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「───うむ。
立地も広さも、悪くない。
これなら、派兵騎士団から隊を寄越すこともできよう」
「そうか、よかったぜ」
今日は久しぶりに、ヴェルニグがフリージアに来てくれている。
用事はひとつ。
つい先週完成した、騎士団の駐在所の視察だ。
「では、来週にはエルビン達の隊を……」
と言ったところで、一人の人物が通りすがる。
その人物の名は、コルヴィ。
俺とヴェルニグの姿を見てか、彼は手を挙げながら近付いてきた。
「よう」
「む……なんだ、貴様もいたのか」
「久しぶりだな、鎧のオッサン。
なんだとはご挨拶じゃねェか?」
「ふん。
そちらも、鎧のオッサンなどと……」
ヴェルニグは小言を言いかけたようだが、それはすぐに引っ込んでしまった。
「まぁよい。
それより貴様、また妙なことを企んではいないだろうな」
「はっ。
残念ながら、アンタの仕事を増やすようなことはしてねェよ。
今はフード付きの手伝いで、真っ当な仕事をしてっからな」
「そうか……。
なら、いいのだがな」
ヴェルニグの高圧的な視線に、コルヴィはこちらに聞こえるほどの音で舌打ちを放つ。
「はァ、それともなンだ?
クロキアの騎士様ってのは、真面目に働いてる人間を疑うのが仕事なのか?」
「む……それは」
「ま、いいぜ。
俺に前科があンのは事実だからな。必要なら監視でもなんでもしてくれや。別に文句は言わねえからよ。
……ああ、それとフード付き。
今日は入荷がかなり多かったンでな。
店の方に、追加で氷をいくらか持ってきてくれるか」
「あぁわかった、後で持ってくよ」
「助かる。
じゃ、俺ァ戻るぜ。まだ頼まれた仕事があっからよ」
「ああ、お疲れ」
「おう」
最後に一言だけ俺と言葉を交わし、コルヴィはいつもの様子で去っていった。
「……変わったな。
奴は」
「ん、そう思うか?」
「ああ。
今は……奴なりに、前を向いているのだろうな。
少なくとも、私はそう感じる」
「ふむ」
「あの様子であれば、私が再び奴に槍を向けることはないだろう」
「そう、か。
そりゃ何よりだな」
俺は今のコルヴィに慣れてしまったが……ヴェルニグが最後に彼と会ったのは、俺やサフィーアがフレイミアに行く前だったか。
その時以来ということであれば、変わったというのも頷けるだろう。
「変わったと言えば、トリド。
貴様もだ」
「俺か?
……自分じゃ、変わったつもりはないんだがな」
「安心しろ。いい意味で、だ。
以前私が、守るべきものを見据えろと言ったのを覚えているか?」
「ああ……覚えてるぜ」
「貴様はここで、それを見つけたのではないか。とな。
少なくとも今の貴様からは、以前のような迷いは感じられない。
今は……そうだな、一人前の男の面構えをしている。と言ったところか」
「ふーむ……」
たしかに、以前より背負うものは増えた。
(フリージアと、それに関わっている人たち。
それから……)
ヴェルニグが言っているのは、そういうことだろうか。
「……そう、なのかもな」
「ああ、そうなのだろう。
今の貴様になら、任務の中で背中を預けても良いと判断できる」
「はっ。
なんだ、今日はやけに褒めるじゃないか?」
「それだけ、貴様が変わったということだ」
「そうかい。
……ま、俺はできることをやるだけだけどな」
「ふ……そういう部分は変わらないようだな。
素直に褒められておけばよいものを」
「うるせぇ」
「ふ、まぁよい。
……それより、一つ提案があるのだが」
「ん、なんだ?」
そこまで言って、ヴェルニグは目の前でグラスを傾けるような素振りをする。
「どうだ。
今夜、一杯付き合わないか?
つい最近、この村に飲める処ができたと聞いたのでな。
無論、私の奢りだ」
「……酒か」
「ああ。
男と男の付き合いといえば、酒の席だろう?
無理にとは言わんがな」
「いや……」
俺が言い淀んだのは、まさか酒の誘いがくるとは思わなかったからだ。
それもよりによって、あのヴェルニグから。
(……変わった、か)
彼は今、男と男の付き合いと言った。
つまりそれは、立場の上だけではなく。
彼個人からも、俺という人間が認められたということだろうか。
ヴェルニグの態度の変化もきっと、そういうことなのだろう。
(……いや。
ヴェルニグじゃなく……本当に俺が変わったから、なんだろうな)
「……ああ、わかった。
日が沈んだら声をかけるよ」
「決まりだな。
なら、今夜は腹を空かせておくとしよう」
ヴェルニグは、いつになく嬉しそうな声で答えを返した。
「でもヴェルニグ、本当にいいのか?」
「む、何がだ?」
「いや、なんだ。
飲める場所があるってのは間違いじゃないんだが……ちょっと、な」
「なんだ。
ハッキリせん奴だな。
何かあるのなら、言ってみるがいい」
「あー……実は、コルヴィがやってるとこなんだよ。その店。
ヴェルニグとしては、そこはいいのかと思ってな」
「ふむ……そうなのか」
ヴェルニグはわずかに考える素振りをみせたが、すぐに口の端を上げた。
「では一つ訊くが……。
炎熱の民である奴がやっているということは、そこにはクロキアにない酒も置いているということだな?」
「ん……まぁ、そうだな」
「なら好都合だ。
ついでに、あやつのバーテンとしての腕を見せてもらうとしよう」
「……なるほどね」
今のヴェルニグの言葉はきっと、文字通りの意味だけではないのだろう。
現在のコルヴィが、この村の住民として上手くやれているかどうか。
それを、彼の働きぶりを見て判断しようということだ。
ヴェルニグも、きっと。
改めてコルヴィという人間に目を向けようとしているのだろう。
決して、『過去に刃を交えた敵』としてではなく。
「そりゃ……いい考えかもな。
コルヴィにとっても、いい刺激になるだろうよ」
「ああ。
それと……トリド。
あちらの酒の中で、貴様の気に入っているモノはあるか?」
「ん?
ああ、まぁ……少しは」
「そうか、ならそれを頼むとしよう。
良い飲み方があるのなら、それも教えてもらえるだろうか」
「構わねえよ」
「そうか。
ふ……これは、今夜が楽しみになってきたな」
そう言って、ヴェルニグはまた白い歯を見せた。
(俺がヴェルニグに、酒を教える……か。
まさかこんなことになるなんてな)
────
───
──
─
「───よいかトリド。
変化というのは、必ず良い影響と悪い影響が出るものでだな……」
(……十杯。
いや、それ以上だったか……)
「たしかに貴様がやっていることには、良い面もあるのだろう。
特に、この村自体が豊かになったのは事実だ。
だが私から見れば、不安なことも多いのだ……。
なにせこの村は、長い時間停滞していた場所で……素朴な人間が多いからな。
外からの刺激がどんな影響を生むかわからん。
そもそも我々は、歴史上で見ても炎熱の民と交流を持つこと自体がほぼ初めてのことなのだ。
村長殿も言っていただろう、お前の───。
いや、そもそもお前は───」
(やれやれ、絡み上戸とはな……)
俺自身も思考がぼやけてくるほど飲んだ後。
気付けばいつの間にか、他の客は全て帰ってしまっていた。
「変化の波にうまく乗れるものもおれば、そうでない者もいる。
諍いとは、必ずそういった時に起きるのだ。
無論、その責任が貴様にあるというわけではない。だが、それでも貴様は当事者の一人としてだな───」
ヴェルニグは未だに、聞く価値があるような無いような話を続けている。
「……おいフード付き、大丈夫かこのオッサン?」
「あぁ……コルヴィ。
すまんな、もう閉店時間か?」
「いやまァ、もうしばらくはいいんだけどよ……」
「トリドォ!
きいているのか貴様ァ!」
「あーはいはい、聞いてるよ」
「……そうか……ならいいのだ……。
私は……ただ、心配でな……」
うにゃむにゃと、またもヴェルニグが言葉にならない言葉を吐き出す。
(まったく……自分から誘っておいてこれか。
騎士団の連中も普段から苦労してそうだな、こりゃ)
しかし。
酔っ払ってはいるものの、ヴェルニグの言っていることが一貫しているのも事実だった。
彼はただ、フリージアを。
そしてここに住む全ての人間を、心配してくれているのだ。
たしかに、俺がこの村にもたらした変化は大きい。
一時的なものも含めれば、この村に滞在している人口自体は、元の何倍にもなっているのだろう。
公共設備の使い方。
金銭のやり取り。
文化や、そもそもの価値観の違い。
そんなトラブルの種を、ヴェルニグはすでに予見してくれているのだ。
俺も、そんな彼の話の中で気付かされたことは多い。
へべれけになっていても、やはり彼は騎士団長なのだ。
むしろ、このようになってまでも出る言葉が、他人の心配とは。
この誠実さと正義感こそが、彼の性根であり、騎士団長たる所以なのだろう。
(さて。
じゃあ、騎士団長様の面子を潰さないためにも……そろそろお開きとしますかね)
「すまんコルヴィ、会計頼めるか」
「おう」
俺が会計を済ませて席に戻ってきた頃には、ヴェルニグは既にいびきをかき始めていた。
「……で、どうすんだ。
そのオッサン、起きそうにねェぞ」
「あー……なんとか運んでやるしかねえか」
「運ぶっつっても、どこまでだ?」
「……まぁ、騎士団の駐在所になる。か」
新しくできた、騎士団の駐在所。
そこを利用する第一号が、まさか酔い潰れた騎士団長殿になるとは。
「こっから村の北まで、ねェ。
構わねェが、フード付き一人で運べンのか?
その重そうな鎧着たオッサンをよ」
「……」
たしかに今日、ヴェルニグは最後まで鎧を脱がなかった。
それは騎士団長としての癖か、それとも矜持のようなものだろうか。
個人的には、よくこの硬い手甲を枕にして寝られるなと思う。
が、今の問題はそこではない。
「……すまんコルヴィ。
右側頼めるか。俺は左側を支える」
「はァ……だろうと思ったぜ」
こうしてヴェルニグには、本人も知らぬ間にコルヴィへの借りができてしまったのだった。
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