第34話「瘡蓋と、鎧」
「じゃ、今週の打ち合わせを始めるぜ」
「ん、よろしくね」
今日は二週に一度の、マリーが集荷に来る日だ。
集荷作業はさきほどコルヴィたちに手伝ってもらいながら終わらせたので、いつも通り村役場での打ち合わせに移行した。
だが、一つだけ普段と違う点がある。
それは───
「トーヤ殿。
私はいつもの報告会だと聞いていたのだがな。
……なぜここに、クレムラン卿がいる?」
がちゃり、と甲冑が動く音。
今日は、この赤い鎧の持ち主にも参加してもらっているのだ。
俺とブランシュが毎週行っている、建築関係の報告会の延長線上だと伝えた上で。
「ああ。
アデレニエたちの家も、もうすぐ出来上がるだろ?
だから、ブランシュに追加の相談があってな」
「それは、クレムラン卿の同席が必要な内容か?」
「必要だから呼んだんだぜ。
なんつっても、金の話があるからな。
現状、村の拡張は俺とマリーが出資し合って成り立ってる状態だ。
今から話す内容も、それに深く関係してる。
だからついでに、俺が二人とそれぞれやってる打ち合わせを、今週は一緒にしちまおうと思ってな」
「……そうか」
未だブランシュの腹の内は読めないが、やはりマリーを遠ざけようとしているのだろう。
俺たちのそんなやりとりを、マリーは黙って聞いていた。
「まぁ、俺は交易でできた利益を村に還元してるだけだから……出資って言葉は正確じゃないのかもしれないけどな。
俺個人の金ってわけじゃないし」
「別にいいんじゃない。
実際、そのお金はトーヤくん以外に動かせる人はいないんでしょ」
「それはそうかもだが……」
「でしょ。
じゃあ、本題に入ろ」
「ん……そうするか」
俺はマリーがいつもの調子であることに安心し、改めて口を開く。
「話の前に、認識合わせをしておくか。せっかく三人揃ってるからな。
まずは、ブランシュ側からだ。
いまフレイミアには、アデレニエたちの家の建築を進めてもらってる。前の事件による、クロキアへの補償って形でな。
そして、その管理をブランシュにしてもらってる状態だ。
そこに軍人サンが出てきてる理由は、国が費用を負担してる公共事業のようなもんだから。
ここまではいいよな?」
「ああ」
「そんで、マリー側。
俺やマリーが今進めようとしてるのは、この村の拡張だ。
具体的に言うと、新しい製氷所や、村の東側に予定してる宿の建設。
それから、こことフレイミア各地への保冷庫の建設だな。
こっちは国家間のやり取りじゃなく、俺やマリーの金でやろうとしてることだ。
製氷所は、氷の出荷量をさらに増やすため。
宿の方は、馬車の御者や馬が泊まるための場所も作っていきたいからってとこだ。
俺の理想は、この村に行き来する人間が増えることだからな。
それは、製氷や交易に携わる人たちだけじゃない。
クロキアやフレイミアから珍しいものが集まって、それを目当てで両国から人が訪れる。
フリージアって土地を、そんな場所にしていきたい。
今計画を立ててる宿ってのは、その来訪者向けの宿でもあるってことだ」
「ん、そうだったね」
「で、今はその準備段階。
まず第一として、製氷業の従事者を増やす。
そのためには、寝泊まりするところが必要だ。
……ってことで、ここでようやくブランシュへの相談になるんだが」
「ふむ」
「前に一度話したのを覚えてるか?
村のはずれにある、建築業者が使ってる掘っ立て小屋の話だ」
「ああ。
あれを、製氷業に携わる者たちの寮にするのだったか」
「そうだ。
前は宿を作りたいってコトも含めてふわっとした話しかできなかったが、そろそろ実際に着手することになってな。
さっきも言ったように、俺とマリーの出資で買い取ろうって話で決まったんだ」
「そうか。
そして、私への相談というのは?」
「そこに関しては、二つある。
まず一つ目なんだが……やっぱりあの建物は、所有権って話ならフレイミアの国のモンだろ?
だからそのあたり、ややこしい部分をデファンスと取り合ってくれないかって思ってな」
「……なるほど。
買い取るにしても、金がどこに入るかが問題になる……か。
それで私に、ということだな?」
「そうだ。
コルヴィも、今は実質的に製氷業の一員になっちまってる。
こっちからある程度デカいことを依頼するなら、頼れる人間はブランシュしかいない」
「理由はわかった。
ちょうど週末、あちらに戻る用がある。
その際に、大オヤジ殿に話を持っていくとしよう」
「助かるよ。
そんで二つ目なんだが、そっちは宿を作る方の話だ。
そっちも今までは業者に軽く話をしただけの段階だったんだが、同じく正式に進めようと思ってる。
頼むのは寮の件と同じ業者だから、そのあたりの橋渡しをしてもらおうと思ってな」
「承知した。
大オヤジ殿と業者には、そちらの話も通しておこう」
「ちなみに、お金の話は私がするよ。
トーヤくんだと、相場の感覚がないだろうからね。
ウチの国での、取引の方法なんかも」
「……では、業者との約束が取り付けられたら、クレムラン卿に話を上げるとしよう」
「ん、そうしてくれると助かります。
赤い鎧の軍人さん」
二人は、お互いの顔も見ずに返事をする。
その言葉は、あくまで軍人と貴族としてのものだった。
(それでも……きちんと言葉を交わすことができた)
ぎこちないとはいえ、一歩前進だ。
少なくとも、以前のように拒絶をされるだけの状態よりは随分マシだろう。
「それで、ブランシュ。
アデレニエたちの家は、いつ完成しそうだ?」
「来週の頭で、ほぼ確定だそうだ。
外壁も内装も、すでに完成しているとのことでな。
残っているのは、点検や検査の類のみらしい」
「そうなのか。
少し前から、家の周りの囲いとか足場なんかが無くなってると思ってたが……やっぱもう完成なんだな」
「内装は、外装ができてから完成させるのでな。
足場が無くなった時から完成していたわけではないが……まぁ、概ねその認識でいいだろう」
「ほー……そうだったのか」
「まぁ、あくまで聞いただけの話だがな。
私は大工でもなければ、実際に施工の管理をしているわけでもない」
「そりゃそうか。
ブランシュの本業は、戦うことだもんな」
「守ること、だ。
戦うというのは、あくまでそのための手段に過ぎん」
「……そうだな。
俺も、こないだそれを教えてもらったばかりだった」
「そうなの?」
「ああ。
ブランシュと一緒に、このあたりの賊を狩りに出たときの話でな」
「へぇ。
その話、ちょっと気になるかも」
「……連絡事項がこれで終わりなら、私は戻らせてもらうが」
話が横に逸れかけたところに、ブランシュが釘を刺す。
「っと、悪い。
んじゃとりあえず……寮と宿の件は、俺が来週に結果を聞こう。
無事に話が進んだようなら、打ち合わせはその次の週だな。
マリーが来た時に、もう一度俺たちと業者を含めてここで相談しよう。
それでいいよな?」
「異論はない」
「ん、了解だよ」
二人の同意を得て、話が落ち着く。
「では……私はここまでだな」
言うや否や、ブランシュは席を立つ。
「おう、お疲れ」
「じゃあね。
……軍人さん」
「……ああ」
いつもながら重い音を立てて歩くブランシュの背中を、静かに見送る。
役場の扉が閉まる音を聞き終えると、ようやく俺の中で緊張の糸が切れた。
「……ふう。
なんか、変に疲れたな」
マリーの方へ目を向けると、その赤い瞳はまだ扉を見つめていた。
「……おーい、マリー?」
「……え?
あ、ああ。ごめんね。
どうしたの?」
「いや、なんかボーっとしてたみたいだからさ」
「えっと……それは、その」
珍しい。
彼女にしては、曖昧な返事だ。
「……一応聞くが、あのブランシュが本当にマリーの姉ってことで、合ってんだよな?」
「あ……うん。
それは間違いないよ。
間違いない、んだけど……」
「そうか。
ならもしかして、まだ実感が湧かないか?
ブランシュと話せたってことに」
「……そう、なんだけど。そうじゃなくて……」
マリーは扉の方を向いたまま、ぽつぽつと言葉を紡ぎ始める。
「……トーヤくんと話してるときのお姉ちゃん、ね。
まるで、お父様と話してるときみたいだった。
真面目だけど、平坦な声で。
でも、ちょっと頑固そうなところとか。
余計な事は、一切喋らないところとか。
全部全部、昔のままで……それで……」
彼女の頬を、一粒の光が伝う。
「あれ……なんでだろ、私。
こんなことが、言いたかったわけじゃないんだけど。
……でも……でもね……」
その優しい光を皮切りに、彼女の赤い瞳からは大粒の涙が次々と零れ始める。
「トーヤくん、私……」
マリーは震える声を押し殺し、揺れる瞳を隠すように、袖で顔を拭った。
「私、やっぱりお姉ちゃんが必要だ……!
お姉ちゃんに、戻ってきて欲しい。
……もう一度、お姉ちゃんと家族になりたい……!」
ぼろぼろと、嗚咽と共に感情が溢れ出す。
しかし、以前マリーと話したときとは違う。
きっとそれは、俺が拭ってやる必要のない、暖かい雫だった。
「ああ。
そのために、マリーはここに戻ってきたんだろ?」
「……うん」
「見せてやろうぜ。
マリーが立派になったところ。
そんで、ブランシュがマリーを避けてる理由を突き止めるんだ。
そうだろ?」
「そう。
そうだよね……」
それでも、マリーが鼻をすする音は止まない。
「おいおい。
最近のマリーは、やけに泣き虫だな?」
「……だって。
ここにいる時は、貴族じゃなくていいって。
そう言ってくれたのは、トーヤくんじゃない……」
「そりゃまぁ、そうだが」
「だったら……ちょっとぐらい時間をくれたっていいでしょ……」
「ん……そうだな。
悪かったよ」
きっと今、マリーの中では様々な感情や思い出が渦巻いているのだろう。
貴族であり、炎熱の民であり、商会の長であり。そして、ひとりの妹でもある。
様々な『役割』を果たさなければいけない彼女にとって、感情をまっすぐに吐き出せる場所があるのは、きっと良いことのはずだ。
フリージアという場所が、誰にとってもそんな場所で在ればいい。
マリーが落ち着いた頃には、俺はそんな感情を抱いていたのだった。
「……よしっ!」
「うおっ、びっくりした」
「わかったよ、トーヤくん。
私がやるべきこと」
「お、そうか?」
顔をあげたマリーは、さっきとは打って変わって活力に満ちた表情をしていた。
「うん。
あなたがどれだけ私を遠ざけようとしても、私にはあなたが必要だって。
あなたが私のことを忘れようとしても、私だけは絶対に忘れないって。
そんな気持ちを、お姉ちゃんに伝えるんだ」
「……なるほど。
いいじゃないか、それ」
「でしょ?
もうこうなったら、どんな手段を使っても連れ戻してやるんだから!」
「それは……」
また趣旨が違ってくるのではないか、とも思ったが……。
あのブランシュの考え方を、変えさせるのだ。
それぐらいの心意気で挑まねば、かなうものもかなわないのだろう。
「そうだな。
ま、いい具合でやっていこうぜ。
まずは、マリーを遠ざけてる理由を見つけるのが先だからな。
できれば、ブランシュから自然と話してくれるような形で」
「そだね。
一朝一夕じゃどうにもならないもんね」
「その通りだ。
時間をかけて伝えれば、マリーの気持ちもきっと届くはずだぜ」
「ん、私もそう思う。
だから、これからもよろしくね。トーヤくん!」
「ああ」
ようやく、マリーが未来に向かって進めるようになったのだろうか。
以前、俺は彼女の下に出向いて話をした。
そこでの説得自体は成功したのだろうが、俺は彼女にきっかけを与えることしかできなかった。
前を向くための、きっかけを。
しかし、どうやって前に進むかというのは、やはり彼女自身が決めなければならないことだった。
そして今日、マリーはその方法を見つけてくれた。
この調子なら、必ず二人の関係に変化が起こるだろう。
ブランシュも、どうやら完全にマリーを拒絶しているわけではないということがわかったのだから。
この話がどちらへ転がるかなんてのは、知る由もない。
だが今の俺たちにできるのは、それを動かし続けることだけだ。
(ま、なんとかなるだろ……!)
なにより、マリーが前を向いてくれたのだ。
だったら俺も、同じ方向を向くことにしよう。
そう決意し、その日はマリーを見送ることにした。
───しかし。
俺の中では、次なる問題が芽を出し始めていたのだった。
7/31まで、昼12時と夕18時の、1日2話ずつ投稿予定です。




