第33話「村と、忍耐力」
「おおー、ここがフリージアの村ッスか!」
「ああ。
どうだ、第一印象は?」
「見渡す限り畑、森、そんで山!
なんていうか……そう、ヘンピなとこ! ッスね!」
あまりにも正直な感想に、失笑がこぼれる。
だが、この素直さこそがキトの良さでもあるのだろう。
少なくとも、俺がキトをここに招いた理由のひとつに他ならないはずだ。
「はは、そうか。
気に入らないか?」
「いやいやッス。
人だらけの場所よりは、全然こっちの方がいいッスよ!」
「なるほど。
ま、それについては俺も同じ意見だな。
人でごった返してるよりは、静かな方がいい」
「誰にも会わないっていうのも、それはそれで寂しいッスけどね」
「まぁ、そうだな。
何事も、ほどほどが一番ってやつだ」
「ッス!」
キトを引き連れて、畦道を歩く。
彼女がこの村に来るのは、今日が初めてだ。
本来であればもう少し先の話───少なくとも寮の買取が終わってからの話だったはずなのだが、キト自身の希望もあり早めに村に来てもらうことになった。
今はオリエンテーションも含めて、二人で村を歩いているというわけだ。
(マリーやブランシュのことも気になるが……こっちはこっちで進めないとだからな)
「で、まずはどこに行くんスか?」
「ん、ああ。
今向かってるのは、村役場だ。
俺の仮住まいであり、打ち合わせとかがあれば必ず集まることになる場所だな」
「なるほど、大事な場所ッスね」
「まぁ……この村には公共の建物が役場ぐらいしかないから、ってのが理由なんだがな」
「ん-、あっちの方に見えてる工事現場みたいなのは違うんスか?
もうほとんど完成しかけてる建物っぽいスけど……」
「あっちに見えてんのは、俺らが製氷の仕事で使う予定の倉庫。
んで、北の方にあるもう二つは家だな」
「新しいおうちッスか」
「ああ。
そういえば、キトには端折って伝えてたっけか。
この村、一回焼けてんだ」
「焼ける、っていうと……火事かなんかッスか?」
「ま、そんなトコだな。
ちなみに今からキトに会ってもらうのは、その家の持ち主だぜ」
「ほほー?」
「って言ってる間に、到着だ」
すでに勝手を知り尽くしている正面玄関を開け、左手の談話室に向かう。
部屋のドアは開けっ放しになっており、その隙間からは忙しそうに走り回るアデレニエの姿が見えた。
「ただいま」
「お、おかえりなさい、です。
トーヤさん」
「やあ、トーヤくん」
「お、ナスレグ村長も」
「ああ。
遅れてすまないね。
後ろの子が、キトくんかい?」
「そうです。
ほら、キト」
「あ、はいっス!
キトと申します、よろしくお願いするッス!」
「村長のナスレグだよ。
よろしくね」
「よ、よろしくお願いします。
キト、ちゃん……?」
村長は座りながら。
アデレニエは、ぱたぱたと動き回りながら一礼をした。
「アデレニエの方は、まだかかりそうか?」
「あ、い、いえ。
ちょうど、今できましたので、座ってお待ちください……!」
「ん、了解だ」
キトを促し、適当な席に座る。
「いい香りッスね。
……もしかして、お料理ッスか?」
「キトが来るってんで、今朝から力いれて準備してくれててな。
うまい料理をたくさん作ってくれるらしいぜ。
ま、ちょっとした歓迎会ってヤツだな」
「おお! それは楽しみッス……!」
「あ、あまり期待しないでください。
ちょっと、いつもより多めに作るだけ、ですから……!」
「それにしては、手が込んでるように見えるけどな」
ここからカウンターを挟んだ厨房では、複数の鍋から湯気が上がっていた。
アデレニエの足元のカゴには色とりどりの野菜の切れ端が山積しており、ゴミ箱とは思えないほどに鮮やかな様相を呈している。
俺も普段からこの厨房を使わせてもらっているが……火も水場も、ここまでフル稼働しているところを見たことが無い。
一体、どれだけの料理を作ろうとしているのだろうか。
少なくとも、俺の三食の献立を合わせても到底足りないほどの品数であることは間違いないだろう。
「さっき、僕も手伝おうかと言ったんだけどね。
残念ながら、門前払いだったよ。
妻の料理はよく手伝っているから、多少の心得はあるつもりなんだけどね……」
「実は俺も、村長より先に戦力外通告を受けてますよ。
厨房に男がいても、邪魔になるだけってことですかね」
「どうやら、そうらしいね」
「ちち、違います!
わ、私は、人と一緒に作業するのが苦手なので。
決して、あ、悪意があるわけじゃ……!」
「はは、わかってるって。
ちょっとからかっただけだ」
「うぅ……!」
「ははは……。
たしかにアデレニエくんは、昔から人に指示や頼み事をするのが苦手だったね」
「えっと、はい……」
「でも、それも苦手のままにはしておけないんじゃないかい?
製氷業は、これまでみたいにひとりでやる畑仕事とは違うんだろう?」
「村長の言う通りだな。
せっかく後輩が入ってきたんだ、人を上手く使うことに慣れてもらわないとな」
「う、うぅ……」
長い前髪で表情を隠しながら、アデレニエは手早く4人分の配膳を行っていく。
(……慣れてることに関しては驚くほどスムーズなんだよな、アデレニエは。
そういえば、製氷の時もそうだったか。
新しいことに対しては奥手になりがちだが、一度手をつけて覚え始めたら早いタイプ。ってことか?
なら、キトやコルヴィとの連携もきちんと定型化してやれば、人数が増えてもうまくいくかもな……)
「それで。
キトくんは、城下町の方からやってきたんだったかな」
「あ、はい。
そうッス」
「出身も、城下町なのかい?」
「あーいえ、そういうわけじゃないッス。
自分、仕事柄色んなところを転々としてきたもんで」
「へぇ、若いのに大変だね。
以前は何をしてたんだい?」
「盗人ッス!」
「ちょ、おいキト……!」
「……えっと?」
キトの突然の告白に、ナスレグ村長は眉をひそめる。
「自分、ウソはつかないって決めてるッスから!」
「いや、だとしてもだ。
もうちょっと伝え方ってもんがあるだろ……!」
「んーと、空き巣って言った方が良かったッスか?」
「そうじゃなくてだな……!」
「ははは……面白い子、だね?」
困惑するナスレグ村長にキトの生い立ちを説明し、どうにか事情を飲み込んでもらう。
キトが無害であることを知ってもらえたその頃には、アデレニエが初めに出してくれたスープも冷め始めていたのだが。
「……じゃあ、いただこうか」
「ど、どうぞ、召し上がってください」
「いただきます……」
「暖かいご飯ッス!」
すでに疲弊してしまった俺とは反対に、キトは飯にありつけて嬉々としていた。
「それで、キト、ちゃん?
が、私と一緒に氷を作ることになるんだよね……?」
「あ、はい。そうッス!」
「……ひとつ、気になるんだけど。
住むところ、は……あるの?」
「自分は、床と壁があればどこでもいいッスよ?」
「き、決まってない、ってこと?
でもさすがに、どこでもいいってわけにはいかない、よね。
ですよね、トーヤさん……?」
テーブルに所狭しと並んだ料理の数々にどれから手をつけようかと迷っていると、俺に声がかかる。
「ん?
ああ、キトの住むところか?
ちょいと先ではあるが、考えてはいるぜ。
北に寮みたいな掘っ立て小屋があるだろ? アデレニエたちの家を建ててる業者が使ってる、アレだ。
あそこにちょいと手を加えてもらって、製氷業の寮として買い取るつもりでな」
手近なパンを口に入れながら、答える。
「じゃあ、そこが使えるようになるのは、まだ先、ですよね?」
「そうだな。
それまでは、この村役場で過ごしてもらおうと思ってる。
二階には、俺の使ってる部屋以外にも空き部屋はあるしな」
「おお、床と壁だけじゃなくて、屋根もあるんスか。
なら十分すぎるッスね」
「じ、十分の基準が、低くない……?」
「自分が無理言って、早めに来させてもらってるッスから。
文句は言えないッス!」
「俺も本当は、もう数週間先に呼ぶつもりだったんだけどな。
ただまぁ手持ち無沙汰ってのもあるだろうし、仕事には早めに慣れてもらった方がいいのは事実だしな。
屋根と壁だけが十分かどうかは、置いといて」
「うーん……」
アデレニエが思考の海に潜り始めたので、次は串料理に手をつける。
「お、これもうまい」
「あー! それ最高だったッスよ!
食べたことない食感でしたけど、なんのお肉ッスか?」
「んむ。
この弾力は……もしかして、ディタリー豚か?」
「あ、は、はい。
たしかそういう名前、でしたでしょうか。
この前、マリーさんからご厚意でいただいて……」
「やっぱりか、じゃあ間違いないな」
「でぃたりーぶた。ッスか?」
「ああ、フレイミア産の豚肉だ。
あっちに行ったときに食ったことがある」
「へー。
ボスって、外国行ったことあるんスね!」
「行ったことある、っていうか……ウチの取引先だからな。
実は俺らが作った氷は、フレイミアに出荷してるんだぜ?」
「あ、そうだったんスか?」
「よく考えてもみろ。
誰もが氷雪系魔法を使えるクロキアの国内で、氷なんてモンが売れると思うか?」
「おー、たしかに!」
ああだこうだと言いながら豪勢な料理を愉しんでいると、ようやくアデレニエが顔をあげた。
「ね、ねぇ。
キト……ちゃん」
「はいッス?」
「住むところの話なんだけど……良かったら、うちに来ない?」
「アデレニエさんのおうち……ッスか?」
「うん。
私、いま、村長さんの別邸を借りてるの。
家ができるまで、ね。
それで、部屋もいっぱい余ってるみたいだから、どうかな、って。
……村長さんさえよければ、ですけど……」
「ん?
ああ、構わないよ」
突然水を向けられた村長は、ゆっくりとフォークを置きながら答える。
「そもそもあそこは、客人が来ないと使わない場所だからね。
そして知っての通り、この村に客人が来ることなんて滅多にない。
だから、好きに使ってくれて構わないよ。一人でも、二人でもね」
「じゃ、じゃあ……!」
「いいんスか? ホントに」
「え、えっと。
キトちゃん、まだ若いでしょ。
若い女の子が、床で寝るなんて、ダメだよやっぱり。
自分のこと、もうちょっと気を遣ってあげないと……!」
「じゃあ……お言葉に甘えてッス?
いいッスよね、ボス?」
「ああ、俺も構わないよ」
「んじゃ決まりッス!
これからよろしくお願いするッス!」
「ふふ……。
うん、よろしくね」
「あんまり先輩に迷惑かけるんじゃないぞー、キト」
「わかってるッスよう!」
キトが唇を尖らせると、談話室が和やかな笑いに包まれる。
予想外の出来事だが、アデレニエとキトの距離が詰まるのは悪いことではないだろう。
……ただ一点、俺の計画が崩れたことを除いて。
(ふーむ……キトがアデレニエのとこに行ったってことは、町役場にはまた俺一人か……)
なにも独りが寂しいとか、そういうわけではない。
ただ俺は、キトが来たタイミングで町役場の寝具を一式買い替えるつもりだったのだ。
そもそも俺の使っているベッドや布団は、かなり古いものだ。
キトが使う予定の部屋にも、ソファに加えて毛布が数枚あるだけ。
……そもそもが緊急時の設備なので、当然と言えば当然なのだが。
なんにせよ、キトが来るというのはそれらの寝具を新しくするのにちょうどいい口実だったのだ。
が、キトがアデレニエのところに行ってしまったことで、その機会も無くなってしまった。
そして俺も、自分の寝具のためにキトやアデレニエを止めるほど無粋でもない。
(つまり、俺の寝具更新は先送りだな。
……残念だ)
ますます、王城に帰れる週末が待ち遠しくなる結果となってしまった。
「えへへ。
アデレニエ先輩っていいッスね。
料理ができて、物静かで、ほーよーりょくがあって。
大人の女って感じッス!」
「そ、そんないいものじゃ、ないよ……?」
「いやいやー。
自分とは正反対で、おしとやかって言うんスか?
憧れるッスよー!」
「や、やめて。
恥ずかしい、から……」
アデレニエは、真っ赤にした顔を伏せてしまう。
(そういえば、アデレニエが砕けた口調で話すのも初めて聞いたな。
まぁ、年上なんだから当然か)
逆に、敬語を使われている俺の方が異常なのだろう。
(……ていうか、アデレニエって何歳なんだ?)
キトのことを若いと言っていたのだから、相応の年齢なのだろう。
あまり女性の年齢や人の過去を詮索するのはよくないと思いつつも、単純な興味が湧いてしまう。
(でもまぁ、直接訊くわけにもいかないしな……)
「で。
アデレニエ先輩って、いくつなんスか?」
「ぶっ」
あまりに配慮の欠けた発言に、飲んでいた水を吹き出しかける。
口を開きかけていたアデレニエも、驚いてこちらに視線を向けた。
「……いや、むせただけだ。
気にしないでくれ」
驚いた半面、同じだけ『よくやった』という気持ちだ。
「え、えっと……キトちゃんは、いくつなの?」
「16ッス!」
「16!?
おいおい、俺より若かったのかよ……!」
さらに驚くべき一言に、今度こそ声をあげてしまう。
「そッスよ!
トーヤさんはいくつなんすか?」
「いや……21、だが」
「わ、若いね、二人とも……」
「ははは。
いいことじゃないか」
「で、で。
いくつなんスか?」
「え、っと……キトちゃんの歳を倍にして……。
……それから、もう一回、倍にして……ぐらい」
「おおー!
ホントに大人の女ッス!」
「ちなみに、僕はそのさらに倍以上だ」
「おおおー!
……って、いくつぐらいッスか?
ちょっと、けーさんが複雑に……」
「おいおい、頼むぜキト。
単純計算で、130ぐらいってことじゃないか?」
「うん、そうだね。
トーヤ君から見れば、五倍以上のおじいさんだ」
「なるほどッス!
えへへ。自分、数字には弱くって……」
やれやれ。と言った態度を取りつつも、俺も内心では驚きっぱなしだ。
ナスレグ村長は印象通りといった感じだが……アデレニエは、見た目で言えばブランシュと同じくらいの印象を受ける。
その実、俺やキトの親でもおかしくないほどの年齢であるらしいが……どこからどう見てもそうは思えない。
(うーむ、さすが氷雪の民ってことか。
人体の神秘……というか、この世界のマナの神秘だな)
「ちなみに、サフィーア様は僕のさらに倍以上だよ」
「え、そうなんですか?」
「ああ。
僕が生まれた時から……どころか、僕の父が子供だったときには、すでにあのお姿で玉座に着かれていたそうだからね。
倍どころか、三倍や四倍はあってもおかしくないだろうね」
「……ずっとあの姿で、ですか」
「ああそうさ。
あの方の過去を辿ることは、この国の歴史書を紐解くことと同義だろうね」
以前から少なくとも200以上とは聞いていたが、どうやら俺の想像を遥かに超えているらしい。
(ますますわからんくなってきたぞ、氷雪の民……)
そして。
なんのかんのと話している間に、俺たちは気付けばアデレニエが用意した料理をほぼ食べつくしてしまっていた。
「お腹いっぱいッスー!」
「お粗末様、でした」
キトは相変わらず、俺の倍以上の量を平らげたようだ。
その細い腹を外から見てわかるほどに膨らませながら、満足そうに余韻に浸っている。
「さて。
昼からは、食った分だけ働いてもらうぜ? キト」
「もちろんッス!
こんな美味しい料理をいただいて何もしないほど、人間腐ってないッス!」
「この後は、すぐに製氷所、ですか? トーヤさん」
「ああ、そのつもりだ」
「そ、そうですか。
では、早めに片付けてしまいますね……!」
腹を落ち着ける間もなく、アデレニエが立ち上がる。
「あ、手伝うッスよ!」
「え、えっと。大丈夫、だよ。
キトちゃんは、トーヤさんについていって……」
「いやいや、今は仕事よりも大事なことがあるッス!
自分、それぐらいはわかるつもりッス!」
「えっと……でも……」
「そうッスよね、ボス!?」
「ま、皿洗いをする時間ぐらいはあるだろ。
何も急いでるわけじゃないしな」
「ほらッス!
アデレニエ先輩も、任せてくださいッスよ。
自分、皿洗いは得意なんス。
なんてったって、女将さんに任せてもらえる唯一の仕事でしたから!」
言いながら、キトは皿を重ねてずかずかと厨房に踏み込んでいく。
「……ふふ。
じゃあ、お願い、しちゃおうかな……」
「おまかせッス!」
「まずは、汚れの少ないお皿から、ね……」
「はいッス!」
言われた通りに、キトは手際よく皿を運んでいく。
「……ちなみに、女将さんって、誰のこと……?」
「女将さんは女将さんッス!
なんていうか……自分が昔、お世話になった人でッスね───」
どうやら、キトはすでにアデレニエの懐に入ってしまったようだ。
何事にも一歩引いてしまう性格のアデレニエと、そこに遠慮なく踏み込んでくるキトの、良い意味での図太さ。
それらが合わさり、二人にとってちょうど良い距離感になるのだろう。
深い黒髪という部分ぐらいしか共通点はないが……まるで姉妹のようにも見えるその後ろ姿に、自分の判断が間違いではなかったと安堵する。
「すんませんね。
騒がしいのを呼んじゃって」
「いやいや、いいことだよ。
前も言っただろう、この村には若い力が必要だと。
むしろ、この村は今まで静かすぎたぐらいなんだから」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
「それに、これから人を使う立場になるのはなにもアデレニエ君だけじゃない。
トーヤ君も、同じだろう?」
「あー……」
「きっと製氷の仕事は、これからもっと大きくなるのだろう。
それに従事する人間も、君たち四人ではまだまだ足りないはずだ。
十や二十。それぐらいの人数が入ってくることは、僕もすでに覚悟しているよ。
もちろん、その準備もね」
「助かります」
「今日は、その者たちの住居をどうするかの話をするつもりだったが……さきほどトーヤ君が話してくれたら通りなら、安心できるだろう」
「寮の話ですね。
まぁ……それで足りるかどうかも含めて、まだわからないんですけどね」
「その時はその時だ。
困ったら、いつでも相談には乗るからね」
「心強いっす」
「はは、キト君みたいになってるよ」
「……ッス」
気恥ずかしさと僅かな不安から、曖昧な返事になる。
俺は、いきなり人を数十人も纏められるほど立派な人間でもなければ、人格者でもない。
それぐらいは、自覚しているつもりだ
(……こりゃ、まだまだナスレグ村長に頼ることになるな)
足りない部分は、存分に人に頼ろう。
そう、改めて思ったのだった。
────
───
──
─
「さて。
ここが俺たちの製氷所だ」
「狭いッス!!」
「まぁ……さすがに3人も入るとな」
俺たちの使っている製氷所は、実際に製氷をする製氷場と蔵が地続きになったひとつの建物だ。
ただただ、製氷と氷の保存だけを目的とした建物。
そのため住宅などとは違い、床が地面と同じ高さになっているのが特徴だろうか。
蔵の方は保冷と出荷の用途があるため、かなり大きい。
搬出時には馬車を招き入れる必要もあるので、南側の壁は一面が大きな扉になっている。
大きめのガレージ……といったイメージが近いだろうか。
反対にいま俺たちの居る製氷場はかなり狭く、壁から五歩も歩けば反対の壁まで到達してしまうほどだ。
中央には製氷用の器。つまり1メートル四方の鉄箱が、計4個並んでいる。
そこは正直、横を通るのがやっとといったところだ。
基本的に一人がここに座って製氷をする設計になっているため、そもそも複数人で作業をする想定の大きさではないのだ。
「あと寒いッス……」
「それは単純に、キトが薄着だからだ」
「……!」
「天才か? みたいな顔をするな。
氷を作ってんだから、寒いのは当たり前だろ」
「うーん、そうっスよね。
まぁ寒さには強いつもりッスから、なんとかなるッスよ……!」
「……今日はいいが、明日からはちゃんと厚着しろよ?
いくら寒さに強いっつっても、へそ出しっぱなしじゃいつか風邪ひくぜ」
「いや、コレは自分のアイデンティティッスから」
「また変なこだわりを……」
「人間だれでも、ひとつやふたつは譲れないものがあるッス」
「その貴重なひとつやふたつを使うところか、それ……?」
「ふふ……。
そろそろ、お仕事の話をしませんか? トーヤ、さん」
「っと、そうだったな」
アデレニエが、笑いながら突っ込みを入れてくれる。
今までアデレニエが笑ったところなどほとんど見たことはなかったのだが……今日は珍しく、よく笑顔を見せてくれている。
それは、言うまでも無くキトのおかげだろう。
「さて、じゃあ本格的に氷を作ってくか」
「ようやくッスね!
どんとこいッスよ!」
「まぁ簡単に言うと、水汲んできて凍らせるだけなんだが……」
「前に聞いてたとおり、っスね!」
「ひたすらに魔法を行使する。つまり、こっからは忍耐力の勝負だ」
「忍耐力……ッスか」
「ああそうだ。
……ククク。『座ってるだけの仕事』の辛さというものを、存分に教えてやろう……」
「と、トーヤさん、悪い顔……」
────
──
「よっ……こいしょッスぁ!!!」
「ほーいご苦労様」
「はー……はー……。
氷って、重いッスね……」
「な。
水って、思ったより重い物質なんだってな」
「でも、自分にはこっちの方が合ってるかもッス……」
時は夕方。
三人での製氷作業が一区切りついたので、次は作った氷塊を蔵に入れる作業をしている。
キトもそこそこに力がある方らしく、切り分けた氷を率先して運んでくれた。
「製氷よりも、体を動かす方がいいか?」
「今のところは……ッスね」
およそ4、5時間ほどだろうか。
製氷所に来てから、俺たちはひたすら座って凍結の魔法を行使していたのだ。
俺とアデレニエにとっては慣れた作業だったが、やはり新米のキトには辛いものらしかった。
肉体的にただじっとしているだけ……というのがキトに合わないのもそうなのだが、それ以上に魔法の使い方が問題だったように思う。
この数時間、聞こえてくる声は『キトちゃん、凍らせるの早いよ』『今度は、マナが逃げちゃってる。集中して』『たまには立って足も動かそうね。……体、悪くしちゃうよ』といったものばかり。
その度に『ぐぬぬ』と言いながらキトはやり方を考えていたが……まぁ、このあたりは慣れがモノを言うだろう。
それよりも、アデレニエが思った以上にキトを気にかけてくれていたのが驚きだ。
自身の凍結のペースは崩さないまま、キトのマナの流れにも敏感に反応してくれている。
彼女の魔法の素養の高さもそうなのだが、それ以上にキトの魔法の使い方への指摘が的確だった。
そのため、俺が口を出す場面はほぼ無かったと言っていい。
製氷技術についても、両者のコミュニケーションについても。俺の心配していたことは全て杞憂だったようだ。
(こりゃもう、アデレニエひとりに任せちまっても大丈夫だな)
「お、なんだお前ら。
今日はもう終わりか?」
ひとり安心していると、蔵の搬入口から聞きなれた声が入ってくる。
「お、コルヴィか。お疲れ。
今日は自分たちで運んじまったからいいぜ。ありがとな」
「そうか。
……って、なンか知らねェのがいるな。
誰だ? そこの寒そうなカッコのヤツは」
「あ。自分、キトと言いますッス!」
「ほう、お前がフード付きの言ってた新人か」
「たぶんそうッス!」
「そうか。
……それよりその氷、お前が作ったヤツか?」
「え?
……あ、はい。そうッスけど……」
キトが手に持っていた氷塊を目の高さまで掲げると、コルヴィがそれを覗き込む。
「ふむ……」
「な、なんスか?」
「ダメだな、こりゃ。売りモンになんねぇ」
「え?」
「見てみな、お前の氷。白い線がいくつもあンだろ。
そりゃ、空気が入りすぎてる証拠だ」
「むむ……たしかに」
「空気が入ってりゃ、それだけ溶けるのも早くなる。
氷雪系魔法が使えねェ俺でも断言できるぜ。
この程度の質じゃ、馬車に積んだとしても目的地に着く前に水になってるってな。
ハッキリ言って、こいつァ出来損ないだ」
「むむむ……!」
「フード付きたちは、もっとうまくやる。
奥に積んでる氷を見てみろよ。
透明で、いくら積んでも床まで透けて見えてるだろ?」
「それは……なんとなく気付いてたッスけど……!」
「あんぐらいはできるようになんねぇと、俺ァ運んでやる気はないぜ」
「むきー!
言ってることは正しいのかもしれないッスけど……失礼な人ッスね!!」
「そこまでにしてやってくれ、コルヴィ。
キトは今日きたばっかりなんだ」
「そうか。
かといって、それを売りモンにするわけにゃいかねェ。違うか?」
「ああそうだよ。
だからこれは、保冷用に使うつもりなんだ。
コルヴィも知ってるだろ?
この蔵の一番外側に積んでる氷は、売り物じゃない。外からの熱を遮断するために置いてんだって」
「あァ……そういや、そんな話もあったか」
「そうなんだよ。
キトが慣れるまでは、作ってくれたのはそっち行きだ。
だから、無駄にはならない。ちゃんと役に立ってんだ。
もちろん、早めに質の良い氷を作れるようになるに越したことはないが……そりゃ別の問題だ」
「そうかい」
「ほらぁ! 自分だって、ちゃんと役に立ってるんスよーだ!」
「キトも許してやってくれ。
コルヴィには、製氷技術を確立する時から手伝ってもらってんだ。
キトにとっては、アデレニエと同じ先輩にあたるんだぜ。
だから、氷を見る目があるのは間違いない。
ちょっとばかし粗暴なヤツではあるが……まぁ、俺が紹介するのも遅かったよな。代わりに謝るよ」
「いや、ボスのせいじゃ……」
「チッ……」
「とにかく、俺たちはお互い協力してかないといけないんだ。
出荷の時には、馬車に乗せるためにコルヴィの力に頼ることになる。
コルヴィは炎熱の民で、力は俺たちよりあるからな」
「えっ……炎熱の民、スか?」
「ああそうだ。
フレイミア出身の、炎熱系魔法を使える人間。
それぐらいは知ってるだろ?」
「まぁ、そうッスけど……。
そッスか、外国の人だったんスね……!」
キトの好奇の目が、コルヴィに向けられる。
どうやら、生まれて初めて見る炎熱の民に興味があるらしい。
「あ?
気色悪い目で見てんじゃねェよ」
「なっ……違うッスよ!
ホントに炎が出せるのかなーって、ちょっと思っただけッスよ!」
「言っとくがな。
俺の炎は、お前みたいなガキが暖を取るためにあるんじゃねェぞ。
……でもまァ、機会があったら見せてやるとするか。
それが、お前自身を焼く時じゃないことを祈ってるがな」
そう言って、コルヴィはひらひらと手を振って去ってしまう。
「ぐぬー……最後までいけ好かない人だったッスね!」
「キト。
さっきも言ったろ。俺に免じて、許してやってくれって。
そもそもアイツは俺に対しても、普段からあんな感じだ」
「ホントに、ボスがいなかったら許してないッスからね!」
「それでいいよ、今は。
ただ、仕事ではちゃんと協力してくれな」
「それは、まぁ……」
「ならよし。だ」
「と、とりあえず、今日はここまで。ですか?」
「ああ、そうだな。
二人とも、お疲れ様」
「お疲れ様ッスー!」
「施錠はいつも通り、アデレニエに頼んでいいか?」
「は、はい。わかりました……ぼ、ボス……!」
「おいおい……その呼び方はキトだけで十分だぜ」
「あ、そ、そうですよね……!
……えへへ」
珍しく茶目っ気を出したアデレニエの言葉に、キトが乗っかる。
「いいじゃないッスか、ボスで!
カッコかわいいッスよ!」
「まぁ……呼びやすいのは認めるが。
でも言っとくが、俺は別にその呼び方を認めてないからな?
ただ俺は、あの日にキトが泣きついてきたからしょうがなく許してやっただけで……」
「あー、あー!
そのコトについては、蒸し返すのは無しッス!」
「あの、日……?」
「お、そうか。そういえばアデレニエには話してなかったな。
キトがこの仕事に応募してきて、最初に俺と顔合わせをした日なんだが……」
「わ、わかりましたッス!
自分が悪かったッスから! その話はやめてくださいッスー!」
「……ふむ、どうするかな。
ま、これからのキトの態度次第ってとこだな」
「ボスぅ~!」
「ふふ……」
こうして、キトの初仕事は無事に終了した。
俺の心配も杞憂に終わり、問題が全く無い……とは言えないが、順調ではあるだろう。
蔵の外に出ると、すでに俺たちの影は伸び始めていた。
ゆっくりと沈む夕日に照らされた景色は、どこかいつもより明るく見える。
俺はそれを、キトの存在がフリージアに新しいものをもたらしてくれた証だと信じ、帰路につく二人を見送ったのだった。
7/31まで、昼12時と夕18時の、1日2話ずつ投稿予定です。




