1-3
ある休日。
俺は、アデレニエの家に招待されていた。
「それで、どうだ。
新しい製氷場は?」
「めちゃくちゃ広いッス!!」
「そう、ですね。
今までと違って、とても快適ですよ……!」
「……まぁ、広すぎて自分たち二人だと持て余しちゃってるっていうのが本音ッスっけどね」
「はは、そうか。
落ち着かないか?」
「んー。
自分はじきに慣れると思うんスけど……アデレニエ先輩は、たしか狭い方が好きって言ってたッスよね?」
「わ、私は大丈夫だよ、キトちゃん……!
それに、これからは大きくないとダメだから……。
そ、そうですよね。トーヤさん?」
「ま、そうだな。
これから製氷業に携わる人数も増やしていく予定だからさ」
「そ、そう仰ってましたよね……」
「ああ。
それに、人が増えて作る氷の数が多くなれば、製氷場全体の温度も下がるんじゃないか?
そしたら、今よりちょっとは楽ができるはずだぜ」
つい先週完成した、新しい製氷場。
それは、従来の製氷場よりも遥かに大きい建物だ。
イメージで言えば、俺の世界で言う体育館ほどの大きさだろうか。
そこには一定の距離ごとに製氷箱が置かれ、2・30人ほどが作業できる空間となっている。
それぞれの製氷箱はローラー式のコンベアに乗せられており、製氷が完了し次第、ロックを外せば隣の蔵まで直送できる仕組みだ。
そしてこちらは室温を保つために仕方ない部分ではあるのだが……この建物自体、窓やカーテンは緊急時以外は全て閉め切っている。
そのため広いとはいえど、常に薄暗く、空気が滞留しやすい状態だ。
そんな空間に長時間いれば気が滅入るのではないかと思ったが……そこはやはりと言うべきか、アデレニエにとっては快適な場所のようだった。
なんにせよ、少なくとも今までの三畳一間と言ったレベルの小屋よりはマシなはずだと願いたい。
「あ、そっか。
大きくなったってことは、新しい人がくるんッスよねぇ」
「そうだな。
寮も準備したし、十分な給金を出せるほど収支も安定してきた。
おかげで前より良い条件で募集をかけられてるから、ちらほら人が集まり始めてる」
「おお……それは良いことッスね」
「そうだ。
キトが入ってきてくれた時より、ずっといい条件で募集をかけられてるからな」
「おおー。
……ってことはッスよ、トーヤさん?」
ここまで言ったところで、勘の鋭いキトが俺に期待の眼差しを向けてくる。
「ああ。
キトたちの待遇も、そのさらに上に再設定だな」
「やりぃッス!!」
キトがテーブルを揺らしながら、大きくガッツポーズを取る。
「よ、よかったね。
キトちゃん……!」
「えへへー。
これまで頑張ったかいがあったッス」
「ま、実際キトたちには随分助けられてるからな。
本当に、いち早くフリージアにきてくれたのがキトでよかったと思ってるよ」
「そ、そんなぁ。
ボスぅ~……」
頬がゆるゆるになったキトが、指先で俺をつつき始める。
「はは、その名前で呼ばれるのも久しぶりだな」
「あっ。
す、すいませんッス。トーヤさん……」
「いや別に。
呼びたいように呼んでくれよ。
その呼び名も、別に嫌ってわけじゃない」
いつかの一件から、キトは俺のことを『ボス』ではなく『トーヤさん』と呼ぶようになっていた。
何か少し距離を取られたのか、とも思ったが……キトの中では、未だ俺は『ボス』扱いらしい。
「それに、今日話したいのはその点についてもだったからな」
「そ、その点についてと言うと……。
……もしかして」
「ああ。
そのもしかしてだ」
今度は、アデレニエが先回りして気付いたらしい。
「んえ?
何のことッスか?」
「き、キトちゃん。
えっとね……」
「人数が増えるってことは、キトにも後輩ができるってことだ。
で、後輩が増えるとどうなると思う?」
「あー……。
えっと?」
「つまり、だ」
未だにピンとこないキトの為に、続けようとすると。
「わ、私たちが、指導をしなきゃいけない。
ってこと、ですよね……?」
「ご名答。
そういうことだ」
アデレニエが、正解を言い当ててしまった。
「……え。
自分たちがッスか!?
ぼ、ボスは!?」
「俺はあくまで、裏方だからな。
それに教えるっつったって、別に仕事自体は難しいモンじゃないだろ?」
「そ、そうッスけど……。
でも自分、人の上に立ったことなんて……!!」
「良い待遇には、それ相応の責任が伴うもんだぜ。
そうだろ、キト?」
「う、うぎぃ……!」
さきほどの待遇アップに喜んでいたキトは、俺の言葉に何も返せなくなってしまう。
「それに、だ。
製氷業も、この村も。
ゆくゆくは俺の手を離れても大丈夫なようにしたい、って思ってるからさ」
「そ、それは、どういう……?」
「言ったろ?
俺はあくまで、ただの発案者。
実際に手を動かしてくれてるのは、この村の皆なんだ。
だから、俺なんかがいなくても全部が回るようにしておきたい。
出来るなら、今のうちからな」
「と、トーヤさんがいなくなるなんて……。
あまり、考えられないですけど……」
「まぁ、俺が突然フラっといなくなるってわけじゃないよ。
ただこの村は、皆のもので……もっと狭い言い方をすれば、元々住んでたアデレニエやナスレグ村長たちのモノだと思ってんだ、俺は。
だから部外者である俺が、ずっと旗を振り続けるつもりもないってことだな」
「で、でも。
この半年と少しで、この村がここまで大きく変わったのは。
やっぱり、トーヤさんがいたからで……」
「そうだ。
だから俺は、その責任を果たすところまではやる。
間違った方向に行かないように、軌道修正ぐらいはする。
でも、この場所がどうなっていくかは……村にいる皆で決めてくモンだと思ってるぜ。
決して、俺一人の一存じゃなく。な」
「それは……」
「だからこそ、製氷業は二人に任せたいんだ。
管理者として、アデレニエ。
実務については、キトが皆を引っ張っていく形でな」
「……」
俺の言いたいことが全て理解できているのだろうアデレニエは、考え込むようにして俯く。
「大丈夫だ。
なんかあった時の責任者としては、引き続き後ろに俺がいるつもりだ。
それに、コルヴィだって頼りにしてもらっていい。
だから……頼めないか?」
「……そう、ですね……」
予想通りと言うべきか、アデレニエの答えは曖昧だ。
さきほどから、彼女が言い淀んでいるその理由。
それは以前から聞いていた通り、彼女自身に『他人を使う立場に向いていない』という意識があるからだろう。
「でもボス。
引っ張ってーとか管理者ーって言っても……具体的に何をするんスか?」
「全部だよ。
人の管理に金の管理、場所や仕事の管理まで。
今まで俺たちがなあなあでやってきたことを、組織立ってやる。
そのために必要なこと全てだ」
「えーっと、つまり……?
例えば今日は誰がお休みで、誰が掃除当番でー。とか。
そういうことから、ッスか?」
「有り体にいえばそうだな。
氷を作って、フレイミアへの出荷をして、マリーに金をもらって。
そこまでの流れに必要なことを、二人で分担してやってほしいんだ」
「うーん……。
なんとなくはわかったッスけど……やっぱ自分はバカッスから、自分の想像以上に大変なことがいっぱい出てくるんだろうなーってことしかわからないッスね……。
アデレニエ先輩はどうッスか?」
「……うん……」
生返事───だが、これはきっと悪い意味ではないのだろう。
俯きながらも時折視線を動かしているのは、アデレニエが思索をしている時の癖だ。
きっと彼女なりに、責任を持ってその役割を果たせるかどうかを考えてくれているに違いない。
以前のように即答で固辞の言葉が出てこないことからも、それが伺える。
そして俺は、そんな彼女の慎重さこそ管理者に相応しい資質だと感じているのだ。
「……トーヤさん」
「ん」
「やり、ます。
やらせてください、その役割……」
「頼んで、いいんだな?」
「はい……。
やりたい、んです。
私自身が、きっと」
そして、アデレニエから返ってきたのは予想よりも明るい言葉だった。
「たしかに私は、他人と仕事をするのが苦手、です。
でも……キトちゃんとなら、できた。
だからきっと、できないわけじゃないんです。
それに、なにより……」
「何より?」
「トーヤさんの力になれるなら、って。
今までトーヤさんには、たくさんお世話になってきました。
家も建てていただいて、お仕事までいただいて……本当に、数えきれないくらい。
だから、こんな私でも恩返しができるなら、って……。
……そう、思ったんです」
「……そっか」
「はい。
だから……やらせてください」
「ありがとう、アデレニエ。
じゃあ、改めて頼むぜ」
「はいっ。
……それでもきっと、すぐにトーヤさんを頼ってしまうと思いますが……」
「いや、引き受けてくれただけで十分だよ。
それに、最初から俺に聞かずにバンバン仕事をこなされたら、それこそ逆に気味が悪いぜ」
「た、たしかに……そうですよね」
「ああ。
最初は、今まで俺がやってた金とか納品の管理なんかから引き継いでいくからさ。
一緒にやっていこう」
「わ、わかりました。
よろしくお願い、します……!」
アデレニエは再び頭を下げてから、しっかりと前を向いた。
そうして真っすぐに俺を見据える彼女の瞳には、静かな決意が見て取れたのだった。
「……んー。
アデレニエ先輩が管理者になるってことはー……つまり、アデレニエ先輩もボスになるってことッスか?」
「えっ……?」
「ボスが二人……。
中ボスと、大ボス……?」
「それで言うなら、俺は裏ボスだよ。
基本、表には出てこないからな」
「裏ボス……!!
なんかよくわからないッスけど、かっこいいッスね!」
「ち、違うよ……!?
私は、ボスにはならないよ……!?」
「はは」
「うーん、そッスよね! アデレニエ先輩は、アデレニエ先輩ッス!
……ボスにならないのはちょっと残念ッスけど」
「ざ、残念がらないで……!」
いつもの調子で、三人で笑い合う。
「あ、ボス。
お茶のおかわりいるッスか?」
「ん、ああ……。
もらうよ、ありがとう」
「ッス!」
そう言ってキトは、台所からティーポットを持ってくるなり、手慣れた様子で俺のカップに注いだ。
「にしても……キトも慣れたもんだな。
一か月と少しだったか? この家に来て」
「んえ、そでしたっけ?」
「う、うん。
私のおうちが完成してから、ずっと。
キトちゃんと二人、だもんね」
「そういえばそんなに経つんスね。
そのせつは、ほんとーにお世話になってるッス!」
「初めにも言ったが、先輩に迷惑かけてないだろうな?」
「か、かけてな……い。
とは、言えないかもッス……」
「おいおい……」
「で、でも、トーヤさん!
キトちゃんがいて助かってることも、たくさんあるんですよ……!」
「そうなのか?」
「はい。
やっぱり、家のことは分担すると楽ですし。
キトちゃんは、私が気付かないことにも、色々気付いてくれたりして……」
「へぇ」
「それと、逆に……私がキトちゃんの負担になってる部分もあるだろうから……」
「いやいや。
そんなことないッスよ!」
キトの負担に? と思ったが、すぐにキトがそれを否定した。
「あ、ありがとう。キトちゃん。
でも……負担とか、迷惑かどうかって話、なら。
私たちはきっと、お互いに迷惑をかけてるんじゃないかな。って……」
「お互いに、ッスか……?」
「うん……。
私、思うんだ。
たしかに二人で住んでると、一人じゃできないことができる。
お料理だって、どっちかが二人分を作った方が楽だよね。
他の家事だって、そう。
でも……やっぱり、お互いに我慢しなきゃいけないこともある、よね。きっと」
「それは……」
「でもね。
そんな風に、迷惑をかけ合っても。
それでも、二人でいるのは……楽しいな。
嬉しいことがあったときに、一緒に喜び合えるのって。きっと、とっても素敵なことだから。
迷惑も、嬉しいも、笑いながら二人で分け合って、進んでいく。
……誰かと一緒に暮らすって言うのは、きっとそういうことなんじゃないかな……」
「アデレニエ先輩……」
「迷惑をかけ合う、か……」
「あ、す、すみません。
なんだか、変な話を……」
思いのほか饒舌になった自分に驚いたのか、アデレニエはまたわたわたと手を動かす。
「……いや。
俺が間違ってたみたいだ。
一緒に住んでて、一切迷惑をかけないなんて。たしかに無理な話だよな」
「え、えっと。
そう、思います……」
「ん。
キトも悪かったな」
「え?
あ、いやいや……。
自分はそもそも、居候してる身ですし」
「居候、ね」
「はいッス」
「……ふむ。
そういえば、それで言うとだ……」
ひとつ間を置いてから、続ける。
「こないだ、製氷業の人間が使う寮は完成した。
もちろんキトが本来入る分の部屋も用意はできてる。
だから、キトがその身分をやめようと思えばいつでもって感じではあるが……どうする?」
「あー……」
キトは、考えるようにして目を逸らす。
「んーっと……どうする、ッスかねぇ。
そういえば考えてなかったッス」
「当初の予定じゃ、寮が完成するまでは。って話だったよな」
「そ、そういえば、話してこなかったね。
そのこと……」
「そう、ッスねぇ……」
キトの返事は、曖昧なままだ。
その態度が示すところは、一つだろう。
「わ、私は……キトちゃんに、ずっといて欲しいと思ってるよ?
この、おうちに」
「……ッスか?」
「も、もちろん、キトちゃんさえ良ければ。だけど……!」
「……ボスは」
「別に、俺に許可を求めることじゃないだろ。
二人が決めてくれれば、それでいいさ」
「えっと、じゃあ……。
このまま居候を続けても、いいッスか……?」
「う、うん……!」
キトの提案を、アデレニエが控え目な笑顔で受け止める。
「えへへ……。
じゃあ、あらためてよろしくお願いするッス。先輩」
「よろしくね、キトちゃん」
「んじゃ、キトが寮に入る話はナシだな」
「はい。
それでお願いしたいッス」
「了解だ。
寮は全部、新しく入る人間のために使うことにしよう」
「キトちゃんがずっといてくれる、なら。
もう居候じゃなくて、同居人……だね」
「同居人、ッスか。
へへ……それもいいッスね」
「ま、俺としては『住所不定』の人間が村から一人減って、喜ばしい限りだな」
「うぐっ。
ボスぅ……」
「と、トーヤさんっ。
言い方、です……」
「はは、悪い悪い」
こうして、キトのこれからのこと。
そして製氷業の今後が決まった。
始まりは妙な縁だったが、いつの間にかキトとアデレニエには確かな信頼関係が出来ていた。
この二人なら、俺以上にきっちりと製氷の仕事をこなしてくれるだろうと思えたのだった。
毎日昼12時に、一話ずつ投稿予定です




