第25話「血と、死」
「実はだな、トーヤ殿。
……村の東の街道で、馬車が山賊に襲われたという報告が上がっている」
「……なんだって……!?」
不意に、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。
「幸い、被害は無しで済んでいる。
襲われたのが、材木を運んでいる建材屋の者たちということもあってな。
荷馬車から出てきたのが炎熱の民と見ると、山賊どもはすぐに退散したようだ」
「おいおい……まずいぜ、そりゃ」
「ああ。
トーヤ殿は、そのうち交易の馬車を走らせるつもりなのだろう。
その前に、どうにかせねばと思ってな」
「いや……実は、もう動いてんだ。
ちょうど今日の朝、荷馬車がここを出発したところだ」
「……それは本当か?」
「ああ。
最悪のタイミングだぜ、これは……」
「そうか……」
今ごろ、マリーはフレイミアに着いている頃だろうか。
あのマリーの事なので、問題ないとは思うが……万が一のことが無いとは言えない。
「報告の内容としては、昨日襲われたとのことでな。
故に、トーヤ殿の言っている馬車とは関係がないはずだが……」
「それでも、昨日の今日でってことがあるかもしれないからな。
一応、今日の荷馬車……と、乗ってた人間が無事かを確認したい」
「承知した。
ならば東の関所まで、急ぎの馬を一本走らせるとしよう。
今朝の荷馬車が、国境の関所を無事に通ったかどうか。
ひとまずはそれを聞いてこさせればいいだろう」
「悪いが、頼めるか」
「ああ。
すぐにでも出発させよう」
「感謝するよ、ブランシュ」
「では、後でもう一度落ち合うとしよう。
山賊への対処についても、話さねばならんからな」
「わかった。
先に村役場で待ってるぜ」
「承知した」
────
──
村役場で飲み物を用意しながら待っていると、数分もせずにブランシュが戻ってきた。
「すまないな、トーヤ殿。
少し時間をもらうぞ」
「こっちこそ。
報告してくれて感謝するよ」
言いながら、ブランシュは脱いだ鎧を壁にかける。
「馬の報告が帰ってくるのは、しばらく後だ。
落ち着かないかもしれないが……今は山賊についての話を先にさせてもらおう」
「ああ、わかってる。
切り替えるよ」
「感謝する」
ブランシュは鎧を全て脱ぎ終わったようで、いつかの薄着のまま椅子に腰かけた。
「実は……山賊の正体は、ほぼ掴めていてな」
「そうなのか?」
「ああ。
少し言いづらいのだが……奴らは、フレイミアにいた連中だ」
「フレイミアの連中?
炎熱の民ってことか?」
「いや、それは違う。
奴らは炎熱系魔法を使えないからな。
……まぁ、それで言えば魔法自体を使えないのだが」
「魔法を使えない……っていうと」
「いわゆる、はぐれ者だろう。
元いた国を追い出され、魔法を失ったか。
それとも、自らの出自もわからない者たちか。
なんにせよ、そういったゴロツキどもの集まりということだ」
「なるほど……。
そもそも、そんな連中がどうしてフレイミアにいたんだ?」
「フレイミアだけではないさ。
居場所がない者たちというのは、どこにでも一定数存在する。
そういった連中は自然と群れ、山賊の真似事をして生活をすることになるのだよ」
「たしかに、そう言われればクロキアにもいた、か。
俺がこっちに来た日にも、襲われた記憶があるな」
「覚えがあるなら、話は早い。
次に、そんな連中がフレイミアからクロキアに渡った理由なのだが……」
「ああ」
「発端で言えば、数年前の話になるのだがな……。
フレイミアで一度、大規模な賊狩りを行ったのだ」
「賊狩り?」
「うむ。
その時は、王都を出入りする荷馬車に、無視できない被害が出ていてな。
その計画は私が主導したのだが……最終的に、二百ほどの人間を処分する結果となった」
「二百か……」
それが多いのか少ないのかは、俺にはわからない。
だがブランシュの言い方からするに、相当な量の血が流れたのだろう。
「結果的に、その計画は成功したと言っていいだろう。
それから被害報告はぱったりと消え、フレイミアを行き交う荷馬車の安全も確保された。
……だが同時に、少なくない数を逃がしてしまってな」
「んじゃあ……その逃げた連中が、こっちに。
ってことか?」
「ああ。
報告から察するに、それで間違いないだろう。
私も、どこかで息を潜めているだろうとは思っていたのだが……それがまさか、クロキアだったとはな」
「なるほど、そういうことか……」
「すまないな。
全て、我々フレイミア軍のせいだ」
「いや、ブランシュが謝る必要はないって。
そっちはそっちで、やれることをやっただけなんだろ?
それに元はと言えば、そんなことをする連中が悪いわけだしさ」
「そう言ってもらえるなら、少しは気も楽になるが」
「そうなんだって。
っていうか、今回はそれの対処についての話だろ。
具体的にどうするかは、もう決まってるのか?」
「ああ」
「聞かせてくれ」
「連中を見つけ出し、斬り伏せる。
それだけだ」
「……聞いておいてなんだが、随分と力技だな」
「単純な方法こそが、最も効果的なのだ。
昨日と今日で、このあたりの地理は調べさせてもらった。
まだ近場の調査しかできていないが……山や森、廃墟と言った、賊が拠点にできそうな場所にはすでに目星をつけてある」
「なんだ、そこまで準備してくれてるのか。
なら話は早いな」
「ああ。
拠点がいくつあるかはわからんが……一つずつ潰していくしかあるまい」
「もし複数あるとしたら……一朝一夕じゃ終わらない、か」
「その通りだ。
そして、この賊狩り計画だがな。
私とトーヤ殿、二人のみで実行したいと思っている」
「二人で?
……ああ、なるほど。
たしかにそうなる、か」
ブランシュの言った、賊狩り。
それは本来、クロキアの騎士団やフレイミアの軍が動くような案件だ。
だがブランシュは、山賊狩りをたった二人で行うと言った。
その真意は、一つ。
この件を公にしたくない。というものだろう。
多くの人間が動けば、その分だけ賊に勘付かれやすくなるものだ。
そして、規模が大きくなる影響はそれだけではない。
村やクレムラン商会にも、要らない不安を植え付けてしまう可能性がある。
この村の一帯は危険なのではないか。再び荷馬車が狙われるのではないか。
そのような噂が立てば、両国へ悪影響が出るのは明らかだ。
俺たちはそれらを避けつつ、賊を根絶する必要がある。
そのためにはブランシュの言った通り、少人数で各拠点を確実に潰していくしかないだろう。
しかし、相手が何人潜んでいるかもわからない賊の拠点に乗り込み、制圧できるだけの少数戦力。
通常であれば、そんな都合の良い人間がいるわけもないのだが……幸い、こちらにはそれができるだけの兵が揃っている。
フレイミアの最高戦力である、ブランシュ。
そして、理外魔法を操ることのできる俺だ。
少数戦において、これほど適した人選も他にないだろう。
「わかった。やろう」
「そうか。
フレイミアの問題に関わらせてしまい、申し訳ないな」
「いや。
さっきも言ったが、これはそっちだけが背負うべき問題じゃないだろ。
ブランシュが動くんなら、当然俺も動くべきだ」
「協力、感謝する」
「……とは言ったものの、だな。
賊を蹴散らすだけならブランシュ一人でも十分なんじゃないか?
関わりはするが……戦闘で俺が出る幕はあまり無さそうに思えるぜ?」
「勝てるかどうかで言えば、たしかに私一人で十分だろう。
だが、今回の目的はそこではない。一人残らず、確実に殲滅するということだ。
あの山賊どもを、二度も逃がすわけにはいかないからな。
となると、一人では限界があるだろう」
「なるほど。
一人も逃がさないって条件をつけりゃ、そうもなるのか」
「それに……少し気になることもある」
「気になること?」
「ああ。
杞憂であればそれでいいのだが」
「……『ダンナ』、か?」
「万に一つ、とは思うがな」
「なるほどね……。
それも含めて、今度こそ一人も逃がすつもりはないと」
「そういうことだ。
そもそも、奴らは手段を選ばんような連中だからな。
つまり、こちらも容赦をしなくていいということだ。
その点で言えば、生け捕りをするよりも楽だろう」
「……了解だ。
俺もそのつもりでいることにする。
で、いつから動く?」
「すでに一つ、賊がいることがほぼ確定している地点がある。
場所も、ここからかなり近い。
そちらについてはすぐにでも対処したいところだが」
「俺の方は、今日からでも大丈夫だぜ。
……さっき出した馬が、無事の報せを持ってきてくれたら。だがな」
「無論だ」
────
──
同日、深夜。
日付が変わるかという時間を狙い、俺たちは村を抜け出した。
集合場所は、村の北東。
フレイミアに向かう街道と、以前の騒ぎの時に黒ローブの連中が逃げ込んだ森とのちょうど中間だ。
さきほどまで仮眠を取っていた俺は、目をこすりながらブランシュに合流する。
「おはよう、ブランシュ」
「ああ」
「なんだ、今回は鎧じゃないのか?」
「重量がある上に、音も出てしまうからな。
万一逃げられた時に、こちらの所属が悟られてしまうのを避けたいというのもある」
「軽い服装の方が良いと思って、俺もローブを脱いできたが……正解だったみたいだな」
「うむ。
近接戦において、はためく類の布はリスクにしかならん。
体格の差によっては、服の端を掴まれるだけでも体勢を崩し得る故にな。
戦士であるならば、身体もそうだが……服装を絞ることも頭に入れておくといい」
そう言ったブランシュの服装は、手甲といつものスポーツウェア、そして大振りのロングソードのみだ。
以前と同じく、腹部は丸出しのようだが……賊程度には遅れを取らないという自信の表れだろう。
その反面、下半身はタイトなボトムスにベルトを重ねて巻いており、そこに最低限の装備を身体に密着させる形で携行している。
たしかに、これならば不意に掴みかかられる心配もないだろう。
「肝に銘じておくよ」
「是非そうしてくれ。
それでは、出発するぞ」
「おう」
────
──
小さめの朱光石が入ったランタンを掲げ、森林沿いを歩く。
「そういえば、ブランシュ。
建築の方は順調なのか?」
「……ああ。
予定よりも早く進んでいる」
「そりゃよかった」
「大工たちにも、大オヤジ殿の喝が入っているようでな。
あとひと月もあれば、二軒とも完成するだろう」
「お、そうか。
なら一つ頼みがあるんだけどさ。
こっちはこっちで、貯氷庫とか製氷小屋の建て直しをしたいと思ってるんだ。
そっち側の作業が終わったら、その業者に取り次いでもらうことはできるか?」
「可能ではある。
そこから先はフレイミアの補助は出ないと思うが」
「ああ、そのつもりだよ。クロキアからも出ないからな。
だが、一ヶ月以上先ならまとまった金も用意できる。
そっちにとっても、悪い話じゃないはずだ」
「ふむ。
そういうことであれば、話をしておこう」
「助かるよ」
さすがはブランシュやデファンスの選定した業者だ。
これなら、村の拡張に関する依頼先として間違いはないだろう。
(んじゃあとはマリーと相談して、出荷量を増やして……か)
山賊退治に、村の拡張。
やることは山積みだが、計画が軌道に乗り始めたのだ。
今のうちに、商売の基盤を堅いものにしておかなければならないだろう。
「……今のトーヤ殿は、以前のトーヤ殿とは別人のように見えるな」
歩きながら考え込む俺を見て、ブランシュが口を開いた。
「ん……そうか?」
「ああ。
まるで、本物の商人のようだ」
「あー……最近は商売のことばっか考えてたからな。
自分でも向いてるとは思ってないが……板についてきたってんなら、悪くない気分だな」
本物の商人と呼ばれ、少し気持ちが浮つく。
マリーのような手腕に少しでも近づくことができれば、と思ったからだ。
しかし、ブランシュから帰ってきたのは冷たい声だった。
「いや、トーヤ殿。
私は『不安だ』と言っているのだ」
「……何がだ?」
「村や国のために金を稼ぐのは、立派なことかもしれんがな。
だが、今は目の前のことに集中しろと言っている。
私は戦場で、商人に背中を預けるつもりはないぞ」
(そういうこと、か……)
「……悪かった」
「トーヤ殿は、騎士ではないのか?
少なくとも、私が初めに出会った時はもう少し鋭い眼をしていた気がしたのだがな」
ブランシュと、初めて出会った時。
たしかにあの頃は、人───正確には泥人形だが───に刃を突き立てたばかりということもあり、神経を尖らせていたのだろう。
それに比べたら、今の俺は生傷とは縁遠い生活をしている。
軍人であるブランシュからしてみれば、弛んで見えて当然だろう。
「……すまん、ブランシュの言う通りだ。
もう一度、気を引き締めるよ」
「わかれば良い。
期待しているぞ」
今から繰り広げられるであろう、殺し合いという現実から、無意識に目を背けようとしているのか。
それとも、俺とブランシュならば大丈夫だろうと高を括っていたのか。
あるいは、その両方か。
(……少なくとも、足を引っ張らないようにはしないと)
俺は、腰に提げた剣の柄を改めて握りしめた。
「さて、そろそろ見えてくるぞ」
少し考えを巡らせていると、街道から少しそれたあたりでブランシュが足を止めた。
「森の入り口のあたりに、廃屋が二軒あったはずだ。
そこは、人が住めるような状態ではないはずなのだが……近くに草むらを踏み抜いた跡があったのでな。
賊が潜んでいる可能性が高い」
「……あれのことか?」
やや距離はあるが、木々の中に朽ちかけた民家のようなものが見えた。
そこは、森と呼べるほど木々が生い茂ってはいないが、街道からはちょうど草木が陰になっていて見えづらい位置だった。
山賊たちが身を隠すには、もってこいの場所だろう。
「……間違いない。よく見えたな」
「こっちに来てから、思ったより夜目が効くみたいでな」
「良い事だ。
視認が出来たのなら、灯りは消すぞ。
居場所が悟られるとまずいのでな」
「ああ」
ランタンを箱にしまい、民家に近づく。
そして、形がはっきりとわかるほど接近したところで、あることに気付いた。
「……なんか、変な臭いがしないか?」
「この臭いは、獣除けの香だな」
「香……?」
「いくつかの野草を燻せば、簡単に作れるものだ。
我々も野営で作ることはあるが……よほど危険な場所でなければ、わざわざ作る必要もないだろう」
「つまり、それだけ用心深い誰かさんがここにいるってことで間違いない。と」
「そういうことだ」
「……アタリ、か」
民家は、隣り合わせで二つ。
どちらも壁の木が腐りかけており、雨風をしのぐのがやっとという見た目だ。
「あの中にいるんだよな。
人数は、掴んでるのか?」
「いや。
この建物の規模で言えば合計で十人程度だろうが……それ以上の可能性もある」
「なら、片方づつ入って仕留めるか?」
「現実的ではないな。
二人で同じ家に入った場合、音を聞いた時点でもう片方が逃げてしまうだろう」
「んじゃ、お互い別々に入るしかないか……できれば騒がれないうちに仕留めたいが」
「それが理想なのだが、入り口はどこも鍵がかかっているだろうからな。
扉や窓を蹴破れば、襲撃を予告しているのと同じだ」
「うーむ……んじゃ、どうするんだ?」
「簡単だ。
どちらにせよバレてしまうのなら、いっそ丸ごと焼いてしまえばいい」
「……なるほど、ブランシュの魔法か」
「ああ。
だが、私の魔法は爆発系なのでな。
火力を出そうと思えばどうしても音が出てしまうだろうが……火を点けることぐらいはできるだろう」
「どちらにせよ、建物が燃えればあちらから鍵を開けて出てくると」
「そうだ。
そのまま焼け死ぬか、扉を開けて私たちと戦うかぐらいは選ばせてやるとしよう」
「なら俺は、奴らが逃げられないように周りの地面を凍らせるとするかな」
「いい案だ。
それで行くぞ」
────
──
十分に民家に近づいたところで、目で合図を送る。
ブランシュは壁を灼くためにマナを練り。
俺は、周りの一帯を凍らせるために集中する。
お互いのマナが高まったのを感じ取ったところで、俺たちは魔法を行使した。
「ふっ……!」
ドンッ!
鈍い、炸裂音。
両の壁の木々が少し砕け、残った外壁が燃えはじめる。
「んじゃ、俺も……!」
地面に手を当て、マナを解放する。
キン。
という静かな音と共に、俺たちの周り以外の地面が凍てついた。
「さて、お手並み拝見と行こうか」
魔法を使い終えたブランシュは、ロングソードの鞘を抜き捨て、低く構える。
その刀身は、俺の持つ剣の二倍以上はあるだろうか。
細身であれど、あれだけの刃渡りがあればかなりの重量になるだろう。
それを片手で軽々と構えて見せるブランシュの身体能力には、やはり底知れないものがあった。
(俺は俺で……上手くやらないとな)
俺は小さい方の廃屋を担当したため、出てくる数はブランシュよりも少ないだろう。
ならば、敵を仕留めるだけでなく、手早く終わらせてブランシュのフォローに入ることも視野に入れておくべきだ。
「来るぞ!」
火の手が二階にまで到達しようかと言ったところで、扉を破って山賊が現れる。
「チッ……。
テメェらの仕業か……!!」
「おい、誰に手ぇ出したかわかってんだろうなぁ!?」
予想通りと言うべきかなんというか。
まさにならず者と言った男の集団だ。
ブランシュの方から現れた人数は、十人ほど。
「御託はいい。かかってこい」
「チッ……死にさらせアマぁ!」
ブランシュが剣戟を振るい始めたと同時に、こちらの家屋からも賊が現れた。
数は、五人。
思ったより多いが、怯むわけにはいかない。
「さて、お前らの相手は俺だ」
「あぁ?
……追手かと思ったら、たった二人か?」
「ただのガキと女じゃねえか。
捻っちまえ!」
血の気の多い連中だ。
これなら、逃走対策をしなくても十分だったかもしれない。
「死ねやぁ!
うらああああ!」
大きく振りかぶり、複数人が俺に向かってきた。
(この程度の動きなら……!)
即座に時魔法のマナを練り、『鈍化』を展開。
「これでっ……!!」
動きの遅くなった一人目の胴体を斬り払い。
「ぐっ……!?」
続いて、二人目の腹を蹴り飛ばす。
蹴られた男は俺から数メートル離れたところで本来の速度を取り戻し、勢いよく地面を滑った。
「なんだ……このボウズ?
妙な魔法を使いやがるな」
「残念だが、種明かしは無しだ。
次、来いよ」
「チッ……!!」
三人目がナイフを携え、低く接近してくる。
刺突の構えだが、間合いに入った時点でこちらのものだ。
男の顎を蹴り上げ、ガードの緩んだその腹に、剣を突き刺す。
(ふっ……!)
───人間の肉は、思ったほどの抵抗は無く。
その切っ先は簡単に背中を貫けた。
(泥人形の時と、感触が違う……!?)
咄嗟に剣を引き抜くと同時に、目の前の男はその場に崩れ落ちた。
「が……ぁ……」
力無く倒れた男は、腹部から大量の血を流し始めた。
俺が力任せに剣を引っ張ったのもあり、男の傷口は赤黒い穴と言っていいほどに広がっている。
どく、どく。と。
音が聞こえてきそうなほどの、流血。
彼の服と体は、あっという間に赤く染まっていった。
この勢いであれば、彼の命が終わるのもすぐだろう。
(……くっ……!)
───まただ。
あの光景が、フラッシュバックする。
俺がこの男と同じように腹部を貫かれ、命を落とした日も。
こんな、寒い夜のことだったはずだ。
「今だ!
やっちまえ!」
「しまっ……!」
いつの間にか、『鈍化』が解けていたらしい。
『通常』の速度で繰り出される背後からの一撃を、咄嗟に剣で弾く。
(ちっ……くしょう!)
残りは、二人。
マナを練り直す暇が無くとも、力で押し切れるはずだ。
「死ねやあ!」
またも、背後からの刺突。
どうやら男たちは、俺の前後を取る形で陣形を組んでいるようだ。
「やらせねえ……よ!」
「うが……っ!?」
振り返り際に、裏拳を叩き込む。
そしてバランスを崩した男の顎を、もう片方の拳で砕く。
「……あとは、お前だけだ。
……来いよ……」
「くっ……!」
最後の男は、苦し紛れに突進を繰り出す。
あまりにも、直線的な動き。
俺はそれを避けるついでに、男の首を掴み。
そして、そのまま力任せに持ち上げた。
「あ、がっ……!」
男は俺の手の中でしばらくもがいていたが、やがてその身体から全ての力が抜けた。
脳に血液が届かなくなったからか、喉を締め上げられて呼吸ができなくなったからか。
それとも、俺が力を込めすぎたせいで、首の骨が折れてしまったのだろうか。
俺はその顔を直視できなかったが……とにかく、最後の一人が動かなくなった。
これで、俺の担当していた分は終わり。
(クソッ……!)
剣を強く握り、やり場の無い怒りを地面に叩きつける。
村でブランシュの話を聞いた時点で、殺し合いになるのは予想していたはずだというのに。
気の緩みを指摘された際にも、改めて意識を集中させたはずだというのに。
なのに。
俺の手は、また震えていた。
畏れか、怒りか、それとも悲しみか。
自分の中に渦巻く大きな感情の塊の正体がわからず、俺は俯くしかなかった。
「───トーヤ殿! 避けろ!!!」
「なっ……!?」
声に反応し、横に跳ぶ。
すると、一秒前まで俺がいた場所にナイフが飛来した。
「あ、げゃ……っ」
直後に、骨が砕ける音と、血の混じった断末魔。
どうやら、ブランシュが生き残った一人を仕留めてくれたらしい。
(あれは……最初の一人、か……?)
ここで初めて、最初に斬り払った男の行方を確認していなかったことに気付く。
腹に一閃を入れたはずだが、死んではいなかったのだろう。
続けざまに、ブランシュは俺の足元で倒れていた男の胸にナイフを突き刺す。
こちらは、顎を砕いた方だ。
「これで最後だな」
「すまん、ブランシュ。
……助かったよ」
「いや、よくやった。
想定よりも数が多かったからな。
本来ならばもっと早く私がフォローに入るべきだったのだが……少し手こずってしまってな」
「手こずった、か……」
その一言に、俺はブランシュの戦っていた方へ目を向ける。
───そこには、一面の『死』が広がっていた。
廃屋を焼く、炎。
その光が、血の海を朱く照らし出した。
転がる死体は、ことごとくが断裂しており。
ある者は、頭が。またある者は、胴体が斬り離されていた。
それらが作り出す血だまりは、どこまでが誰の血かという境界などとっくに失っており。
そこにあるのはただ、生物だったものの残骸と呼ぶべき、赤黒い肉塊の山だけであった。
しかし、ブランシュの使う武器を考えれば、そうなって当然だ。
当然、なのだが───。
(これが……本物の殺し合い、か)
俺はその光景に、恐怖を覚えずにはいられなかった。
ブランシュが戦うところを、じっくりと見ていたわけではない。
だが、彼女は一人で十人を相手にした。
そしてそれら全員を、俺が五人を処理するよりも早く仕留めきったのだ。
俺と違って、彼女の剣には迷いがないのだろう。
人を殺すということに対する、迷いが。
「……ブランシュの言った通りだな」
「何がだ?」
「今の俺は、騎士とは呼べないだろう……ってことだ。
ブランシュがいなけりゃ、死んでたかもしれない。
……商人として、な」
「たしかに、相手の生死を確認しないのは甘いと言わざるを得ないな」
「耳が痛い話だが、その通りだと思う。
前にもヴェルニグに『迷うな』って言われたことはあるんだが……情けない話だ」
「……ふむ」
「手が、震えたんだ。
人を刺して。溢れてきた血を見て。
俺なんかに、命を奪う権利があるのかって。これで何が得られるんだって、思っちまった。
……ただ、血を見るのが怖いってだけじゃなかった」
「何が得られるか、か……」
その言葉に、ブランシュは少し考えてから再び口を開いた。
「私とて、何かを得るために戦っているわけではないさ。
ただ……失わぬために戦っているのだ」
「失わない、ため……?」
「ああ。
なにも、私も積極的に殺しをしようと思っているわけではない。
ただ、人を守るためならば、この力を振るうことに躊躇いはないというだけだ。
もしトーヤ殿と違うところがあるとすれば、その一点かもしれんな」
「得るためじゃなく、守るため……ってことか」
「ああそうだ。
トーヤ殿も、そうなのではないか?
顧問魔術師というのは、サフィーア殿の最も近くで、彼女を守るという役割があるのだろう?
例えばだが……もし今のような甘さが原因で、サフィーア殿に凶刃が届いたとしたら、どうする?
トーヤ殿はそれを後悔をして、し切れると言えるか?」
「それは……」
ブランシュの言葉で、嫌な想像をしてしまう。
もし、サフィーアが俺と同じように腹部を貫かれたとしたら。
俺やさっきの男と同じように、体中の血を垂れ流すことになったとしたら。
彼女は不老に近い身体ではあるが、決して不死ではないはずだ。
もしそうなったら俺は、その身体から熱が失われていくのをただ見ていることしかできないだろう。
(……だったら、俺は)
「なあ……ブランシュ」
「なんだ」
「戦い方、っつーのを……教えてくれないか。
ブランシュの言う、『戦士』としてのさ」
それを聞いたブランシュは、やがて口角を上げた。
「ふっ……いい眼だ。
まるで、以前のトーヤ殿に戻ったかのようだな」
「迷ってられない、って思えたよ。
ブランシュのおかげで」
「いいだろう。
賊狩りが終わるまでの間でよければ、稽古をつけてやろう」
「助かるよ、是非頼みたい」
「ただし、覚悟しておけ。
私の訓練は厳しいぞ」
「ああ……望むところだ」
こうして俺たちは、一度目の山賊狩りを終えた。
俺の中に残ったのは、人を殺めたという事実。
そして命を奪った際の、この手の感覚。
以前は忘れたいと思っていた、その感覚を。
今度は、決して忘れないようにと思えたのであった。
7/31まで、昼12時と夕18時の、1日2話ずつ投稿予定です。




