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永久凍姫と時忘れの王国  作者: とらうつぼ
第1章『フレイミア』
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第26話「岩と、決意」


それからというもの、俺は多忙を極めるスケジュールを組まざるを得なくなっていた。



午前はアデレニエとの打ち合わせ、コルヴィへの雑務の引継ぎ。


そして午後は入荷元との連絡をし、マリーとのやり取りや調整。



それらをこなしながら、王都でかけている製氷場の人員募集のチェックと建築業者へのアプローチ。


それが終われば、ブランシュとの戦闘訓練だ。



もちろん、その頃にはすでに日が沈みかけているのだが。



「お疲れ、ブランシュ」


「トーヤ殿か」



見晴らしのいい東の街道で、鍛錬をしているブランシュと合流する。


鎧を背中に乗せたまま片手で腕立て伏せをするとは、なんとも器用なものだ。



「これだけ仕事をしてから稽古、ってのもどうかと思ったが……ブランシュを見てたら、疲れたとか言ってられなくなってきたぜ」


「王都では私も、書類仕事ばかりだったがな……。

 それでも、鍛錬を欠かしたことはないぞ。

 身体は、動かさなければその分だけ衰えていくからな」


「ああ。

 できる限り、見習うことにするよ」



そういう意味では、この稽古は俺にとって間違いなくいい刺激になるだろう。


(なま)った体を叩きなおすには、ちょうどいい機会だ。



「さて……まずは、肩慣らしに模擬戦からと行くか」


「お、早速か」


「以前は、トーヤ殿の戦いをじっくりと見ている暇は無かったのでな。

 ひとまず、直接実力を測りたいと思う」


「了解だ。

 素手でか?

 それとも武器を使ってにするか?」


「ふむ……であれば、できる限り実戦に近い方がいいだろう」


「なら、エモノを握ろう。

 ……鞘でも使うか?」


「悪くない案だ」



お互いに鞘を剣から外し、軽く握りこむ。


どちらも金属製のため、打ち合うにはちょうどいいだろう。



「ふむ。

 これなら、一撃が入ったとしても死ぬことはないな」


「まぁ、怪我ぐらいは覚悟しねぇとかもだが」



そう言って、俺たちは歩きやすい砂地に移動する。


そしてお互い、ある程度離れた場所に剣を突き立てた。



おおよそではあるが、互いの剣から剣までの間が戦闘範囲ということだ。



「ふっ……」



準備運動をしながら、何度か鞘を振る。



「長さに差があるが、大丈夫か?

 武器を変えてもいいのだぞ」


「いや、これでいいよ。

 ……氷で武器でも作れれば良かったんだけどな。

 俺の魔法じゃ、何も無いところから氷を作り出すことはできないからさ」


「ふむ。

 すると、トーヤ殿の魔法は凍結の類ということか」


「そんな感じだ。

 まぁ、どちらにせよ今回は魔法はナシだからな。

 実物でいい」


「うむ。

 純粋な肉体だけで勝負といこう」



(フルプレートを重し代わりに使ってた人間と、肉体勝負ね……)



試したことは無いが、今の俺の出力ならばそれに近いことはできるのだろう。


が、それを何百という回数。そして毎日の鍛錬でやれる気はしなかった。



「よっし、身体も温まってきたぜ」


「こちらはいつでも良いぞ。

 ……脳天を割る気で来い」



ブランシュは片手で鞘を正面に構え、ピタリとその切っ先を止める。



「んじゃ……遠慮なくいくぜ」


「ああ」



飛び込む前に、再び神経を集中させる。


自分とブランシュが握っているエモノが真剣であると仮定し、もう一度強く握りんだ。



相手は、フレイミアで最強の戦士だ。


時魔法に頼ることもできないが、自分の実力を試す良いチャンスだろう。




(初撃で仕留める気で、いくぜ……!)




全力で地面を蹴り、距離を詰める。




二歩。




それで十メートルほどの距離をゼロにし、ブランシュの真横を取る。


ブランシュは俺の速度に驚いており、一瞬ではあるが反応が遅れていた。



(これならっ!)



首を狙って、一撃。



───金属音と共に、火花が弾けた。



取ったと思った一振りは、あっけなく鞘の根本で防がれていた。



(あっちも速い……!?)



「ふっ……!」



受け止めたブランシュは即座に姿勢を落とし、足払いをかけてきた。


それに対し俺は、()えて足の力を抜いて打撃を受ける。



身体が宙に浮く感覚。



落下の勢いを利用して、背中側に受け身。



ブランシュを視界から失わないようにしつつ、即座に構えなおす。


下手に耐えようとしてバランスを崩すよりは、安全だろう。



「ほう……面白いことをする」


「足、痛ってぇ……!

 やっぱ、とんでもねぇパワーだなおい……!!」


「そちらも、十分に威力のある一撃だったぞ。

 これなら……全力を出しても良さそうだな?」



言った瞬間、容赦のない一振りが頭上から振り下ろされる。



接近する音すら聞こえなかったそれを、俺はすんでのところで回避した。



……が。振り下ろされた鞘の先端は、いとも簡単に地面を砕いていた。



(おいおい、嘘だろ……!?)



そしてその反動など無かったかのように、ブランシュは片手で斬り上げ、袈裟斬りと剣戟を繰り出す。


それに対応し、こちらも角度をつけながら鞘で受け流す。



(ぐっ……!?)



それでも、ブランシュの連撃は止まない。


鞘が打ち付けられる金属音が止む前には、すでに次の一撃が繰り出されている。



片手での連撃だというのに、一発一発がありえないほどに重い。


こちらも正面から受けているわけではないにも拘わらず、十発受けたあたりで手が痺れてくる。



さらに言えば、その軌道はどれも正確に急所を狙って来ているようで。


こちらに来たときの身体能力の向上がなければ、とてもではないが受け止めきれたものではなかった。



(隙が、無ぇ……!!)



嵐のような剣閃に、いつの間にか防戦一方となってしまう。


すでにこちらも筋力に任せて打ち返すしかなくなっているのだが……それにより、徐々に後ろに後退させられていく。



あちらのエモノの長さを考えると、本来はこちらと同じ速度で振り回せるはずが無いのだ。


にも拘わらず、ブランシュはまるで自分の腕かのように鞘を振るっている。



(それなら……!!)



響いた金属音の数が、百を越えようとしていた頃。


敢えて、受け流し方を変えてみせた。



手首を突き出すようにして剣閃を受け、ブランシュのエモノを後ろに逸らす。


それにより切っ先が外れた瞬間を狙い、俺は即座に間合いの内側に入り込む。



「なるほど……!」



距離を詰め切ってしまえば、小回りの利くこちらの武器の方が有利だろう。


それを即座に察知したのか、距離を離すために大振りの横()ぎが飛んでくる。



「それ、だよっ!!」



今度は受け流すのではなく、その長物めがけて俺の鞘を打ち下ろした。


予想外の角度からの一撃を受け、ブランシュの切っ先が地面に接触する。



(武器さえ奪っちまえば……!!)



そして、ブランシュの手から俺の足元にかけて伸びるエモノを、思い切り踏みつけた。



「……!!」



意図に気付いたブランシュは、咄嗟に鞘を手放す。



「……ふっ」



しかし、ブランシュは笑っていた。



そして、それと同時に。



俺が踏みつけた自らのエモノに対し、蹴りを繰り出したのだ。



「なんっ……!?」



とんでもない力で蹴られたそれは、かかっていた俺の体重をはねのけ、視界の外へ飛び去った。


奪われるぐらいなら、ということだろうか。



これが、経験の差。



(マジかよ……!!)



そしてすでにブランシュは、その上げた足を振り下ろそうとしていた。



俺はそれに気付き、咄嗟に距離を取る。



が、それも紙一重。



一瞬前まで俺がいた場所には、すでにブランシュの踵落としが着弾していた。



「くっ……!!」



爆発でも起きたのかと思うほどの砂埃が、轟音と共に舞い上がる。


ブランシュの姿はそれに隠れて見えなくなったが……とにかく、あちらのエモノは場外へ飛んで行ったのだ。



あとは距離さえ作ってしまえば、こちらのものだろう。




そう思った、刹那。






───爆音が、空気を震わせた。







砂埃の中を爆心地としたそれに反応し、俺は即座に防御の姿勢を取る。




が、遅かった。




鞘を、構え切る前に。



俺の眼前数センチには、すでにブランシュの顔があった。



「……」


「……」



お互いに、動きが止まる。


遅れて、ブランシュの赤い髪が俺たちの間で揺れた。



「……ふむ」



ブランシュの本気の眼に捉えられ動けずにいると、先にあちらが構えを解いた。



「……やれやれ。

 熱くなりすぎたか」



その一言に、こちらもやっと身体の緊張が解ける。


そして、後に続いた言葉は意外なものだった。



「私の負けだ、トーヤ殿」


「……は?」


「勝負は終わりだ。

 そちらの勝ちだよ」


「……いや、勝った気なんて全くしないんだが。

 てか最後、何したんだ……?」



それを聞いて、ブランシュは静かに笑った。



「ふ……。

 魔法を使ったのだよ」


「魔法を……?」


「ああ。

 ルール違反をした私の負け、ということだ。

 だが……いい試合だったぞ」



そう言ってブランシュは背中を向け、自ら蹴り飛ばした鞘を取りに向かってしまった。






────

──






思いの外あっさりと勝負がついてしまい、拍子抜けだ。


ブランシュが鞘を握りながら戻ってくる頃には、こちらの息も整っていた。



「で……結局、何をしたんだ?

 いきなり負けって言われても、さっぱりだぜ」


「少し説明をさせてもらうか」


「ああ、頼むよ」



互いの鞘に本来の役目を返してやった後、俺たちは地面に座り込む。



「さきほどの試合の、最後。

 私の方から距離を詰めただろう」


「ああ、それも一瞬でな」


「その理由が、これだ」



ブランシュは、金属製のブーツを脱いで持ち上げてみせた。



「ブーツ?

 いつも鎧と一緒に履いてるやつだよな」


「そうだ。

 ただ、このブーツにはちょっとしたカラクリが入っていてな。

 その仕掛けの中に爆発の魔法を行使してやると……前方に対し、とてつもない加速を生むのだ」


「なるほど……?

 それで、一瞬にしてあの速度が出たってわけか」


「うむ。

 無論、使いこなすのは簡単ではないが……どちらにせよ、魔法を行使したことに変わりはないのでな。

 試合はそこで終わりだ」


「そういうことか……」



やっと、ブランシュの言っていたことの意味がわかった。


砂埃から一瞬にして現れたブランシュの加速は、魔法が起因したものだったということだ。



「にしても……便利そうだなそれ。

 他にもあるのか?

 そういう……なんつーんだ? 武器? ってのは」


「魔術兵装、だな。あるぞ。

 人を選ぶが……こちらの軍の中だけでも、対大型魔獣用のモノがいくつか存在する」


「へえ……。

 それが大きくなると、魔術兵器ってのになるのか?」


「その認識でいいだろう」


「なるほど。

 具体的にどんなのがあるんだ?」


「……興味があるのか?」


「ああ、滅茶苦茶ある」



矢継ぎ早に質問する俺に苦笑しながら、ブランシュは答える。



「大型のものは、軍の機密になるため教えられないが……せっかくだ。

 私の持っているもう一つの隠し玉を見せておくか」


「お、ぜひ見せてくれ」



俺の期待の眼差しを受けたブランシュはまた呆れたように笑い、ゆっくりと立ち上がる。


そして周りを見回し、街道に転がっていた岩に目をつけた。



「あれにするか」



高さは、一メートルほどだろうか。


ちょうどブランシュのへそあたりまである、灰色の岩。



「あまり近付くな。

 念のためな」


「ん、おう」



興味本位で近寄る俺を制止し、ブランシュは岩に手を当てた。


正確には、手甲の掌部分を。だ。



「……行くぞ」



足を肩幅ほどに開き、左手で右の手首を掴む。




ブランシュのマナの高まりを感じた、その瞬間。




───ドゴォッ!!!!!!!




鼓膜が破裂するかという、轟音。



「いっ……!!」



あまりの衝撃に耳を塞ぐが、遅かった。



何が起きたのかはわからなかったが、その音がただ『破壊』を目的としたものということはわかった。



耳鳴りが消えないままに、ブランシュの方にもう一度目をやる。




すると。



そこには、真っ二つに割れた岩があった。




「割った、のか……?

 あのデカい岩を……」


「その通りだ。

 『これ』でな」



振り向いたブランシュが、右手首を指差す。


ブランシュの装着していた手甲、その根元から二十センチほどの長さの杭が露出していた。



さきほどまでは存在しなかったそれをブランシュが横から叩くと、鉄の杭がそのまま地面に落下した。



「仕組みとしては、さきほどのカラクリと似ているな。

 爆発魔法の出力を使い、鉄の杭を射出するだけのモノだ。

 しかし見てもらった通り、破壊力だけは十分でな。

 拳の届く射程にさえ入ってしまえば、岩や甲冑ぐらいは簡単に貫ける威力を持っている。

 が……一発撃つと再装填しなければならないのが欠点だな」



そう言って、手甲の外側にはめ込んでいた杭を一本外し、最初の杭があった場所に装填した。


最後に蓋のようなものをスライドさせると、その装填口も見えなくなり、いつもの手甲と変わらない形に戻った。



「……奥の手、ってやつか……」


「その通りだ。

 一度使えば、杭を抜いてやらんと剣を持つこともままならん。

 が、戦闘中にそんなことをしている暇は無い。

 使うのであれば……必要に迫られ、かつ確実に仕留められるという瞬間だけだ」


「なるほど……。

 ブランシュの剣の威力を見る限り、使う機会は多くなさそうだな」


「ああ。

 私も、これを起動したのは久々だ」


「いや、でもいいモノを見せてもらったよ」


「そうか。

 ご期待に添えたようで何よりだ」




一度限りの、必殺兵器。


それは、なんとも男心をくすぐる一品だった。




「なんにせよ、私はこの兵装を。

 魔法を使ってしまったということだ」


「ああ、そういう話だったなそういえば。

 ……だとしても、使わないと勝てないって場面じゃなかったよな?」


「ふむ、その通りではあるが……」


「じゃあ、どうして」


「ふ……。

 それだけ、私も白熱させられたということだよ。

 久々に全力が出せて、楽しかったのだ。

 奥の手が出てしまう程度にはな」


「そりゃなんつーか……まぁ、光栄ではあるが」


「そのうちもう一度、再試合をしたいものだな。

 その時は、もう少しまともなエモノで。な」


「……考えとくよ」


「ふっ……」



戦闘中の笑顔には若干の狂気を感じたが……今のブランシュの笑顔は清々しいものだ。


きっと、本気で俺との打ち合いを楽しんでいたのだろう。



「さて……本題はこれからなのだが」


「ん、おう」


「まずは先ほどの打ち合いについて詳しくだ。

 いくつか、戦士としての指南をしていこう」


「ああ、そうだった。

 頼むぜ」



姿勢を整えると、夕暮れの涼しい風が通り抜けた。


それらは俺たちの汗を乾かすように、静かに髪を揺らす。



「まずわかったことは、トーヤ殿の身体能力自体は決して私に劣っていない。ということだ」


「いや……それは誤解だぜブランシュ。

 俺はブランシュの一撃を、正面から受け止めることはできなかった。

 あの連撃を避ける余裕もなけりゃ、力で押し返すなんて、到底無理だったよ」


「それも、立派な戦い方の一つだ。

 威力に関しては、エモノの重さの違いもあるだろう」


「うーん……だとしてもだ。

 あのまま持久戦に持ち込まれたら、いつか体力の差で負けるのは見えてたぜ」


「だからこそ、こちらの武器を狙ったのだろう?」


「そうなんだが、そりゃ小手先の手段ってやつだ。

 少なくとも純粋な力と速度じゃ、ブランシュには敵いっこないぜ。

 俺は今の打ち合いで、そう感じた」


「ふむ。

 なら、そういうことにしておくか。

 だとしても、戦闘の能力自体は高いと感じたぞ。

 正攻法も、搦め手も。どちらにも対応できるようだ。

 その点については、手放しに評価ができるだろう」


「そりゃまぁ、どうも」


「しかし、明確な問題点がひとつある。

 それは脇が甘いこと───つまり攻撃の一振り一振りに、隙が多いということだな」


「隙、か。

 たしかにブランシュの動きには、全然隙が無かったように見えたな」


「そう感じているのであれば、すぐに改善ができるだろう。

 そもそも白兵戦においては、攻めるという行為だけなら行うのは容易いのだ。

 相手の反撃を顧みず、当たれば必殺となる一撃を繰り出す。

 仕留めてしまえば、それで終わりだからな。それもまた手段の一つではあるのだが」


「ふむ」


「しかし、それではいつか命を落とすだろう。

 中には自分の命を(かえり)みない者もいれば、致命傷が避けられないと判断した瞬間に捨て身の攻撃を選ぶ者もいる。

 特に、手練(てだ)れであるほどその傾向がある。

 戦いに慣れている者ほど、タダでは死なん」


「道連れにされる、ってことか」


「ああ。

 そしてそのような選択は……私たちのような、一対多数に身を置く者ほど意識せねばならんのだよ。

 故に、私は攻め手に穴を作らない。

 さきほどの打ち合いでも、トーヤ殿の心臓を狙うだけなら何度か機会はあった。

 だが捨て身の反撃の可能性を考えれば、それができなかった」



なるほど。


俺の攻め方は、ブランシュから見れば隙だらけだったということだ。


最初に足払いを受けるしかなかったのも、そのせいと言えるだろう。



「つまるところ、今のトーヤ殿にはその考えがないのだよ。

 自らの身を最優先にした上で、最も鋭い攻め手を選ぶという考えがな」


「まぁ、そうだな」


「そして、その理由だが……。

 トーヤ殿は、心のどこかで『自分は死なない』という自信を持っているのではないか?」


「……それは」



ブランシュの、言う通りだった。



俺はこちらに来てから身体能力が飛躍的に上昇し、強力な理外魔法も手に入れた。


心のどこかでそれに甘え、自分が魔法も使えない山賊相手に負けるわけがないと思っていた部分はある。



以前の賊狩りの際。


最後に不覚を取ったのも、その油断によるもので間違いないだろう。



「トーヤ殿が殺しを迷うのも、そのせいだと私は考えている。

 ……言い換えれば、今のトーヤ殿には、余裕があるのだよ。

 なまじ強すぎる力を持っているせいでな。

 だから、相手を殺すべきか否かなどという余計な考えが生まれる。


 やらねば、やられるのだ。


 守るべきもののために戦うのであれば、まず自分の命を守れ。

 常に自分が死ぬ可能性を考え、自分が死ねば守るべきものも同時に失うと思え。


 そうすれば、迷うこともない」




その言葉は、重いものだった。


ブランシュの中にある覚悟や、その身に背負っているもの。


それら全てが、彼女の言葉に乗っていたように思う。



(守るべきもの、か……)



「……ブランシュにも、守るべきものってがあるのか?」


「ああ。

 かけがえのないものがな。

 私は、そのために軍人をやっている」


「そう、か……」



やはり、ブランシュには軍人を目指すだけの特別な理由があるのだ。



「トーヤ殿にもあるのだろう、命を賭してでも守りたいものが。

 だからこそ、私に稽古をつけて欲しいと言ったのではなかったか?」



俺の、守りたいもの。



そう考えた時。


頭の中に、ハッキリと思い浮かぶものは無かった。



敢えて言うなら、フリージアの村やクロキアで出会った人たちだろうか。


きっとそれらは、俺にとって大切なものなのだろう。



しかしブランシュが言うような覚悟や、命を()してまで守りたいと呼べるものが明確にあるとは言えなかった。





ただ。





失いたくないものなら、俺はこの世界で一つだけ見つけていた。






「……そうだな」


「なんだ、煮え切らない返事だな」


「ブランシュほど、俺は立派じゃないって思っただけだ。

 ただまぁ……死ねない理由なら、あるのかも。とはな」


「ふっ。

 玉虫色の返事だな。

 だが、それでこそトーヤ殿らしいのかもしれんな」


「なんか、すまんな」


「いや、いいさ。

 覚悟の方法など、人それぞれだからな。

 しかし、それについて考えている時のトーヤ殿の眼は、まさしく戦士のそれだ。

 私は、その眼ができる者が好きなのだよ」


「……そうか」


「ああ。

 では、今日はこのあたりにしておくか」


「わかった。

 ……今日は、よく眠れそうだ」


「しかし、今日はほぼ座学だったからな。

 明日は、もう少し鍛錬に力を入れるとしよう」


「お手柔らかに頼むぜ」


「考えておこう」





そして解散した俺は、村役場の部屋に戻り床につく。



ブランシュのおかげで、俺がこの硬いベッドで寝ることの意味が少しだけハッキリした気がしたのだった。




7/31まで、昼12時と夕18時の、1日2話ずつ投稿予定です。

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