第38話「夜と、風」
あれから、二週間。
フリージアの拡大事業は、順調すぎると言っていいほどに進んでいた。
「おつかれ、マリー。
調子はどうだ?」
「ん。
今回も順調。
トーヤくんの売ってくれる氷も、だいぶフレイミアに浸透してきたよ」
「お、そうなのか。
どんな感触だ?」
「んーと、そだね。
まず、前に言ってた高級レストランには定期発注をもらえたんだ。
やっぱり新鮮な食材っていうのは、貴族たちの目を引いたみたい。
そこに通う舌の肥えた連中の反応も上々だったらしくて、今後はそこの食材は全部ウチの冷蔵便で入荷することになった」
「へぇ」
「その中でも特に乳製品が人気だったりするんだけどー……って、そのへんの細かいことはいいか。
とにかく、お金に糸目をつけない層に評判になったのが効いたみたいで。
他のレストランも、どんどん冷蔵便を利用しようって流れが出来てきてる」
「そりゃ、とんでもなく順調だな」
「そ。
やっぱり料理人からしてみれば、冷蔵便で運んだ食材は規格外の鮮度みたいだよ。気温の高いフレイミアではなおさら、なのかな。
で、それを聞きつけたのか、先週は王都で有名なレストランのオーナーたちがこぞって相談に来たんだ。
ウチにも同じ食材を寄越してくれ、ってね。
そっちの界隈はそこまで詳しく知らないんだけど、たしか料理の世界で王都一の名前を争ってる連中ばかりだったと思う。
だから、バカみたいな値段を吹っかけても受注が取れたんだよねー」
「あー……。
こっちから氷の販売価格には注文をつけないって約束だが……あんまり足元ばかり見ないでくれよ?
氷や冷蔵便は、一般にも広めてくんだろ」
「ん。
だから私は、氷自体の価格に差はつけてないよ。
値段を吊り上げられたのは、色々条件を上乗せしたからだね」
「条件?」
「そ。
まず、冷蔵便は各レストラン宛てに専用のものを用意すること。
そして食材の鮮度を保つために、馬力のある馬車で、かつ産地から直接冷蔵便で運ぶこと。
ついでに、もし氷が足りなくなってきたとしても、そこにだけは最優先で融通すること。
大きいところだけでも、こんな感じかな」
「なるほど……条件って、そういうことか」
「そう。
何度も言うけど、そういう人たちにとっては、氷の相場がどうだなんて関係ない。
ただ、自分たちが一番かどうかが大事なんだ。
その名前を勝ち取れるなら、金貨の百枚や二百枚、連中にとっては安いものなんだよ。
私が今並べた条件は、その金額を引き出すのに十分なものだったってだけ」
「本当に、うまいこと考えたな……。
感心するよ」
「言ったでしょ?
売り方はこっちに任せてほしいって」
「ああ、そうだったな。
完敗だよ。
最初から、心配する必要なんてなかったなこれは」
「あはは、ありがと。
……で、ここでトーヤくんに相談だ」
「ああ。
氷の量、だろ?」
「ん、話が早くて助かるねー」
「産地から直接運んでくるなら、今までより輸送距離も伸びる。ってか?」
「ご名答。
今まで手が届かなかった、地方の村にも馬車を飛ばすことになったからね。
私としては、輸送の面でも他のシェアを奪えてホクホクだよ。
しかもそれだけ、トーヤくん側も氷の出荷量を増やせるってことだしね?」
「ま、そうだな」
「だから注文としては、前に言ってた通り。
出荷を、毎週に変えてほしいんだ。今みたいな隔週じゃなくて、ね。
でも、一回あたりの出荷量は今と同じ。
つまりトーヤくん側からしてみれば、生産量を倍にする必要があるんだけど……。
どう、できる?」
「ああ。
環境は整ってるよ。
蔵の増築もちょうど終わったし、キトも製氷に慣れてきた。
一回当たりの量が今と同じでいいなら、毎週でもいける」
「ん、じゃあ決まり!
……よしよし。
これで氷だけでも、出荷額はワインと同額かそれ以上になりそうだね」
「ほー、そんなにか」
「なーに、その反応。
ちょっと計算すればわかることなんだけど。
……もしかしてトーヤくん、また明細見てないんじゃないの?」
「悪い、正直あんま見てない」
「まったく……。
せっかくの大きい商売なのに、そこまでお金に頓着がないなんて。
他の商人たちが聞いたら、泣いて羨ましがるような案件のはずなのにね。
……どこかでちょろまかされても知らないからねー、ホントに」
「その点はマリーを信じてるよ。
俺は、入ってきた金でできることをするだけだからな。
それよりも、俺は氷が目玉商品になってきたことの方が嬉しいぜ」
「はぁ。トーヤくんらしいというか、相変わらず甘っちょろいというか……。
まぁとにかく、出荷は毎週で決まりでいい?
よければ、さっそく来週から来るけど」
「ああ、それでいこう」
「よっし。
じゃあ私からの話はこれで終わり!
次はおねー……っと、軍人さんから、だね」
「……ああ」
「建築関連の方だな。
色々と、五月雨式に頼んでた記憶だが……どうだ?」
「問題ない。
こちらで全て羅列し、管理できている。
まずこの村の建物としては、一番大きいところで東の宿。
そして、その周辺の5軒の店子。
クロキア王宮騎士団の駐屯地として、駐在所兼寮が1軒。
最後に、貯氷庫が1軒。
さらに同じく貯氷庫だが……フレイミア側として、ここと首都を繋ぐ西端の街と、首都に1軒ずつ。
合計10軒の建築が動きつつある。
特にコルヴィの食堂となる予定の建物については、知っての通りすでに着工済みだ」
「改めてみると、結構な量だな。
それに優先順位までつけてくれてるとは、頭が上がらないよ。
ブランシュも大変だったんじゃないか?」
「私は何もしていないさ。
トーヤ殿とクレムラン卿から渡された書類に、印をついただけだからな」
「ん。それでもだよ、軍人さん。
ありがとね」
「……繰り返すが、礼を言われることのほどではない。
これも任務の内だ」
「つっても、俺たちが礼を言いたいのは本当だぜ。
それにブランシュは、毎日仕事が終わったあとに自主的に夜警もしてくれてるだろ?
実際、かなり助かってるよ」
「それは……」
というのは、半分嘘で。
俺の言っているのは、ブランシュが毎夜行ってくれている賊のアジト探しのことだ。
しかもその件は、他人には公にしない約束。
つまりそれは、ブランシュも答えに窮すしかない問いかけであり。
マリーの前でブランシュを褒めるための方便、と言ったところか。
「そっか。
そんなこともしてくれてたんだね……」
「……あくまで、自分の鍛錬のためだ」
「そうかい。
素直に褒められてもくれないな、この軍人さんは」
「ふふふ……ほんとだね」
「やめてくれ、トーヤ殿。
……クレムラン卿も」
「あはは」
三人きりの村役場に、和やかな空気が流れる。
ここ最近は、このように冗談を飛ばすこともできるようになってきた。
ブランシュの立ち位置は未だ『軍人』ではあるが……それだけではない面も、徐々に見せ始めてくれている。
(……いい傾向だ)
「さっ、て。
私はそろそろお暇しようかな」
「おう、お疲れ」
俺とマリーが席を立ち、出口に向かう───と。
「……お待ちを、クレムラン卿」
不意に、ブランシュから声がかかる。
振り向いた俺たちの視線を受けながら、彼女はゆっくりと立ち上がった。
「ん、どしたの?
赤い鎧の、軍人さん」
マリーの問いかけに少し間をあけてから、ブランシュが慎重に言葉を取り出す。
「以前いただいた……焼き菓子。
大変、美味でした」
「……!」
その言葉に、俺もマリーも息を飲んだ。
焼き菓子というのは、他でもない。
前にマリーが押し付けるように置いていったクッキーのことだろう。
いつの間にかブランシュとともに消えていた、赤い箱。
あれはたしかに、届いていたのだ。
誰でもない、『ブランシュ』に。
(……ようやく……)
驚きと嬉しさのような、複雑な感情と共に横に目をやる。
どうやら、マリーも同じ感想だったらしい。
何度か口を開きかけたあと、歯を食いしばるように一言。
「……そっ、か」
それだけを短く放ち、彼女は続けざまに懐からあるものを取り出した。
「じゃあ……素直な軍人さんには、これをあげようかな」
「……これは?」
マリーが取り出したのは、小さな袋。
それは以前の箱よりも一回り小さく、さらに綺麗な包装がなされてあるものだった。
「開けて?」
「……」
「鎧をつけたままじゃ開けられない、なんて言い訳はしないでね。
……その手甲をしたままでも、この間の議事録は書けてたでしょ?」
言われた通りブランシュが包装を開けると、中から出てきたのは蝶番のついた箱。
それはアクセサリを───例えば指輪やピアスを入れるためのような、二つ開きの箱で。
ブランシュの髪の色にそっくりな、紅い色をしていた。
「これは……」
ブランシュが箱を開けたが、その蓋は彼女の言葉とともにすぐ閉じられる。
そのためこちらからは、その中身を確認することはできなかった。
「気に入ってくれると、嬉しいな」
「……クレムラン卿。
私は……」
「なあに?」
「……いや、何でもない。
ありがたく、受け取るとしよう」
「そう」
それだけ言って、マリーはまた扉の方へ向かう。
「帰ろっか。
見送りお願い、トーヤくん」
「……ああ」
沈黙するブランシュを背に、俺たちは村役場を出たのだった。
──
─
「……で、何を渡したんだ?」
村役場から少し離れたあと、俺はマリーに問いかける。
「んー?
なんだと思うー?」
「わからん。
想像もつかないよ」
「ヒントは、お姉ちゃんに似合うもの」
「ブランシュに、似合うもの?
あー……砥石とか?」
「ぷっ、あははは!
いま……今、砥石って言った!? トーヤくん!」
「いや、そんな笑うなよ。
イメージ的にはぴったりだと思ったんだが」
「あは、あははは!
そっかそっか、そーだよね。
トーヤくんは、戦ってるお姉ちゃんばっかりみてたんだね。
なら、そう思っても不思議じゃないか」
「まぁ……」
「あー、面白いなぁ。
あのお洒落な箱を見て、砥石って。
く、ふふふっ……。
ていうか、砥石にしてもあの大きさはないでしょ……」
「そう言われれば、そうだな」
「そうだよ。
……ふぅ。じゃあ、答えね。
答えは……これだよ。これ」
「ん……?」
そう言って、マリーは片側の髪をかき上げる。
露わになった彼女の左耳をよく見ると、そこには小さな花が咲いていた。
「……耳飾り?」
「そ。
ここに来る前、なんとなーくお店を回っててね。
それで、私の好きなお花の柄を見つけちゃって。せっかくだから買っちゃったんだ。
ホントは、両耳で一対なんだけど」
「……その片方をブランシュに、ってことか?」
「そゆこと。
ホントは、今日すぐに渡すつもりじゃ無かったんだけどね」
もう少し距離が近づいた時のために、取っておくつもりだったということだろうか。
「まぁ、ブランシュもやっとこっちを向いてくれたもんな。
いい機会だと思うぜ」
「ん。
……お姉ちゃん、気に入ってくれるかな」
「ああ。
なにしろ、せっかくのクレムラン卿からの贈り物だからな。
きっと、来週にはいい返事が聞けるんじゃないか?」
「そっか。
……だといいな」
耳飾りを渡すということ。
それは『あなたの傍にいたい』というメッセージでもある。
……そんなことを、何かの本で読んだ気がする。
俺もそこまで上品な世界に生きてきたわけではないので、その情報が正確かどうかはわからない。
ただ、今回マリーが渡した耳飾りがそれ以上の意味を持っているということは、俺にもわかる。
両耳、つまり二つで一対であるものを、半分に分けることもそうなのだが……なによりも。
これは『ブランシュの顔がもう一度見たい』という、マリーからのメッセージだ。
なぜならブランシュは、未だにマリーの前では一度も兜を取ったことがないのだから。
耳飾りを着けて、見せてほしい。その兜の下を明かしてほしい。
きっと、そういう意味なのだろう。
ようやく二人の距離が縮まった今、マリーがもう一度その顔を見たいと思うのは当然のことなのだから。
「俺も、機会があったらブランシュの顔を見ておくよ。
ちゃんとつけてくれてるかどうか」
「ん……そだね。
できれば、お姉ちゃんから直接答えを聞きたいけど」
「それが一番いいけどな。
ただ、あのブランシュだぜ?
耳飾りのつけ方がわからん、とか言い出しかねないからさ」
「えっ……ちょっと待って。
今のお姉ちゃんって、そこまで……?」
「ああ。
武骨と言うかなんというか、軍務一筋って感じだからな。
なんなら、もっと使い方がわかるものを選んだ方が良かったかもな?
例えば……」
「……例えば?」
「砥石とか、な」
「あっ……ちょっと、トーヤくんー!!」
「ははは、冗談だって」
「もうっ!
根に持ちすぎじゃない!?」
「悪いな、こちとら陰湿な星の下に生まれたもんで。
てか、前からわかってたことだろ?」
「もーっ!
……でも、そっか。そだよね。
ふふ、ありがと」
茶化すことになったが、俺の気持ちは通じたらしい。
「きっと、良い方向にいくぜ。
マリーが、きちんと今のブランシュを見てやれば」
「ん。
ホントにありがとね」
「礼なら全部が終わってから聞くよ。
ブランシュが、マリーを避けてる理由を話してくれてから。な」
「そだね。
じゃあー……これからも、よろしく!」
「ああ」
ブランシュが本当のことを話してくれる日は、きっと遠くないのだろう。
今日のマリーとブランシュを見る限り、俺はそう感じた。
(ブランシュだって、マリーと本音で話したがってるに違いない。
じゃないと、今日みたいな言葉は出てこないはずだ)
俺のそんな想いは、マリーにも伝わったようで。
来週が楽しみだな。と彼女は呟いたのだった。
───そして。
そんな俺たちの展望は、唐突に裏切られるのだった。
7/31まで、昼12時と夕18時の、1日2話ずつ投稿予定です。




