくれず片付けを続けていた。
「十六」
「へ?」
「少なくともフード付きよりは若ェだろ、お前。
身体の線も細ェしな……だいたい16ってとこだ。
違うか?」
「……いやんッス。
どこ見てるんスか」
「腹ァ丸出しでよく言うぜ」
「むむむ……面白くないッスねぇ」
「アタリ、だな」
「はいそうですよーッス。
もー……バレちゃったなら、大人しく帰ることにするッスかね」
年齢を言い当てられたのが効いたのか、キトは諦めて席を立とうとする。
「まァ、待てよ」
「なんスか?」
「ガキ相手とはいえ……一度座った客に、何も飲ませずに帰らせる店だとは思われたくねェ」
コトリと音を立てて置かれたグラスを、コルヴィはそのまま滑らせる。
それはキトの目の前で止まり、照明の光を朱く反射した。
「これ……いいんスか?」
「こっちじゃどうかは知らねェがな……。
ウチの国じゃ、酒は15からなンだぜ?」
「……えへへ。
思ったより話の分かる店主さんッスね!
いただきますッス!」
出されたグラスに、キトは嬉々として口をつける。
「んー……ふぅ。
おいしいッスね、この赤いお酒!
なんて名前なンすか?」
「そいつァよかった。
ウチ自慢の一品でな。
『ミルク』ってんだ」
「へぇー。
……って、それただの牛乳じゃないッスか!!」
「かっかっか!
朱光石の光で、騙されたな」
「どーりで飲んだことある味だと思ったッスよ!」
「だろうな。
ま、ガキにゃそれがお似合いってこった」
「むぅ……。
まあ、喉が渇いてただけだからなんでもいいッスけど……」
「なら、なおさらだな。
空きっ腹にいきなり酒を流し込むもんじゃねェ。特にその細ェ身体ならな」
「そうなんスか?」
「ああ。
ンなこともわからねェからガキだって言われンだよ」
「ぐぬぬ、言い返せないッス……けど、さっきからガキガキって、失礼なヒトッスね!」
「閉店後の店に入ってきたヤツにタダで飲みモン出してるだけ、感謝してもらいてェもんだが……」
「あ、これタダだったんスか?」
「まァな」
「マジッスか!
それは感謝ッス!」
「見るからに金持ってなさそうな顔してっからな、エサやる気分でつい出しちまった」
「ちょっとー!
どういう意味ッスか!」
「そのまンまだよ。
あんまり人の過去にとやかく言いたかねェが……お前、他人様に言えるようなコトしてきてねェだろ?」
「っ……!
それは……」
「俺ァ人を見る目がある方じゃねェが……それぐらいならわかンだよ。
お前の手つき、足音、目線とかでな」
「……図星ッスよ。
はぁ……トーヤさんも、同じことを言ってたッス。
自分、そんなにわかりやすいッスかねぇ」
「あン?
フード付きがか?」
「はいッス」
「チッ……なんか癪だな」
ボトルを棚に仕舞ったコルヴィが、その戸を乱雑に閉める。
「でも……でも、今は違うッスよ。
そのトーヤさんのおかげで、自分もまともな仕事についてるッス。
……ついたばかりなんで、相変わらずお金はないッスけど……」
「わーってるよ、そンぐらい。
……俺も、同じ性質だからな」
「同じ、ッスか?」
「ああ。
フード付きと関わるまでは、汚れたことばっかやってたからな」
「そうだったんスか……」
「たぶん、俺とお前は同類だ。
だからわかンだろうよ」
「なるほど……なんか、納得ッス」
「だからこそ、お前を見てッと……なんつーかな」
そう言ってコルヴィは、片付けのついでと言った風に一本のボトルを取り出す。
そして、半分ほどになったキトのグラスに黒い液体を注いだ。
「これは?」
「コーヒーリキュールだ」
「え……お酒……?」
注ぎ終えるとすぐにコルヴィは後ろを向いたが、グラスの中身は鮮やかなカーキ色に染まった。
「……俺が初めて酒を飲んだのも、お前ぐらいの時だった。ってのを思い出してな」
「店主さん……!!」
「チッ、マスターって呼べ。
『店主』はダセェ」
「マスター!!
思ったより、粋な人ッス~~!」
「それだけ飲んだら帰れよ。いいな」
「はい、約束するッス!!」
「ったく。
夜中だってのに、騒がしいヤツだ……」
「えへへ……」
酒のせいか、それとも朱光石の照明のせいか。
綻んだキトの顔は、徐々に朱く染まっていく。
「で、お前。
名前はなんつーンだっけか」
「んぐ……ちょっとー。
自己紹介なら、前にしたじゃないッスか。
覚えておいて欲しいッスー」
「あァ?
だったらテメェ、俺の名前覚えてんのかよ」
「え?
それは……まぁ、その」
「燃やすぞコイツ……」
「ご、ごめんなさいッス!
自分が悪かったッスから!」
「チッ……。
俺ァ、コルヴィだ。
二度と忘れんじゃねェ」
「ッス!
自分は───」
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