第35話「飯と、目標」
「さて、どうするか……」
製氷業は順調。
相変わらず集荷は二週に一度だが、出荷額は右肩上がりだ。
最近は賊やアジトの目撃情報も上がっておらず、平和そのもの。
俺とブランシュが山賊狩りに出ることも、減りつつある。
そしてなにより、寮の買取の約束を取り付けられた。
アデレニエやキトの後輩を募集する時も、そう遠くはないだろう。
(全ては順調……なんだが)
それだけでは、十分とは言えないのだ。
残る問題はひとつ。
マリーと、ブランシュの件。
第一の目標としていた、二人の対話の機会を設けるということ。
そちらは一度きりとはいえ、ひとまず成功した。
とは言え、今のままでは寮の買取の業務連絡だけで終わってしまうだろう。
そしてブランシュが今持って帰ってくれているその話の結果が出るのは、早ければ来週。
買取が順調に進めば、その次の週の打ち合わせで話が終わってしまう可能性すらある。
二週間か、長くとも一ヶ月。
期間としては長いのかもしれないが……会話の機会は、一度か二度。
それはマリーが十年以上も抱えていた気持ちを言葉に変えるには、十分な時間とはいえなかった。
(まだ、何かが必要なんだ。
二人の接点を、増やすための。
なによりブランシュをこの村に繋ぎ留めておくための、何かが……)
古い椅子をギィと軋ませ、俺は頭をひねり続ける。
「お、フード付き。
こんなところにいやがったか」
「ん……コルヴィか、お疲れ」
俺を思考の海から引っ張り出したのは、聞き慣れたぶっきらぼうな声だった。
「いいご身分だなァ?
人を働かせておいて、自分だけこんなところで昼寝ってのはよ」
窮屈そうに談話室の扉をくぐりながら、声の主はずかずかと踏み込んでくる。
「寝てねえ。考えてんだよ。
……ってか、そもそもこんな硬い椅子じゃ寝たくても寝れねえしな」
「へっ、どうだかな」
「はぁ……。
相変わらずコルヴィは、他人に冷や水を浴びせるのが得意だな?
俺は時々、お前が本当に炎熱の民か疑いたくなることがあるぜ」
「あァ、わーったわーった。
今はてめェの言葉遊びを聞く気はねェからよ」
そう言って、コルヴィが厨房の薪に火を点ける。
彼がすすんで飲み物を用意するのは、何か話があるときのサインだ。
「……んで?
なんかあったのか?」
「あるもある、大アリだ」
「聞くぜ」
「……そうか。
なら、単刀直入に言うぜ」
コルヴィは俺に背を向けたまま、ひとつ呼吸を置いてから始める。
「俺ァな、フード付き。
そろそろ我慢ができねェんだ」
「……ほう」
───コルヴィが、我慢できないこと?
その言葉に肝を冷やしながら、頭の中の引き出しをひっくり返すように開けていく。
(……まさか、金の話か?)
いや、そちらは十分のはず。
アデレニエと同じく、彼らには毎月俺がサフィーアからもらっている給金と同じだけの金額を渡しているのだから。
(なら、待遇か?)
それも違うはずだ。
コルヴィには現状、俺とフレイミアを繋ぐ便利屋、そして製氷業の一部を担ってもらっている。
週末はしっかりと休みをとってもらっているし、仕事に関しては手持ち無沙汰になる時間も少なからずあり、激務というにはほど遠いはずだ。
(……じゃあ、人間関係か?)
これに関しては、なんとも言えない。
キトとややいがみ合っている部分はあったが……だからといってコルヴィも、そこまでムキになっていたわけではないだろう。
もしあるとすればブランシュやその他の人間との関係だが、そこは俺の目や手が届く範囲ではない。
たとえそこに問題があったとしても、コルヴィもそれを俺にぶつけてくるのはお門違いだと言うことをわかっているはずだ。
「……くっくっく」
徐々に心拍数が加速するほどに脳を稼働させていると、コルヴィが愉快そうに笑っていることに気付く。
「……なんだよ」
「悪ィ悪ィ、お前があンまりにもバカみてぇに考え込んでっからよ」
「おい、こっちは真面目に考えてんだぞ」
「くくく……わーったわーった、教えてやる。
俺が我慢できねェっつってんのはな……飯についてだよ」
「……飯?」
「あァ。
この村、まともな食堂がねェだろ?
それどころか、食材を売ってる店すらねェ」
「……そりゃまぁ、元々小さい村だからな。
食品とか日用品みたいな物資は、王都との定期便で仕入れてる現状だし」
「だろ?
ンで、その定期便で仕入れられる食材も、俺らから言わせてみれば味気ねェんだ。
俺らってなァ、俺と……建築やってる人間なんかのことだな」
つまり、炎熱の民には。ということだろうか。
「つまりまァ……簡単に言うと、こっちの飯が舌に合わねェってンだよ」
そこまで聞いて、やっと話の意図が理解できた。
「……なんだ、そういうことかよ……」
体から、どっと力が抜ける。
「かーっかっか!
おいどうした、別にウソはついてねェだろ?」
「はぁ……勘弁してくれ」
「あー、笑ったぜ。
まさかそこまで本気で考え込むたァ思わなかったモンでな」
「ったく……。
こっちは最近、色んな事に気を張ってんだ。
いきなり、精神的にクることを言わないでくれ……」
「くっく……。
でもまァ、そうだな。
それに関しては、フード付き。お前はよくやってると思うぜ。
特に最近は、人を背負うことの重さがわかった。ってェな顔をし始めてやがる」
なるほど。
それで言えば、コルヴィもならず者の集団を纏め上げてあげていた人間だ。
最近俺が感じている、人の食い扶持や生活を背負っているというプレッシャー。
それに耐えることに関しては、彼の方が先達と言っていいだろう。
「ま、ンなこたァどうでもいいんだ。
問題は、飯の話だよ」
コルヴィが、座ると同時にテーブルに二人分の飲み物を置く。
カップからは中身が見えなくなるほどの湯気が上がっているが……紅茶のはずだ。
「飯、ねぇ。
具体的には、どうしたいんだ?
コルヴィがフレイミアでいつも食ってたようなモンを、仕入れてみるか?」
「それもそうなンだが、俺が言いたいのはもっとでけェことだ」
「っつーと?」
「おう。
これァな、フード付き。お前のためにもなることだぜ」
「ふむ。
んじゃ、先に結論から聞かせてくれるか」
「聞いて驚け。
……俺は、ここで飯屋を開こうと思ってンだ。
それも、ただの食いモン屋じゃねえぜ。
昼は食堂に、そして夜にはバーになる。そンな店だ!」
「……ほー……」
思いがけない提案に、素直に感心してしまう。
「実はな、フード付き。
お前が言ったフレイミアから食材の入荷ってのは、今もやってンだよ。
建築の人間や、俺みたいなヤツに向けたモンだがな」
コルヴィが言っているのは、ここで家を建てるにあたってまずブランシュが確保したという、資材や食材の補給ルートのことだろう。
「ただ、それだけじゃ誰も満足なンてしてねェのが実情だ。
量や種類が少ねェってのもあるが……なにより、酒がねェンだよ。酒が」
「あー、そういうことか」
その言葉で、コルヴィの言いたいことがようやく見えてきた。
「たしかに、あれはブランシュが手配したヤツだもんな。
軍人基準で入荷をすれば、量はもちろん、嗜好品の類は入ってこないか」
「あァ、つまり……」
「それじゃ、たまにはパーッと行きたくてもいけない。
……そういうことだろ?」
「そう! そうなンだよ!!
わかるか、フード付き!?」
「あくまで想像だけどな。
ブランシュが手配したソレってのは、食材ってより『兵糧』に近いんじゃないか。
仮にそうだとすれば、味気ないのも酒がないのも、当然だとは」
「いや、お前の言う通りだぜ!
かーっ! やっぱお前は、あの堅物とは違ェな!!」
コルヴィが大喜びし、俺の肩をバンバンと叩く。
その振動で結構な量の紅茶が零れてしまっているのだが、まぁそれはいい。
「しかし、俺のためにもなるってのはどういうことだ?」
肩に乗ったコルヴィの手を払いのけながら、問う。
「おう、そこも今から説明するぜ!
例えば……アレだ。
飯屋をやるってンならまず、食材を仕入れンだろ?
そしたら当然、結構な量が必要なわけだ。自分一人だけが食うわけじゃねェからな。
そンで都合のいいことに、この村には俺らの作ってる氷がある。
つまり、食材の保存が利く。
フレイミアでやってるフツーの店と違って、毎日入荷する必要はねェし、毎日それを消費し切らなくてもいいってこったな。
そンなら、多めに仕入れることができるわけだ。
多めに仕入れができりゃ、フリージアに住んでるヤツらに多少融通することだってできるだろ。
そうなったら、今までみてェに王都からの定期便に依存することは無くなるぜ。
お天道さンの機嫌次第で馬車が来れなかった、なんてことも考えずに済む。
つまり。
俺の店がそのまま、この村の食糧庫代わりになるってェわけだ。
どうだ。この村にとっちゃ、良いことしか無ェだろ?」
「……なるほど……。
たしかに理に適ってるな、想像以上だ。
俺が描いてた『クロキアやフレイミアから人やモノが集まる場所にしたい』って形にも近づく、か」
「そういうことだぜ」
「それに、コルヴィにとって身近だった料理を提供できるのはデカいかもな。
それぞれの国の珍しいモノだけじゃなくて、郷土料理みたいなものも提供できればそれに越したことは無い。
やがてここを訪れる両国の人間にとっては、目新しくも映るだろうしな」
「おう。
っつーことで、どうだ?」
「ああ、良い計画だと思うよ。
ひとまず、コルヴィの展望通りにやってみよう」
「っし!
お前ならそう言うと思ってたぜ、フード付き!」
俺の言葉に、コルヴィは喜んで手を鳴らした。
「ただ……手放しにゴーサインを出せるわけじゃないのも事実だ」
「おン?
なんかあんのかよ」
「あるんだよ、それが。
まず……必要なのは、金と場所。
それが決まったら、次は食材の仕入れ先。
動くよりも先に考えなきゃいけないことは、山積みだぜ」
「ンなもん、適当にどうにかなるだろ」
「そう簡単にはいかないから言ってるんだよ。
この立場になってから、俺がそういう仕事でどれだけ苦労してるか……」
「ふン、そうか。
とりあえず、仕入れ先って話についてはもう目星をつけてンだがな」
「ん、そうなのか?」
「あァ。
俺の仲間内に、そっち方面のヤツがいるからな。
話はもう通してある」
「なるほど、そりゃ準備のいいことで……」
「おう。
しかも、安心していいぜ。
そいつァカタギだからな」
コルヴィの準備の早さと顔の広さに、改めて感嘆する。
「カタギかどうかはいいとしてもだ。
なにより問題なのは、場所だぜ。
また新しい建物を建てるにも───」
言いかけたところで、一つの考えが頭をよぎった。
「新しい建物……?
……そうか……!」
「あ?
どうしたいきなり」
言葉は思考となり、その思考はさらに次の言葉を引っ張りあげる。
それらが次々と俺の中にあったモノと結びつき、瞬く間にひとつの結論を導き出した。
まるで、それが初めから用意されていたかのように。
「いや……ナイスだコルヴィ。
お前のおかげで、金も場所もこっちで用意できそうな案が思いついた。
それと───時間もな」
「あァ?」
突然呟き始めた俺にコルヴィは怪訝な眼差しを向けたが、構わず続ける。
「どうせ宿を作るなら、他の建物もついでに作っちまえばいいんだ。
人が集まるために必要な施設を、全部賄えるぐらい」
「全部?」
「ああ、全部だ」
「全部って……俺の店以外に、何の店ができンだよ」
「何もできないよ、今は。
俺が作るのは、空の建物だ」
「……空の建物?」
「店子か、貸店舗───つまり俺の世界で言う、テナントってやつだな。
建物はこっちで用意するが、その中で何をするかは借り主に自由に決めてもらうんだ。
そこを借りたヤツ自身が、やりたいことをやればいい。
もちろん、いくらか貸し賃はもらうけどな。
でも、それには氷雪の民も炎熱の民も関係ないぜ。
中身だって、飯屋でも服屋でも小物屋でも、なんでもいい。
人が集まったときに、各々が売れると思うものを売ればいいんだ。
そんで、その一号店になるのが───」
「……俺の店、ってわけか」
「ああ、そうだ」
「なるほどね……。
へっ、面白ェじゃねェか!」
「初めが飯屋なら、失敗する心配もないだろうしな。
特にコルヴィの店には、この村の人間と炎熱の民っていう客がすでに見込めてる状態だろ?」
「たしかにな。
ンじゃあ他にどんな店ができるかは、追々か」
「そうだな。
今言った通り、人の出入りが多くなってからになると思う。
だが製氷業に携わる人間が増えてきたら、そのあたりは勝手に案が出ると思うぜ。
まさに、今のコルヴィみたいにな」
「コレが欲しい、アレが欲しい。
人が増えてくりゃ、そンな声は自然と出る。か」
「ああ。
さっきも言った通り、今までのフリージアの規模なら、ほとんどの物資が王都との定期便で賄えていた。
だが、人が増えればそうもいかないだろう。
必要なモノは外から仕入れることになり、仕入れるためには人間が動く。
人の流れはさらなる物の流れにつながって、それはつまり金の流れにもなる。
俺が予定してた計画には、そういう部分も含まれてんだ」
「いいじゃねェか。
乗ったぜ、その話」
「乗らせてもらうのは、こっちの方かもしれん。
これから色々と準備がいるが……協力してもらえるか?」
「へっ、モチロンだ。
そっちこそ、俺の足引っ張ンじゃねェぞ」
「頼りにしてるぜ」
コルヴィ拳を掲げ、俺もそれに拳をぶつける。
破裂音が止むと彼は口角を上げたが、俺もきっとそっくりな表情で笑っていたのだと思う。
それは、俺の理想が形になってきたからだけではない。
もし今言った計画が形になれば、コルヴィを初めとした炎熱の民がフリージアで定住することになるのだ。
そうなると、マナの件や村全体のルールなど、新たに考えないといけないことも出てくる。
つまり今のうちに、二つの国の人間を引っ張ってきて、意見を交える必要があるだろう。
(……そうだろ、ブランシュ?)
少しずつではあるが、俺たちの向かうべき場所が見えてきた気がする。
そしてそこにはきっと、俺やマリー。そしてブランシュがいるのだろうと思えたのだった。
7/31まで、昼12時と夕18時の、1日2話ずつ投稿予定です。




