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永久凍姫と時忘れの王国  作者: とらうつぼ
第1章『フレイミア』
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第30話「黒と、蜂蜜」



前にマリーを見送ってから、一週間。



彼女のアドバイスに従ったのが功を奏したのか、製氷業への希望者が見つかったという(しら)せを受けた。


今はその人物と会うために、城下町に戻ってきているというわけだ。



「さて……たしか、このあたりだったか」



待ち合わせ場所は、城下町の下層にある、とある食堂の前。


当人(とうにん)は目立つ格好をしているので、すぐにわかるとのことだが……。



(……あれか)



看板の前に、一人の女性を見つける。



深い黒の短髪に、(ねずみ)色を基調とした服装。


丈の短いシャツとショートパンツからは腹や脚が大きく露出しており、全体的に活発な印象を受ける。



見た目で言えば、俺より一回り下の年齢に見えるが……彼女も氷雪の民だ。


いつもながら、容姿はアテにならないだろう。



(にしても……気温の低いクロキアであれだけの薄着なら、目立ちもするわな)



近付くと、こちらが声をかける前に彼女の青い瞳が俺を(とら)えた。



「もしかして」


「ああ」


「どもッス。

 今日はよろしくお願いするッス!」


「製氷業の件、だよな?」


「はい。

 自分が『キト』ッスよ」


「聞いてた通りだな。

 俺は烏兎 凍矢(とりど とうや)だ。よろしくな、キト」


「トーヤさん、ッスね。

 よろしくッス!」



よく通る高い声も、人懐っこい喋り方も。


ほぼ、第一印象の通りだった。



しかし、キトと名乗った少女───と言っていいのかどうか定かではないが───は、改めて俺を見るとほんの少しだけ眉をひそめた。



「……あの、もしかしてですけど。

 トーヤさんって、騎士団の方ッスか?」


「ああ、そうだが……どうした?」


「あー……い、いえ。

 なんでもないッス」



ローブの紋様で俺の所属を察したのだろう。


キトは、少しやりづらそうな表情になった。



(それもそうか。

 製氷業なんて新しい仕事の募集を、騎士団がかけてるなんて思いもしないよな……)



アデレニエの時もそうだった。


クロキアの人間は、こちらが騎士だとわかるとやや改まってしまう(ふし)がある。



この国では騎士団がいわゆる警察や軍のような役割を受け持っているのだから、当然といえば当然の反応だ。


俺がハタチやそこらの若造だからといってナメられずに済むのは助かっているが……まずは彼女の緊張を解くのが先だろう。



「安心してくれ。

 騎士団の所属だっつっても、俺は普段から鎧を着てるような人間じゃない。

 紹介する仕事も、騎士団の人間と関わることはないよ」


「そ、そッスか。

 なるほど……」



キトの表情は、まだ硬いままだ。


やはり、国民から見た騎士団のイメージというのはそれほどお堅いものなのだろうか。



そして、ある種の威厳とも言えるその印象は、今日までヴェルニグたちが(つちか)ってきたものに他ならないのだろう。



(立場を利用するってのも、思ったより簡単じゃないな……)



「ま、とにかく飯でも食いながら話そうぜ。

 まずは互いのことを知らないと、何も始まらないからな」


「わ、わかったッス」



キトの返事を確認し、食堂の入り口に向かう。



「あ……。

 そこ、たぶん開いてないッスよ」


「ん、そうなのか?」


「はい。

 扉を見ればわかるッス」


「扉を……」



食堂の入り口に目を向けると、扉の横には休店中の看板が下げてあった。



「マジだ。

 やっちまったな……」



ここは前に一度サフィーア───もといフィーニャと来た食堂だったのだが、定休日だとは思わなかった。



「なんでもいいなら、案内しましょっか?

 このあたりなら、だいたいの店は知ってるッスけど」


「悪いが、頼んでいいか」


「りょーかいッス。

 何か、こういうのがいいって希望とかあるッスか?」


「希望か。

 なら、ある程度ガヤがあるところがいいな。

 それでいて、隣の席と距離があればなおいい」


「な、なるほど。

 そう来たッスか……」



言ってから、食べ物の好みを聞かれたのだと気付く。



「……いや、すまん。

 難しければどこでもいいぞ。

 苦手な食い物も、特にない」


「や、大丈夫ッス!

 たしか、下層の一番上あたりに……」



言いながら、歩き出したキトの後ろをついていく。


目的地まではさほど歩かなかったが……俺はなぜか、彼女の鼠色のブーツがやけに気になったのだった。





────

──





「へぇ。

 蜂蜜を使った料理か、珍しいな」


「そッス!

 サンドイッチから肉料理まで。ここで出してる料理には、ぜーんぶ蜂蜜が入ってるらしいッスよ」



キトに連れられて入った店で腰を落ち着け、メニューを広げる。



「なるほど……こりゃ、ミラーヤが喜びそうだ」


「最近は、女の子にも人気らしいッスからね。

 そのミラーヤって人も、今度連れてきてあげるといいッスよ」



あたりを見回すと、たしかに女性客の方が多い印象だ。


それ故に、店内は常に賑やかな喧騒に包まれていた。



「そんで……これだけ賑わってるなら、俺たちも周りを気にせずに会話できるってことか。

 いい選択だ」


「そういうことッス。

 ただ、ちょーっとお高いのだけが気になるッスけどね〜」


「ふむ」



たしかにメニューに書かれている料理は、どれもやや高いように感じる。


カフェとレストランの中間のような店にしては、相場の倍に届くかどうかといった価格設定のようだ。



「ま、値段は気にしてもらわなくていい。

 こっちで出すから、俺の分も適当に頼んでくれ」


「さっすが騎士様ッス!

 こっちもそう言ってくださると思って、この店を選んだッスから」



彼女のいい意味での図太さに、こちらも少し笑ってしまう。


少しずつ、キトという人物の性格が見えてきた気がする。



「はー……。

 改めて、何にしようか迷うッスねぇ」


「なんなら、上から下まで全部頼んでもいいんだぜ。

 食いきれるならな」


「あはは、全部なんてそんな……。

 ……いや、今の自分ならもしかして……?」



しばらくの間、唸り声をあげて悩むキトを眺める。


未来の雇い主になるかもしれない相手の前のはずなのだが、どうやら彼女にとってはあまり関係ないらしい。



単純というか、愛嬌があるというべきか。


どちらにせよ、変に緊張されるよりもマシだと思うことにした。





────

──





キトが注文を終えたところで、話を再開する。



「改めて、俺の名前は烏兎 凍矢だ。

 騎士団で、顧問魔術師をやってる。

 普段は王城か……東の村にいることが多いな」


「顧問魔術師、ッスか。

 自分は学がないのでわからないッスけど……ただの魔術師とは違うんスか?」


「まぁ……そうだな。

 一言で言うと、魔法が使える王様の小間使いってとこだ。

 さっきも言った通り、白い鎧を着ることもなければ、城下町の見回りをすることもない。

 わかりづらいなら、王城所属の便利屋だと思ってくれていいぜ」


「なるほど、ッス……?

 今回のお仕事も、その便利屋の延長でってことッスか?」


「そういうことになるな。

 俺がいま東の村に滞在してるのも、それが理由だ」


「ふむふむ?」


「経緯を説明すると長くなるんだが……イチからか、仕事に関係する部分だけか。

 どっちで説明した方がいいかな……」


「えーと……お仕事に関係するとこだけでお願いするッス。

 自分バカなもんで、長い話はあんまり……」


「わかった。

 じゃあまず……フリージアって村のことを、知ってるか?」





────

──





「仕事内容はそんな感じだ」



小さめのワンプレートを食い終わった俺は、未だ食事を頬張り続けるキトに業務の内容を伝える。


彼女はすでに俺の倍以上は食べているが、その細い身体によくそれだけ入るものだと感心してしまう。



「んむんむ……。

 つまり、水を凍らせて、それを出荷すればいいってコトッスよね?」


「端的に言うと、そういうことだな」


「うーん、思ってたより簡単そうッスね」


「そうか?」


「はい。

 単純すぎて、なんか裏があるんじゃないかと思ってしまうぐらいッス」


「たしかにやることは単調だが……かなり根気のいる作業だからな。

 裏はないが、合う合わないはあるだろう」


「我慢強さは……正直言って、自分にはないかもしれないッスけど」


「ま、そこは追々でもいい。

 どちらかというと、問題は魔法の適性だ」


「魔法ッスか」


「ああ。

 募集要項は見てくれただろ?

 氷雪系魔法の中でも、凍結が得意な人間が必要なんだ。

 どうだ、そっちの方面は?」


「人と比べたことはないッスけど……苦手じゃないとは思うッスよ。

 例えば、こんな感じで」



言うや否や、キトは飲みかけのグラスに指を突っ込む。


そして数秒もしないうちに手を抜くと、そこには細長い何かが握られていた。


複雑かつ、幾何学(きかがく)的な形をしたそれは。



「鍵……か?」


「そのとーりッス。

 ちなみにこれは、さっきの食堂の鍵ッスね」


「ほー……見事なもんだな。

 一瞬でそこまで複雑なモノを作るなんて」


「あざッス!

 自分、これで生きてきたようなものなんで」


「……へえ。

 鍵づくりで、ねぇ」


「あ……やば」


「『やば』?」


「……あの、えっと」


「何がヤバいのかはわからないが……俺は、立派な技術だと思うぜ?

 水を固めて、鍵にする。

 鍵として使えるほどの強度を確保する力もそうだが、鍵穴を見て瞬時に形を合わせる感覚とかも。

 たぶん、一朝一夕じゃ身につかない技なんだろうな」


「お、おっしゃるとーりッス!

 そのあたりは慣れがモノを言うッスから!」


「ああ。

 扉なんて、手早く開けられた方がいいもんな」


「はいッス!

 自分も、ここまでできるようになるのに結構練習して……」



「───もたついてると、家主が戻ってくる可能性があるから」



「……えっ、と?」



「それに、氷で作った鍵なら足がつかない。

 人によっては、自分が鍵をかけ忘れたせいだと思うこともあるだろう。

 よく考えられてると、感心するよ」



「あー……」



「で、だ。

 別に疑うわけじゃないんだが……具体的に何の仕事をしてたか聞いてもいいか?」


「か……鍵を失くした人から、依頼を受けて。

 い、家に入れるように……?」



そこまで言ってさすがに無理があると感じたのか、俺の冷ややかな目を見てしまったからか。


キトは諦めるように言葉を吐いた。



「……すんません。

 自分、空き巣やってました……」



どうやら、観念したらしい。



「はぁ……やっぱりか。

 なんか変だと思ったんだよな」


「あうぅ……」



予想通りというかなんというか。


最初から、少し妙だとは思っていたのだ。



闇に溶け込みやすい色の、身軽な服装。


俺や通行人を見る時の、鋭い眼差し。


そして、足音を出さないための独特な歩き方。



どれも、およそ一般人のものとはかけ離れていた。



そもそも、さきほどの食堂が休みだという話もそうだ。


キトは『扉を見ればわかる』と言っていたが……今思えば、それは定休日の看板を見ろという意味ではなかったのだ。



彼女は本当に、『扉だけ』を見て鍵がかかっていることを判断したのだろう。


一目見ただけで合い鍵まで作ってみせたことには感心したが、その行為は間違いなく盗賊のそれだ。



「うぅ……ついに騎士様にバレてしまったッス。

 これが自分の、最後の晩餐になるッスか……」



キトはそう言って悲しみながらも、食べることをやめはしなかった。


どうやら、お縄となる覚悟はもうできているらしい。



「逃げたりとか、しないんだな」


「はい……。

 自分は最初から、バレたら大人しく捕まるつもりだったッス。

 ただ、今まで一切バレなかったってだけで……あむ」



なるほど。


彼女は、盗賊という職業(?)においては天賦の才があるのかもしれない。



だがそれは、技術面だけならの話だ。


少し話しただけでも伝わってくる彼女の素直すぎる性格は、とてもではないが盗みに向いたものではないのだろう。



(……となると、いくつか気になることが出てくる。か)



「なるほど、わかった。

 わかりはしたんだが……キト。

 俺は、キトを今すぐに騎士団に突き出そうとは思っていない。

 だから、ひとまずは安心してくれ」


「……どういうことッスか?」


「言葉通りの意味だよ」


「自分を捕まえない……ってコトっスか?

 いやいや、でも自分は立派な盗人で、トーヤさんは騎士様で……」


「たしかに騎士団の規則に従うだけなら、ここでキトを捕えちまうのが正解だろうよ。

 でもな、キト。

 俺にはキトが、進んで盗みをやってるようには見えないんだよ。

 ……何か、そうせざるを得ない事情があったんじゃないのか。ってな」


「それは……」


「あくまで、俺の勘だけどな。

 ただ、もしそれが大きく間違ってないってんなら……聞かせてくれないか?

 キトが今、盗みをやってる理由ってヤツをさ。

 この仕事に応募したきっかけとも、きっと関係のある話だろ?」


「……ほんとに。

 ホントに、自分を捕まえないんッスか……?」


「そう言ってるだろ。

 そりゃ、キトが悪意を持ってやってたってんなら話は別だぜ。

 でも、少なくとも俺にはそうは見えない。

 だからこそ、詳しく話を聞かせてほしいんだよ。

 ここでキトを捕まえるだけなら簡単だが……たぶん、それだけじゃダメなんだ。

 キトが盗みに手を出すことになった理由を潰さないと、根本的な解決にならないんじゃねえかな。ってな」


「……」



キトはしばらく俯いたあと、ぼそりと呟いた。



「……トーヤさんも、あの人と同じようなコトを言うんスね……」


「ん?」


「いや……なんでもないッス」



言いながら、キトが再び顔をあげる。


その眼は、少しだけ赤くなっているように見えた。



「……聞いてもらっても、いいッスか。

 自分は本当にバカで、不器用なんで……うまく話せないかもッスけど」


「構わないよ」


「聞いてもらって、それで……。

 それでもやっぱり、こいつはダメだと思ったら。

 ……きちんと、お縄にしてほしいッス」


「ああ、わかった。

 約束しよう」


「……ありがとうッス」



俺はさきほど指をつけたグラスの水を飲もうとするキトの手を制止し、店員に替わりの水を持ってきてもらうよう頼んだ。



「えっ、と……ッスね。

 自分は、なんていうか……生まれたときから、こんなでした。

 気付いたときには親もいなくて、ただ独りで。

 そして……誰にも必要とされない存在。

 それが自分だったッス。

 ただひとつだけ覚えてるのは、自分の名前。それだけでした」



いわゆる、天涯孤独というやつだろうか。



「子供のころは、近所の人にお情けで食べ物をもらって生きてきたッスけど……それもずっと続くわけがなくて。

 帰るところもなくて、まともに読み書きもできない子供が生きていくには、その……」


「盗みに手を染めるしかなかった、と」


「はい、ッス。

 自分、体だけは丈夫だったッスから。

 色んな町を行ったり来たりしながら、なんとか食いつないで……」



(子供の頃から、盗みで生計を立ててた。ってことか……)



この世界では、それが成り立つということも。

そうしなければならない人間がいるということも。



それらの事実は、自分がいかに恵まれた環境で育ってきたのかを、改めて俺に痛感させた。



「まともな仕事につく機会は、なかったのか?」


「あるには、あったッスよ。

 小さいころ、とある宿の女将さんに拾われて。その宿のお手伝いとかをしてた時期があったッス。

 それで……そこでやっと、人間らしいことを教えてもらったッスよ。

 数の数え方とか、お金の使い方とか、フツーの人の生き方ってヤツを」


「いい人に、拾ってもらったんだな」


「はいッス。

 ……他人に迷惑はかけても、嘘だけはつくな。って女将さんの言葉は、今でも覚えてるッスよ」



話を聞くだけで、わかる。


その女将さんという人物は、きっと立派な人だったのだろう。



「でも、今ここにいるってことは……」


「……結局、逃げ出したッス。

 色んなことを教えてもらえれば教えてもらうほど、自分はここにいちゃいけないって思ったんッスよ。

 誰だって、コソ泥を雇ってるような宿になんて泊まりたくないッス。当たり前ッス。

 でろ、そんな周りの目もあったはずなのに、それでも女将さんは自分を雇ってくれてたッス。

 ……それだけでも迷惑なはずなのに。

 自分がお世話になってるってことが、女将さんの人生にとってどれだけ重いお荷物になってるのか。

 色々教えられてるうちに、それが徐々にわかってきちゃって……」


「それで、逃げ出したと……」


「はい。ッス……」



なるほど。


だが、それでもキトは、今もその女将さんの教えを守り続けているのだろう。


彼女の真っすぐな性格はきっと、女将さんの言葉によるものなのだ。



たしかに、その教え自体は立派なものだ。


が、しかし。



今の、盗賊としてのキトにとっては。


それを忠実に守ろうとすること自体が、足かせになってしまっているようにも見える。



そして、その矛盾こそが。


キトという人物そのものなのだろう。



「でも……やっぱり自分は盗み以外の生き方なんて知らないッスから。

 宿を抜け出したところでまともな人間になれるわけもなくて、ただずっと、ふらふらし続けて……。

 その結果が、今の自分。ってことッス」


「そう、か……」



正直なところ、予想以上に重い話にやや面食らっている部分もある。


彼女の明るい性格からは想像もできないほどの、暗い過去だ。



「だから、今回の仕事の募集を見てすぐ応募したッスよ。

 自分にもできそうな仕事で、泊まるところも用意されてて。

 正直言って、条件は最高ッス」


「あぁ……たしかに住み込みってのは、キトにとって好条件か」


「はいッス。

 それに、盗み以外で自分ができることなんて、この魔法ぐらいッスから」



その点において、やはりマリーの助言は的確だったのだろう。



「いままで盗みをやってたことについて、言い訳はしないッスよ。

 でも、だからこそ、みんなが自分のことを知らないような場所なら……新しい誰かになれるんじゃないかって。

 もしかしたらこんな自分でも、誰かに必要とされるんじゃないか。って。

 そう、思っちゃって……」



そしてキトは困ったように笑い、口を閉じた。



(───これが、キトが盗みをやっていた理由……)



そして、この仕事を希望してくれた理由ということか。



「……話は、そこまでか?」


「はいッス。

 聞いてくれて、ありがとうッス」


「……いや」


「あはは……お涙頂戴、ってわけでもないッスけど。

 なんにせよ、面白い話じゃなかったッスよね」



考え込む俺を見て、キトはおどけてみせる。



「……それでも。

 やっぱり俺は、キトを捕まえる気にはならない」


「そッスか。

 じゃあ……話はここまでッス」


「……え?」


「あはは。

 なんかこう……いま話してて、改めて自分はダメな人間だなって思ったッスよ。

 こんな自分が、必要とされる場所なんて。あるわけ、ないんだなって……」



そしてキトは、自らを傷付けるように言葉を重ねていく。



「それに、トーヤさんの話を聞く限り、フリージアってところはきっと素敵なところッスから。

 未来があって、とってもきらきらしてて……自分とは、まるで正反対ッス。

 少なくとも、自分なんかがいるべき場所じゃないってことはわかるッス。


 だから……今回の件は辞退させてもらうッスよ。

 今日は、美味しいモノをお腹いっぱい食べれただけ運が良かったなって。

 騎士団に突き出さずにいてくれたのも、感謝ッス。


 自分もなんか、話して頭がすっきりした感じがするッスから。

 これもなんかのきっかけだと思うことにして……もうちょっと自分なりに頑張ってみるッスよ」



そう言って乾いた笑いを飛ばした後に、キトは席を立つ。



「それでどうしてもダメだったら、今度はちゃんと自首するッス。

 ……あ、それかフリージアって村に盗みに入るのもいいかもッスね。

 トーヤさんなら、今度こそきちんとお縄にしてくれそうッスから。


 そのときは……よろしくお願いするッス。

 ……それじゃ」



キトはその言葉を最後に、俺に背中を向けた。



「ちょっ……」



反射的に伸ばそうとした俺の手は、すぐに重力に負けてしまった。



(……っ)




たしかに。


どんな事情があろうと、彼女は犯罪者なのだろう。



盗みという行為は、決して許されるものではない。


もしヴェルニグがここにいたら、今すぐに彼女を(とら)えるように言うだろう。



だが俺は、やはり最後まで彼女を騎士団に突き出す気になれなかった。


かと言って、盗人である彼女をこのまま街に解き放つわけにもいかない。




だとすれば。




「待ってくれ、キト」


「……なんスか?」



俺のやることは、ただ一つだった。



「まだ、俺の方の返事を伝えてないだろ……?」


「……え?」



俺の一言に、キトが振り返る。



「……来てくれよ、フリージアに。

 俺は、キトと一緒に仕事がしたい」



彼女の青い眼が驚きに見開かれたが、その視線はすぐに行き場を失った。



「……同情なら、いらないッスよ。

 そんな理由で手をとられても、みじめなだけッス」



キトは再び俯き、絞り出すように声をあげた。



「同情なんかじゃない。

 募集の条件にも書いてたろ?

 過去の仕事や、経歴は関係ない。って。

 俺はキトの魔法の才能と人柄を見て、雇うに値すると判断した。

 ただ、それだけだ」


「……」



キトの拳が、強く握られる。



「それとも……俺みたいな奴と仕事をするのは嫌だったか?

 どうしても辞退するってなら、俺には止められないけどさ」


「……嫌、じゃ……」


「ん?」


「嫌じゃ、ないっす……」


「じゃあ、俺の方からも頼むよ。

 だからさ、キト。

 自分が必要とされる場所なんか無いなんて、言わないでくれ。

 俺には、今のフリージアには……キトの力が必要だ」


「……トーヤさん……」



自分でも歯の浮くような言い回しに、やや恥ずかしくなってくる。


だがその言葉は、キトの心に少しは届いてくれたようだった。



「う、うぅ……」



振り向いた彼女の頬を、一滴の雫が伝う。



「とぉ……どーやざぁん……!!」


「おいおい、泣くなって……」


「ほんどに、ほんとにじぶんなんかでいいんずかぁ……?」



キトは顔をぐしゃぐしゃにしながら、俺を見た。


涙を隠そうともしないその真っ直ぐな眼差しに、俺はややたじろいでしまう。



「あ、ああ。大丈夫だって。

 キトの魔法は、絶対役に立つ。俺が役に立ててみせるから。

 俺はほんとに、キトみたいな人間を探してたところなんだからさ」


「ずびっ、うぐぅ……ありがとうっず……!

 どーやざん……!!

 いや、ボスぅ……!

 一生ついでいくッスぅ……!!」


「あーわかった、わかったから!

 だから泣くのはやめてくれ、他の客が見てっから……!

 あと、そのボスっていうのも……」


「無理ッスぅ……!」


「ああもう、とりあえずこれで顔を拭いてくれ……!」



俺は周りの客に頭を下げつつ、懐からハンカチを取り出してキトに手渡す。



「改めて……頼んでいいんだよな?」



キトはまた少し泣いた後、ぐしぐしと涙を拭ってから笑顔を見せてくれた。



「……はいッス!

 よろしくッスよ……ボス!」


「そのボスっていうのは……。

 まぁ、いいか」


「えへへ」



キトの真っ直ぐな瞳を見ていると、ここから怒る気力も出なかった。



(なんにせよ……これで一人目だな)



生い立ちや経歴にやや難はあるかもしれないが、キトの魔法の腕は確かなものだった。



それに彼女の真っ直ぐな性格は、何物にも代えがたい部分でもあるだろう。


寮が確保でき次第、キトにはアデレニエと一緒にあの小屋で製氷業を勉強してもらうこととしよう。



(まずアデレニエには、キトの騒々しさに慣れてもらわないとな……)



なにはともあれ、これで人員確保だ。



理想の生産量に届かせるにはまだまだ人数が必要なのだが……今は、第一歩を踏み出せたことを祝うとしよう。




7/31まで、昼12時と夕18時の、1日2話ずつ投稿予定です。

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