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あれから。
フレイミアからの大使となってくれたブランシュの助けもあり、フリージアは順調に復興と発展を続けていた。
コルヴィの店のために、食材の馬車が走るようになり。
建築などに従事するフレイミア側の人たちのために、雑貨や日用品の馬車が両国から集うようになった。
そしてそれらを担う人々が利用するための宿も、ようやく看板を上げた。
今では、常に数人から十人ほどの人間がその宿を利用している状態だ。
現時点では、その宿の経営は順調と言っていい。
なにせ、そちらの担当は俺でなくマリーなのだ。
相変わらず、彼女の手腕が遺憾なく発揮されているのだろう。
宿の件について、一つだけ俺が挙げるとすれば……宿の内装や各種の備品のサイズについて、様々な意見が集まっているところだろうか。
炎熱の民からは『特にベッドが小さい』と。
逆に、氷雪の民からは『扉や段差が大きい』という声が上がっているのだ。
そう。
この宿で用意しているモノは、全て両国の標準サイズ───その中間。
言い換えれば、あえて全ての人が違和感を覚えるような大きさに調整してあるのだ。
(つまり……ちょうどいいってことだ)
そしてそのような声が集まるのは、俺の狙い通りと言っていい。
その理由は一つ。
近い将来、この場所は一つの観光地とも呼べる村になってほしいと思っているからだ。
両国の料理や品々、そして建築技術に至るまで。
それら『文化』と呼べるものが集まり、一つの形を成している。
そして、それらを作った隣国の人間との交流も可能な土地だ。
他国との縁がほとんど無いこの世界において、それらはきっと物珍しく映るはずであり。
そして間違いなく、訪れた人々に新しい体験を提供できる場所となるに違いない。
だからこそ俺は、両国の人間が利用できる宿を真っ先に建てたのだ。
少しずつでもいい。
一風変わった体験ができるこの村に、訪れる人が増えていくことで。
クロキアの人々には、時計の針は常に新しいものを追いかけているのだという実感を。
フレイミアの人々には、歴史というものの重みを。そして何より、時間がゆっくりと流れる感覚を知ってほしいと願っている。
そして俺の方はというと、製氷場の拡張が終わり、寮の買い取りも済んだところだ。
それはつまり、製氷業の人員を増やす目処が立ったということ。
今この村では、元々の村民に加え、氷雪業に従事する人間。
外部からで言えば、建築の人間や、馬車を駆る人々。
宿に泊まっている一時的な人数を含めて……それでもまだ、この村の人口は三桁に届かないほどだろうか。
ならば、もう少しばかり人を増やしても問題はないのだろう。
(つっても、元のフリージアの人口に比べりゃ、数倍にはなったか……)
そして人が増えれば、様々な話が勝手に転がっていくもので。
これから作っていこうという店子の話も、少しずつだが舞い込んできている。
依頼を受けた馬車の御者。そして、建築業やクレムラン商会と繋がりのある人間。
それらの人々から、少なくない数の相談を受けているのだ。
『ここに何ができるのか』と。
その度に俺が『貸店舗だ』という説明をするのだが、反応は三者三葉。
眉を潜めるものもいれば、さらに掘り下げて聞きたがる者もいる。
が……少なくとも、後者の人間にとっては商機と捉えられているに違いないのだろう。
そして、もしそちらが現実となれば……コルヴィのように、ここに根付く者も現れるということだ。
そうなればきっと、この村は今までのクロキアの歴史にない在り方を示してくれるだろう。
そんな新しい村の形を実現させるのは、難しい舵取りとなるだろうが……そのあたりはナスレグ村長やブランシュ、そしてサフィーアを頼ることにしよう。
(ま、いざとなりゃデファンスを頼ることもできるんだ。
どう転んでも、マズいことにはならないだろ)
気付けば、村の東側では常に人々が忙しなく動き回っている光景が日常となっている。
まだまだ畑ばかりの土地ではあるが……少しずつ、俺の理想が形を取り始めている実感もある。
それは今までのように、ただ小麦を育てるだけの村ではなく。
新たな生活基盤というものが生まれ始めている証拠でもあった。
『きちんとした市場があって、お金も回り始めてる。
ここまでくると、フリージアはもう村とは呼べないかな。
立派な……ひとつの町だね』
というのは、マリーの言葉だった。
「つーわけだ。
これからはブランシュお姉ちゃんも、こっちにいてくれるんだとよ」
「そう。
本当によかったわね、ブランシュお姉ちゃん」
「……ああ」
「そういえば貴女。
あの甲冑は、もう着ないの?」
「……よほどの有事でない限りは、な」
「それは良いことね。
私も、素顔のままの貴女が好きだもの。
それにその赤い衣装だって、とても似合っているわ」
「……そうか」
「マリーも、改めてお願いね。
トーヤのことを手伝ってくれるのでしょう?」
「ん、まかせといて!
じゃんじゃん稼いで、どんどんフリージアを大きくしてやるんだから!」
「ほどほどに、な。
俺はあくまで、元の村の人間が住みづらくならない程度に……とは考えてるからさ」
「んー、それは難しい注文かもね。
だって私は、この街をもーっと東に拡張していくつもりなんだから。
ここからフレイミアに続く街道を、建物で埋め尽くして……それでいつかは、フレイミアにまで届かせてみせるんだ。
フレイミアとの境目が曖昧になれば、私がお姉ちゃんとここにいても違和感はなくなるし。ね?」
「おいおい……。
目標が大きいのはいいことだが、そうなったらまた外交問題だぜ……」
「ふふふ……。
いいじゃない。
フレイミアと正しい国交ができることについては、私もやぶさかではないもの」
「いいや、サフィーアはマリーの商魂とか貪欲さを知らないからそう言えるんだ。
油断してると、他国の土地すら支配しようとするんだぜ。この貴族様は」
「あーっ、人聞き悪いなあ。
私はこの町を豊かにしようとしてあげてるのに……」
「よく言うぜ。
その詭弁にゃ、もう騙されねえよ」
「まぁまぁ、いいじゃない。
そうなる前に、トーヤがきちんと止めてくれるのでしょう?
それにここには、ブランシュお姉ちゃんもいることだし」
「ま、そうだな」
「……ああ」
「むむ……。
まぁ、お姉ちゃんはこっちの味方だけどねー」
俺たちが冗談を飛ばし合っていると、不意にブランシュが手を挙げた。
「……楽しそうにしている所、悪いのだが……。
私からひとついいか」
「ん、どうした?
ブランシュお姉ちゃん」
「そう、それだ。
……その、『ブランシュお姉ちゃん』というのは……」
「あら、不満かしら?
私は可愛くて好きよ。
ブランシュお姉ちゃんって呼び名」
「……いや、私は……」
「ほら。
『サフィーアおばあちゃん』もこう言ってるぜ?」
「……あらトーヤ?
聞き捨てならない言葉が出たわね。
もう一度言ってもらえるかしら?
氷漬けにされる覚悟があるのなら、だけれど」
「おーこわ。
『暴君サフィーア様』の間違いだったか」
「ただいまもどりましたー!
……と。みなさん、なんのお話をされてたんです?」
元気よく扉を開けて入ってきたのは、ピンと立った耳の持ち主だった。
「おう、おかえり。
この流れなら、ミラーヤはワンちゃんか?」
「わんわん!」
「はあ、この子は本当に忠犬ね……。
トーヤよりよっぽど可愛いわ」
「えへへぇ」
ミラーヤがわからないままに答え、わからないままにサフィーアに撫でられる。
しかし、彼女としてはそれでいいらしい。
「さてさてっ。さきほど、村長さんから食材をたくさんいただきましたので。
今からみなさんのお昼をー……わ、わわっ!」
肉や野菜で山盛りのバスケットを抱えたミラーヤが、その重さにバランスを崩す。
「ミラーヤ殿!」
と同時に。
すんでのところでブランシュがミラーヤを支え、事なきを得た。
ブランシュの瞬発力が無ければ、あやうく食材が床に散らばってしまうところだっただろう。
「大丈夫か、ミラーヤ殿?」
「は、はい……。
ありがとうございます、ブランシュさん!」
「いや、無事であればいいのだ。
両手で荷物を抱えている時は、足元が見えづらくなるからな。
気を付けるのだぞ」
「はい!
……えへへ」
「どうした、ミラーヤ殿?」
「なんだか、いまのブランシュさん……まるでお姉ちゃんみたいです」
その一言に、俺とサフィーアは吹き出してしまう。
「……ミラーヤ殿。
今、その呼び名は……」
「……?」
ミラーヤが、頭の上に大きなクエスチョンマークを浮かべる。
「……あっ!
え、えっと。
……すみません、嫌でしたよね……。
マリーさんがいらっしゃるのに、わたしがブランシュさんのこと、お姉ちゃんなんて……」
「い、いや、違うんだ。
違うんだミラーヤ殿……!」
「ふふ……愛されてるねぇ、お姉ちゃん」
「マリー……!」
「罪な女ね。
ブランシュお姉ちゃんは」
「ああ、まったくだ」
「くっ……!!」
からかいの波状攻撃に耐えながら、それでもブランシュは落ち込んでしまったミラーヤを優先させる。
やはり、これこそがブランシュ本来の姿なのだろう。
冷たい鎧を脱ぎ捨てた彼女の暖かさは、きっとこの"町"に素晴らしいものをもたらしてくれるはずだ。と思えたのだった。
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