第28話「夜と、生命」
週末の休養を終え英気を養った俺は、ブランシュとの特訓に励んでいた。
「ふっ……!」
「いい一撃だが……まだ脇が甘いぞ!」
「チッ!」
俺の一閃を弾いたブランシュが、間髪入れずこちらの隙を捉える。
無理な姿勢で受け止めた俺はバランスを崩し、攻守の立場が逆転してしまう。
「どうした?
受け流すだけでは上達しないと言ったはずだが……!!」
まるで暴風のような、ブランシュの剣戟。
その一撃一撃の全てが、とんでもない重さを伴っていた。
まともに受け続けていれば、先にこちらの体力が尽きるのは目に見えている。
故に、こちらも僅かな隙を見つけ出して反撃に転じるしかなかった。
「くっ……そこだ!!」
「想定済みだ!」
互いの振りかざした武器が、衝突し───。
バキン!
僅かな火花が弾け、俺たちのエモノが限界を迎えた。
「ふぅ……最近、こればっかりだな」
折れたそれを放り投げ、地面に座り込む。
「ああ。
互いに威力がありすぎるのかもしれんが……打ち合いに慣れてきた証拠とも言えるな」
「かといって手加減するわけにもいかねぇしな……」
俺たちが今使っているのは、取り回しの良い鉄の棒。
アデレニエたちの家を建てるために来ている建材屋から、家屋の軸となる丸棒を仕入れているのだ。
無論、この特訓のためだけに。
「この棒も、タダではないからな。
毎日二本ずつ折ってしまっては話にならん」
「だよなぁ。
……どうする?」
「そうだな……。
武器が なのであれば、魔法の特訓にするか」
「魔法、か。
つっても、俺はブランシュみたいな炎熱系の魔法は使えないぜ?」
「それは私も同じだ。
トーヤ殿の氷雪系魔法を鍛えられるほど魔法に詳しくもなければ、私自身がクロキアの魔法を使えるわけでもない」
「ふむ」
「が、魔法を使った戦い方の指導ぐらいはできるだろう」
「なるほど?」
たしかに、今までの打ち合いは魔法禁止で行っていた。
純粋な白兵戦の勘を鍛える目的だったのだが、実戦では魔法が使えることを忘れてはいけないのも事実だ。
「以前から聞こうと思っていたのだが……トーヤ殿は前回の山賊狩りの際、奇妙な魔法を使っていたな」
「ああ、そうだな。
それについても、そろそろ説明しとかないとだな」
「やはり、単純な氷雪系魔法とは違うのか」
「その通りだ。
言っちまえば、これもあまり口外しない方がいいんだろうが……ブランシュも、俺に魔術兵装とやらを見せてくれたしな」
言いながら、『鈍化』を展開する。
範囲は、俺の両手の届くところぐらいまでだ。
「ほう……これは。
妙な感覚だ」
「わかるか?」
ブランシュは少し離れているため、鈍化の範囲には入っていない。
だが、やはりというべきか。
影響下にいない人間にも、魔法を使ったということは感知できるらしい。
「んじゃブランシュ、試しに石でも投げてくれ。
俺の横をかすめるぐらいで」
「ふむ……?」
ブランシュが、地面にあった手頃な石を投擲した。
その石は、鈍化の影響下に入った瞬間に速度を奪われ。
そして俺の背中を抜けたあたりで本来の速度を取り戻し、また地面に落下した。
「なるほど、そういうことか……。
にわかには信じられないが……」
「面白いだろ?
時魔法の一つの使い方なんだが……俺はこれを、『鈍化』って呼んでる」
「時魔法……か」
「ああ。
今使ったのは、周りのモノを遅くする力だ。
理外魔法って言って、クロキアの古代の王族なんかが使えてたらしいが……」
「これは、人間にも効果があるのか?」
「そうみたいだ。
時魔法の素養がある人間を除いて、だけどな」
「ふむ……」
俺の言葉を受け、ブランシュが顎に手を当てる。
「……恐ろしい力だな、それは」
「俺も、正直そう思うよ」
「先ほどの石を見る限りでは、物体の速度が半分ほどになるのだろう?
使いどころさえ見誤らなければ、どんな相手にも白兵戦で負けることは無いだろう。
私を含めて、な」
「まぁ、範囲も狭いしあんまり長くは展開できないけどな。
それに俺自身が油断すれば、前みたいに後ろを取られることもある」
「なるほど。
それもあり、私に稽古を頼んだということか。
戦士になるための」
「そうだ。
おかげで、少しは気が引き締まったと思うよ」
「気だけではないさ。
今のトーヤ殿なら、再び不覚をとることは無いだろう」
「ならいいんだが……どうにも、な」
「私と対等に打ち合えているだけで十分だ。
むしろ、今のトーヤ殿には白兵戦よりも魔法の鍛錬の方が必要に見える」
「魔法の、か」
「ああ。
その時魔法とやらも、まだ完全に使えているわけではないのだろう?」
「まぁ……多分だが」
「ならば、明日からは魔法の鍛錬も加えるとしよう。
肉体的な部分よりも、よほど伸びしろがありそうだ」
「んじゃ、そうするか」
「それと、そろそろ賊狩りも再開するぞ」
「ん、もうか」
「ああ。
前の拠点を潰してから、一週間ほどになる。
賊共も、じきにここが危険だということに気付くだろう。
奴らがクロキアから逃げ去る前に、こちらから打って出なくてはな」
「了解だ」
────
───
──
─
翌日。
日が落ち切った頃に、再び村を抜け出す。
ブランシュと行う、二度目の山賊狩りだ。
今日は場所が場所ということもあり、早めに役場を出た。
最近は日が落ちるのも早くなってきたため、鍛錬も短めに抑えているのだ。
(こっちの世界でも、日没とか季節の周期はあるんだよな……。
ってことは、天文学とかもある程度は同じモンが通用すんのか……?)
などと栓の無いことを考えていると、ブランシュが現れた。
「さて、出るか」
「おう。
今日は、ちょいと遠いんだったか」
「遠いと言うほどではないがな。
山中故に、時間に余裕を持っておきたいのだ」
そう言ったブランシュは、片手で抱えられる程度の大きさの鞄を背負ってる。
いざという時のための装備だろうか。
「なるほど。
万が一の時は、頼らせてもらうぜ。
俺には、山中行軍の知識はないからな」
「任せておけ。
たとえどんなことが起きても、トーヤ殿だけは生きて帰してみせよう」
────
──
「ここだ」
俺たちの目の前には、巨大な洞穴が口を開けていた。
二人が並んで歩いたとしても、まだ余裕のある大きさの黒い穴。
今回の山賊は、ここを根城にしているらしい。
「へえ。
洞穴なら、逃がさずに済むな」
「入り口が一つであれば、の話だがな」
「……そうか、向こう側に抜けてる可能性もあるか」
「可能性としては低いが、考えておくべきだろう」
「なんにせよ、見かけた奴らは全部殲滅すべきってことだな」
「ああ、そういうことだ。
トーヤ殿も、物事を単純に考えられるようになってきたな」
「褒められてんのかね、それは」
「当然だ。
余計なことを考えずに済む方が、能力を十全に発揮できるだろう?」
「その通りではあるが……」
「ふっ、トーヤ殿に似合わない褒め言葉であることはわかっているよ。
次までには、違う文句を考えておくとしよう。
……では、入るぞ」
「ああ」
小さいランタンの灯りだけを頼りに、暗闇の中を進む。
最初は警戒していたものの、中は思ったほど複雑な構造ではないようだ。
道の広狭はあれど、分かれ道といった分かれ道もない。
しばらく進むと、やがて広い空間に出た。
この朱光石の大きさでは、空間の全てを照らすことはできないようだった。
「……ここか?」
「だろうな」
山賊たちが寝床にしているとするならば、ここしかない。
「さて……来るぜ、ブランシュ」
「初撃は任せるぞ」
「ああ」
合図とともに、懐の剣を抜き。
───俺は、自らの背後を薙ぎ払った。
「ぐっ……!?」
二人の男が、短い悲鳴と共にその場に倒れる。
「ブランシュ、後ろはこれだけだ!」
「よくやった……!」
言いながら、ブランシュは懐から大きめの朱光石を取り出し。
それを、両手で粉砕した。
「さあ、隠れても無駄だぞ」
粉々になった朱光石は、それぞれが眩く光り輝いている。
ブランシュがそれを目の前の空間いっぱいにばらまくと、ようやく複数の人影が視界に現れた。
「やってくれたな、てめぇ……!」
以前の山賊たちと、同じような恰好をしている。
どうにも、わかりやすい連中だ。
「十……と少しか」
「俺がやる。
ブランシュは入り口を見ててくれ」
「任せていいのだな?」
「ああ。
少しぐらい、修行の成果をみせてやるさ……!」
俺が前に踏み込むのを確認し、ブランシュは俺たちが入ってきた道に向かった。
(さぁ、いくぜ……!!)
『鈍化』を展開し、敵陣の中央に突っ込む。
「がは……っ!?」
一人目の腹を、剣で切り裂き。
「あ、ぐぁっ……!」
二人目は首。
「うが……あ」
そして三人目は、心臓を。
一振りごとに確実に急所を捉え、これで三人。
血も、殺しも。
まだ慣れない。
だがもう、守ると決めたのだ。
───守るべきもののために戦うのであれば、まず自分の命を守れ。
───常に自分が死ぬ可能性を考え、自分が死ねば守るべきものも同時に失うと思え。
ブランシュの言葉を思い出し、目の前の敵の命を確実に奪っていく。
今は、殺した相手の目をしっかりと見ることが出来た。
(よし、まだバレてない……!)
そして、この暗闇の中だ。
山賊たちは、時魔法の影響に気付いていないらしい。
「なら、ちょっと付き合ってもらうぜ……!」
次にエモノを振り下ろしてきた男の首を、掴む。
「ぐ、ぇ……!?」
俺の手の中で喉が収縮し、野太い声を出す。
鈍化した人間の声は、ともすれば可笑しくも聞こえた。
そして俺は、そのまま腕に力を込め。
男の身体から、『全ての熱を奪った』。
「……」
その身体はやがて弛緩し、俺の手の中でだらりと垂れ下がる。
(……やっぱり、か)
結果は、予想通り。
男は、一瞬にして全ての生命活動を停止した。
手の先からはもう、生物特有のマナの動きも感じられない。
───『停止』の魔法は、有機物相手にも通用する。
無論、ひとたび停止した心臓が再び動き出すことはない。
ある種、斬殺よりも惨い殺し方かもしれないが……これも、時魔法の使い方の内だろう。
(何よりこれなら、血を見ずに済むしな……!)
「うらあ!
どこ見てんだテメ……ェ……」
振り向き際に、武器を構えた腕を掴んでやる。
時魔法を行使してやると、細身の男も瞬く間に動きを止めた。
彼自身、死んだという事実もわからないままに終わっただろう。
五。
六。
七。
八。
───気付けば、俺の足元には十体以上の死体が転がっていた。
「終わったか?」
「ああ。
これで全部……のはずだ」
「そのようだな」
血を浴びて赤黒い光を放つ朱光石の欠片を踏みながら、ブランシュが戻ってきた。
「では奴らの生死と、抜け道がないかの確認だ。
まだ気を抜くな」
「ふぅ……了解だ」
二手に分かれ、壁伝いにぐるりと空間を一周する。
やはりここはドーム状の空間となっているようで、そこそこの広さがあった。
地面も平坦で、熱も逃げにくい。
暗いことを除けば、根城にするにはうってつけの場所だ。
だからこそ、山賊たちが選んだのだろうが。
「……見事だな。
全員、一撃で仕留められている。
以前の戦闘痕とは、まるで別人のようだ」
「そうか。
ブランシュがそう言うなら、安心だな」
「ふむ……私の目は、間違いではなかったな。
やはりトーヤ殿の戦士としての素養は、目覚ましいものがある」
「お褒めに預かり、光栄だ」
「その戦闘力と魔法があれば、職業軍人になることも可能だろう。
場合によっては、単独での魔獣狩りなども視野に入れられるほどだ。
……欲を言えば、フレイミア軍に欲しい人材だな」
「ベタ褒めのところ悪いが、俺は軍人にも戦闘狂にもなるつもりはないぜ。
戦いなんて、必要なときだけで十分だ」
「そうか。
少しもったいないが……それもトーヤ殿の選択なのだろう」
「まぁ、フレイミアが戦いで困ってるってんならいつでも呼んでくれ。
ブランシュにもフレイミアにも、恩はあるからさ」
「覚えておこう」
その後、二人で山賊の荷物などを調べたが、特に目立つものは無かった。
当然、『ダンナ』の痕跡も無し。
それならそれで、と言うことで俺たちは洞穴の外に出た。
「さて。
ここが再び他の山賊に拠点にされないよう、封鎖だけしておくか」
「封鎖?」
「ああ。
離れておけ」
ブランシュが入り口の天井に手をあて、魔法を行使する。
ドゴン! という激しい音と共に、土煙があがった。
視界が開けた後、洞窟の入り口は大小の岩石によって塞がれていた。
「こんなものでいいだろう」
「おー、すげえなこりゃ。
爆発の魔法ならではか」
「逆に、こういった時にしか使えんがな。
もう少し威力の調整などが上手ければ話は別なのだろうが」
「いいじゃねえか。
俺の魔法じゃ、こんなことはできないぜ」
「それについては、適材適所というものだな」
「だな。
だからこそ、次からも協力していこうぜブランシュ。
まだ、山賊狩りは全部終わったわけじゃないんだろ?」
「ああ、そうだ。
折を見て、これからも潰していくぞ」
「んじゃ、改めてよろしく頼むぜ。
両国のために、さ」
「うむ」
そうして、戦いを終えた俺たちは何事もなく無事に山を下りたのだった。
7/31まで、昼12時と夕18時の、1日2話ずつ投稿予定です。




