第36話「苺と、箱」
「ってことでな。
貸店舗を作っちまおうって話だ」
「へぇ、いいね。
トーヤくんが思いついたの?」
「まぁそうっちゃそうなんだが、ほとんどコルヴィのおかげではあるな」
「……あの、おバカの大将から?」
「まぁ、そうだ。
コルヴィが飯屋というかバーというか、そういうのをやりたいって言い出してな。
それで、せっかくなら貸店舗を作っちまうかと」
「ふぅん……。
ああいう人間がやったら、バーを目指しても結局は居酒屋になりそうだけど」
「はは、それについては俺も同意見だ。
コルヴィが聞いたら、怒りそうだがな」
約束していた、二週間後。
寮の話はブランシュづてに同意がとれたので、俺たち三人はいつもの村役場で業者の到着を待っていた。
「ちなみに、規模はどのぐらい?」
「手始めに5軒ぐらい、か?
1軒の建物に、店はひとつずつの計算で」
「現実的な数字だね。悪くないんじゃない。
ちなみに……建築費を試算すると、これぐらいかな」
「なるほど。
……想像よりも桁が多いな」
マリーがさらりと書き出した数字を見て、少したじろいでしまう。
「それについては心配いらないよ、全部こっちで出すから」
「……ん?
宿のときは半々って話じゃなかったか?」
「そうだね、そっちはそれで間違いないよ。
でも、今回は額が額でしょ?
この貸店舗の話は、私が全部出すよ。前も言った通り、トーヤくんには恩があるしね」
「そうか……悪いな」
「ん」
マリーから提示された数字は決して手の届かない額ではないが、俺にとってはまだまだ大金だ。
この後の運営や管理にかかる費用も考えれば、ここはマリーに甘えておくべきだろう。
……と、言うわけにはいかなかった。
「……いや待ってくれマリー、やっぱり考え直させてほしい」
「どしたの?」
「金は……俺も出す。
いや、出させてくれ」
「へぇ……」
突然の俺の提案に、マリーは訝し気な目を向ける。
「それは、どうして?
せっかくこっちが全額出すって言ってるんだから、まだ原資の少ないトーヤくんが無理しなくてもいいんだよ?」
「たしかに、今すぐにこの半分の額を出すことはできない。
だが……どうにか用意するよ。
最悪、マリーかサフィーアに借りてでも出すさ」
「ふぅん……」
そう言って、マリーは品定めするように俺を見る。
その目は、間違いなく『熟練の商人』のそれだった。
「念のため、理由を聞いてもいい?」
「権利だ。
マリーは……クレムラン商会は、フレイミアで小売りもやってるだろ。
というか、それが本業だったはずだ。
その商会の金で、貸店舗を全部建ててみろ。
最悪、中に入る店が全部クレムラン商会の傘下の店になりかねないだろ。
その景色は……俺が考えてる理想とはかけ離れてるように思えるんだ」
俺の答えを聞き、マリーはさらに視線を鋭くする。
本来の貴族としての眼力に居心地の悪さを覚えていると……やがて、その顔が綻んだ。
「……ふふ、正解。
さすがだね、トーヤくん」
「はぁ……肝が冷えるぜ」
「いいね、その表情。
まさに駆け出し商人ってかんじで」
「勘弁してくれ。
前にマリーに言われた通り、俺に商人の素質はないんだ」
「あはは。
もし私の提案に、素直に『はい』って答えたらどうしようかと思ったよ」
「いや……一度答えちまってからだがな。
貸店舗が乗っ取られかけてるって気付いたのは」
「ちなみにもっと正確に言うと、貸店舗だけじゃなくて『その土地自体が』だね」
「……まぁ、そういうことだよな」
これは、共同出資という仕組みの落とし穴だ。
計画に関わる一つ一つのモノにおいては、出資額が多い方が後々の発言権を得る。それが全額というのなら、なおさらだ。
───というのはほとんど素人考えだったが、どうやらアタリだったらしい。
このままでは、フリージア全体がただのクレムラン商会の支店になるところだったのだ。
毒を以て毒を制す、とでもいうのだろうか。
今回はマリーも本気で乗っ取ろうとしたわけではないのだろうが……きっと彼女は商会を大きくするために、こういう手段も厭わず用いてきたのだろう。
「……そもそも俺としては、こういう話はあんまり口にしたくないんだけどな」
「へえ、どうして?」
「土地だとか権利だとか、そういう汚い話題にはできるだけ触れたくないんだ。
まるで自分が、金の亡者になったみたいに感じる」
「汚い、ね。
大きい商売をするなら、絶対に避けて通れないことなんだけど?」
「商売をするだけならそうだろう。
でもそれが国境を超えちまったら、また別の問題になるんじゃないか?」
「んー……それも正解、かな」
「だろ。
マリーの力を借りてる身とはいえ、俺はあくまで平和にやりたいんだ。
化かし合いはもちろん、国に迷惑をかけてまで金儲けをしようとは思ってない」
「あはは、ごめんごめん。
そだよね、今回はちょっとこっちの土俵に持ち込んじゃったかも。
それについては反省だ。
……でも、トーヤくんの優しい考え方が変わってなくて安心したよ。私は」
「本音は」
「甘っちょろくて、反吐がでるね。
トーヤくんがホントに駆け出しの商人だったら、今すぐ潰してあげたいぐらいに」
「……だろうと思ったよ」
俺の苦い顔を見て、マリーはまたからからと笑った。
「さて……腹黒貴族様はおいといて、ここからはブランシュへの相談だ」
「……ああ」
前提となるここまでの話を、ブランシュは身じろぎ一つせず聞いていた。
最後に俺が吐いた毒に、後ろから『ちょっとトーヤくん?』という声が聞こえたが、そちらはスルーだ。
「もし、その貸店舗が動き出すとなったらだ。
店を出してもらう借り主は、二つの国から募集するつもりなんだ。
ここはクロキアの土地だが、商売をしたいという人間に対して何か条件は設けないつもりだ。
ま、コルヴィが一号店を出すって話だから、そこは伝わってると思うが」
「ふむ」
「となると、だ。
コルヴィは店をやってる間、こっちに定住するような形になる。
後に続くかもしれない炎熱の民もそうだな。
そうなったら、色々と考えないといけないことが出てくると思うんだよ」
「……いつまで、という問題か」
「まず一つはそうだ。
この世界の人間は、数年単位で国を出ちまったら魔法が使えなくなるって話があったよな。
それを防ぐための策や制度。
加えて、怪しい人間の流入を防ぐ手立て。
あとは揉め事解決のために、発言に力のある人間をこっちに常駐させておく必要があるんじゃないか。とか、色々だな」
「なるほど……。
そういうことであれば、大オヤジ殿と直接話した方が良いだろう。
私は、為政者でもなければ外交官でもないのでな」
「個人的には、最後の話なんかはブランシュに頼みたいところではあるんだけどな。
コルヴィみたいな人間の首根っこを掴んどくには、ブランシュぐらい迫力のある人間じゃないと無理だろ?」
「私の代わりなど、いくらでもいるさ。
なんにせよ、また話を持っていくことにしよう。
どのような形であれ、対話の機会を設けることになるだろう」
「そっか、んじゃ頼むぜ。
色々と雑な依頼ばっかで申し訳ないけど、本当に助かってるよ」
「いや……。
これも、任務なのでな」
任務だから、と線を引かれてしまうとやや居心地が悪い。
本音では、ここにいる間ぐらいはブランシュにも軍人という立場を忘れて羽を伸ばしてほしいと思っているのだが。
「じゃあ、一旦これで話は終わりかな?」
「ああ。
じきに、寮の買取に関しての業者が来る。
そっちが到着したら、寮の買取の話だ。
また二人の力を借りるぜ」
「ん、りょーかい。
じゃあー……今のうちに、これをご馳走しよう」
そう言ってマリーが取り出したのは、片手で持てるサイズの小さな赤い箱だった。
彼女が蓋の留め具を外すと、カチリという音と共に甘い香りが広がった。
こういった小物まで金属製なのは、なんともフレイミアらしい。
「おっ……焼き菓子か?」
「そ!
イチゴのジャムを乗せたクッキーだよ」
「なるほど、こりゃうまそうだ」
「でしょー?
このマリーさんが、わざわざ早起きしてまで作ったんだから」
「へぇ、マリーが作ったのか。
なんか意外だな」
「あはは。
そう思われても仕方ないかもね、仮にも貴族だし。
実際私は、料理もてんでダメだからねー」
「そうなのか?」
「うん。
私が唯一作れるのは、このクッキーぐらい」
たしかに、以前マリーは紅茶を自分で淹れるのも久しぶりだと言っていた。
貴族らしいと言えば、そうなのだろう。
「これは……これだけは、昔家族でよく作ったから。
だから、今でも作り方を覚えてるの。
分量から焼く時間まで全部、ね。
……まぁ、そのときからあんまり得意とは言えなかったんだけどね……」
「いや、十分うまそうに見えるよ。
ちょうど紅茶も用意してるからな、みんなでいただくとするか」
「ん……そだね。
じゃあ、召し上がれー」
大きさの不揃いなクッキーをひとつ選んで頬張ると、一瞬にして口内が甘味に染まった。
正直、甘すぎるほどに甘いのだが……今は、それが紅茶によくマッチした。
「軍人さんも、どうぞ」
「私は……遠慮させてもらう。
任務中なのでな」
「……そう。
軍のお仕事っていうのは、任務中にクッキーひとつ口に入れられないほど忙しいのかな」
「……」
その質問に、ブランシュは沈黙で答える。
(まだまだ、ガードは固い……か)
マリーが言った『昔に家族で作った』というのは、もちろんブランシュがいる時の話だろう。
手作りの菓子というのも相まって、マリーの気持ちを代弁するにはちょうどいい手段だと思ったのだが……。
それでもやはり、ブランシュは必要以上のことを話そうとはしなかった。
(前よりは、二人の関係は柔らくなってるような気はするんだけどな。
……あの口を開かせるには、まだ時間が必要か)
任務中だから。と断られるのであれば、仕事の終わった夜にでも直接マリーをぶつけてみるか、とも思った。
だが、ブランシュにはこちらがこの件について嗅ぎまわっていると思われるわけにはいかない。
あくまでそれとなく、仕事の延長線上で二人を引き合わせる必要があるのだ。
そして幸いなことに、ブランシュの冷たい反応はマリーも想定内だったようで。
気持ちがめげるどころか、前の決意が嘘でなかったと言うようにケロリとしている。
であれば、心配はいらないだろう。
こちらとしてもブランシュにはまだまだ頼まなければならないことがある。
それはつまり、彼女がすぐにこの村を離れるという可能性も、考えなくていいということなのだから。
(ならこの件に関しては、引き続き時間をかけてみるとしますかね……)
────
───
──
─
「ん~っ!
終わった~~!」
「お疲れ。
なんも手伝えなくてすまんな」
「いやいや、いいんだよ。
トーヤくんは腕を組んで頷いてるだけで」
業者との話し合いは、二人のおかげでスムーズに終わった。
話に参加した先方はまさに大工の親方、棟梁と言った風貌の男性だった。
大柄な炎熱の民の中でもさらに輪をかけた巨漢で、彼がいるだけでこの部屋が小さく見えたほどだった。
こちらが『宿の建築だけでなく、貸店舗の建築も』と言った時には、彼もかなり驚いていたが……その顔はすぐに自信のある笑みに変わった。
そして『俺たちの情熱に、出来ねぇことは無ぇ』と一言。
どうやら彼は、依頼が予想以上の規模だったことに燃えていたらしい。
マリーの提示した金額よりも先に、仕事内容の方に食いつくとは……まさにデファンスの選定した業者らしかった。
なにはともあれ、信頼できる業者に頼むことができたのは大きい。
彼曰く、宿も貸店舗も1、2か月ほどで完成させてみせるとのことだった。
さすがは炎熱の民と言ったところか。
これからフリージアを拡大していく際も、ここに頼めば間違いないだろう。
「さて、商談も集荷も終わったことだし。
私はお国に戻ろうかな」
「おう、色々ありがとな。
また再来週」
「ん。
それと……軍人さんには、これを」
「む……」
マリーは去り際に、小さな何かを取り出した。
それはさきほど見た、クッキーが入っていた赤い箱と似たものだった。
「食べてくれると嬉しいな。
……お仕事が終わってからでいいから」
「……私は……」
ブランシュは手で遠慮を示そうとしたが、マリーはそれよりも早くテーブルに箱を置いてしまう。
「じゃあね」
「馬車まで送るぜ」
「ん、ありがと」
日も沈みかけていたこともあり、俺はマリーを荷馬車まで送ることにした。
それから少しして、俺が村役場に戻ってきた時。
そこには、さきほどまであったものが無くなっていた。
赤い鎧も。
───赤い箱も。
7/31まで、昼12時と夕18時の、1日2話ずつ投稿予定です。




