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永久凍姫と時忘れの王国  作者: とらうつぼ
第1章『フレイミア』
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第29話「紅と、運命」


「よし……やっとできたな」


「な、なんとか、間に合いましたね……」



俺たちの目の前には、透き通る氷の山があった。



前回の出荷から、二週間。



その間、俺とアデレニエはひたすらに氷を作り続けていた。


そしてそれを、小屋に隣接した蔵に積めるだけ積んだ結果がこれだ。



積めるだけと言っても、氷はかなりの重量がある。


1メートル四方のキューブ1個で、約1トン。



無論、手で持ち上げることなど不可能なので、道具を使って二段に積むのがやっとだ。



この蔵の中に用意できたのは、総数にしておよそ50個。


ここから切り出して出荷するとはいえ、保冷車を牽く馬力の方が心配になってくる量ではある。



しかしこの世界の───ことフレイミアの馬は想像以上に力が強いらしく、この量の氷も複数の荷馬車があれば十分に運べる想定だ。


恐らくだが……人と同様、馬などの動物にも炎熱魔法のマナの影響が出ているのだろう。



「お疲れ、アデレニエ。

 さすがにこんだけありゃ、マリーも満足するだろ」


「今日の、午後。でしたよね。

 マリーさんが、集荷にこられるのは……」


「ああそうだ。

 急いで数を作ったから大変だったと思うが、大丈夫か?」


「は、はい。

 私は平気です。

 むしろ、今までやっていた農作業よりは、体力的には楽なので……!」


「そうか、そりゃ頼もしい限りだ」



魔法の素養もそうだが、最近はアデレニエの体力にも驚かされている。


農業に従事していたのだから、当然といえば当然なのだが……その細い身体には、見た目以上のフィジカルが秘められていた。



以前、製氷業は消耗が激しいと言っていたこともあったが……そちらは、そもそもマナの不足によるものだったのだ。



それが解決した今、アデレニエは毎日朝から夕方まで氷を作ってくれている。


最近では同時に三つ以上の水を凍らせながら、空いた手で本を読んだり編み物をする余裕もあるようだった。



「にしても、これ以上作ろうと思ったら場所が足りないな」


「そ、そうですね。

 これ以上積むと、蔵の地面が沈んでしまうかもしれませんし……」


「ああ。

 ここからさらに規模を拡大するとなると、専用の製氷場と貯氷庫が必要だな」



製氷場については、すでに手を回している。


次ぐ貯氷庫もそうだが……作業用の建物は、人が住むための家屋よりも構造が単純なはずだ。


アデレニエたちの家の再建よりも、建設に時間はかからないだろう。



「あとはもちろん、人か」


「お、仰っていましたね。人を増やす、と……」


「ああ。

 製氷も積み込みも、今は俺やコルヴィが手伝ってるからいいが……さすがにずっとこの三人ってわけにもいかないからな」


「どなたが来られるか……もう、決まっているのですか?」


「いや……申し訳ないけど、まだ全然なんだ。

 城下町にも募集をかけてるが、全く反応がなくてな」


「わ、私は大丈夫ですよ……!

 この小屋も、とても落ち着きますし。

 本当に、ゆっくりで構いませんから」



たしかに今は、この製氷のほとんどをアデレニエ一人が回してくれている。


実際にその働きぶりにはかなり助けられているが、さすがに彼女一人に頼り続けるわけにもいかない。


早めに人員を増やして、たとえ欠員が出たとしても製氷から出荷までのサイクルを回せるくらいにはしておく必要があるだろう。



「ありがとな。

 まぁ、そのあたりはこれからやっていくとして……製氷に関しては今日は一旦終わりだ。

 午後の集荷に備えるとしようか」


「はい、承知しました……!」





────

──





簡単に昼を済ませ、アデレニエと共に東門で荷馬車を待つ。



「アデレニエの畑も、すっかり平地になっちまったなぁ」



ここからは、焼け落ちた畑の跡がよく見える。



「そうですね。

 あそこに、貯氷庫が建つんでしたか……?」


「ああそうだ。

 なんか申し訳ないな、畑を手放させちまって」


「い、いえいえ!

 私は、今のお仕事の方が合っていると、本当に思っていますから……!

 だからトーヤさんには、感謝しかありません」


「そっか。

 そう言ってもらえると嬉しいよ」


「はい。

 お家だって、もうすぐ完成するそうですから。

 祖父から譲り受けた家も好きでしたが……やっぱり、新しい家というのは楽しみですね」



畑の近くに見える、建築中の家屋。


そちらはすでに家としての形ができているようで、素人目に見ても完成が近いことがわかった。


ブランシュの言っていた通り、フレイミアの人間は本当によくやってくれているようだ。



「お、トーヤくん!」



不意に、明るい声が飛び込んでくる。



「アデレニエさんもだね。

 ごきげんよう!」



蹄鉄(ていてつ)の音と共に現れたのは、待ち人であるマリーその人だ。



「こ、こんにちは……」


「よう」


「うんうん。

 トーヤくんも相変わらず、おっきなフードが素敵だね」



馬車から降りたマリーが、俺を認めて微笑む



「お褒めに預かり光栄だ。

 フードを褒められても、全く嬉しくないがな」


「あれ、そうなの?

 そのローブ、ずーっと着てるからさ。

 てっきり『フード付き』さんのアイデンティティなのかと」



たしかにマリーの言う通り、俺がこのローブを羽織っていることは多い。


防寒性が高く着心地も良いため、これと言って手放す理由がないのだ。


さらに自らの所属がわかりやすいことも相まって、少なくともフレイミアの人間と会う時はだいたいこれを羽織っていると言っていいだろう。



「んなわけあるかよ。

 それにその『フード付き』ってのも、別に自分から名乗ってるわけじゃないからな?」


「あはは、前言ってたもんね。

 気に入らないって。

 私は、わかりやすくていいと思うけどな」


「コルヴィがつけた名前だからな。

 それだけで、なんか癪だぜ」


「あはは……なるほど」



などと軽口を叩いていると、マリーがぽんと手を叩く。



「あ、そうだ。

 名前と言えばさ」


「ん?」


「この村って、なんて名前なの?」


「あー……その話か」


「フレイミアで氷を売る時に、どこで採れたんだーって聞かれちゃってね。

 クロキアだ、とは答えたんだけど……そういえばこの村の名前は聞いてなかったなぁって」


「えーっとだな……」



成り立ちが成り立ちだけに言い(よど)んでいると、アデレニエが答えた。



「……フリージア、ですよね?」


「へぇ、お花の名前かぁ。

 花言葉は……友情、だったかな? 素敵な名前だね」


「は、はい。

 トーヤさんが、つけてくださったのですよ……!」


「え、そうなの?」


「はい。

 こ、この村には、ついこの間まで名前がありませんでした。

 ですが、外の国と交易をするとなって、トーヤさんが……」


「あー……アデレニエ、その件はあんまり……」


「あ、す、すみません!」



その話はあまりしたくなかったのだが、嬉々として話す彼女を止めることができなかった。



「ふーん……へぇ~……」



案の定、マリーがにやにやしながらこちらを見ている。



「……なんだよ」


「いーや。

 お花の名前を付けるなんて、トーヤくんって案外乙女なんだなーって思っただけ」


「はぁ、やっぱりそういう反応になるだろ……。

 だから言いたくなかったんだが」


「あはは、冗談だって。

 いい名前だと思うよ、ホントに。

 ねぇ、アデレニエさん?」


「は、はい!

 私は、とても気に入っていますよ」


「だってさ、トーヤくん。

 そんなに恥ずかしがらなくてもいいんじゃない?」


「からかっておいて、よく言うぜ」


「ごめんってば、ほんとに。

 ……でもね、トーヤくん。

 交易をするなら、生産地の名前って本当に大事なコトなんだよ?」


「そうかぁ?」


「うん。

 特に今回は、氷って言う新しいものを扱ってるわけだからさ。

 フリージア氷……っていう呼び名は、そのうちブランドになるかもだよ。

 場合によっては、フリージアって名前自体が氷のことを指すことばになる可能性だってあるんだから」


「なるほど……」



たしかに、新しいものの呼び名などは往々にして、イメージしやすい言葉で定着してしまうものだ。


こと輸入品においては、そのきらいがあるだろう。



「だから、胸張ってこ。

 発案者のトーヤくんがその名前で呼ばなくちゃ、誰も呼べなくなっちゃうよ」


「……考えておくよ」


「うんうん。

 前向きによろしくね」






────

──






集荷を終えたあと、俺とマリーはいつもの役場で打ち合わせを始めた。



テーブルの上には、二杯の紅茶。


マリーには、フリージア氷を使ったアイスティーを。


製氷で身体が冷えた俺は、反対にホットを選んだ。



「で、どうだ?

 売れ行きの方は」


「概ね好調、かな。

 氷の方はまだ、あんまり売り物にはしてないんだけどね」


「売ってないけど好調、ってことは」


「まずは現場の人間に氷を配ってみたり、新しいもの好きの貴族に渡して反応を見たりとかしてる。

 トーヤくんも言ってた通り、氷っていうモノの周知から始めてる段階ってことだね」


「なるほど。

 ある意味、予定通りか」


「もちろん、収益化の準備も進めてるよ。

 やっぱり目玉は、保冷車を使った冷蔵便だからね。

 今は高級レストランとかを中心に、鮮度が高い食材を届けられる手段がある。って声をかけてみてる。

 うちは小売はやってても、料理屋まではやってないからね」


「じゃ、そのあたりの反応が良かった、っつーことか?」


「そゆこと。

 いいモノを買うために糸目をつけない層は、必ずいるからね。

 食品や嗜好品なら、なおさら。

 そこで貴族や高級店のお墨付きが得られたら、それ自体が武器にもなる。

 そしたらあとは、一般に広まるのも時間の問題だ」


「上手いことやってるみたいだな。

 なら一般に広まるかどうかは価格次第、ってところか?」


「そだね。

 私も、冷蔵便や氷を高級品にするつもりはないし」


「俺もそのつもりだ。

 氷を使ってモノを冷やすってことが、当たり前の文化になって欲しいとは思ってる。

 ただ、あんまり安くすると採算が取れるかどうかだけが心配だが……」


「あはは、そこは大丈夫。

 こっちは天下のクレムラン商会だよ?

 モノの売り方や利益の出し方なんて、心配されるまでもないよ。

 契約した時の単価も、それ込みで設定したしね。

 私の中では、少なくとも半年先までは絵が描けてるつもり」


「……そう、か。

 そうだよな」


「ん。

 安心して。

 トーヤくんの事業、失敗になんて絶対させないから」



こちらを見るマリーの目は、力強いものだった。


無論、その言葉は俺を思ってのことなどではないだろう。



必ず成功させ利益を出してみせるという、商人としての自信。


そして、この機会を利用してさらに商会を大きくしてみせるという野心からの言葉に違いない。



───これが、豪商の一人娘。



恐ろしいほどの(したた)かさだが、味方にしてこれほど心強いものもないだろう。



(……とにかく、売ることに関してはマリーに任せておけば間違いないか)



となると、俺が考えるべきは安定した氷の供給だ。


フレイミアから先のことを考えずに済む分、そちらに集中できるのは正直ありがたい。



「ちなみに、氷の出荷量なんだけどさ。

 もっと増やすことはできないかな?」


「お、ちょうど俺も今それを相談しようと思ってたところだ」


「わ、ほんと?」


「うむ。

 利益のこともあるが……氷を当たり前のモノにするなら、誰でも気軽に買えるようにしないといけないだろ。

 そっちの王都の人間みんなに行き渡るには、今の供給量じゃ到底足りたもんじゃないからな」


「よかった。

 ウチとしては隔週じゃなくて、毎週でも荷馬車を送りたいぐらいなんだけど」


「毎週でいいなら、今でもいけるぜ。

 出荷量だって、そっちさえいいなら今までの何倍に。望むなら十倍にでも増やそうかって感じだからな。

 氷雪の民って呼ばれてるだけあって、作るだけならお手の物だ」


「作るだけなら、かぁ」


「その通りだ。

 実際、ちょっとした問題があってな。

 具体的には、ヒトと場所についてなんだが……」


「ふむふむ?」


「ま、ヒトはこっちで調達するしかないとして……早めに対処しないといけないのは、場所の方だな。

 マリーも見たろ? あの製氷小屋」


「大きさ的な問題かな。

 実際、今日の出荷分だけでいっぱいになってたし」


「そうだ。

 あれ以上積むと、蔵がどうなるかわからんからな。

 広さもそうだが……()けた水で、床板(ゆかいた)だって(いた)み始めてる。

 どちらにせよ、専用の貯氷庫が必要って話だ。

 相談するつもりだったのも、それについてだぜ」


「貯氷庫か。

 初めて聞くけど、想像はつくよ。

 断熱の技術は保冷車で開発したから、それを流用した建物を。ってことかな」


「そのつもりだ。

 ちなみにこれは、そっちにとっても悪い話じゃないんだぜ。

 なにせ、作る予定の貯氷庫は一か所だけじゃないからな。

 輸送の道中にあるフレイミアの町とか、王都にも。だ」


「……なるほど、そういうこと」


「貯氷庫に大量にストックができれば、その場で切り売りせずに済む。

 ちゃんとした保管場所があれば、入荷した氷だって長持ちするだろ?」


「いいね。その話、乗ったよ。

 で、いくら出せばいいの?」


「まだ試算もしてない段階だが、業者に話は通してる。

 相手は今、アデレニエたちの家を作ってくれてるところだ」


「そっか。

 なら、そこから先はこっちで引き継いじゃおうか」


「ありがたいが、建てたいのは貯氷庫だけじゃないんだ。

 前に伝えたろ? 東側には宿とかも作っていきたいって。

 だから、同席だけしてもらえるとありがたいんだが」


「そ。

 じゃあ、ウチは黙ってお金だけ出すことにするかな」


「ありがたい。

 その代わりといっちゃなんだが、氷の単価を下げさせてもらうよ。

 マナの影響とかで、前より量が作れるようになってんだ」


「へぇ……」


「ああ、もちろん最終的なフレイミアでの販売価格はそっちに任せるぜ。

 下げろとも、上げろとも言うつもりはない」


「ありがたい話、なんだけど……。

 それはちょっと感心しないね、トーヤくん」


「……どういうことだ?」



何か、マズいことを言っただろうか。


マリーにとっては、メリットにしかならない話のはずだが。



「ふふふ、そんな怖い顔しないで。

 トーヤくんのためにならないよって話」


「……っていうと」


「トーヤくんの話を聞く限りね。

 今までよりも、安く多く作れるようになったってことでしょ?

 でもそういうの、言わない方がいいよ。

 そっち側の工夫や努力でそうなったんなら、トーヤくんは黙って出荷量を増やせばいいんだよ。

 もし相手があくどい商人なら、足元見られちゃうんだから」



なるほど、そういうことか。


マリーは、こちらを心配してくれているのだ。



「忠告、感謝するよ。

 だが、ウソは無しって話だったからな。

 ……ついたとして、マリー相手に隠し通せる気もしてない」


「あはは、なにそれ。

 ……ホントに、トーヤくんってお人好しだね」


「そうか?

 あんまりそう言われたことは無いが」


「少なくとも、売り買いの世界で生きてきた私にはそう見えるかな。

 いい意味で商人に向いてないのかもね、トーヤくんは」


「……褒め言葉として受け取っておくよ」


「ん、そうして」



俺が紅茶に口をつけると、マリーもそれに続く。


暖かいものが腹に落ち、冷えた体にはよく馴染んだ。



「でもまぁ……値下げはさせてもらうつもりだぜ」


「ん-、いいっていいって。

 ウチにだって、ちょっとはいいカッコさせてよ。

 これでも、トーヤくんにはかなり感謝してるんだから」


「ん……そうなのか?」


「そうそう。

 そもそもウチとしては、降って湧いたような話で儲けさせてもらってるようなものだしね。

 特にワインの方は、もうかなりの利益が出てるんだ。

 建物の一つや二つぐらい、恩返しだと思って受け取ってよ」


「なら、まぁ」


「ん、決まりだね」


「本当に助かるよ。

 ただ……氷の値下げについては、そのうちもう一度話させてもらうつもりだ。

 その時は、そっちの販売価格も下げる前提でな」


「わかった。

 それならいいよ。

 こっちも利益のためだけにやってるわけじゃない、っていうのを示さないとだし」


「理解してくれて助かるよ。

 つっても、無理のない範囲でだがな」


「お互いに、ね」



これで一つ、同意が取れた。


氷の出荷量が増えれば、そのまま収益の増加につながる。


そして貯氷庫の建設費も融通してもらえるのであれば、俺も人を増やすことに集中できる。


これ以上ない条件だ。



「よし、んじゃあとは人をどう増やすかを考えとくか……」



問題は、ここからだ。


人員に関しては、少し前から城下町で募集をかけてもらっているものの……一切の音沙汰がない。


しかし、その言葉を聞いたマリーが反応を示した。



「……製氷場の作業員のこと、だよね?」


「そうだ」


「余計なお世話かもしれないけど……もう募集はかけてるの?」


「それとなくかけてはいるんだが……箸にも棒にも、って感じだな。

 正直、苦労してる」


「ふーむ……なるほど。

 じゃ、私からちょっとだけお節介を」



そう言って、マリーはこちらに目配せをする。



「ぜひ聞かせてくれ」


「ん。

 じゃあまず……魔法を使って製氷をするんだから、その方面に強い人間が欲しい。

 そして、実際に働く場所はこの村。

 ここまでは合ってるよね?」


「ああ」


「んじゃ、一つ確認。

 トーヤくん、その人たちが住むところは用意してる?」


「……あー」


「やっぱり、かぁ。

 私も地方に人を遣ったり、そこで新しく人を採ることはあるけど……何よりもまず確保するのは、寝床なんだよねー」


「うっかりしてたな。

 そりゃ、住み込みになるのに家も用意してなければ来るはずもないか」


「特に、製氷っていう新しい仕事だしね。

 応募者も、手を出すには慎重になるだろうし」


「そうか……」



製氷業という、内容の想像がつかない新しい仕事に抵抗がなく。


この村に移り住むことができて。


そしてなにより、氷雪系魔法が得意なこと。



今俺が求めているのは、それらの条件を全て満たした人間だ。


アデレニエと似たような人材を探せばいいと簡単に考えていたが……改めて考えると、かなり厳しい条件に思える。


むしろ、たまたまこの条件が揃っているアデレニエが近くにいたことが幸運だったと考えるべきだろう。



(改めて、アデレニエには感謝しなきゃならんなこれは……)



「ありがとうマリー。

 まずは寝床を用意することにするよ」


「ん。

 役に立ったなら良かったよ」



寝床を用意すると言っても、簡単なことではない。


出荷量を今の倍以上に増やすのなら、それなりの人数が必要なのだ。


しかし、一人ひとりに一軒ずつ家を建ててやるわけにもいかない。



何か、いい方法はないだろうか。



「……そうだ。

 建築の業者が使ってるあの建物を買い取ってみるか」


「っていうと……北にあった、掘っ立て小屋みたいなやつ?」


「ああ。

 一回見に行ったことがあるが、広さも十分だし、仮設とは思えないぐらい造りもしっかりしてた。

 ありゃ掘っ立て小屋って言うより、平屋とか寮って感じだぜ」


「なるほど。

 アデレニエさんたちの家も、もうすぐ建て終わるらしいもんね。

 業者としても、取り壊す予定のものが売れるなら、そっちの方が良いか」


「さすがに本格的に住むってなると、ちょっと手を加えてもらう必要があるかもしれんが……」


「それはそうだろうね。

 でもま、寮にするだけなら悪くないんじゃない?

 一旦、それ込みで相談してみれば」


「そうしてみるよ。

 東側に建てる予定の、貯氷庫や宿のこともあるからな。

 一緒に持ち掛けてみるとするか」



我ながら、妙案を思いついたと思う。



となると、まずはブランシュに連絡すべきだろう。


現在、家屋の建築を取り仕切っているのは彼女だ。



───と、そう考えていた矢先に、ちょうどよく部屋の扉が開いた。



その隙間から姿を現したのは、件の赤い甲冑だった。



「トーヤ殿、ここにいたか」


「ああ、お疲れ。

 たった今、ブランシュを探しにいこうとしてたところでさ。ちょうどよかった」


「私をか?

 どういう用件───」



がしゃりがしゃりという鎧の音を止め、そう言いかけたブランシュは、居合わせた客人の姿を見て言葉を止めた。



「……!」



そのままブランシュは、口をつぐむ。


どうやらマリーの登場は、彼女にとって意外なものだったらしい。



「あーそうか、二人は会うのが初めて……だったか?

 なら、お互いに紹介だけしとくか。

 つっても、二人ともフレイミアの人間だからな。

 クロキアの土地で自己紹介ってのも変な感じがするが……」



そう言いながらマリーの方を見ると、彼女は明らかに動揺していた。



「っと……マリー?」



「……どうして……」



その問いかけは、ブランシュに向けたものだった。



マリーは信じられないものを見たような顔のまま、乾いた声を絞り出す。



「……ブランシュ。

 今、たしかにそう言ったわよね」



「……」




マリーの問いかけに、ブランシュは沈黙で答える。




「おね───」



「私は」




今度は、遮るように一言。




「私は。

 あなたの探している『ブランシュ』ではない。

 ……そうでしょう、クレムラン卿」



「……っ!!」




その声に、マリーは次の言葉を失う。




「……そう。

 そう、よね……」




それを最後に俯いてしまったマリーの代わりに、ブランシュがこちらに視線を向けた。




「……すまないな、トーヤ殿。

 話の腰を折ってしまったのなら、出直すが」


「いや……話は、ブランシュがいないと進まないことだったんだが……」



話を進めたいのは山々だが、俺は目の前で起きたコトを把握できていなかった。



(……二人は、元々知り合いだったってことか?)



───いや。


素人目に見ても、それ以上の事があったのだろうということはわかる。


しかし、肩を震わせるマリーを前に、俺はどう声をかけていいのかわからなかった。


逆にブランシュは俺の言葉を待っているようで、身じろぎ一つしない。



とてもではないが、仕事の話を続けられる雰囲気などではなかった。



(なんだよ、この空気は……)



そして、その沈黙を破ったのはマリー自身だった。




「……ごめん、トーヤくん。

 私、もう出るね」


「あ、ああ……」


「また、再来週くるから。

 じゃあね。

 ……赤い鎧の、軍人さんも」


「……ええ」



そのまま、マリーはこちらに一瞥もくれず部屋を出て行った。



「……さて、私に用があるのだったか」



がちゃりと甲冑を鳴らし、手近な椅子に腰かけるブランシュ。



「知り合い、だったのか?」


「相手はあの、クレムラン卿だ。

 フレイミアで、彼女を知らない人間はいないだろう」


「そういう意味で言ってるんじゃなくてだな……。

 わかるだろ、マリーはさっきブランシュのことを───」


「人違いだ」



ブランシュはそう言って、俺の言葉をバッサリと斬り捨てた。



「さきほども言った通りだ。

 大方(おおかた)、あちらが誰かと勘違いをしているのだろう。

 ……貴族ともなれば、関わる人間の数も多いだろうからな。

 私と同じような名の人間がいても、不思議ではあるまい」



これ以上は、()くな。


ブランシュの態度は、そう言っていた。



「そろそろ、本題に入ってもらってもいいだろうか」


「……ああ、わかった」



ここから先はきっと、俺が踏み込むべきことではないのだろう。



「えーっと、だな……村の北に、掘っ立て小屋があるだろ。

 建築の業者が使ってるやつなんだが───」



しかし俺の頭の中には、二人の言葉とマリーの表情がこびりついてしまっていた。


あの気丈なマリーを動揺させるほどの何かが、そこにはある。



そして俺は、それを避けて通ることなどできはしないのだろうと直感的に悟った。




この数奇な巡り合わせは、俺自身が手繰り寄せてしまったものなのだから。



7/31まで、昼12時と夕18時の、1日2話ずつ投稿予定です。

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